第10話 奴隷の少女(1)
俺はあれから半日以上も眠り続けていた。
起きた時には日はすっかり上り、昼を過ぎていた。
色んなことがありすぎて、疲れていたのかもしれない。
目覚めた俺はまず、外れた肩をスキルで治す。
そして『万能通貨』というスキルの検証を始めた。
まず最初に、硬貨の扱いについて。
それについて分かったことは2つ。
吸収される硬貨は俺に触れていないと駄目だってこと。
少しでも離れていたら、どれだけ時間をかけたとしても、吸収はされなかった。
それと俺が望めば出し入れが可能ってことだ。
試しに10G出したいって頭の中でイメージしたら実際に鉄貨が出てきた。
それを再び吸収して、また出す、そんなことを何度か繰り返したけど、問題はなかった。
何度でも出し入れできるようだ。
次に購入の検証に入る。
結果から言うと少なくとも思いつく範囲では、購入できるものに上限はなかった。
例えば、生まれ持つことでしか取得できないユニークスキルだけど、知っているものはすべて表示された。
スキルの値段設定はレア度ごとに決まっているらしい。
コモンスキル
レベル1で『1000G』
レベル2で『2000G』
レアスキル
レベル1で『5000G』
ユニークスキル
レベル1で『1万G』
と、こんな感じになっている。
スキルは、次のレベルを購入する場合、その前のレベルのスキルを購入する必要があるらしい。
簡単に言うと、レベルを飛ばして最大レベルである5のスキルは買えないということになる。
そこまで考えて、俺は怖くなった。
こんな力を持っていると知られたらどうなるか……想像しただけでも恐ろしい。
悪い人間に利用されるとかはまだいいほうだ。
実験動物にされる可能性も……とか非現実的な内容も頭に浮かぶ。
だけど本心はそれ以上に、こんな特殊なスキルを手に入れたことが嬉しかった。
だって、なんでも手に入るんだ。
物だけじゃなくてスキルまでも。
英雄だって夢じゃないかもしれない。
けど、全く問題がないわけじゃない。
借金のこともあるし、このスキルを使うにはお金が必要になる。
そう考えた俺は、冒険者ギルドにゴブリン亜種の魔核を持っていこうとして――――やめておいた。
もしもギルド内に鑑定持ちのやつがいたとしたら、子供のくせにゴブリン亜種討伐したことに興味を持ってもおかしくはない。
冒険者は好奇心旺盛だからな。
しばらくはギルドに顔を出さないほうがいいかもしれない。
「けどそうなると仲間が欲しいな……」
代わりに魔核を売ってくれるような……
それに何より、山に行ってまた魔物と戦うようなことになった場合に死亡率が減るだろう。
あの時山の中で何度も死にかけた。
その恐怖は今思い出しても、身震いするほどだ。
そう考えると、一人でも仲間がいたほうが心強かった。
でもそうなると……どうしよう。
パーティ募集は違うな。
さっきギルドには行かないと決めたばかりだし、そもそも俺は冒険者ですらない。
頭を捻る。
パッと思いつくのは……
「奴隷だな」
俺の代わりに行動してくれる奴隷を手に入れれば、魔核を売っても奴隷がすごいってことになる。
結果俺は動きやすくなるはずだ。
強い奴隷だとなおよしだ。
それでも問題は色々あるだろうけど、その都度解決していこう。
まず奴隷についてだが、この国では道具と大して変わらない扱いだ。
持ち主である場合に限り何をしても許される。
極端な話奴隷を殺そうが何の問題もないってことだな。
しかし、奴隷は高いと思う。
俺も詳しいわけではないけど薬草集めるだけで人が買えるとは思えない。
今の所持金はこんな感じだ。
所持金『19850G』
正真正銘の全財産。
足りない気がするけど……見てみないと何とも言えないな。
奴隷だってピンキリだろう。
これだけで買えればラッキーだし、買えなくてもいつか購入することになったときのために値段を知っておく必要がある。
◇
そう思い立った俺はその日のうちに奴隷商へと足を運んだ。
そこは窓もしっかりと閉められ、外からはどのようになっているか見えない。
中を覗き込んでみると、湿っぽい空気が纏わりついてくるようだ。
「誰もいないな……」
誰か来るまで待った方がいいのかな。
それとも奴隷商はこういうものなのだろうか。
……来たことがないから分からない。
しばらく待ってみたけど……やはり誰も現れる様子はなかった。
少し奥に行ってみようかな?
