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召喚殺しの異世界譚  作者: 松秋葉夏
第二章『ベルナール騎士学院 入学編』
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第十三話『実技試験』

「シドウ君、体の方はもう大丈夫なの?」


 実技試験開始まで後数分。試験会場に集合していたシドウにアリシアがこっそり聞いてきた。

 シドウは体の調子を確かめながら笑顔を浮かべる。


「ああ。問題ない。心配かけたな」

「ううん。それならいいんだけど……」


 アリシアは納得いかない表情を浮かべているが、それ以上追求する事はなかった。

 心配して仕方ない事だと判断しただけかもしれないが……


 アリシアが心配したのはシドウの魔力回復量の事だ。

 二重詠唱はとにかく魔力の消費量が多い。数回の使用でシドウの魔力はほとんど枯渇しかけていた。魔力の源であるマナ総量が命に関わるほど減ってしまい、試験会場に細工を施した後のシドウは誰が見ても危険な状態だった。

 顔は土気色。体温も低く、血の巡りも悪かった。体は震え、焦点が定まっていない。マナ総量が四割を切り、シドウは身体機能を維持するのが困難になっていたのだ。


 試験が始まるまで十分な休養をとったおかげで、シドウのマナ総量は六割弱といったところ。体の不調は既に消えていた。素手で戦う分には問題ない。


 問題があるとすれば魔術行使だろう。

 恐らく今生み出せる魔力ではE級魔術が限界。それも四、五回が限度だろう。

 D級なら一発しか使えない。

 基本的には肉弾戦が頼りだ。それと設置した爆弾を上手く使っていくしかない。


「アリシア」

「なに、シドウ君?」

「最初に話した通りの作戦で行く。俺の事は気にするな」

「でも……」


 シドウがこうなる事は予め話していた。

 シドウの魔力量で多重詠唱したら数回でマナが枯渇する。魔術が使えなくなる事も、体調を崩す事もあらかじめ伝えていた。

 だが、話で聞くのと実際に目にするのでは受けるショックが違う。

 死人のような顔色を浮かべたシドウを見た時のアリシアは青ざめた顔を浮かべ、体を震えさせていた。

 治癒師として活動してきた彼女の目には死相が見えていたのだろう。すぐに治癒魔術を使おうとした。

 だが、現存する魔術では怪我は治せても、魔力やマナといった生命エネルギーを回復する手段はない。

 自然回復に頼るしかなかないのだ。それでもアリシアはシドウの制止を無視して必死になって治癒魔術を使ってくれた。


 そのお陰か、身体的な疲労だけはない。おかしな話かもしれないが、マナの回復も普段より早かった気がするのだ。


(マナの回復は健康な体ほど速いという話だが……)


 たった数十分の休憩で二割のマナが回復したのは、もしかしたらアリシアの治癒のお陰かもしれない。


「大丈夫だ」

「シドウ君……」

「俺達三人で特待生をとる。だから絶対に負けないさ」

「そうよ。アリアは少し心配しすぎね」

「でも……」

「いい? シドウは私の魔術の師匠なのよ?」

「そ、そうだよね……ユキナのお師匠さんなんだもん。大丈夫だよね?」

「ええ」


 説得力のある言葉だ。

 化け物じみたユキナの師匠というだけでアリシアの中にあった不安が消えて行く。


「ここ最近は毎回私に負けて、勝負から逃げるようになったし、魔力量も魔術の数も私の方が多いけど――」

「おい……」


 余計に不安を募らせてどうする?


 引き攣った顔を浮かべるアリシアをチラリと見たユキナはその不安を吹き飛ばすような笑みを浮かべる。


「シドウは絶対に負けないわ!」

「ユキナ……うん。そうだね」


 確証のない持論だが、アリシアは頬を綻ばせていた。

 もう問題なさそうだ。


 それに、アリシアの心配が杞憂だった事をシドウ自らが教えてやればいい。この実技試験で。


「よし、なら試験に集中しようぜ」


 そして、ようやく待ちに待った実技試験が開始した。



 ◆



 コロシアムに入った試験官が試験開始の合図をする。

 コロシアムに集まった三十人近い受験生が一斉に動き出す。

 中にはシドウ達と同じようにパーティを組み、連携をとる受験者もいた。

 武器を握った受験生同士が鍔迫り合いを始め、辺りに剣戟が鳴り響く。詠唱を始めた生徒たちの魔術がコロシアムに爆発音を響き渡らせる。


 試験が始まったのだ。


 このバトルロイヤルは推薦組だけが集められた特殊な実技試験。一般の受験が得意とする技術を試験官に披露するものなら、この試験は今の実力を試験官に見せるものだろう。

 魔術の使用も武器の使用もあり。何を使ってもオーケー。勝ち残ればいい。

 試験官にはこれ以上なく自分の力を示せる場でもあり、同時に負ければ一発で失格だ。

 推薦組はギルドや騎士に見込みありと判子を押されただけで、立場は一般の受験生と大差はない。実技で失敗したからといって一般枠に移されることはないのだ。

 勝ち残ればエリート。負ければ騎士にすらなれない。いくら資質があろうと同じ受験生に負ける程度の実力は騎士団にはいらないのだ。



 現に、今コロシアムから落ちた受験生の一人が試験官に縋り付くが、試験官は視線すら合わせようとしない。

 もし、賄賂でも渡そうものならその場で首を切られるだろう。


 もう後には引けない。


「シドウ?」

「ああ、そうだな」


 シドウはユキナに予め設置した爆弾周辺の認識阻害の魔術を解除するように指示を出す。

 その瞬間、空白地帯だったその場所に逃げ込むように数人の受験者が殺到し、その直後、シドウが設置した【エア・ショット】に吹き飛ばされ、場外へとはじき出されてしまう。

 同じような光景が他にも二箇所で発生した。全てシドウが設置した【エア・ショット】だ。

 周囲の受験生が息を飲む声が聞こえた。

 予め、魔術を設置するのは違反ではないか? 誰かがそう叫ぶ。


 だが、試験官は首を横に振った。


「いいや、違反ではない。明確にそう宣言していない以上、違反とする事は出来ないだろう」


 試験官の言葉を聞いたユキナとアリシアが安堵の息を吐く。

 ここでもし、試験官が違反行為だと言えば、ユキナやアリシアはともかく、シドウは退場させられていたかもしれないのだ。

 まあ、違反にはならないと初めからわかっていたが……


 シドウが嘱託騎士として騎士団にいた頃、騎士団の戦い方は綺麗な戦いとは言い難かった。そこに召喚者がいればどんな卑怯な手だってやってみせる集団だ。人質、囮、奇襲、闇討ち――シドウが知っている中でもこれだけあるのだ。


 戦いの場に予め罠をしかけるなど、騎士団の連中ならごく普通にやってのける。騎士とは名ばかりの連中だ。


「当然、褒められた行為ではないがな」


 試験官は眉間に皺を寄せ、呻いた。シドウとしては「どの口が……」と愚痴を零したくなったが、その言葉は胸の内に留めた。


 さて、シドウの設置した罠が幸先のいい結果を弾きだした。


 後はこの罠を上手く利用しながら、立ち回り上位に食い込む。


「ユキナ、アリシア、作戦通りに行くぞ」

「ええ!」

「う、うん。頑張る」


 直後、シドウはコロシアムの中心に向かって走り出す。



 ユキナの一年間の訓練の成果を、騎士団を抜けた後のシドウの成長を、アリシアがシドウ達との出会いで培った技術を、この実技試験で見せつけるとしよう。


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