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召喚殺しの異世界譚  作者: 松秋葉夏
第二章『ベルナール騎士学院 入学編』
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第十話『試験前夜』

 ベルナールに着いたシドウ達は目的地であるベルナール騎士学院へと到着していた。

 門前とは逆方向に位置する学院。

 中央の噴水広場を抜け、さらに奥。町の端にそびえ立つ巨大な施設。それがベルナール騎士学院だ。

 ちなみに、噴水広場は四方に別れた道があり、それぞれ、門前前、魔導器研究機関、商店街、ベルナール騎士学院へと続いている。民家は門前前や商店街地区に密集し、魔導器研究機関は関係者以外立ち入り禁止となっている。ベルナール騎士学院周辺も似たようなものだが。

 ベルナール騎士学院周辺は教職員や学生が使う寮。また訓練施設が大半を占めている。

 全寮制の騎士学院では入試を受けると仮住まいとして学生寮の一室が与えられ、合格と同時に正式な寮として使うことが出来る。ちなみに、テイルやセツナからの推薦状を持つシドウ達は一人部屋を借りる事が出来た。しかも運がいい事に隣り同士だ。これならすぐに連絡を取り合う事も出来る。


 ちなみに、受験を明日に控えた今日、ユキナやアリシアは勉強道具一式を持ってシドウの部屋にきていた。

 荷ほどきもまだのシドウは作業をしながら、二人の様子を見守る。


「へえ……アリシアって頭いいのね」


 ペンを手元でいじりながら参考書と睨めっこしていたユキナが疲れ切った表情を見せていた。

 推薦状を持つとはいえ、筆記試験が免除になるというわけではない。推薦状は言ってしまえば、『才あり』とギルドマスターや騎士団から認められた証だ。逆に通常の試験よりも難易度は高くなっている。もっとも、求められるのは戦いのセンスで学業に関しては二の次のようなところもあるが……

 ちなみに、シドウもテイルも文字の読み書き、魔術理論程度は教えたが、それ以外の知識に関してはほとんど教えていない。時間が無かったのもあるが、必要性を感じなかったからでもある。


 ちなみに、今、開けている参考書はアステリア帝国の歴史書だ。受験とはまったく関係ない。

 何かしてないと落ち着かないとの事で始めた勉強のようだ。


「お母さんから厳しく言われたんだ。この国の歴史――ううん、伝承を知ることは大切だって。それにユキナも凄いじゃない。魔術理論とかそこまで深く勉強してなかったから参考になるよ」

「私の場合、死に物狂いだったから……」

「え……?」

「私に魔術を教えてくれたお爺ちゃんは実践主義で、何度も気絶させられたし、魔術理論はシドウから徹底的に叩き込まれたし、徹夜なんて当たり前で何度も目の下にクマを作ったわ……」

「た……大変だったんだね」


 崩れ堕ちるユキナの頭をアリシアが優しく撫でる。まるで鬼教官のように言われたシドウとテイルだが、それは大きな間違いだ。

 一年でここまで仕立て上げるには多少強引な手段を用いるしか無かった。朝から夕方まではテイルと魔術実践。夕方から就寝――場合によっては朝まではシドウが尽きっきりで魔術に関する全般を教えていた。

 最初はサンドバッグだったユキナも、一年でようやくテイル相手に十分は粘れるようになった。素晴らしい成長速度だ。身を粉にしたシドウの苦労も報われる。眠れない夜を過ごしたのはシドウも同じなのだ。

 本当に恐ろしかったのはテイルの方だ。ほとんど毎日のように魔術訓練をしていたのに、息を乱すどころか汗一つかかない。年老いて現役から引退したはずなのに、その面影を見せないのだ。むしろ日を追うごとに活き活きし始めたようにも思える。


(まったく、あのマスター、怪物にもほどがあるだろ……)


 あのサンドバッグ姿は流石のシドウも青ざめた表情を浮かべ目を伏せていた。上手く加減し、疲労を翌日まで残さない吹き飛ばし方に、訓練後の魔術医療によって、ユキナは常に全快でサンドバッグになっていたのだ。拷問に近かった。


