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召喚殺しの異世界譚  作者: 松秋葉夏
第二章『ベルナール騎士学院 入学編』
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第十一話『ベルナール騎士学院』

 試験当日。

 シドウ達は少し早めの朝食を済ませ、最後の身支度を整えていた。

 試験が午前と午後の二つに別けられ、午前は座学。午後は実技となっている。

 午前の座学に関しては推薦状を持つシドウ達にはほとんど意味がない試験だ。

 ギルドマスターや騎士団から推薦されるとはそれだけの意味を持つ。教養はあって当たり前と思われているのだ。ぶっちゃけ、名前だけでも受かるとテイルから聞いている。

 


 受験番号に従い着席したシドウたち。受験場号が連番だった為、ユキナやアリシアとは同じ列だ。

 前に座るアリシアから渡された問題用紙をザッと流し読みして、シドウはペンを握った。


(話に聞いていた通り、本当に基本的な事ばかりなんだな)


 この国に住んでいればわかる問題ばかり。皇帝の名前や首都の名前。簡単な数学に文字の読み書き程度。これならユキナでも解けるだろう。アリシアもユキナも手を休めることなく答案に記入している。

 シドウも同じく筆を進めながら、最終項目で少し頭を悩ませた。



『召喚者の事をどう捉えるか』



 それが試験の最終問題だ。

 模範的な回答は当然『この世界の敵』――否定的な意見だろう。騎士の務めはこの世界の平穏を保つこと。世界を混乱に貶める召喚者は排除すべき敵だ。


 シドウの後ろで試験を受けていたユキナは一瞬息を詰まらせるものの、スラスラと文字を書く音が聞こえてきた。模範解答を書いたのだろう。前に座るアリシアの筆も止まることがなかった。

 止まったのはシドウだけ。


 シドウは少しばかり考え込んでから、答案を埋めていった。


 全ての答案を記入し終え、シドウは席を立つ。この座学試験は試験終了まで座り続ける必要はない。回答が終われば、試験官に提出。その場で採点され、合否を言い渡されるのだ。

 教壇に座る試験官に答案用紙を渡す。

 座学試験の試験官は女性だ。中性的な顔立ちをした女性。遠目から見たら若い男にも見えそうな女性だった。

 外見年齢は二十歳くらい。だが、外見年齢が実年齢と同じとは限らない。彼女に関して言えば、それはより顕著に現れるだろう。

 横に伸びた少し長めの耳が特徴的な女性。種族はエルフだろう。エルフは生命エネルギーの操作に長け、若い外見で数十から数百年生きると言われている。若い姿を保ったまま、寿命を迎える事もあるそうだ。

 鋭い翡翠の眼差しに、うなじ辺りで一房に纏めた黄金色の髪が神秘的だ。

 体型は長身のスレンダー。シャツにスリムタイプのパンツを履いているから本当に男装しているみたいだ。

 

 シドウは答案用紙を眺める試験官を見つめ、「はて?」と首を傾げる。

 試験官の顔に見覚えがあったのだ。当然、シドウはベルナール騎士学院に知り合いはいない。他人のそら似だろうとは思うが、誰と混同したのか思い出せない。

 そうこうしているうちに、答案を採点し終えた試験官がシドウの事をジッと見つめた。

 射貫くような鋭い視線にシドウは経過心を募らせる。

 採点の時、試験官の目が一瞬見開いたのをシドウは見逃さなかった。

 採点時間からして、彼女の目に止まったのは最終問題。あの召喚者に関する問いだ。

 博打のような回答をしたからこそ、シドウの頬に冷や汗が伝う。

 まさか、あの回答で不合格になる事はないだろうが、もしかしたら目を付けられたかもしれない。

 そんな警戒心を抱くシドウを余所に答案を机に置いた試験官は一言。


「合格だ」


 そうシドウに言い渡す。

 シドウはその言葉にホッと胸をなで下ろした。

 

(なんだったんだよ、あの間は……心臓に悪い)


 あの数秒間の緊張を返せと言いたくなったが、グッと我慢する。ここで揉め事を起すのは得策じゃないし、早く実技試験で使う会場に行きたかった。時間が遅くなればそれだけで下準備が遅れる事になるからだ。

