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召喚殺しの異世界譚  作者: 松秋葉夏
第三章『ベルナール騎士学院 学院編』
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第九話『ベルナールギルド』



「さて、みんな揃ったかな?」


 ベルナール騎士学院から少し離れた場所。ベルナール正門に位置する門前広場にシドウ達のクラスは集合していた。


 周囲にはベルナールに訪れた商人や冒険者、または学院の先輩がひしめきあい、活気に満ちている。

 住人の居住区や、酒場、露店なども数多く設けられ、学生寮や訓練施設が大半を埋める学院街とは大違いだ。

 まるで、お祭りのような光景に声を張り上げたリースの点呼も埋もれていく。

 クラスメイトはこれから始まるイベントに興味津々といった様子で、リースの後ろに控える建物へと視線を向けている。


「うん。全員いるね」


 リースはろくに返事もしないクラスの点呼を終えると、ピッと人差し指を上げた。


「いい? なるべく礼儀正しくね? 君達は学生とはいえ、騎士なんだから。ギルドと学院に迷惑はかけないこと。じゃないと私のお給料に響くから。わかってるよね? シドウ君?」

「……なんで、俺だけ?」

「そりゃあ、君がこのクラスで一番の問題児だからだよ。嫌だよ? 無理なクエスト受けて借金抱えてくるのとか……」

「それは、激しく同感ですよ、先生」


 シドウは肩を竦めて同意する。シドウだって、リースに言えない借金を抱えているのだ。このイベントの重要性は、恐らく、ここの誰よりも熟知している。

 ホッと安堵の吐息をもらし、リースは扉に手をかけた。


「それじゃあ、行こうか。みんな準備はいい?」

「「「はい!」」」


 クラスの声が一斉に重なり、満足げに頷いたリースが扉を潜った。

 それに続き、シドウたちクラスメイトも『ベルナールギルド』へと向かうのだった。



 ◆



「さて、全員集合~」


 リースが大量にある掲示版の一角で手招きをする。

 クラスが集合したところで、リースの横にいたギルドの受付嬢が小さくお辞儀をした。


「皆さん、ようこそ、ベルナールギルドへ。私は学生騎士受付け担当のリッタと申します本日は、皆さんがこれから受ける学生クエストについての説明を行い、実際にクエストを受けてもらおうと考えています。注意事項などもありますから、寝ないで下さいね?」

 

 冗談交じりで始まったギルド説明。

 クラスは耳を傾けながら、リッタ=ファーレの話に耳を傾ける。


「学院の皆さんには仮プレートが発行されていますよね? まずそれがギルドでクエストを受ける際に必要となります」


 入学式当日に配布された仮プレートは学生証としての機能と本来のステータスプレートに似た機能が備わっている。

 一つは、所有者の個人情報。

 もう一つは、クエスト受注欄だ。


 シドウが昔所持していたステータスプレートには、他に、職業経歴や、仕事、討伐履歴など、様々な記載項目があったのだが、この仮プレートは極めて簡素だ。


「まず、この掲示版で受けたいクエストを選びます。そして、受けたいクエストが見つかれば――」


 リッタは手に持っていたプレートをクエスト掲示版に張られた紙へと近づける。

 プレートが紙と触れた瞬間、プレートが微かに発光。同時に掲示版に張られていた紙が灰色に変色した。

 なるほど。これでクエスト受注を行うわけか。


 カザナリにはなかった機能にシドウは目を丸くした。


「このように、プレートのクエスト受注欄に、今触れたクエストが記載されます。これで、正式にクエストを受けた事になります。なので、安易にクエストボードにプレートを触れさせないで下さいね? クエストの破棄は基本的に出来ないので」

「どうして、破棄が出来ないんですか?」

「それは、ギルドが信頼で出来た場所だからです。失敗ならともかく、破棄は依頼者の顔に泥を塗る行為ですし、そもそも、ギルドも君達や冒険者を信頼して依頼を出しています。ギルドのメンツにも関わる。だから、破棄が出来ないんですよ。もし、破棄を繰り返すようなら、ギルドは一切のクエストを提示しません。それだけの責任をもって、クエストを受けて下さいね? 学生だからといって子供扱いはしませんから」


