6.あれほどまでにスモールマンだとは
似てまるで非なるモノ
呉越同舟
敵味方が共通の敵に立ち向かうために協力し合う事。
後書きへ続く
骸骨亡者のキャサリンが光の粒となって消えてゆく。
その光景を、“鈴木くれは”は魔導書、龍の君主~ロード・オブ・ザドラゴン~のページを通して眺めていた。そして。
6つ脚火竜のベルタに搭乗している高砂・飛遊午とルーティの喜ぶ声も聞こえてくる。
「初勝利を喜ぶのはここまでです。お二人とも警戒と索敵、共に怠らぬように」
苦言を呈しながらも、ココミの表情が一番嬉しそう。
「中のヒデヨシは死んでないんだよね?」
素直に喜べないクレハは本の持ち主ココミ・コロネ・ドラコットに確認を求めた。
「ああ。それなら心配には及びませんよ」
と、彼女が視線を促した先には、地面に座り込みうなだれて静かに泣く男の姿があった。
(うわぁ・・好きになった女の子が大西洋に投げ出されて悲しみに打ちひしがれている連邦軍兵士のようになってるよ・・)
しかも「うっ」この黒の学ランなのに袖口が折り曲げられていて、さらに水色の縁取りがされた “コスプレ感満載”の制服は、黒玉工業高校(通称ジェット)のものではないか。
今朝の一件もあるし、彼とは無関係だったにしろ、同じ高校の生徒には“同情する余地なんぞ全くナシ!”の心境に至った。
同時に、まだ決着はついていない事にもガッカリする。
(あーあ。テイクスしたの、コイツじゃなかったのかぁ。さっき琵琶湖に叩き込まれたソネ?アイツだったんだ・・)
さっさと切り上げて欲しいところだが、もう1騎倒せるほどベルタに余力はあるのだろうか?明確な勝ちは見えないし、恐れをなしてトンズラしてくれないかと願う。
うなだれているヒデヨシに、ウォーフィールドがゆっくりと近づいている。
そう言えば、さっきライクとロクでもない会話をしていたのを思い出した。
彼が手にしているアレは!マフィア映画で、親分がヘマをした手下に制裁を加える時に使っていた葉巻を切るアレではないか!アレで指を切断していたのを思い出した。
“アレ”の正式名称はシガーカッターのフラットタイプと呼ばれるものだが、クレハは未成年ゆえ当然ながら喫煙など無縁で知識は無く、映画の中でも葉巻を切っているシーンが差し込まれていたにも関わらずに、ショッキングなシーンばかりが印象に残り形状からも、ついつい“指ギロチン”と呼ぶようになっていた。
別に悲しみに暮れるヒデヨシが可哀想という訳でもないが、流血沙汰を目の当たりにするのはゴメン被りたい。
ウォーフィールドに駆け寄った。
「あ、あのさぁ・・。見ての通り、彼、相当凹んでいるから、さっき言ってた指をツメるとか、アレ、止めにしない?」
勇気を振り絞って大目に見てやれないか申し出てみる。
ウォーフィールドのエメラルド・グリーンの眼がクレハに向けられた。
「それもそうですね」とニッコリ。
何事も言ってみるものだ。話の分かるイケメンは好感が持てる。が、何かが変だ。
「ですが、“けじめ”も大切です。なので、代わりにクレハ様の指を落とす事に致しましょう」
どう言う理屈でと考えるとか、戸惑う間すら与えずに、ウォーフィールドは彼女の左手を掴み上げていた!しかも薬指にはすでに“アレ”が通されてしまっている!
「ヒッィィ!」恐ろしさのあまり声にすらならない。
ウォーフィールドの手がゆっくりと握られ・・・悲鳴も上げられず、強く目を閉じて涙も出ない。恐怖が過ぎると何も出ないものなのだ。そして無情にもカチッ!
もう一度カチッ!と鳴った。そしてもう一度カチッ!
