第11話 奴隷の少女(2)
「この子がタダっていうのは本当ですか?」
男の人が少し驚いたように目を見開く。
「あ、ああ……本当だが……だけどいいのか? たぶん明日か明後日にはもう生きてないぞ?」
俺に本当に買うつもりなのかと確認をしてくる。
お金をほとんど持っていないと言った俺を心配してくれているのだろう。
それにクレームを入れられることを警戒しているのかもしれない。
なんにしても俺の答えは変わらない。
「……分かった、ちょっと待ってろ」
男の人が部屋を出ていく。
しばらく何をするでもなく待つと数分ほどしてから戻ってきた。
「これが契約書だ、問題がないならここに血を垂らせば契約終了だ」
見ておかないと後から後悔するかもしれない。
だから俺は一番上から最後までしっかりと目を通した。
面倒なところを省いてざっくりしたところを纏めるとこんな感じだ。
・返品は受け付けない。
・奴隷商側に過失がない限り何があろうと問題に関与はしない。
・契約魔法で奴隷は主に絶対服従となる。
・契約を解除したい場合は別途料金がかかる。
くらいだろうか。
他にも細かいのはあるけど主なのはこのくらいだ。
契約料自体は安く1万Gほどでやってくれるらしい。
「ナイフは借りれますか?」
尋ねると男の人がナイフを差し出してくる。
それを受け取ると俺は指先を軽く切って、書面に血を垂らす。
淡い光。
それは少しずつ広がって俺と奴隷の少女を包み込む。
「契約魔法で契約したからな、これで主人のお前にこの奴隷は絶対服従だ、
もし奴隷が命令に背く行為をした場合は即座にこの首輪が死んだ方がマシってくらいの激痛を与える」
「分かりました」
「ああ、それと命令違反での激痛で死ぬことはまずないがここまで弱ってるとそれも分からない。気を付けるんだぞ」
頷きを返して少女を背負う。
急がないと衰弱して死んでしまうかもしれなかったけど、ここでスキルを使うわけにもいかなかった。
呼吸は弱いけどまだ大丈夫そうだ。
街中でスキルは使いたくないからできれば家まで耐えてほしいところである。
奴隷商の男の人は、ちょっとだけ顔をしかめた……それでもすぐに表情を戻した辺りはさすがだった。
気持ちは分からないでもなかった。
これだけ汚れてたら抵抗があるってのは分かる。
でもこっちも別に綺麗というわけではない。
この少女よりは綺麗だけど、俺だって服なんかはボロボロだ。
まあ、カビまでは生えてないけど。
「じゃあいこうか、これからよろしく」
少女を見る。
やはり反応はない。
だけどなんとなく驚いてるように見えた。
赤い瞳が少しだけ揺らいでいた。
「っと」
落ちそうになる少女を強く背負う。
力を込めて落ちないように。
「―――――っ!?」
背中で少女が強張る。
反応がほとんどなくてガリガリにやせ細った女の子。
とても汚れてはいるけど……少しだけ見えた赤みを増した気がするその顔を俺は可愛いかもと思った。
◇
ギムルの街を出て、急いで家へと向かった。
彼女に負担をかけないために、できるだけ揺らさないように走る。
彼女を背負っているにも関わらず、意外にも疲れない。
息が切れることもなければ、疲労を感じることもない。
身体能力強化のスキルのおかげもあるんだろうけど、それ以上にこの少女が軽すぎた。
痩せすぎだろ……
そして、家に到着すると、扉を開けてまず獣人の少女をベッドに寝かせた。
「さて、まず最初の命令だ」
やはり少女は反応を返さない。
それに構わず俺は続けた。
「俺がこれから見せることを他者に伝える行為を禁じる」
よく分からないという顔。
頷くこともしないほど弱っている。
だけど聞こえてはいると考えてスキルを使う。
「目の前の女の子の体の洗浄、同じく体力と健康状態の全回復」
万能通貨のスキルを使用する。
全部で900Gもかかった。
意外と高いな……もしかして自分に使う時と他人に使う時では値段が違うのだろうか?
突然喋り出した俺を不思議そうに見る少女。
まあ、訳分からないよな。
内心で苦笑しながら脳内に浮かぶ購入リストをはっきりと見る。
『購入しますか?』
購入を念じる。
瞬間、少女の体を薄緑の発光が包み込む。
汚れが空間に溶けるように消えて行く。
垢や泥が落ちて、肉付きも少しずつよくなっていく。
くすんでいた白髪は雪のように白くなる。
「ぇ――――――」
獣人の少女は今度ははっきりと反応を示した。
いきなり体力満タンになって、綺麗になったんだから驚くのも無理はない。
ゆっくりと上体を起こして、手で顔に触れる。
確認するようにぺたぺたと全身に触れる。
「え……? え……?」
混乱しているのが見てわかった。
気持ちは分かる。
けど俺は俺の方で混乱していた。
可愛いすぎた。
さっきまでガリガリだった体は肉付きがよくなり、垢だらけだった体はシミ一つない白い肌に。
輝いてすら見える純白の髪は絹糸のようにさらさらと揺れている。
ルビーのような赤い瞳に、滑らかな白い髪……アルビノか。
ぱっちりとした瞳が正体不明の力を使用した俺を困惑と共に少しだけ怯えるように見つめてくる。
いや、落ち着け。
いくら女の子に免疫がないと言ってもこのくらいで動揺してたら今後の関係に支障が出る。
軽く息を吐いて気を落ち着けた。
「……えーと、色々聞きたいことはあるだろうけど、まずは……よろしく」
とりあえずは無難に挨拶をしておく。
獣人の少女はおどおどしながらも血色の良くなった顔で頭を下げた。
「あ……よ、よろしくお願いします……」