 数名がゴクリと息を呑んだ。クエストの事もあるが、一番の理由はリッタの威圧感に圧されたが原因だろう。

 彼女も受付嬢として、ギルドを預かる責任、依頼者との信頼関係を預かってるのだ。言葉が強くなるのも頷ける。


 それに、これは同じギルドのマスターであるテイルも口を酸っぱくして言っていた言葉でもある。

 ギルドは信頼の証だ。

 ここでは、その信頼を裏切る行為は許されない。

 シドウ達は今一度、その言葉を噛みしめる。


「ええ、皆さん、いい顔になりましたね。それでは、説明を続けます――」


 そうして、リッタの説明は続いた。クラスには浮ついた気持ちは微塵もなかった。真剣な表情でリッタの話を聞き――


 リッタの説明が終わったところで、各々が掲示版へと集まっていた。


 ベルナール騎士学院の生徒が受けられるクエストはこの掲示版一角のみだ。

 それでも、直径十メール近くはある、巨大な掲示版で、所狭しと並べられたクエストに、シドウは目移りしていく。

 クエストの難易度は、ギルドが討伐なら魔物の種類や数、採取なら採取場所や採取する品種、迷子やお手伝い系なら、内容によって、クラス分けされ、FからSのランクで分類される。

 最初に受けるなら、やはりFランクだろう。迷子捜しや、農家の手伝い。建築作業の補佐や売り子など、簡単にできそうなクエストが並んでいる。クラスの大半はそれを受け、既に仕事場へと向かっている。


「さて、どうするかね……」


 学院でクエストを受ける場合、原則としてパーティを組む必要がある。シドウは当然、ユキナとアリシアとパーティを組んでいた。

 周りからは恨めしい声が聞こえて来たが、シドウはそれを華麗にスルーしていた。


 クエストを一瞥したシドウは顎に指を添える。


 ユキナとアリシアの実力なら、Dランクのクエストを受けても問題はないだろう。

 だが、Dランクともなると、場所が遠くなる。ベルナールから遠く離れた場所がほとんどだ。流石に一週間もとなると学院側が許可するか……


(最初に受けるなら、一日で出来るクエストか? けど、それじゃ、金がなぁ……)


 ほとんど日雇いのバイトのようなものだ。さしたる金額にもならない。受けるならやはりDランクだろう……


「先生、少しいいですか?」

「ん? どうしたのシドウ君?」

「Dランクのクエストととかは受けられるんですか?」

「で、D~!? き、君本気で言ってるの!?」

「ええ、まぁ」


 シドウは曖昧に頷きながら、リースの反応を見る。

 Dランククエストの大半は討伐系だが、中には採取系もある。もちろん、そのどれもがFやEランクのクエストとは比較にならないが。

 怒りを通り越して、呆れた表情を浮かべたリースは首を横に振る。


「そんなの許可出来ないよ。いい? Dランクって言えば、中級冒険者が依頼を受けるレベルの難易度だよ? 学院でも三年生が受けるか、希に腕に覚えがある二年が受けるもので、間違っても一年生が、初日に受けるクエストじゃないよ」

「でも、俺達のステータスなら問題ないような気もするんですけど?」

「……君も言っていたよね? ステータスが全てじゃないこと。いくらステータスがあっても、それに見合う実力がなきゃ、許可は出せないよ」

「……」


 その実力もあるんだが……

 シドウは曖昧な表情を浮かべ、言葉を濁す。

 ユキナの実力はカルーソで、冒険者を撃退した経験から中級冒険者並の実力はある。アリシアの治癒術士の腕だって、国内随一だ。それに、シドウは嘱託騎士として、召喚者達と死闘を繰り広げてきた。

 Dランクだって、問題なくこなせる自信がある。だが、シドウ達の情報を公開するということは、ユキナの正体に勘づかれるリスクを増やす要因にもなる。安易に発言するわけにもいかなかった。