傷が深いと、脳が痛みを遮断すると言うけれど、全く痛みが無いのも異様な感覚だ。
(うぅぅ・・。何本指を落としてくれるのよぅ・・)
薄っすらと目を開けてみる。見たくは無いが、おずおずと左手に目を移す・・。
「へっ!?」指は5本揃っている。
「冗談ですよ。クレハ様。ふふふ」
シガーカッターを何度もカチカチ鳴らしながら、穏やかな笑みを向けていた。
「さぁ、ヒデヨシ様、人前で無様な姿を晒すのは本意では無いでしょう。ご自宅へ戻って、ゆっくりとお休み下さい」
闇執事に帰宅を促されて立ち上がったヒデヨシが歩き出す。その姿は、まるでゾンビ映画に出てくる街を徘徊するゾンビそのものだ。
眺めながら思うも。
(えっ!?冗談?冗談なの??アナタ、冗談言うキャラだったの!?)
安心を得ても声が出なかった。体中の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「クレハ先輩!」
突然の校門からの声。顔を向けると、そこには弓道の道着に着替えた御陵・御伽の姿があった。
「一向に部活に姿をお見せにならないから、部長から探してくるよう仰せつかったのですが。先輩!こんな所で何をされていたのですか!?」
(何でこんなタイミングで出てくるのよ)
部活に遅れる言い訳もまだ考えてもいないし、彼女をこのグリモワール・チェスに巻き込む訳にもいかないし、色々考えすぎて脳がパンクしそうだ。言葉が見つからない。
「クレハは―」「黙って!あなた達みんな黙っていて!ややこしくなるから!」
説明しようと口を開いたライクを、その他その場にいる者たちに黙るよう指示した。
「ややこしくなる?」
オトギはクレハの元へと歩み寄ると、左手を腰に当てた姿勢で彼女を見下ろしていた。
「あのね、オトギちゃん。その・・見下ろして訊き直されるともの凄く怖いよ。アナタ美人さんなんだし、余計に。ね」
「部活にも顔を出さずに何をされていたのか、理由を伺ってもよろしいですか?」
何でこんな時に尋問を受けなければならないのか?歴史の教科書の挿絵で見たことのある、江戸時代の裁判風景を思い出す・・。三角形の木の台に正座をさせられて、太ももの上に何枚も石板を載せられる、まさにザ・拷問なアレ(石抱の事)をされている心境だ。言葉が思い浮かばない。
「昼休みに賭けチェスの手を教えて欲しいと仰っていましたね?それと関係があるのですか?」
今、この場でチェスという単語を出すのは控えて欲しい。しかも“賭け”なんて人聞きの悪い。一枚石版を追加された気分・・。
「まさか!この方たちが賭けチェスをしている張本人なのですか?」
察しが良すぎて困るのよ。もう一枚追加・・。
「あんな子供まで巻き込んで。賭け事は節度を持った大人の―」
ライクを指差して、クレハに詰め寄っていたオトギの体がふわりと舞った。
ウォーフィールドが彼女の傍に立っている!しかも左手を彼女の腰に回して。
引き寄せる姿は、まるで社交ダンスのワンシーンのよう。
(やっぱり美男美女は画になるなぁ・・)ついつい見とれてしまう。
「坊ちゃまを其処らの子供と一緒にしないで頂きたい」
ウォーフィールドのブルーの瞳がオトギの赤茶の瞳を捉える。彼の後ろ手には2本のアイスピックと思しきものが!
「ライク君!アンタの狂犬がまた暴走してる!」
向いて注意するも。
「へぇー、スゴいね」「スゴーい」
ライク、ココミ二人そろって本を眺めて大はしゃぎ。
コイツらは公園に来てまで携帯ゲームで遊んでいる小学生かッ!!
