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召喚殺しの異世界譚  作者: 松秋葉夏
第一章『異世界召喚』
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第九話『クエスト開始』

「ちょ、ちょっと、シドウ!」


 冷や汗を滲ませ、雪菜がシドウに詰め寄る。

 震える指先を巨大なドラゴンに向け、捲し立てた。


「こ、これ……ドラゴンよね!?」

「え? そうだよ? 言ってなかった?」

「聞いてないわよ!」


 雪菜は青ざめた顔を浮かべ、絶望に染まった瞳をドラゴンに向けていた。

 雪菜の世界でもドラゴンは有名な幻獣だ。

 ファンタジーの物語において、時には主人公を助ける存在。時には敵として、また、神として登場する存在。

 大いなる力と災いを併せ持つ存在。それがドラゴンだ。

 

 そんなドラゴンが家出――迷子などと、誰が想像出来るだろうか。

 現に、レッドドラゴンを前にした雪菜は、何かの冗談だと思わずにいられなかった。

 だが、シドウはニヤリと悪巧みが達成した様な憎たらしい笑みを浮かべる。

 もし、手元に看板などがあれば、こう書かれていただろう――『ドッキリ大成功!!』と。


「いや~その顔が見たかったぜ! その驚いた顔、マジで最高! やっぱ女の子怖がる姿はそそるものがあるわ~」

「あ、アンタねえ……」


 こめかみを押さえ、怒りを押し殺す雪菜。

 この男、本当にヤなヤツ。

 雪菜はどうにか平常心を保とうとするが、その直前、ドラゴンの咆吼が響き渡り、ビクリと肩を震わせた雪菜は体を竦ませ、シドウの背後に隠れる。


「あ~いいわ~怖がる女の子が涙目で背中に隠れるの」

「い、いつまでも馬鹿なこと言ってないで逃げるわよ!」


 雪菜はシドウの腕を引っ張り、ドラゴンとは反対方向へ逃げようとする。

 だが、シドウはその腕を振りほどくと、如何にも面倒くさそうな表情を浮かべる。


「そういうわけにもいかないんだよな……」

「……シドウ?」

「借金があるんだよ」

「――え?」

「あと、三日までに返済しないと俺の人生が終わっちまう! だから、この高額クエストはなんとしてでも達成しねえといけないんだよおおおおおおおお!」

「……」


 どうでもいい裏事情に雪菜の表情が冷めたものになる。

 実に下らない理由。

 そんな事で命を賭けられるシドウに呆れて物も言えない。


 ジト目で背中を見つめる雪菜を無視して、シドウはドラゴンに向かって無謀とも呼べる行動に出る。

 悠然とドラゴンに向かって歩き出したシドウ。

 僅か数メートルという距離まで近づき、警戒心を露わに唸り声を上げるドラゴンにシドウは再び指先を向ける。


「アンタがシンク君だよな?」

『……そうだけど……?』


 厳かな見た目とは違い、幼い口調でシンクはそう呟く。所々で声が裏返るのは変声期なのだろう。

 ちょっとしたギャップに雪菜は目をまん丸に開き、二人のやりとりを見守る。


「実はな、君の親御さんに依頼されて、君を連れ戻しに来たんだ」

『パパの……?』

「そうそう。一緒に帰らないか? パパもママもきっと心配してるぜ?」


 途端、シンクの雰囲気が一変する。

 燃える様な深紅の魔力を放出し、息が詰まる様な圧迫感がシドウ達を襲う。

 シドウは冷や汗を浮かばせ、必死に説得しようと試みるが――


『そんなわけない!』


 シンクはシドウの言葉をバッサリと切り捨てる。

 シンクの瞳は怒りに染まりながらも、涙を流し、鋭利な牙の数々は嗚咽に震えていた。


『パパとママは僕のことなんて何とも思ってないんだ! いつも、僕は一人ぼっちでお留守番。パパとママが帰ってくるのはいつも僕が寝た後だ! 僕はロクにパパやママとお話出来てないんだよ! 話したい事だって沢山あるのに!』


 シンクの叫びは大気を揺るがし、地面を揺らす。ただ泣き喚くだけで地震のように揺れ動く衝撃に雪菜は尻餅をつく。

 加えて、シンクの叫び声は突風を生みだし、それが容赦なくシドウや少し離れた場所にいる雪菜に襲いかかる。目を開ける事さえ雪菜には困難だった。


(これが……ドラゴン……!)


 凄い威圧感だった。

 これが迷子捜しのクエストでなく、別の機会で出会っていたなら――

 シンクがもし、もっと威厳のある言動を用いていたのなら――


 きっと雪菜の中のドラゴンのイメージは崩れる事はなかっただろう。


 だが、今、雪菜の目に映るのは、親が構ってくれないと泣きわめき、駄々をこねる子供だったのだ。


(私の中のイメージが……)


 雪菜はがっくりと肩を落とす。

 スライムが最強の魔物――そして日本では有名なドラゴンが家出。

 こんな異世界事情、出来れば知りたくなかったなぁ。


 途方に暮れた雪菜は暴風の中でも体勢を崩さず、シンクを見つめるシドウの背中を眺めた。

 シドウは暴風の中にありながら、顔色一つ変えず、一歩、シンクに歩み寄る。


「まあ、パパもママも仕事が忙しいだよ。たぶん……」

『でも!』

「ああ、わかるよ。シンクくんの気持ちも十分にわかる。俺だってガキの頃は似たような事思ったこともあるさ。けど、家出はよくないぞ。親御さんだって心配するし、君も心細いだろ?」

