第16話 ミア(2)
まだ昼だというのに山の中は薄暗く、その中を俺たちは進んでいた。
「こっちだな」
探知に敵の気配を感じる。
気配の感じからして弱い……多分スライムクラスだと思う。
「ご主人様……グリーンスライムです」
案の定、向かった先には緑色のスライムが待ち構えていた。
ちなみにグリーンスライムの魔核はたとえ亜種でも普通のスライムと値段は変わらない。
その色は、特定の薬草や、雑草を摂取しすぎて色が変わっただけではないかと言われている。
なんにしてもやることは変わらない。
攻撃を加えると、グリーンスライムはそのままドロリと溶け、形を失う。
これで今日の収穫はスライム4匹になった。
内訳は、俺が1匹、ミアが3匹。
ミアが意外なほどに魔物を倒すことに抵抗がないのは嬉しい誤算だった。
これだけ順調に進んでいるのは、ミアの戦力としての能力の高さもあった。
加えて、『探知』スキルの存在が大きい。
少し移動するだけで、微弱な木や小動物の情報までもが頭に入ってくる。
勿論魔物の居場所も分かるので、不意を突かれることはまずないし、逆に不意打ちだってできそうだ。
だけどそれは、逆を言えば短時間で多くの情報を処理しないといけないってことを意味する。
要するに……
(疲れた……)
探索した時間は2時間程度だけど、消耗が大きい。
だけど、借金のこともあるし、急ぎたい。
余裕が全くないわけじゃないから、もう少し頑張るとしよう。
そう思っていると―――
「あの、ご主人様……」
ミアが声をかけてきた。
咄嗟警戒し、周囲を『探知』で確認するけど何もなかった。
「なんだ? なにかあったか?」
ミアに聞くと彼女は申し訳なさそうに言ってくる。
「申し訳ありません……少し休ませていただけないでしょうか……?」
「それはいいけど、疲れたのか?」
ミアは女の子だし、慣れない山道だったから俺が思う以上に疲労してたのかもしれない。
「はい……ごめんなさい……」
ミアは、もう一度謝って頭を下げると、猫耳をぺたんとさせる。
「謝ることじゃないさ、俺も丁度疲れてきてたんだ」
休むこと自体は悪いことじゃないし、休めるときに休んでおかないと動きが鈍る。
それは自分に対しても言えることだけど――――って、もしかして……
ミアをもう一度よく確認してみると、息一つ切れていない。
もしかして気を使わせてしまったのかもしれない。
もしそうならミアにかっこ悪いところを見せてしまったことになる。
心境は複雑だったけど、無性に嬉しかった。
誰かに気を使ってもらえることが懐かしい。
ミアの健気な気遣いがとても愛おしいと感じた。
「……あとでまた頭撫でさせてくれないかな」
その言葉は、俺の口から勝手に出てきた。
咄嗟に出たその言葉に俺自身驚きながらもミアの反応を見ると、尻尾が感情を表して嬉しそうに小さく揺れていた。
「っ! は、はいっ! 喜んでっ!」
ミアは元気よく頷いた。
ミアに嫌がられなかったことに安堵する。
俺は人の温もりに飢えていたのかもしれない。
一緒に寝たいと言ったミアの気持ちが今なら分かる気がした。
……なんだろう。
今ちょっと危ないことを考えたような気がして、ちょっと焦る。
いや、大丈夫だ……頭を撫でるのは健全な愛情表現だ。
ミアは妹みたいなものだし、おそらくはセーフだろう。
そのことに変な意味はないと内心で必死に言い訳を繰り返すのだった。
◇
「ふ~……」
森の中の少し開けた場所で俺たちは足を止めていた。
その中央辺りにある少し背の高い木立の日陰で一息つく。
その場に止まって水分を取りながら『探知』スキルを使用する。
移動しながらより、情報量が少ないため、疲労も格段に少ない。
のんびりできるな……
「ミアも少し休んだらどうだ?」
ミアはさっきから周囲を警戒して、全く休みを取っていない。
一応この休憩ってミアが疲れたからとってることになるんだよな……?
「いえ、奴隷としてご主人様を第一に考えるのは当然のことです」
その気持ち自体は嬉しいんだけど……なんか張り詰めすぎなんだよな。
ミアだって疲れてるだろうに。
『探知』を使ってるし、そこまで大きな危険はなさそうだけど。
「っ! ご主人様……!」
地面にお尻をつき、休む俺にミアが小さく俺を呼ぶ。
警戒していたこともあり、『探知』を使っている俺よりも気づくのが一瞬早かった。
「ああ……これは、ゴブリンか?」
『探知』はスライムより大きい一つの気配を感じ取っていた。
だけどその反応は、俺たちよりも少し小さい気がする。
レベル2の『探知』では不正確だけど、多分そうだろう。
俺は立ち上がると、ミアを連れてゴブリンの気配のある場所へと移動する。
「ミアは隠密を使いながら向こうから回り込んでくれ、気付かれないようならミアが後ろから攻撃……気付かれたなら俺が切りかかる」
ミアに指示を出して、ゴブリンを前後から挟み込む。
茂みに隠れながら見つからないように移動していく。
今のところ気づかれてないようだ……
そして俺は、ミアに合図を出す。
ゴブリンに後ろから接近する彼女の動きは驚くほど速かった。
「ぎ!?」
ゴブリンはミアが接触する直前で気づいたけど、それはもう遅かった。
距離は僅か数メートル。
ゴブリンは抵抗らしい抵抗を見せることなく、ミアの短剣に首を切られ、血を吹き出して死んだ。
「ミア、お疲れ様」
ミアに駆け寄ると、俺はゴブリンを倒したミアを労う。
そして、俺はこれで確信する。ミアは魔物との戦いに慣れていると。
少なくともゴブリンに恐怖を感じている様子はなかった。
「奴隷として当然です」
奴隷として、か……
それは、ミアが自分の命を軽く考えているということなのか。
そう考えると、俺は少し怖くなった。
俺とミアは短い付き合いだが、正直情が沸いている。
もう一人は嫌だった……だからミアを失うことを恐れたのかもしれない。
そういえばミアが緊張していたのは俺がいたからなのだろうか。
俺はミアを守ろうとしていた。
だけどミアからしたら、どの程度戦えるか分からない俺のほうが心配だったのかもしれない。
ミアはスキルレベルは低いけど、戦闘系のスキルが豊富なようだ。
経験という意味では、ミアは決して弱くないのかもしれない。
「なあ、ミア……」
俺は思わず口に出そうになるけど、寸で止めた。
「ご主人様?」
ミアが不思議そうにこっちを見てくる。
「いや、ごめん、なんでもない」
ミアがなぜ奴隷になったのか。
なぜ親に売られたのか。
なんで、そんなに戦い慣れているのか。
それらが気にならないと言えば嘘になる。
だけどこれは無遠慮に踏み込むべき問題じゃない。
いつか、ミアから話してくれる日が来るのだろうか。
俺もいつか自分のこの力をミアに話せる日が来るんだろうか。
分からない。
もしかしたらそんな日はこないのかもしれない。
だけど。
命令なんかしなくても、主人と奴隷なんて関係じゃなかったとしても。
もしもお互いが信頼しあえて……辛い過去も話すことができたなら。
そんな日がもし来たら―――きっとそれは幸せなんだろうなと。
そんなことを思った。




