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召喚殺しの異世界譚  作者: 松秋葉夏
第三章『ベルナール騎士学院 学院編』
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第一話『新生活』

「――ん……」


 誰かがゆさゆさと体を動かす。

 心地よいまどろみの中にいたシドウの意識がゆっくりと浮上していく。


 このまま寝かせてくれ……と寝ぼけながら訴えるが、シドウを起そうとする誰かは目くじらをたてて力強くシドウの体を揺らした。


「シドウ、起きなさい! もう朝よ!」

「……あと五分……」

「五分前も同じ事言って起きなかったじゃない!」

「じゃあ……あと」

「後も何もない! 今すぐ起きなさい! アリアも私もとっくに準備出来ているんだから!」


 布団に潜り込んだシドウを布団ごと引っぺがし、床に放り投げるユキナ。

 流石のシドウも固い床の上では眠り続ける事も出来ず、のそのそと体を持上げる。


「なに……するんだよ……」

「それはこっちの台詞よ! 今日は入学式でしょ? 早く行かないと遅刻するじゃない!」

「……ん」


 シドウは目を擦りながら、大音量で怒鳴るユキナを見上げた。

 冒険者のような服装から一転。

 学院から支給された制服に袖を通している。

 白を基調としたブレザーのような制服は特殊な繊維で編まれており、耐刃、耐魔に優れ、一定以上の防御力を誇る。さらには温度調節機能も備わっており、装備した学生は常に一定の気温で過ごす事が出来る万能制服だ。ブレザーの下に着た黒色のシャツも気温調節機能こそ無いが同じく耐刃、耐魔能力がある。この装備だけで中級冒険者並の防御力があるのだから恐れ入る。

 ちなみに女子はシャツと同じく黒色のプリッツスカート。ユキナの場合、体を動かす事を想定しているのか、スパッツを履いている。さらに動きやすいブーツと実用性を重視した恰好だろう。

 一言で言うなら――


「……馬子にも衣装」


 その直後、ユキナのゲンコツがシドウの脳天に振り下ろされたのは言うまでも無かった。





「あ、お早う、シドウ君……どうしたの? ……頭なんて押さえて?」

「おう、朝から理不尽な暴力にあってな……」


 玄関を開けたシドウを出迎えたのは腰まで伸びた金色の髪とサファイアの瞳が特徴的な少女――アリシア=シーベルンだ。

 ベルナールに向かう道中で寄ったカルーソという小さな村で偶然知り合い、それ以来一緒に行動するようになった。

 家出中らしく、どこかの貴族の子供という事まではわかっているのだが、詳しくは知らない。この騎士学院への入学を決めたのも、冒険者のような生活に憧れる一方で、身の安全の確保と国からの支援を求めての事らしい。

 シドウ達との関係性を簡単に現すなら、パーティメンバーの一人だ。


 治癒魔術を得意とし、『癒しの姫君』という二つ名を持っている。治癒の実力も折り紙付きだ。プロ顔負けの実力の持ち主だ。。


 アリシアもまた新しい制服に新調しており、真新しさを感じる。

 清楚と言えばいいのか、着崩れなどは一切なく、ボタンも全部閉めている。校則では第一ボタンまでは開けてもいいらしい(ユキナもシドウも首元が苦しいのでボタンは開けている)のだが、アリシアはボタンを開けるつもりはないようだ。ユキナと違い、激しく動く事を想定していないのかスパッツなどは履いておらず、ニーソとスカートから覗く生足がシドウの理性をガリガリと削っていく。

 一言で表すなら天使が目の前に降臨していた。


「似合ってるよ。凄く」

「あ、ありがとう……」


 嘘偽りのない言葉にアリシアは頬を赤らめ、髪の毛を指先で弄り出す。

 シドウから視線を逸らしうつむき気味で、耳まで真っ赤に染まっていた。

 そんな二人の様子をユキナがジト目で見ていた。


「……私の時と随分違うじゃない」

「気にするな。どっちも本音だ」

「余計気にするわよ!」


 試験も無事に合格し、晴れて騎士学院への入学を果たしたシドウたち。

 当初の目的通り、特待生で入学する事ができ、学費などのお金の心配もする必要がなくなった。

 

