第13話 奴隷の少女(4)
泣き止んで落ち着いたミアは、また俺の目の前で額を地面に擦り付けている。
……土下座が好きなのだろうか。
「ミア、もう気にしなくていいからさ」
俺が声をかけるとミアは体をビクッと震わせた。
そんなに怯えなくても俺は今回のことを怒るつもりは全くない。
けど、そんな気持ちも伝わらず、ミアは相変わらずビクビクとしている。
困った俺はとりあえず話題を変えることにした。
「床に座ったのはなんでだ?」
するとミアは震える顔を持ち上げてこちらを見る。
彼女は床に座っていることもあって上目遣いだ。
「……おこぼれをいただけるかと……思いまして……」
……おこぼれ?
ミアはまたよくわからないことを言い出した。
「いや、普通に一緒に食べようよ」
俺の至極当たり前の提案を聞いたミアはというと畏れ多いとでもいうように慌てた様子を見せる。
「そ、そんな……! ご主人様と同じ席で食べさせていただくなんて……!」
奴隷って主人と同じ席で食べたりしないのかな?
そういわれるとそんな光景を街で見たことがある気がする。
けど俺としては仲良く笑いながら食事をしたい、そう思う。
ミアの言う通りにしていたら息が詰まりそうだ。
「じゃあ命令……ってのも何かあれだな、お願いだ、これから食事は同じ席で食べてほしい」
ミアが「え?」って顔をする。
「そんな……ご同席させて頂いてもいいんですか……? そ、それに、お願いなんて……! そんなことしなくてもご命令してくだされば……」
「いやいや、こんなことで命令してたら何かあった時に痛いだろ」
奴隷の首輪はどんな命令だろうと、破った瞬間に激痛がやってくる。
例えどんな理由があろうとだ。
それはやっぱり可哀想だと思う。
「…………」
ミアは赤い瞳を潤ませていた。
顔を伏せたかと思うと感極まったようにまた泣き出す。
奴隷生活はそんなに大変だったのだろうか。
心配してくれる人もいなかったのかもしれない……そう考えると今ミアは不安定なのだろう。
俺は何も言わずに彼女が泣き止むのを待った。
でも、それはそれとして。
(は、話が進まない……)
◇
「じゃあこれからのことを話そうと思う」
ミアとの簡単な食事が終わりお腹が膨れたところで本題に入った。
ようやく話ができる。
「ミアにやってほしいことは魔核をギルドに売ってきてほしいんだ」
借金のことは黙っておくことにして、ミアを買った理由を伝える。
「魔核を……ですか?」
ミアは小首を傾げる。
さっきよりいくらか表情が柔らかい気がした。
特に何もしてないけど多少なりとも心を開いてくれたということだろうか。
「そうだ、冒険者はたまに鑑定を持ってるやつがいるらしいからな、俺の力を鑑定されないためにも目立ちたくないんだ」
「わ、分かりましたっ」
俺の力を不思議に思っているだろうけど、何も言ってこなかった。
隠したがっていることを察したのだろう。
ありがたい。
「それと魔物と戦うことになるかもしれない」
これに関しては今伝えるか悩んだ。
魔物と戦うことを怖がられたらと考えたからだ。
だけどいずれ戦ってもらうなら遅かれ早かれだなと思ったのだ。
「は、はいっ、精一杯頑張らせて頂きますっ」
そこでのミアの反応は少しおかしい気がした。
緊張はしてる……だけど魔物にはあんまり怖がってないように見えた。
違和感を感じたけど、気負ってないならそっちのほうがいいだろうと思うことにする。
けど……今更ではあるが偽装スキルという手もあった。
奴隷は高いし、偽装スキルを買えばそれだけで確実に隠せた……
まあ結局は目立つことになるから、どんなやつに目を付けられるのか分からないし。
高いレベルの偽装と身を守れるだけの力を手に入れることができないなら目立たないのが安全策だと思う。
「………」
だけどほかにも理由はある。
誤魔化すのはやめよう。
俺は寂しかったのだろう。
きっともう一人は嫌だった。
だから絶対に裏切らない奴隷を買った。
「ご主人様っ!?」
目の前の少女の頭に手を乗せた。
そのまま撫でる。
「……これからよろしくな、ミア」
振り払われても構わなかった。
もしそうなっても咎める気はない。
ミアもいきなり撫でられて良い気はしないだろう。
「は、はいっ」
だけど彼女は抵抗しなかった。
顔を赤く染めたミアに苦笑する。
懐かしい感覚だった。
誰かと触れ合えることが、暖かかった。
「ご、ご主人様……?」
ああ……この顔は駄目だ。
こんな情けない顔はこの子には見せられない。
俺はしばらく黙ってミアの頭を撫で続けた。
ミアもそのまま撫でられ続けてくれた。
何も言わないでいてくれた。
そのことが俺には嬉しかった。