 シドウが押し黙ったのを見て、リースはやれやれと肩を竦めた。


「Dランクの許可は出せなくても、Eランクの許可は出せるよ。それで我慢出来ない?」

「Eランクか……」


 正直、Eランクのクエストを見てもパッとしない。特に報酬が。

 難しい顔を浮かべるシドウをリースは物珍しげな目で見た。


 学院生活のシドウの態度は、有り体に言ってしまえば、悪い。

 授業中の居眠りは当然。授業をサボる事も多い。

 だというのに、特待生でいられるのは、容量の良さと、類い希な戦闘センスの賜物だ。

 最低限の出席日数を保ち、テストの点も良好。加えて、模擬戦では、恐らく教師ですら敵わないと思わせるほどの戦い方を見せる事がある。

 あの、戦闘経験はどこで培ったのか――少なくとも、幼少から訓練を受けなければああはならない――とリースは考えていた。


 そんな、不真面目な生徒を代表するシドウが、なぜか、クエストにはやる気を見せる。それがリースには不思議でならなかった。


「ねえ、シドウ君はどうして、高ランクのクエスト受けたいの?」

「え? 報酬以外に理由がありますか?」

「……」


 その言葉を聞いた瞬間、リースは沈黙した。そして、同時に思ったのだ。「この子は普段となにも変わっていない」と。



 シドウの借金の事など知る由もないリースが項垂れて、立ち去っていく。

 シドウは改めて、掲示版を見つめ始めた。


「仕方ねえ。この辺りで手を打つか……」


 討伐系クエストの内容に目を滑らせ、シドウは仮プレートを手にした。

 内容は周囲に出没した魔物の討伐。報酬はそこそこ。

 これなら、ユキナ一人に押しつけて、シドウはクエストという大義名分のもと、サボりを敢行出来そうだ。


「おーい、これにしないか!?」


 クエストに当りをつけたシドウは同じく、掲示版に貼りついていたユキナとアシリアの背中に声をかける。

 だが、二人とも振り返る気配がない。

 気になったシドウは二人に近づき、手元を見た。


「あ、シドウ!」

「シドウ君、そのゴメンね……?」


 片や目を輝かせるユキナ。片や申し訳なさそうに伏し目がちなアリシア。

 対極的な二人の様子を見て、シドウの中で嫌な予感が芽生える。


「ねえ、シドウこれにしない!? ううん、するから!」


 既にやる気のユキナがシドウの目の前にクエスト用紙を見せる。嫌な予感が早速的中した。

 既に、紙の色は灰色でクエスト受付けが完了している。この時点でシドウの退路は断たれたと言ってもいいだろう。

 気になるクエストランクは幸いEランク。シドウが狙っていたのとは別の討伐系クエストだ。


 内容は問題ない。報酬もシドウが目を付けたのと大差ない。

 ただ、勝手に決めるのは如何なものか……


 シドウだって、気を遣って、声をかけたのだ。クエストを受ける前に一声くらいあってもいいだろう。

 それに場所が問題だ。ベルナールからそれなりに距離がある。普通の馬車なら往復で一週間はかかる。実体験があるので、間違いないだろう。


 シドウは盛大にため息を吐き、眉間の皺をもみほぐす。アリシアが謝るわけだ。勝手にクエストを受け、しかも、それが『遠征クエスト』

 数日はベルナールに戻ってこれないだろう。

 それに、今から移動手段を探すのも大変だ。などと言ってももはや、後の祭りだが。


「お前な……相談くらいしろよ……」

「いいじゃない。どうせ戻る予定だったし」

「だからってな……まあ、いいが……」


 シドウは今一度、クエスト用紙を見た。



『カルーソ周辺の魔物討伐』



 クエストにはそう書かれていた。

 カルーソとはかつて、一泊だけ泊った事がある村の名前だ。

 小さな村で、村人同士の絆も深く、それなりに居心地がよかった村でもある。

 アリシアとの出会いの場所でもあり、テイルのいるカザナリから馬車で一日ほどの距離にある村だ。


 確かに、テイルに挨拶に行くにはもってこいのクエストだが……


(一週間はかかるな、こりゃあ……)


 長期クエストをいきなり受けたことをリースが知ると、絶対に小言を言うだろう。


 シドウは後で怒られる未来を想像し、億劫になりながらも、仕方ないと腹を括り、ユキナが見つけたクエスト『カルーソ周辺の魔物討伐』へとプレートを押し当てるのだった。


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