「そう言ってくれるのはアリアだけだよ~ シドウなんて問答無用で筆を握らせようとしてくるんだから! 本当に勉強が嫌いになりかけたわよ!」

「そのお陰で今があるんだ。むしろ、俺達に感謝して欲しいくらいだが?」

「感謝はしても、気持ちは別よ。この鬼!」

「あはは……二人とも落ち着いて……」


 喧嘩へと発展しかけたユキナをあやしていたアリシアは屈託無い笑みを浮かべながら開けていた参考書を指でなぞる。

 感慨深そうに折り目のついた参考書を撫でる姿。余程愛着があるのだろう。

 

(さて、どうしたものか……)


 アリシアとシドウ達の関係は少し複雑だ。一緒に受験を受ける仲間ではあるが、それ以上の仲とも言いがたい。

 馬車の中で話が続かず、しりとりに発展したのも、互いの身の上話が出来なかったからだ。

 アリシアはどこかの貴族令嬢で家出中。騎士団のセツナと面識がある――その程度しか知らない。

 アリシアの方もシドウ達の事をほとんど知らないのだ。どこの村出身とか、趣味、特技も知らないはず。召喚者であるユキナの情報を不用意に出す事も、相手の事情に巻き込まれる事も避ける為に、今日まで深く踏み込んでこなかったのだ。


 だが、綿密な連携をとる為にも、少しくらいは身の上話も必要かもしれない。いつまでも他人行儀なままでは明日の試験にどう影響が出るかわからない。


「……アリシア」

「ん? なに、シドウ君?」

「大した話じゃないんだが、その参考書、母親から?」

「え……?」


 突然の事にキョトンとした顔になるアリシア。それも当然だ。シドウが身の上話を聞いてくる事なんてこれまで一度も無かった。驚くのも無理はない。

 少し考えるような素振りを見せてから、アリシアはコクンと頷く。


「そうだよ。お母さん、元冒険者でね。その時、世界の伝承を探すのが好きだったみたいなんだ。この本もお母さんがその頃使っていたものらしくて」

「アリアのお母さんって冒険者だったの!?」

「う、うん。もう引退してるけどね。私もお母さんみたいな格好いい冒険者にはなりたいなって思ってるよ。騎士学院に入ったらクエストも受けてみたいし」

「クエスト?」

「うん。ユキナ知らないの? 学院に入ったら仮ステータスプレートが学生証とて配布されるらしいよ。そのステータスプレートがあれば、学院のクエストが受けられるんだって」

「き、聞いていない……」


 ユキナの視線がシドウを射貫く。

 シドウはさばさばとした態度で言った。


「聞かなかったからな」

「知らない事を聞けるわけ無いでしょ! なんで今まで言わなかったのよ!」

「合格したら言うつもりだったんだよ。そもそも、あの頃のお前にそんな余裕あったか?」

「そ、それは……」


 シドウに言い負かされたユキナはそのまま俯く。アリシアはシドウ達の様子を眺めながら首を傾げる。


「二人って何時から一緒だったの? 初めて会った時から仲がいいな~って思っいたんだけど?」

「あ、アリア? そ、それは……」

「一年前だ」

「シドウ!?」


 言い淀むユキナの代わりにシドウが即答した。慌ててユキナが耳元で呟く。


(いいの? そんなこと喋って!?)

(いいから、少し黙ってろ)


 シドウはユキナを適当にあしらってから、アリシアに視線を向けた。一歩歩み寄る為に、シドウも腹を括ったのだ。


「ユキナは一年より前の記憶がないんだよ」

「え……?」

「俺がユキナを拾ったのはカザナリの近くにあるルーミエって霊峰の近くなんだ。コイツ、そこでぶっ倒れていてな。話を聞いても何もわからない。ここがどこだが知らないって。覚えていたのはユキナって名前だけなんだよ」