 会場へ行こうと足を向けたシドウの背中に、不意に試験官が話しかける。


「どこへ行くつもりですか?」

「どこって、実技試験の会場ですが?」


 シドウより前に合格した受験者は既に実技試験の会場に向かっている。アリシアも一足先に向かっていた。

 座学試験も無事合格した。実技試験の会場に向かっても問題ない筈だった。シドウは試験官に向き直る。


「君には聞きたい事があります。少し話を聞かせてくれませんか?」

「……出来れば、実技試験の会場を下見したいのですが?」


 バトルロイヤルを勝ち抜く必勝法。それは前もって試験会場に魔術による爆弾をしかけることだ。戦闘の混乱に乗じて、起動。一網打尽にする。この作戦を行うには事前に魔術を施術する下準備が必要だ。

 この作戦を馬車の中でユキナやアリシアに話した時は凄い剣幕で否定されたが、特待生として勝ち抜く為には、どんな手段でも使えるなら使うべきだ。

 それに実技試験では武器の持ち込みが許可されている。なら、シドウのこの作戦もかなり黒に近いグレーだろう。必死に説得して、二人を納得させるのに数日かかったのだ。この苦労を無駄にしたくない。


「試験会場の下見なら必要ありませんよ。会場は公平を期すために遮蔽物のない円形のリング。推薦持ちの受験者は一斉にその場で戦い、戦闘不能、もしくはリングから落ちた物が失格。上位十名が合格。その中でより成績のよかった、あるいは学院長の目に適った三人が特待生として入学を許可されます」

「……」

「これで、君が下見に行く必要はなくなりましたよね? これで心置きなく話が出来る。それに――」


 試験官はそこで一度言葉を句切ると、軽い殺気を滲ませ、シドウを睨む。


「君には是非、正々堂々と戦って欲しい」

「――ッ!」


(この人、俺の作戦を――見抜いて!?)


 でないとこんな言葉が出るわけがない。この女性試験官は一目見た瞬間にシドウが魔術師であること――それだけじゃない。魔力量が劣ることや魔術生成の欠陥を見抜いてきたのだ。さすがは魔術に長けたエルフだけはある。

 それと同時に、シドウは自分の間抜けさを呪いたくなった。

 何が他人のそら似だ――

 シドウとこの女性は面識がある。


 シドウが嘱託騎士時代の頃、彼女は帝国騎士団――それも十三人いる団長の座にいた一人だ。

 翡翠の瞳に黄金の髪を持つ、男のような女エルフ――エル=フィリア騎士団長。魔術と剣術に長けた近接魔導騎士。近接戦における魔導戦で彼女に勝てる人間はアーチスには存在しないと言わしめた伝説を持つ女性だ。

 

(なんで、こんな人が一学院の試験官を? いや、そんな事より……)


 騎士団長が目の前にいるというのに、誰も気づかない異様さ。シドウだって、今、言葉を交わしたこの瞬間まで、目の前の女性がエルだと気づけなかったのだ。


「どうやら、私の正体に気付いたみたいですね?」


 静かな教室内で彼女の声が凛と響き渡る。だが、誰も気にした様子がない。恐らく、魔術で音声を遮断しているのだろう。

 シドウも周囲を警戒しながら口を開いた。


「……なんで、こんな場所に?」

「趣味ですよ。若い子の成長を見るのが好きなんです。それにしても、やはり、シドウには魔術が効きづらいようだ」

「……なるほど。そういう事ですか」


 エルの話を聞き、この異様な教室の正体に気付く。

 魔術だ。

 エルは魔術の天才だ。その中でもエルの得意とする魔術――相性のいい魔術は光属性。光を操る魔術は多種多様で、光学迷彩のように姿を消す事も、光の屈折率を調整する事で、視覚情報を操る事が出来る。

 側にいる筈なのに、目に見えない。見ているのに、見えていない。あるいは別人に見せる――光魔術は視覚操作に長けた魔術でもあるのだ。

 エルほどの実力者ならば、呼吸をするように魔術を操り、姿を書き換える事が出来るだろう。それがこの異質な教室のネタばらしだ。


「確か、『分解』――それがシドウの持つ特性でしたね? 魔術や異能を分解する力。実に面白い能力だ」

「……そのお陰で、俺は何時までたっても三流ですけどね」


 シドウの皮肉にエルはポカンとした表情を覗かせる。


「……あぁ、魔術は魔力の生成、分解、魔術として再構築する事で成り立つ技術ですからね。シドウのその特性は魔力の分解に相乗効果を与える。どうしても魔術の再構築に時間がかかってしまうのでしょう」

