第26話 リベンジ(1)
ミアが年上だと判明した翌日
俺たちはテーブルを挟んでこれからの方針を話し合っていた。
「いつも行ってる山だけど大部分が探索できたと思うんだ」
ゴド山はかなり大きい山ではあるけど、あれだけ毎日探索していればもう行っていない場所も少なかった。
俺はここで二つの選択肢が思いつく。
魔物が出て、地形に慣れたあの山に拘って探索を続けるか、それとも違う場所へ行くか。
「ミアはどうしたらいいと思う?」
「ご主人様が行かれるのであれば、どこへだろうとお供させて頂きます」
ふむ……まあ予想通り。
ミアは俺のことを考えてくれるあまり、自分の考えを主張することは少ない。
ならばと俺は一言。
「……そうですか」
ビクッ!?
その一言は効果抜群だった。
何でも俺との距離を感じるのが嫌みたいだ。
というわけでこの口調を続ける。
「ミアさんの意見も聞き」
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
「でもミアさん」
「言いますっ! ちゃんと言いますから!」
「そうですか。なら、どこがいいと思います?」
あ……涙目になってしまった。
やりすぎたかもしれない。
ミアの慌て方が思った以上に面白くて、ついノリノリでからかってしまった。
やっぱりミアは年下にしか見えない……見た目もあるだろうけど。
だけどそれ以上に庇護欲みたいなのを刺激されるこの少女……勝手な思い込みだけど年下にしか見えなかった。
ミアは怒ってるぞ! というような感じで頬を可愛らしく膨らませている。
ミア……そういうとこだよ!
確か昨日はあの後、ミアとギスギスするのが嫌だったので、いつも通り接することにした。
最初は違和感があったけど、やっぱりミアはミアだ。
例え年上でも俺にとってミアは妹のような存在だ。
「悪かったよ」
いじられたミアが、少しだけ恨めし気に見てきたので、誤魔化すように頭を撫でた。
「はぅ……っ! ……ん……ぁ!」
小さく悶えるように唇の隙間から息を吐いた。
ミアは頭を撫でられると本当にいい反応をし、撫で甲斐があった。
俺は気を取り直して、ミアに聞き直す。
ミアは息を荒くしていたけど、しばらく経つと落ち着いたのか、顔を赤くしながら答えてくれた。
「ハァ、ハァ……そ、そう、ですね……私はいつもの山がいいと思います……」
「理由はあるか?」
「……あの山が、一番魔物が出る場所だからです」
やっぱりミアは俺が普通の人以上にお金を集めようとしてるって気づいてるよな。
そろそろ話したいとは思うけど、また信用できなくなって話せなくなるのが怖かった。
それはさておきあの山か……俺もあの山の探索に関しては同意見だ。
理由はミアと全く同じだった。
家とギムルの街の位置関係上この辺りが一番いいのだ。
別の場所へ行こうとなると時間がかかる。
それに、ゴド山ではほとんど他の冒険者を見かけなかった。
オークが出るからか、それとも変な噂のせいか、人の出入りはほとんどなかった。
ちなみに噂というのは俺があの山に行く理由になった隠し財宝の噂だ。
今のところ何も見つかってないし、やはり酒の席で作り出された作り話だったのかもしれない。
山に行く前にいつものように確認を行う。
所持金は3万1770G。
ミアに渡しているものは3000G。
スキルはこんな感じだ。
―――――
ベルハルト
スキル 剣術(1)、鑑定(1)、身体能力強化(3)
偽装中 万能通貨、地図(1)、探知(2)、偽装(2)
―――――
確認完了。
「じゃあ、いこうか、ミアも準備はいいか?」
「はいっ」
◇
空の色は重く濃い灰色に塗りつぶされ、今にも雨が降りそうだった。
山の中を歩きながら、雨が降るかもしれないと心配になる。
雨が降って視界が悪くなると危険だし、一度戻ることも考えたほうがいいかもしれない。
「スライムしか出ないな」
今はスライムの魔核6個が集まった状態。