 嘘と現実を上手く織り交ぜ、シドウは話し始めた。

 ユキナの話を聞いたアリシアは心配そうな眼差しでユキナを見つめる。


「ユキナ、それ本当なの?」

「う、うん。いきなり知らないところで目を覚ましたし、いきなりスライムに食べられそうになるしで最悪だったわ……」


 ユキナも当時のことを思い出し、ポツポツと語る。どれも本当だ。ユキナの言葉に嘘はなかった。ユキナなりの誠意なのだろう。


「スライムなんて普通、誰も寄りつかないよ……」


 ユキナの話がより真実みを与える。当然だ。この世界に住む人間は嫌っていうほどスライムの危険性を熟知している。知らないのは召喚者くらいだ。

 これでユキナが記憶喪失だっていう設定も根付いただろう。次はシドウの身の上話だ。


「俺も驚いたよ。一年くらい冒険者生活をしていたが、記憶喪失もスライムに突っ込むバカを見たのも初めてだ」


 バカという単語に反応したユキナは当然、無視。シドウはアリシアとの親睦を深める事に尽力する。

 シドウから『冒険者』というフレーズを聞いたアリシアが目を一瞬輝かせた。


「シドウ君って冒険者だったの?」

「元な。この学院試験を受ける時に引退したんだ」

「……形だけだけどね。お爺ちゃんから聞いたんだから。冒険者になってからまともにクエスト受けた事がないって。ギルドに借金しまくってるって」

「そ、そうなの……?」


 引き攣った顔を覗かせるアリシア。シドウは「余計な事を……」と囁きながらユキナの脇腹を肘で突く。

 コホンと咳払いしたシドウは取り繕ったように早口で捲し立てる。


「お、俺に向いた仕事がなかったんだよ。カザナリって田舎町で冒険者家業していてな。迷子捜しとか土木作業とかそんなのばっかりでやる気になれなかっただけだ」

「なら、ちょっと遠出するとか……」

「え? 面倒じゃん?」


 素で反応したシドウにユキナもアリシアも乾いた笑みを浮かべた。シドウのろくでなしっぷりが露呈した瞬間でもあり、アリシアの中でシドウの印象が固まった瞬間でもあった。


「な、なら、無事に学院に入学出来たらカザナリ周辺のクエストを受けてみない? 私もユキナやシドウ君が住んでいた町を見てみたいな」

「あ! いいわね、それ! お爺ちゃんに合格したって挨拶に行けるわ」

「アリシアが言わなくてもそうするつもりだったよ。マスターから言われたんだよ。仮プレート受け取ったらツケを返しにこいって」

「た、大変だね……」


 シドウの身の上話にアリシアは若干引き気味。

 今後の方針が決まったところで、アリシアはずっと気になっていたであろう質問をしてきた。


「ねえ、そろそろ教えてくれないかな? セツナさんとの関係」

「私も聞いてみたいわ。シドウってあんまり自分の事話さないから」

「そうだな……」


 もちろん、その話になることも想定していた。ユキナも興味を示したのは意外だったが。

 踏み込むと決めたのだ。なら、話してもいいだろう。

 シドウはゴクリと生唾を呑み込むと意を決して口を開く。


「俺が、冒険者になる前、俺は嘱託騎士として騎士団にいた事があるんだ。俺が最初に持っていたステータスプレートがあるだろ? あれは嘱託騎士になった時に貰ったもので、帝国騎士団――セツナたちとはその時に知り合ったんだよ」

「嘱託――」

「騎士?」


 聞き覚えなのない言葉にユキナとアリシアは揃って首を傾げる。嘱託騎士はシドウだけに与えられた役職だ。シドウ以外に前例はいない。聞いた事がないのも頷ける。


「ああ。帝国騎士団に入る為には騎士団からの勧誘か、騎士学院みたいな場所を卒業しないとなれないだろ? そういうのを全部端折って、騎士相当の力――即戦力になると見込まれたのが嘱託騎士。確か入団したのが十四歳の頃だったか……」


 その後、嘱託騎士として活動するようになり、二年後に辞めた。

 それが騎士時代のシドウだ。魔術の腕前も平凡。三流同然のシドウが特例として嘱託騎士になれたのは、本当に偶然でしかない。戦場でシドウを拾った騎士団の一人がシドウに騎士になる道を示してくれた。ただそれだけだ。


「だから、今度は正規の騎士団とて皆に顔向けするのも悪くないなって。それが俺がこの学院を受験する目的だ」

 

 シドウの話はそこで一区切り。嘘も混じっているが、本音もある。アリシア達も根掘り葉掘り聞いてくる事はそれ以上なく、後は夜遅くまでこれまで話せなかった事を色々と喋っていた。


 けれど、その日を境にシドウ達三人の関係は確かに変わった。

 今まで触れてこなかった話をする事でお互いを知る事が出来た。

 シドウの過去話が三人の絆を深めた夜となったのだ――


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