「……」


 こうも試験会場でシドウの実力を大っぴらにバラされるのは居心地が悪い。魔術だって万能じゃない。姿や声を遮断しているからって油断出来ないのだ。誰がエルの魔術を突破し、聞き耳を立ててるか分からない。今も答案用紙を持った受験生がシドウの脇を通り、エルに答案用紙を見せていた。シドウの肝が冷える。

 エルはそれを受け取ると、ザッと流し読み、「不合格」と告げた。


 シュン……と肩を落とした受験者は顔を真っ青にしながら、トボトボと教室を後にする。

 エルのたった一言で、あの子は騎士としての将来を失ったのだ。


「なぜ、不合格なんです?」


 あの受験者の答案はある一問を除いて、ほとんどシドウと同じ回答だった。

 しかも、最後の問いは、実に模範的な回答だった。不合格になる筈がない。


「愚問ですね。この試験は既に結果が出ている試験ですよ?」

「言ってる意味が分かりませんが」

「この座学試験の本質は、戦闘では計り知れない潜在能力の有無を計るものだ。教養など後で幾らでも身に付ける事が出来る。私達が見ているのは本質なんですよ」

「……本質?」

「ええ。現在の魔力生成量や魔術、剣術がその人の全てではない。より強くなる可能性――言わば資質がどれほどあるのか――それを生命マナ操作に長けた私達エルフが試験官として実際に見るんですよ。資質があれば合格。なければ不合格。簡単な話だと思いませんか?」

「……なら、俺には可能性があったんですか? 今よりも強くなる可能性が」

「ないですよ」


 エルははっきりと断言した。シドウに成長の可能性がないことを。


「武術はまだ成長の余地はあるでしょう。ですが、一流にはなれない。シドウの可能性はとっくに開花していますよ」

「今の俺が最高値だと?」


 魔術も武術も三流。この現状が?


「ええ」

「なら、どうして、俺を合格にしたんですか?」

「シドウは自分が思っている以上に価値のある人間だという事ですよ」

「……あんたらにとっての俺の価値なんて二年前のあの日に失っているはずだ」


 エルは一瞬驚いた顔を浮かべる。

 何か思い詰めるような表情を見せ、唇を噛みしめた。


「……正直に言おう。二年前の事件で大勢の騎士が君を恨んでいる。殺してやりたいとも思っているだろう。現に君を殺せと勅命が下された事もある」

「……」


 シドウはエルの話を黙って聞き続ける。

 帝国騎士団がシドウに良い感情を抱いていないのはシドウ自身が一番よくわかっている。

 騎士団に命を狙われた事があるのは初耳だが、そうなってもおかしくない裏切りをシドウはかつて犯した。


「君に悪気はなかったのでしょう。嘱託騎士とて戦った君の二年が我々との信頼の証だった。だからこそ、許せない。我々の期待を裏切った君の行いが、大勢の同胞を手にかけた君の愚行が、許せない騎士が大勢いるんだ」

「……勝手な事を」

「シドウ?」

「あんたらが俺を拾って、あんたらの敵と戦わせたんだろ!? 勝手な期待押しつけて、自分達の失敗を俺に押しつけて、挙げ句、恨み言かよ。だから騎士団は貧弱なんだよ。だから、足元を掬われたんだ。この俺に!」

「……君は変わったな」


 まるで反逆ともとられかねないシドウの暴言をエルは涼しげな顔で受け流し、ポツリと呟いた。

 シドウは居心地が悪そうに視線を逸らす。


「騎士団にいた頃はもっと人形のような――ただ命令を聞くだけの『物』だった。君がこんなに感情を表に出したのも、自分を悪く言うような素振りを見せたのも初めてで少し驚いた。いや、違うな。この会場に来た時から、君の人間らしさに私は言葉を失っていたよ。テイルから少し話は聞いたが、実際に目にするまでは信じられなかった」

「……そうですか」

「それはいい変化だ。あの頃のシドウより、今のシドウの方が私は好意を持てる。それに、騎士団の総意と個々人の感情は別だ。君を恨む者は多い。だが、テイルや私のように君を守った騎士もいるのだ。君の勅命が取り消されたのも、半数の騎士団長がそれを拒否したからだ」

