第29話 狂化(1)
豪雨が降るしきる中、対峙するミアと怪鳥。
巨大な怪鳥は、目を細めにらみを利かせ、その先にはミアがいる。
いや、それはもはやミアではなかった。
あの可愛い顔の面影はすっかりなく、怪鳥を今にも食い潰そうという形相をしている。
けど、今の俺にはどうすることもできない。
ただ見守ることしか――――
俺はいつかギルドで鑑定した時のミアのスキルを思い出していた。
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ミア
スキル 短剣術(1)、危機感知(1)、隠密(2)、狂化(3)、忠誠(1)
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狂化は、危険な力だ。
強いストレスを受けたときに、理性がなくなりステータスにリミッターが外れたかのような補正がかかる。
だけど狂化はよほど強いストレスを受けないと滅多に発動しないスキルだ。
自惚れでなければ俺が攻撃されたからなのか?
ミアらしいといえばミアらしいけど、まさか狂化スキルを発動させてしまうとは……
だけど、楽観はできない。
確かに狂化は強力なスキルだ。
しかし、この相手にそれだけで勝てるか分からない。
そしてそれ以上に、このスキルは確か―――――
「ゥ゛ゥウ゛」
瞬間、ミアが地を蹴った。
怪鳥の尾の一撃を俊敏に躱す。
ちょっとずつはっきりしてきた意識で何とかミアの動きを見る。
ほとんど見えない。
尾の攻撃は確かに速い。
威力もある。
だけど、ミアの動きはそれよりもさらに速い。
怪鳥はミアを『敵』として、認めているようだ。
もう一つの尾が動いた。
だけど―――ミアはそれも躱す。
両側から挟み込むような長い尾の一撃。
流れるようにやってくる鞭のような攻撃の嵐。
ミアはそれを危なげなく躱していく。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!!」
怪鳥が威圧を使った。
だけどミアの動きは止まらない。
威圧は自分よりも弱い相手にしか効果がないのだ
怪鳥は威圧を使ったために、わずかに動きが硬直する。
それは今のミアを前にするには致命的な隙。
ミアが怪鳥へと飛び掛かった。
「GYA―――」
怪鳥が再び翼を大きく広げて体を大きく見せる。
しかし、威圧をする間も、尾でミアを攻撃する間もなく。
ミアは怪鳥の背後に回り込んだ。
ボキ゛イ゛ィッ!!!!
巨大な翼を無理矢理に圧し折った。
怪鳥の羽根が宙に舞う。
原始的で圧倒的な戦い方。
ただ相手を蹂躙することだけに重点を置いた自分のことすらも省みない、ただの暴力。
鋭い羽根を纏った翼を掴んだミアの手はボロボロだ。
ミアは両の手を合わせて振りかぶった。
ズドンンンンッ!!!!!!!!!
拳をハンマーのようにして、そのまま怪鳥の脳天を叩き潰すように強烈な一撃を入れた。
相手の尾の攻撃にも負けないような強力な一撃。
それを背後から入れられた怪鳥は、苦痛に呻く。
そして、そのままよろける。
片翼だけではバランスが上手く取れないのかもしれない。
ズドン!!! ズドン!!! ズドンズドンズドン!!!!
相手のことなんてお構いなしに、ミアは拳を叩き込む。
地面が揺れるかのような衝撃音。
―――――――ッ!!
やがて怪鳥の頭から致命的な音が鳴った。
「ァ―――――……」
それを最後に巨大な怪鳥は、動きを止め崩れ落ちた。
ひしゃげた頭蓋。
怪鳥は大量の血を流して地面に倒れ伏している。
勝った。
あれだけの魔物に対等以上に戦って。
怪鳥はピクリとも動かない。
動いているのは俺とミアの二人だけだ。
「ッ……全、回復」
俺は意識を集中して全回復を購入して怪我を治した。
淡い発光が体を包んで癒していく。
動ける……痛みもない。
血がかなり流れたせいで少しフラフラするけど、それでも命の危険はなくなった。
よろけながら立ち上がって木に寄りかかる。
だけど、問題はここからだ。
狂化のスキル―――それの一番の特徴はステータスの上昇ではない。
狂化――それは、理性を失ったことにより敵味方の区別がつかなくなることだ。
「ウ゛ゥゥ゛ゥウ゛ゥ」
ミアの強烈な殺意が俺へと向けられた。