誰も頼りにならない。だったら!オトギへと駆け出し―。
「そう殺気立つでない。ウォーフィールドよ」
知らぬ間に一人増えていた。サマーセーターを纏った、栗色の膝裏辺りまで伸ばしたロングヘアーの女性の姿がそこにあった。
伸ばし袖から覗く細い4本の指をウォーフィールドの手に添えて彼の動きを封じていた。
「どうして・・貴女様が・・」
彼の驚きは、どうやらそれだけでは無さそうだ。
「この組で久しぶりに“生きた”盤上戦騎同士の戦いがあるといふので見物に来てみれば、ヤツらの姿は何処にも見えぬし帰ろうかと思ったのじゃが、執事殿が何やら面白い事をなさっておられるようなのでな。ちと立ち寄ったまでじゃ」
若い女性とは思えない言葉使いに、クレハの足は止まってしまった。
「お控え下さい、妲己様。無暗に出歩かれますと、マスターを務めている者が」
「承知の上でのまかり越しじゃ。じゃがの、其方が妾の手を煩わせるようものなら、宛がわれたマスターが寝込むだけでは済まされぬもまた承知の上。其方はそれでも良いのかや?」
何がどう脅しになっているのか?クレハには理解できなかったが、ウォーフィールドは大人しくアイスピックを収めてくれた。
「彼女は決してライク殿の悪口を言った訳ではない。ただ、子供は健全であるべきと述べたに過ぎん」
「しかし、妲己様」
「ウォーフィールドよ・・お前たちが主の敵を作ってどうする?あれでも、まだまだ子供じゃぞ。子供は可愛がられて育つもの。友達を作ってやるならまだしも、敵を作ってやっては可哀想じゃ」
現代用語とは思えぬ話し口調と言い、言っている事も何だかお婆ちゃんみたいだ。
そんな事ばかりに気を取られているから、クレハは3つあったであろう不可解な点を聞き逃してしまうのだった。
「ふっ」微笑むと、妲己と呼ばれた美女はオトギの胸を軽く押して、彼女に尻餅をつかせた。
「あなた達は一体!?」
得体の知れない2人の男女を睨み付けながらオトギが訊ねた。少し乱れた襟元を正して。
(ほぇー。スゴいねー。オトギちゃんってば。私なんか、声すら出なかったよ)
無事を得た安心は何処へ。ただただ感服するばかり。
すると、問い掛けるオトギの前に立った妲己が身を屈めて顔を寄せた。
「妾は改めて名乗りはせぬ。これを好意と受け取られよ。そして好意のついでに、ひとつ忠告してやろう。“無垢なる白は何ものよりも染まり易い”。くれぐれも忘れる事無き様、良いな?」
告げると同時に彼女の姿は消え去っていた。と言うよりも消え失せていた。
「大丈夫?」オトギを抱き起す。
「取り敢えず、オトギちゃん。悪いけど、あと10分だけ遅れますと伝えてくれないかな?必ず10分したら部活に出るから。お願い」
「何を呑気な!先輩は見なかったのですか!?大きな影が学園上空を飛び去って強風を巻き起こした事を。部員全員、避難するか検討している中で貴女の姿だけが見当たらないから、探してくるよう仰せつかったのですよ!」
バツが悪くて目を逸らす―。言われてみれば、ベルタが飛び立った時に校舎を含めた学園上空を低空で飛び去っていたのを思い出した。
(ああ。アレ、もうちょっと何とかならなかったのかな・・・)
被害を出さないように場所を移してくれたのは良いとして、その過程がおざなりになっていた。
「それは解っているよ。でも、お願い!10分だけ時間が欲しいの。信じて」
「いいでしょう。信じるに足るかどうかは先輩の行い次第です。それに、今の出来事は学園の外で起こった事なので報告は一切致しません」「オトギちゃん・・」
安堵もつかの間「ですが」オトギの話はまだ終わってはいない。
「これがもしも犯罪に関わる事なら!これより先は私から申し上げる必要はありませんね」