「物好きなヤツもいるんですね。到底許せる事じゃないでしょうに」

「そうだ。許される事じゃない。だが、君の危険性は重々に承知していた。君を嘱託騎士として招き入れた時から。だから、今の君と少し話しがしたいと思ったんだ」

「今の……?」

「そうだ。君は一度、騎士から逃げた。なのに、なぜ今一度、騎士を目指す?」

「……」

「君には既にステータスプレートがあった筈だ。この学院にはステータスプレート欲しさに来る子も大勢いるが、君は違う。君は騎士になるためにここに来た。違うか?」


 違う。とシドウは言える立場にない。

 ここでエルの発言を否定すれば、より一層怪しまれる。ユキナをこの学院に匿おうとしている魂胆が早々に見抜かれることだけは避けなければならない。


「そうだ。俺は騎士になる。もう一度」

「……白々しいな。以前の君なら騙し通せただろうか、今の君の嘘は見抜きやすい。人間らしくなったからか?」

「……ッ」


 やはり通用しないか……


 伊達に数百年生き続けたわけじゃない。エルの洞察力は並の人間のそれを上回っている。シドウの嘘程度なら呼吸の乱れ、視線の動き、微かな身じろぎ一つでバレてしまうだろう。


(どうする? どうすれば……!)


 必死に打開策を模索する。だが、どう言い繕ってもエルを騙し通せる気がしない。

 いっそユキナことだけは伏せ、白状するか? だが、ユキナの事を知らせず、シドウが騎士学院への入学を決めた理由を話す事が出来ない。この学院を目指したのは全てユキナの為だ。それ以外に理由は、ない。


 思い悩むシドウにエルは柔らかな笑みを浮かべて言った。


「思い悩む必要はありませんよ。別に君の秘密を詮索しようなんて思っていません。言ったでしょ? 君には価値がある。君のその能力。そして君の持つ情報、仕込まれた戦闘経験……我々と密な連携がとれるシドウをそのまま捨て置く事は出来ない」

「なら、なんで呼び止めた? 正体がバレる危険性まで犯して俺に接触した理由はなんだ?」

「聞きたいと思ったのです。君はあの組織の一員としてこの学院に来たのですか? それとも、本当に騎士になるために?」

「守りたい人を守る為に。アイツらと俺は関係ない」

「……そうですか。なら、君の成長を存分に見せて下さい。次の試験、期待していますよ?」


 エルとの話はそれで終わり、解放されたシドウは教室を飛び出した。急げば、最悪一つくらいは仕掛けが出来るかもしれない。


 焦る心を押さえつけ、シドウは実技試験の会場へと急ぐのだった。



 ◆


 シドウを見送ったエルはその後、座学試験を滞りなく終え、眉間を揉みながら長々とため息を吐く。


「今年は中々の粒ぞろいですね」


 毎年、受験生の中には興味を惹かれる才能を秘めた人材が来る。

 だが、一度に三人も現れたのは希だ。


 しかも、三人とも違った才能を持つ逸材。

 一人は治癒のエキスパート、アリシア=シーベルン。

 そして一人は、潜在能力の原石、ユキナ=クローヴィス。

 最後の一人は生まれ変わったシドウ=クーリッジ。


「『変革者』とはよく言ったものだ」


 エルは三人の答案を見ながら独りごちる。

『変革者』それはシドウが最後の問いで答えた回答だ。召喚者の事を『変革者』と表現したのは後にも先にもシドウただ一人。

 それに他の二人の意見も興味深い。

 アリシアは『お友達になりたい』と今の召喚者と世界の構図を真っ向から否定する意見。

 ユキナは『この世界の不条理』と回答していた。この回答は召喚者にもアーチス人にも共通する見解ととれるだろう。


「……面白い三人だ」


 まったく性格の異なる三人が、何を見せてくれるのか、エルはその事ばかり考えていた。


「今年の特待生は決まりましたね」


 ベルナール騎士学院の学院長を務めるエル=フィリアは小さな笑みを浮かべ、シドウの答案用紙を指で撫でる。


 機械同然だった少年が『変革者』と出会い、どう変わったのか――その成長ぶりを見るのが本当に楽しみだった。



 座学試験を終え、昼休憩を挟んだ後、最後の試験――実技試験が幕を開けた。


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