第27話 リベンジ(2)
俺はいったん後ろに引き、少し大きめの木を見つけるとその陰に隠れ、準備を整えることにした。
以前のことを考えると、急がないとたとえ隠れたとしても、この木を折られる可能性もあった。
鼓動の高鳴りは止まず、冷や汗が流れる。
空は暗くなり、濃い灰色の分厚い雲が流れ、空気は冷たく、土の香りが辺りに広がる。
今にも雨が振りだしそうだ。
俺は脳をフル回転させ、作戦を練る。
本当なら気づかれる前に倒すのが理想だった。
探知スキルがあることで、俺は安心していたけど、まさか先に見つかるとは思わなかった。
あいつは何らかの方法で俺の場所を探知した。
もしかしたらほかのスキルがあるのかもしれない。
自分の考えが、今更ながらに間違いだったことに気づかされる。
大量の石つぶてによる攻撃は止むことなく、俺たちの周囲に撒き散らされる。
俺とミアが隠れている木は既にボロボロだ。
……さすがにこの攻撃の雨を掻い潜るのは難しいな。
俺は万能通貨を使用してスキルの一覧を開く。
攻撃を避けることに特化したスキルを確認して購入した。
「『回避』スキルと『見切り』スキル。購入」
―――――スキル『回避』を取得しました。
―――――スキル『見切り』を取得しました。
コモンスキルのレベル1の効果はそれほど高くないけど、汎用性の高いものが多い。
俺は購入した二つのスキルを使用してどれだけ感覚が強化されるのかを確認した。
こうしている間にも、オークはどんどん俺たちに近づき、近くの木が折れる音が辺りを響かせる。
さらに雨が降り出し悪い状況は重なっていく。
雨は視界を悪くし、土もゆるくなるため戦いにくい。
長期戦になると危険が増すと考えた俺は、スキル以外にも他に何か有効なものはないかと考える。
急がないと――――
「ミアはここで待機だ、隠れたまま絶対に出てくるなよ」
ミアの瞳には不安が映り、口元を一瞬緩め、何かを言おうとしたけど、
結局言葉にはせず、唇を噛んで必死に堪えた。
オークの距離はさらに近づいたようで、目前の木がえぐられる音と共に、その奇怪な咆哮が耳に届く。
緊張から嫌な汗が額に浮き出る。
「……ご武運を」
「おう」
俺は、木の陰から木の陰へと素早く飛び移り、オークとの距離を徐々に詰める。
「GOOOOOOOOOOOOOOッ!!!!!」
木の陰からオークの様子をうかがうと、そいつは丸太のような太く筋肉に覆われた腕を持ち上げ、
投擲の態勢を取ったかと思うと、振りかぶり、つぶてを発射する。
それは空を切り、飛来すると木の表面を削り、木の皮を飛び散らかした。
とても目でとらえられるものではなかったけど、おそらくは石のつぶて。
一度当たれば、大怪我はおろか、命の危険もありそうだった。
「穴」
購入した瞬間、オークの足元に穴が出現した。
オークは突然の事態に反応できず、無様に転び、一瞬ではあるけどこちらから意識を逸らす。
それを確認して、俺は木の陰から飛び出すと、一気に距離を詰めていく。
投擲相手に直進するのは危険があるけど、必要以上に怖がっていては一生この距離は埋まらないだろう。
そして俺は、身体能力強化を使って全速力で駆ける。
「GOOOOOOOOOOOOOッ!!!!」
オークは崩れた体勢のまま石つぶてを放ってきた。
だけどそれは、万全の体勢ほどの精度はなく、速度も遅い。
滅茶苦茶に石のつぶてを放つオークだったけど、
無理な姿勢から放たれたそれは、スキルを持った今の俺にとっては脅威ではない。
回避と見切りスキルの併用で、体を捻ってそれを躱し俺は突き進む。
オークに近づくにつれ、避けるのは難しく、緊張感も増す。
再び体勢を整えて、投げてくるけど、ここまで来たら隠れるのは相手に時間を与えるだけだろう。
振り絞るように力を込めて地面を蹴り、オークを目指す。
正直生きた心地はしなかった。
