第14話 奴隷の少女(5)
さっそく魔核を売りに行ってもらおうかとも思ったが、外を見ると日がだいぶ傾いていた。
今から行けば帰った頃には夜になるだろう。
この辺りはスライムしか出ないけどそこまで急ぐというわけでもないので明日しようかな。
「ミアも今日は色々あって疲れただろう、ゆっくり休んでくれ」
「あの、ご主人様……」
ミアがおずおずと口を開く。
「私はどこの床で寝ればいいですか?」
「うん、何かそんな気はしてた」
やはりというか何と言うかミアは俺に対してやたらと遠慮している気がする。
ここははっきりさせておいたほうがいいかもしれない。
「ミア、言っておきたいことがある」
ミアがびくりと震える。
尻尾が縮こまって身を竦ませて俺の言葉を待つ。
そんなミアに俺は伝える。
「俺はミアにひどいことはしない、いきなりは信用できないかもしれないけど……あんまり自分を卑下しないでほしい」
ミアの表情に困惑の色が広がる。
そして、困惑したままに俺に問いかけてきた。
「ご主人様は、その……どうして私に優しくしてくださるのですか……?」
ミアに聞かれて少しだけ考える。
彼女と過ごした時間は本当に短い。
知り合っただけと言ってもいいくらい重ねた時間は少ない。
そんな俺の言葉がどれだけミアに信じてもらえるだろうか。
しばらく悩んだ結果正直に答えることにした。
「ミアが良い奴だからだな」
「……私が、ですか?」
イマイチ理解できてなさそうなミア。
俺は続ける。
「少なくとも悪い奴だとは思えない。それに俺はミアのことを気に入ったんだ。だから優しくする。酷いことはしたくない」
「そんなっ、そんなの……私には……」
俺の言葉でミアの瞳に涙がじわっと広がる。
言葉では否定しても尻尾は分かりやすく喜びを表していた。
「だからミアにはベッドを使ってもらう。床では寝るなよ」
そう言って俺は隣の部屋に移動するために扉を開けた。
少し古くなった扉。
僅かに軋んだような音を立てる。
そして、部屋を出ようとしたところで俺は体を後ろへと引かれた。
「ミア……? どうした?」
俺を後ろへと引っ張ったのはミアだった。
服の裾を遠慮がちに握っている。
「あ、あの……」
俯いていてよく見えないが、顔が赤い気がした。
恥ずかしそうにしながらミアはそのお願いを口にした。
「い、一緒に……寝ては……いただけないでしょうか?」
時が止まった。
いや、正確には俺が止まった。
出来るだけ冷静さを装うとするけど動揺は隠せない。
咄嗟に言葉が出なかった……そして、ミアは上目遣いでまるで媚びるかのように瞳を潤ませながら続けた。
「お、お願いします……ご主人様……私、もう寂しいのは……」
これを断れる男はこの世にいないと思う。
◇
ベッドでミアと横になる。
明かりを消して、暗い中でミアの気配だけを感じる。
「あの……ごめんなさい……私、我儘を……」
ミアが隣で謝ってきた。
当たり前だけど一緒に寝てるから声がやたらと近い。
「気にするな」
努めて冷静に返事をした。
心臓はバクバクだけど。
するとミアが話しかけてきた。
すぐ傍で、申し訳なさそうに。
「私、ほんとは初めてご主人様と出会ったとき、怖かったんです……どんなことされるのかって……また叩かれたり、ご飯食べさせてもらえなかったりするんじゃないかって……」
まあ……その辺りは俺には分からない。
ミアがどんな生活を送ってきたかなんて想像するしかない。
でもミアが心配なら何度でも言わないといけない。
「言っただろ? 俺はそんなことしない」
「……はい」
するとミアは囁くように言ってきた。
「……ありがとう、ございます……私、ご主人様に買って頂けてよかったです……」
………………………
……………
………
隣でミアが寝ている。
きっと疲れていたのだろう。
規則正しい寝息を立てながら、俺の体に顔を埋めて抱き着くようにしている。
柔らかかった。
さらに補足するならミアは最初のボロい服のままだ。
太ももがほとんど見えるほど短くそこからはミアの綺麗な足が伸びている。
それに加えていい匂いがする。
甘いような落ち着くような女の子の匂い……
どきどきと心臓が鼓動を高める。
ここで手を出したら色々と駄目だと理解はしている。
だからこそ俺は身動ぎすらまともにできない。
ミアが密着しすぎててどう動いても俺の体が彼女の体に当たるのだ。
結局俺が眠ることが出来たのは夜がだいぶ更けてからだった。
◇
翌朝。
朝日が窓から差し込んでくる。
その眩しさに目を開けると隣にはミアがまだ寝息を立てていた。
まあ、疲れてるだろうし……もうちょっと寝かせてあげたほうがいいよな。
俺はベッドから起き上がるために、ミアから離れようとする。
ぎゅっ
ミアが服を掴んできた。
俺は微笑ましい気持ちになりながら俺の服を握るミアの手をそっと外す。
ぎゅっ
するとミアはすぐに同じ場所を握ってきた。
ミアは寝ていても寂しがり屋なようだ。
苦笑しながら彼女の手をそっと引き離してベッドから起き上がろうと上体に力を込める。
ぎゅっ。
……ソッと離れようとする。
ぎゅっ。
手を離させて素早くベッドから起き上がろうとして。
ぎゅっ。
……手強かった。
仕方ないので手を離した後でミアの手を抑えながら起き上がる。
ミアの手の動きに注意しながら、ゆっくりとベッドから離れようとして――――
「……ご主人……様ぁ……」
猫が大好きな主人に甘えるときのような蕩けた声。
思わず脳が痺れるような甘い言葉。
夢でも見ているのか、寝言で俺を呼ぶ。
「………」
仕方なく諦めて、俺はミアと二度寝をすることにした。
ミアは正直可愛いと思う……だけど俺は心の中でどこかミアを妹のように思い始めていた。
もしも俺に兄妹とかいたらこんな感じだったのだろうか。
横になりながらミアの温もりを感じる。
自分以外の温かさが懐かしい。
ふいに昔のことを思い出して泣きそうになり、滲んだ視界を袖で拭った。