 後は、この学院生活を平穏無事に乗り越える事だが――



 シドウの目論見は早々に潰える事になるのだった。シドウ自身の手によって。





 問題が生じたのは入学式後のHRでの事だった。

 つつがなく終了した入学式の後、簡単な学院の説明に加え、生徒それぞれに学生証となる『仮ステータスプレート』が配布された。


 シドウ達の担当教師となったリース先生がステータスプレートを見せながら概要を説明していく。


 ちなみに、リース先生は今年学院を卒業し、そのまま騎士学院の先生になったので、歳はシドウ達とそう変わらない。近い年齢という事や、女性らしい体つきに整った顔立ちから男性から人気を集め、女子とも早々に打ち解けていた。

 そのリース先生は先生が所持するステータスプレートを掲げながら教室全体を見渡す。


「いい? これがステータスプレートだよ。卒業しても使うことになるから、皆大切にしてね? 再発行にもお金がかかるから」

「先生、先生のプレートと私達のプレート、色が違うんですけど?」


 教室の中からそんな質問が上がる。

 ちなみにリースのプレートの色は白。

 シドウ達に配布されたのは灰色だ。

 シドウが嘱託騎士時代、騎士団から渡された色は黒。


 これには明確な違いがある。


「うん。当然の疑問だね。ステータスプレートには階級があるの。階級が上がるにつれ、ステータスプレートが更新されて色が変わる仕組みになっているの」

「どうやって更新するんですか?」

「う~ん、これは卒業後の話になるんだけど、簡単に言えば帝国への貢献――帝国が発展するような功績なり力を示せば上の階級に上がれるよ。因みに、ステータスプレートの最初の色は白だね。その次は確か……黒だったかな?」

「……私達、灰色ですけど……」

「うん。君達のプレートは『仮』だからね。学生の間だけ使えるプレートになるんだ。当然更新は出来ない。卒業して、初めてステータスプレートをもらえるまではずっと灰色のままだよ。だから、制限はある。受けられるクエストも学院が指定するものだけ。外部で受ける場合は学院の許可を取らなくちゃいけない。そのプレートを使って特定の仕事を始める事も出来ない。学生騎士専用のプレートなんだ」


 つまり仮免許みたいな扱いだ。正式なプレートが配られるのは卒業する時。

 それまでは、学院の庇護下に入ることになる。


「他に質問はないかな?」


 どこからも声は出ない。

 早くステータスプレートを使ってみたいと大半の生徒が浮き足だっていた。


「うん。じゃあ、待ちに待った最初のステータス更新をしよう。皆、プレートに魔力を流し込んで。それで君達の情報がプレートに表示されるから」


 その言葉を聞いて、一斉に全員が魔力を流し込んでいく。

 シドウは皆と同じく魔力を流し込もうとしたユキナの脇腹を掴んだ。


「きゃん!」

「……どうしたのかな、クローヴィスさん?」

「い、いえ……なんでもありません」


 奇声を上げ、突然立ち上がったユキナにクラスの視線が突き刺さる。恥ずかしそうに着席したユキナを見た後、全員が表示されたステータスプレートに目を通し始める。


 ユキナがキッと鋭い視線をシドウに向け、静かに怒るという中々に難しい事をやってのける。


「ちょっと、何するのよ!」

「なに、バカ正直に魔力を流そうとしてるんだよ」

「だって先生がそうしろって言ったじゃない」

「……自分の立場を忘れるな」


 ステータスプレートは流し込まれた魔力から正確に所有者の情報を読み取る事が出来る。魔力量や身体能力だけでなく、『小日向雪菜』という本名――そしてユキナが日本から召喚された召喚者である事も白日の下にさらす事になるだろう。