だけど、距離はもうほとんど縮まっていたため、ここまで来たら遠距離攻撃の優位性は消える。
そろそろ間合いに入ると判断した俺は、剣を抜いた。
オークもこれ以上投擲しても仕方ないと判断したのか、足元に転がっている巨大な棍棒を拾った。
俺はオークが棍棒を拾っている隙にとびかかろうとしたけど、あちらが拾う方が早い。
オークが俺目掛けて棍棒を横薙ぎしてくる。
「動き、停止」
俺はその瞬間自分の動きを止めた。
「―――ッ!?」
全力で動いていたはずの俺が突如何もなかったかのように停止する。
そして、後方に重心を移動して、軽く上体を仰け反らす。
こちらの動きに合わせた棍棒は俺に届くことなく空を切った。
もう避けることはできない。
攻撃した直後の致命的な隙。
オークにはもうどうすることもできない。
俺は棍棒を振り切ったオークの首へと剣を走らせた。
首に一閃。
鮮血が宙を舞う。
「GO……O……」
オークは睨むようにこちらをみてきたけど、大量の出血は止まることはない。
しばらく棍棒を俺めがけて振ってきたけど、やがてそれも少しずつ遅くなり、
ついにはオークはその場に力なく崩れ落ちた。
◇
オークの血が地面へと広がっていく。
しばらく痙攣するような動きをしていたけど、やがてそれも止まり、完全に活動を停止した。
「ハァ、ハァ……」
呼吸を落ち着ける。
危なかった……やはりスキルを持っているだけで普通のオークよりも格段に強い。
勝利の余韻に浸りながらも、先ほどまでの戦いを思い出して背筋が震えた。
所持金を確認する。
所持金『29270G』
魔核は手に入ったけど、あんな危ない戦いはもう御免だな。
労力を考えたらマイナスにすらなった気分だ。
「ミアっ! もういいぞー!」
魔核を剥ぎ取りながら、振り返り、後方のミアに声をかける。
所持金は減ってしまったけど、なんだかんだで魔核が手に入ったのはやはり大きい。
「ご主人様ッ!」
ミアが駆け寄ってくる。
その声はどこか必至な感じがした。
心配をかけてしまったようだな。
「ミア、悪かったな」
いくら危なかったとは言っても、ミアにしてみたら何もできないのはつらかったと思う。
それに俺も怖かった。
後で頭を撫でさせてもらおう……うん、そうしよう。
「ご主人様ッ! すぐに離れましょうっ!」
だけど、ミアの様子がなんだかおかしい。
オークは死んだ。それは間違いない。
だというのに何を慌てているのだろうか。
だけど、俺はミアの言葉で理解することになる。
「嫌な感じがなくならないんですッ!!」
俺はその言葉に咄嗟に周囲を見た。
だけど魔物などの姿は見えない。
ミアは離れようというけど、何が危険なのか分からないため、迂闊には動けない。
ミアの慌てように嫌な予感を感じながら試しに探知を発動する。
自身を中心とした周囲20mの情報が流れ込んでくる。
何も見えない。
少なくとも周りに魔物はいない。
だけど気配は感じた。
そして。
それは上空からやってきた―――
「ぇ―――」
思わず言葉を失った。
探知に引っかかった気配のあまりの巨大さに。
オークなんて比較にならないほどだった。
木々が騒めいて、頭上から鳥の羽ばたきのような音が聞こえてくる。
その気配は豪雨の中で空からやってくるようだった。
その巨大な鳥の魔物を視界にとらえる。
―――化け物。
そんな言葉が浮かんだ。
5mはゆうに超えるであろう巨躯。
比べるまでもなく、オークよりはるかに強い。
汗が重く、背筋に氷を押し当てられたような寒気がする。
嫌なことは畳みかけてくるらしい。
けど、それにしてもいくらなんでもこれは――――
白と黒が混ざったような色の翼。
尾羽に巨大な触手のような2本の尾がある。
威圧するように翼を広げた姿は、一目見ただけで勝てないと思わせるには十分だった。
「ミアッ……逃げるぞ!!」




