表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚殺しの異世界譚  作者: 松秋葉夏
第三章『ベルナール騎士学院 学院編』
36/45

第十話『蠢く正義』

 その日、カルーソの馬車停留所に一台の馬車が停車する。

 二頭の馬に引かれた馬車の作りはシンプルなもので、アステリア帝国でもっとも多く普及している馬車だ。


 男は、その馬車を遙か遠くから眺め、降りてきた少年少女達を注意深く観察する。

 一人、一人と顔を確認していく内に、男の口角が吊り上がる。


「キヒヒ……」


 男はついに、彼女との念願の再開を果たす。

 忘れる筈がない。見間違える筈がない。


 あの、星のように輝く銀髪。宝石のような翡翠の瞳。白くきめ細かい肌。


 あぁ、どれほど焦がれただろう。もう一度、彼女に会う。それが、この男の全てだった。


 一目見た時から決めていた。彼女は男達の物だと。


 あの白い柔肌も、銀色の髪も、彼女を構成する全ては、自分たちの物だ。

 血の一滴。魂の欠片まで、全て、彼らの物。


「アイツが、そうか?」


 同じく、遠見の魔術で馬車の様子を伺っていた仲間の一人が、未だ薄気味悪く笑う男へと話しかける。

 男は興奮のあまり呂律の回らない言葉をもって、「そうだ」と告げる。


「……ようやく、得物が餌にかかったというわけか」

「キヒ……永かった。待ち焦がれた。あぁ、速く……」

「落ち着け。後、二人いる。あの女の仲間か?」


 そこで、ようやく男は少女以外に視線を向ける。


 金色の髪の少女の記憶はほとんどない。

 だが、黒色の少年の顔は見覚えがある。


 あの少年に殴られた記憶が疼きとなって蘇る。


「男、仲間……けど毒、効かない」


 男は、かつての記憶をたぐり寄せ、あの怪異な現象を口にする。

 魔術式を刻んだナイフで切りつけても魔術が効かなかった男。


 基本的に魔術式を刻んでも魔術は発動しない。たが、例外は存在する。

 その一つがあのナイフだ。ナイフに刻まれた魔術式はそれ単体では起動しない。

 だが、ナイフが肉を裂いた時にだけ、あの魔術は発動するのだ。



 魔術とは魔力――マナから生み出される。なら、そのマナが汚染されるとどうなるか――



 答えは簡単だ。

 マナは生命エネルギーの根源。その根源が汚染されれば、当然、体に悪影響が出る。

 このナイフの魔術式は厳密に言えば、魔術ではない。マナや魔力そのものに干渉する魔術は、魔術とは呼ばれない。呪術と呼ばれる。このナイフは、マナを汚染し、行動不能にする。それだけに特化したナイフであり、魔術のように、マナをまったく別の力へと変質させる物ではない。


 だが、あの男にはナイフの汚染が効かなかった。


「魔力を出していたのか?」

「出してない。そんな素振り見せなかった」


 このナイフの毒から逃れる方法は一つだけ。汚染されたマナを魔力として体の外に放出する事だ。

 だが、あの時、あの少年から魔力は放出されていなかった。

 何かまったく別の手段を用いて、ナイフの毒を無効化したのだ。


「イレギュラーか……面倒だな」


 思案顔を浮かべる仲間に、男は言った。


「今しかない」

「……わかってる。せっかくの得物だ。逃す気はねえよ……」


 男達はたった一人の少女を誘い出す為に、魔物をこの村へとおびき寄せていた。

 ただ、少女が一度、この村に来た。それだけの理由でだ。


 たったそれだけの理由で、村の近くには魔物が溢れかえり、村に住む人の命が脅かされたというのに、男達はその事に対して、微塵も謝罪の気持ちを持ち合わせていない。


 彼らにとって、あの少女の存在はなによりも優先されるからだ。

 だからこそ、たった一人のイレギュラー程度で、計画を止める筈がなかった。


「あのガキには何人か差し向ける。それで時間稼ぎになるだろう」

「殺さないのか?」

「殺せるか……どう見ても、あのガキはハズレだ」


 彼らの殺しが容認されるのは、あの少女に対してのみ。

 あの銀色の少女に対し、あらゆる罪が許される。

 無理矢理、犯そうとも、辱めようとも、拷問にかけようとも、非道と呼ばれる数々の行為を行おうとも、彼女が“ただ、召喚者”であるというだけで、許される。


 だが、逆に言えば、召喚者以外の人間に同じ事をすれば、それは罪となり、帝国――ないしは騎士団に裁かれる事になる。

 彼らもそれは望んでいない。

 合法的に犯せる。その背徳感がなによりも彼らを興奮させる。この帝国の狂った仕組みの一つだ。


「いいか? 計画通りに進めるぞ。余計な殺しはするな。俺達の目的はただ一人。あの銀髪のガキだ」


 男達はこの数ヶ月間で綿密に練り上げた作戦の詳細を脳裏に思い描く。

 抜かりはない。後は実行するだけだ。


 最後に、彼らは銀色の髪の少女を見つめた。

 その瞳は、狩りを行う獣のそれ。欲望に塗れ、穢れた瞳を浮かべている。


 彼らの一人が大仰に宣誓する。


「正義は我らにあり」


 少女――ユキナ=クローヴィスを狙った計画が、静かに動き出す――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