石版の重みで太腿の骨が砕けそう。立ち去るオトギの背を見ながら、しみじみと思う。
「あと10分かよ・・。頼むよ、タカサゴ」
実に身勝手極まりない願いであった。
「索敵ねぇ・・」
クレハが自らに課した危機に瀕している事などつゆ知らずに、ヒューゴとルーティは上空から琵琶湖湖面を捜索していた。
「なぁヒューゴ。今更やけど、お前、ホンマ良ぇ奴やなぁ」
湖面を眺めながらルーティが話し掛けてきた。
「お前、本当はクレハの代わりにベルタはんのマスター引き受けてくれたんやろ?ウチらが最初からお前をアテにしとった言うてたけど」
「まあな。でも、結果としてこうなった以上は俺がマスター引き受けて良かったと思うよ。スズキのヤツはさ、昔からああで、とにかく血を見るのが嫌なんだとよ。他国の戦争とかは何とも思わないそうだが、震災とか抗えない災害で人が血を流しているのを見ていられないとか何とか。同じ怪我人なのに、どこがどう違うのか?俺にはサッパリ解らないがね」
「そうなんか・・難儀な性格しとるな。あの女」
二人の会話は本を通してクレハたちに丸聞えだった。恥ずかしさのあまり止めてと本を閉じようと伸ばした手をココミに阻まれて。なおも会話は続く。
「でも、ヒューゴが名乗り上げてくれてホント助かったわ。あの女、簡単にアホ共にとっ捕まっとったもんな」
「油断があったんだろうな、きっと。アイツ、ああ見えてもアミューズメントのガンシューティングゲームでパーフェクト叩き出しているんだぜ。2Pだったそうだけど。俺には出せないな。あんなハイスコア」
「スゴイちゅうてもゲームの話やろ?あっ、来よったで」
ルーティが後ろを指差した。
背後から放たれた曲刀の横一閃を、スラスターを併用したバック宙転で躱した。
飢屍のソネの後ろを取ると、首筋に右の脇差しを突き付けた。
「お前、背後から攻撃するのが好きだなあ。面白いほど分かり易いわ」
言っている最中、ソネのダッシュ力は凄まじく、一気に間合いを広げられたが、さして気にも留めない。
「正面から挑めばヒデヨシの二の舞だもんね。あんな無様な負け方はゴメンなワケよ」
仲間の仇を討ってやろうという気概は無いのか?そんな思いに至るも、まだ怒りゲージに針は触れていない。
現在、ベルタの魔力ゲージは13%まで回復している。それは“充填モード”と呼ばれる騎体の出力を大幅に下げて、とにかく魔力回復に努める苦肉の策を講じているからだ。
どのくらい時間を費やせば元の出力を取り戻せるのだろう?スマホでも操作しながらでは充電速度は遅くなるから、それと同じで早くは出来ないだろうと予測はつく。
対キャサリン戦のように、相手の装甲と関節を利用して“てこの原理”を用いて関節を切断するにしても、果たして脚の速いソネの関節を捕えられるかが問題だ。
次に考える課題は、関節をピンポイントで狙えなければどうするか?
ソネの取るであろう戦法は、おそらく一撃離脱。
速い脚を生かして通り過ぎ際に曲刀で斬りつけて逃げ去るもの。あの刀はサーベル同様に剣速の速さを長所としている馬上戦用の刀剣だ。
「まあ、こっちの脇差しもその点では似たようなモノか・・」
刀身は短く取り回しに長け、“反り”のあるおかげで剣速もタルワールに劣らない。
どんなに優れた武器を持っていようが、恐れるべきは“相手が使いこなせていれば”の場合である。
ジグザグ飛行をしながらソネが向かってくる。
やはり、すれ違いざまからの攻撃!タルワールをバックハンドで振り下ろす。
パワーもスピードもソネが上。でも左のキバで受け流してから右のキバを振り下ろす。
ソネは左手に持つホームベース型をした小型盾で放たれた右のキバを弾くと、そのまま盾で殴り掛かってきた。
一歩分後退するも、今度は盾で突きを仕掛けてきた。
“シールドバッシュ”だ!