群れで出てこられたら困るけど、できればゴブリンに出てきてほしいところではある。
亜種ならなおさら嬉しい。
今日は運が悪いのかもしれない。
先ほどから硬貨の位置情報も探しているのだけど、ほとんど見つからない。
「お、これは……ゴブリンか?」
噂をすれば何とやらだ。
スライムよりも僅かに大きな気配が探知にひっかかる。
「ミア、ちょっと倒してきてくれ」
「分かりました」
うーむ、女の子にばかり戦わせて傍観というのは少し罪悪感がある。
だけど、探知で警戒もしないといけないから、悩ましいところではある。
ミアが戦ってる間の警戒も大事な仕事だ。
割り切りたいとも思う、だけど、やっぱり戦いは男として俺が担当したいよな。
って、警戒警戒。
ミアに頑張ってもらってるのに、警戒してませんでしたでは、笑い話にもならない。
討伐に向かったミアは、木の陰に隠れ、好機をうかがっているようだ。
ミアの眼光は鋭く、俺でさえ見失いそうなほどに彼女は息をひそめていた。
ゴブリンが背を向けると、ミアはそれを見逃さなかった。
ミアは深く地を蹴り、驚くほど素早い動きで間合いを詰めると、まるで首筋をなぞるかのように、短剣を滑らせる。
するとゴブリンの首筋からは血が噴き出し、鮮血が辺りに生臭い臭いをまき散らす。
ミアは、その場に伏したゴブリンの魔核を短剣で丁寧に取り出すと、主人である俺の元へと戻ってきた。
「お待たせしました、ご主人様」
ミアが嬉しそうに駆け寄ってくる。
だけど俺は黙っていた。
「ご主人様?」
「ミア、すぐに離れるぞ」
ミアも何かを感じ取ったのか、すぐに気を引き締めた。
俺はミアが倒したゴブリンにかまわず道を引き返す。
正直俺にも理由はわかっていなかった。
――――こっちに気付いて向かってきてる魔物がいる
「オークか?」
探知の気配で何となく感じ取る。
俺にはばれた理由が分からなかった。
疑問はあるけど、思い当たる節もあった。
もしかしたらスキルを持っているのかもしれない。
「ご主人様……」
「大丈夫だ、これだけ距離が離れてるなら逃げ切れる」
今回は視界が悪く雨も降り始めたので危険だと判断した。
だけど前回倒せたのだし、もしも今回戦闘になっても危険はあっても倒せるだろう。
ミアを安心させるように言ってみたけど、ミアの反応は……
「いえ、なんと言いますか……嫌な感じがします」
「……? 嫌な感じ?」
要領を得ない不明瞭な言葉。
気のせいじゃないかとも一瞬考えたけど、ミアが根拠のないことを言うとも思えなかった。
「それは、どういうことだ?」
「分かりません、何となくざわつく感じです」
……なんだろう。
ざわつく?
そこで俺はミアのスキルを思い出す。
(危機感知……?)
それとほぼ同時にある存在を思い出す。
俺は不覚にもその可能性にすぐには気付かなかった。
背筋に氷塊を押し当てられたような寒気がし、反射的に身体能力強化を発動した。
「伏せろっ!」
咄嗟に俺はミアを押し出すと、ミアが小さく声を出して倒れこむ。
「――――っ!!」
その瞬間、何かが頭上を通過し、直後、ズドン!!と、重音が辺りに響く。
音の聞こえた方向に目を向けると、こぶし大ほどの石が木の表面を抉り、めり込んでいた。
……なんて威力だ。
ギリギリ当たらなかったことは幸いしたけど……これには覚えがあった。
「久しぶりだな……」
目を向けるとそこには1体のオークがいた。
多分あの時のオークだろう。
こんな遠距離攻撃できるオークが何体もいるなんて考えたくもない。
俺は周囲を確認する。
障害物がまばらにあるけど、それでもあの投擲を相手に、背中を見せるのはあまりにも危険だ。
どうせ向こうも逃がしてくれるつもりはないのだろう。
そいつは投擲のためにこちらの隙を伺っていた。
できれば逃げたいかったけど、相手がその気なら仕方ない。
リベンジさせてもらうとしよう。
「後悔するなよ」