 アーチスでの召喚者の立場は何度も言ったように特殊だ。一人なら英雄と呼ばれる召喚者でもその数が千にも万にも達すれば、逆に世界を支配する侵略者になってしまう。

 英雄と呼ばれるだけの力が万にもなれば誰も手が付けられない。徒党を組んでアーチスを支配しようとすれば全面戦争だ。いや、すでにもう戦争は起こっている。



 騎士学院――いや、騎士団は召喚者と戦う為に帝国が作った組織であり、騎士の敵は設立当初から変わらない。ユキナ達召喚者だ。


 だからこそ、このステータス更新ではユキナの正体を隠す為に芝居打つ必要がある。


「いいか? 魔力を流したらすぐ俺にプレートを渡せ」

「う、うん……」


 ユキナがこっそりと頷く。シドウの真剣な表情を見て、事態を深く見たのだろう。


 息を呑んで魔力を流す。

 プレートに魔力が行き渡るには少しばかりタイムラグがある。

 全ての改ざんは無理でも、名前や気になるステータスくらいはシドウの力で消す事が出来るのだ。


 シドウはユキナから渡されたプレートに目を通す。



========================================


小日向雪菜 十七歳 女



能力・特性 【調律】


魔術適正 【全属性】


 体力 B

 身体能力 B

 攻撃力 A

 防御力 A

 魔力量 SS

 魔力操作 C


========================================



 その数値を見た瞬間、シドウは頭を抱えたくなった。

 十分なチートぶりだ。

 ステータスプレートに表示されるのは数字ではなくランク。

 FからSSまでの評価でランク付けされ、後の訓練次第で評価が上がっていくシステムだ。

 だが、この時点で生まれ持っての才能がある。魔力総量だ。

 こればっかりはいくら訓練しても増える事はない。

 それに魔術適正も【全属性】――これも普通なら有り得ない。

 魔術には対になる属性が必ずある。光属性との適正値が高ければ必然的にその反対の属性――闇属性の魔術との適正値が低くなるものだ。


 だが、ユキナは全属性の適正がある。


 因みに、シドウのステータスプレートはこうだ。



========================================


シドウ=クーリッジ 十七歳 男



能力・特性 【分解】



体力 B

身体能力 B

攻撃力 E

防御力 C

魔力量 E

魔力操作 A


========================================



 一般的な数値がEやDとすると、嘱託騎士や冒険者をやっていた分、身体能力や体力は平均より高い。

 だが、総合して見てみると『三流』の一言に尽きる。

 適正魔術の表示がないのは適正魔術がないからだ。



 シドウと比較するとユキナのステータスがいかに化け物じみたものかよくわかる。

 シドウの分解の能力でプレートを書き換える事が出来るのは名前を含めた二箇所のみ。


 あと、一箇所だけしか消す事が出来ない。


(何を消すべきか……)


 問題となっているのが魔力総量に適正魔術。それに能力の項目だ。

 既に騎士団に能力が知れ渡っているシドウはいい。

 だが、アーチス人で能力持ちは滅多に生まれない。

 千人に一人の割合だ。

 なら消すべきは能力か?


 だが、全属性もSSランクの魔力総量も厄介だ。


(くそ……もう少し時間があれば……)


 シドウは苦渋の決断で、一番危険そうな能力の項目を『分解』の力で消していく。

 ユキナの本名も消したところで、シドウはプレート内の魔力を操作していく。


 ステータスプレートは出力された魔力を使って情報を書き込んでいく。一度消した後に残った魔力を使い、意図的に情報を書き換える事は理論上可能だ。


 だが、時間制限がある。魔力がプレートに固着するまでの僅かな間。そして、流し込まれた魔力がシドウの力で分解された直後でないと書き直す事が出来ない。

 だから、よくて二箇所だけしか情報を書き換える事が出来ないのだ。


 そしてシドウの手によって書き換えられたユキナの情報は、名前がユキナ=クローヴィスに変り、そして能力欄が消えたものになる。



========================================



ユキナ=クローヴィス 十七歳 女



魔術適正 【全属性】


 体力 B

 身体能力 B

 攻撃力 A

 防御力 A

 魔力量 SS

 魔力操作 C


========================================


 これでもまだマシな方だろう。

 書き換えを終え、ステータスプレートをユキナに手渡す。


 そして、全員がプレートに情報を書き終えた頃、リースが一度ステータスを見せるようにと生徒全員に提示を促してくるのだった。


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