『パパとママは僕の誕生日すら忘れていたんだ! もう僕の事なんて忘れているに決まってるよ! 今だってきっと僕より仕事を優先しているに決まってる! だからお前が来たんだろ? 忙しいパパ達の代わりに!』

「――はあ……」


 シドウはシンクの主張を聞き、呆れた表情を浮かべる。

 確かにシドウはクエストでシンクを探しに来た。

 けど、シンクのご両親がシンクを蔑ろにしているわけではない。

 今も、彼らは捜索を続けているのだ。仕事を放り投げて。

 シンクの両親は人里で暮らす竜族だ。

 当然、種族を隠して暮らしている。

 だから、息子を捜索しようにも村の住人に正体がバレないように近場を探す事しか出来なかったのだ。

 息子が帰る場所を守る為に、そして、大切な息子を探す為に最大限の努力をしていたのだ。


 シンクの両親はシンクを愛している。


 だが――


『絶対に帰らないぞ! 僕は一人でもやっていける! パパもママももう知らない! 僕は一人で生きるんだ!』


 今のシンクに何を言っても無駄だろう。

 そもそも今日初めて出会ったシドウの言葉などを素直に聞くとは思えない。


 連れ戻すとなるとやはり実力行使しかない。


(……物わかりの悪いガキだ。一度くらい痛い目を見てもいいだろう)


 シドウは体内で循環するマナを魔力回路を通して、魔力に変換する。

 シドウの体から青白い魔力が吹き荒れた。

 シンクと比べると弱々しくも見える魔力。

 シドウの魔力を見たシンクが鼻で嗤う。


『人間ごときの魔術が僕に効くわけないだろ!』

「やって見なきゃわからないぜ? 《流れ、落ちる水流よ――」


 シドウはシンクを見据えながら、魔術詠唱を始める。

 シドウの詠唱に合わせ、シドウの放出した魔力が分解されていく。

 分解された魔力は魔術として、その姿を生まれ変わらせる。魔力の分解し、魔術へと形作る術が詠唱と呼ばれる独特の音階と音程を併せ持った言霊だ。


「――選び流れた軌跡を残し」


 分解された魔力がシドウの指先に集まっていく。詠唱が終わるにつれ、シドウの分解した魔力が魔術として形を成す。

 シドウの選んだ魔術は【アクア・ショット】と呼ばれる魔術。

 【アクア・ショット】の詠唱に導かれ、シドウの手元には拳サイズの水弾が発生する。


「――ここに刻め、水精の弾丸》――」


 ここに詠唱が完了する。

 シドウの手元には魔力によって編み出された【アクア・ショット】が出来上がっていた。だが、その水弾は今にも崩れ堕ちそうな程、不完全な形をしている。

 詠唱によって魔力は魔術に変換される。

 だが、そもそも魔力はマナを変換しただけのエネルギー体でしかない。そこに魔術としての概念は、存在しない。

 詠唱によって魔術としての属性を付け加えたところで、それはまだ、魔術として完成したわけではないのだ。魔力としての概念を魔術に書き変えない限り、詠唱で作り替えられた魔力は直ぐにでも霧散する。

 魔力から魔術へと変わった事をこの世界と、自分自身の深層意識に刷り込ませ、概念を書き換える必要がある。

 それを可能にするのが魔術名だ。


「――【アクア・ショット】!」


 シドウが魔術名を唱える。その瞬間、魔力から魔術へと変革した事を承認された【アクア・ショット】が全てを呑み込む水流となってシンクに殺到する。


 八メートルある巨体に水弾が命中する。その巨体が僅かに後退った。


 シドウは口元を吊り上げ、勝ち誇ったような表情を見せる。


「どうだ? 効くだろ?」


 蹲るシンクを見て、シドウは自身の優勢を語る。

 だが――


『ええ……っと、まったく。お兄さん、それが本気なの?』


 シンクはキョトンとした瞳を浮かべ、水弾の命中した腹部を撫でる。

 シンクの腹部には硬質な鱗などはなく、防御力はそれ程高くない。

 だと言うのに、シドウの魔術が命中した場所は少し赤くなった程度で、怪我すらしていない。

 その状況にシドウから血の気が失せていく。


『あれだけ、長い詠唱をして、この威力……ひょっとしてお兄さん、弱いの?』


 シドウからブワッと汗が噴き出る。

 ジリジリとシンクから距離を離し、シドウは苦笑いを浮かべる。


「いや……その、なんだ……予想外っていうか、なんていうか……」


 歯切れ悪く言うシドウに、シンクはニヤリと獰猛な笑みを浮かべると、大きな顎を開ける。


「ひええええええええええ!」


 喰われると思ったシドウが間抜けな叫び声を上げ、雪菜の直ぐ側まで逃げ出すと、そのまま雪菜の背中に隠れる。なんとも情けない姿だった。


「ちょ、ちょっとシドウ!?」


 いきなり盾にされた事に雪菜は憤慨するが、直後、響き渡った咆吼に身を竦める。

 見れば、怒り心頭のシンクが剣呑に細められた瞳をシドウ達に向けていたのだ。


『いいか人間ども! もう二度と僕の前に姿を見せるな! もし性懲りもなく来るようなら――』


 シンクはぎらつく牙を見せつけるようにシドウ達に向け、人一人くらいなら簡単に飲み込めそうな顎を大きく開けると霊峰に響き渡る程の咆吼を上げた。


『僕が丸呑みにしてやるからな!』



「撤収ぅぅぅぅぅぅぅぅッ!」

「え? ちょ、シドウ!?」



 シドウは雪菜の襟首を掴むと、涙ながらに霊峰から逃げ出すのだった。


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