◇
―――っ!
奥へと進むと誰かの声が聞こえてきた。
怒鳴るような男の大声。
俺は恐る恐るそちらへと向かった。
空気が重い。
重いというか濁ってる。
部屋のあちこちにカビのようなものが生えていて、臭いし汚い……
「おい、さっさと食べろ! また鞭がほしいのかっ!」
そこには一人の男と、床に倒れている奴隷らしき獣人の少女がいた。
エサ皿のようなものにどろどろとした食べ物が乗っている。
男はそれを食べるように言うが、声をかけられた女の子が動く様子はない。
ピクリともしない。
髪はボサボサで顔は垢だらけで頬が大きく窪むほどの栄養状態。
生きてるのが不思議なくらいだった。
「あの……すみません」
「ん? 誰だ? どうやってここまで入った?」
……やはり待つのが正解だったようだ。
けどここまで来てしまったのだから仕方ない。
話を聞いてもらおう。
「実は奴隷がほしくて来たんですけど、誰もいなくて」
「あー……それでここまで来たってか? だけど勝手に来たら駄目だぞ、奴隷商では誰か来るまで入り口で待つのが普通だ」
注意された。
それを聞き一言謝る。
「まあいい、それで金はあるのか?」
「いえ、ほとんどないですけど、一応どのくらい必要なのか見ておこうかと思って」
冷やかしみたいだな……怒られないだろうか。
内心どきどきするけど男の人は特に気にした様子もなかった。
「金がないか……それなら廃棄品間近の奴隷ならかなり安いぞ、死にかけだけど金がないなら買えるのはそのあたりだろう」
意外にも親切な答えが返ってきた。
怖そうな男の人だと思ったけど、実は良い人なのかもしれない。
「わかりました、見せてもらえないでしょうか?」
「……俺から言いだしておいてあれだが、ほんとにいいのか? 明日生きてるかも分からない奴隷だぞ?
死にかけならまだいいほうで変な病気や呪いにかかってるかもしれないんだぞ」
そこまでなのか……少し怖い。
それに奴隷のあまりの扱いのひどさにちょっと複雑な気分。
「あの、ところでその子は?」
虚ろな赤い目。
くすんだ白髪に猫の耳。
傷付いた体は栄養状態が極端に悪く肉付きが薄い。
生きているのかも分からない……そんな地面に横たわったまま動かない獣人の少女が気になった。
「こいつはもう駄目だ、処分することになるだろうな、お前がこいつにするって言うならタダでもいいぞ?
処分の手間が省ける。ああ、契約料はもらうけどな」
「……そうですか」
けど、俺には秘策があった、あのスキルを使えば治せる……
奴隷については知っていたけど、実際目にしてみるとそれは確かに人であり俺と何ら変わらないように見える。
それだけに、その姿は痛々しく、なんでこんな状態になってしまったのか好奇心のようなものが沸いてきた。
聞くだけはタダだ。
そう思い話だけでも聞いてみることにする。
「その子はどういう子なんですか?」
聞いた後でさすがに軽薄だったかもしれないと少しだけ後悔した。
しかし、男の人は何でもないように答える。
「ん? 詳しくは知らないが……親に売られたとかだったな」
親に売られる―――その言葉に俺は衝撃を受けた。
自分の境遇を思い出して胸が締め付けられる。
「別に珍しいことでもない。食い物が足りなくなるとかの理由で売られるガキは多いぞ」
その女の子に視線を移す。
垢と土汚れだらけのガリガリに痩せ細った少女。
同い年くらいだろうか。
体中に痛々しい傷跡などが見られる。
戦闘のことも考えるなら男の人がいい。
こんな小さい女の子じゃダメだ。
こっちだって借金が返せなくて奴隷になればいつかこの立場になるかもしれないんだ。
同情したっていいことはない。
「………」
けど、なぜか目が離せない。
虚ろな瞳。
栄養が足りていないその表情。
顔には薄らと涙の跡もついている。
理屈で判断するならこれは間違いだ。
でも―――いつか両親に捨てられた時の自分の姿と重なった気がした。