重装甲冑兵相手に用いられた、盾を重棍代わりに相手に打撃を加える転倒技。
転倒させれば重い甲冑は枷となり、立ち上がるのが困難な重装甲冑兵は簡単に鎧の隙間にナイフを突き立てられて命を落とす。
盾とは、単に身を守るだけのものではないのだ。
エキュのような小型盾ならば軽く取り回しも楽なので難なくシールドバッシュを放てる。
「それにしても悪趣味な盾やな」
盾を上下二分するように引かれたギザギザの模様は、実は単なる線ではなく、二枚の装甲の重ね目のようである。その上に半開きの一つ目が描かれており、一つ目巨人を意匠としているようにも窺える。
またもや。
今度はシールドバッシュを放とうとバックハンドの体勢に入ったその時、右のキバの切っ先を垂直に小型盾に突き立てて動きを封じた。
ソネが盾を武器にしたように、ベルタは逆に脇差しを盾にしたのだ。
絶えず垂直にしておかないと封じておくのは困難ではあるが、そこは技量の差で補ってみせる。
一撃離脱戦法と見せかけてからのシールドバッシュは悪くはなかった。だが、小細工では技量の差は埋められない。
左のキバで首を落とそうと剣を放つもタルワールによって受けられた。
ベルタが圧している。
キバの刃がソネの顔前まで迫っている!
「ちょっと待って!コレ変だよ!」
クレハはふと湧いた違和感を声に出さずにいられなかった。
「よーし!このまま圧し斬ってやる!」
意気揚々に言っておきながら、「!?」ヒューゴは自身が口に出した矛盾点に気付いた。
出力の下がっているベルタがソネを圧倒しているのはおかしい。
ハメられた!と気付くも一歩遅かった。
ソネの盾がギザギザ部分から上下に分かれて開口!突き立てていたキバは開かれた口へと飲み込まれた瞬間、上下の装甲が瞬時に閉じてキバを噛み折ってしまった。
そして、ソネの眼前まで迫っていたキバも×の字の口元が展開、さらにビーム刃を発生させて、こちらも刀身を噛み砕いてしまった。
“噛み砕く”ソネの特殊能力全開!ベルタは2振りの脇差しを同時に失ってしまった。
「やられたぁーッ!へへっ、代わりに言ってやったぜ」
ソネのマスター、ミツナリが嫌味なほどに余裕を見せて言い放った。
「思てへんわい!ボケッ!」
すかさずルーティも言い返した。
「おやおやぁー。そうかい。そういうカラクリだったのか。お前ら、二人乗りだったんだな。どうりで背後からの攻撃が見破られていたワケだ」
二人乗りなのがバレてしまった。これで警戒レベルを上げてくるのは必至。
「お次はその膝から伸びてる定規みたいな剣を抜くんですかぁ?それともまだ隠し玉でもあるんですかね?」
非常にマズい展開になってきた。ミツナリは魔力回復を待って次のクロックアップで勝負を仕掛けるつもりだ。二人乗りだと気付いた彼の取るであろう対抗策はそれしか無い!
ならば、弱いと見せかけて攻撃を誘うしか手が無い今、迂闊に武器を手に取ることもできない。手にしたら確実に距離を離されてしまう。再びクロックアップを仕掛けられるようになるまで。
「彼は困っているね。チェスにはねディフレクションという“敵の駒を強制的に移動させるように仕向けてその間に攻撃を仕掛ける”テクニックがあるんだよ」
ヒューゴたちの置かれた状況を察したライクが、ココミたちにチェスに例えて言い伝えた。が。
「あの子、何言ってるの??」「さぁ?」
どんなピンチに陥っているのかさえも理解していないクレハたちにはライクの説明は頓珍漢に聞こえた。
小型盾がベルタに対して“面”つまり垂直に立てて向けられた。
てっきり手で握っているものと思われていた盾は、実は肘関節前辺りから伸びている2本の細い棒で固定されていた。
盾が上下に開いて瞬時に閉じた。
“試し噛み”をあえて披露して見せたのだ。
「アイツ・・とことん舐めクサっとるな・・。近づいたらアレで噛んだる言うとるで」
「そのようだな」
そのくせ、いずれかの刀剣を手にしたら全速で後退するだろうし、敵を知る相手がこれほどまでに厄介だとは。
一向に回復しない魔力残量・・どころか、ちょっと動いただけで11%にまで下がっている。
「アレレ?仕掛けてこないんですかぁ?だったら、こちらからも仕掛けませーん。あと少しで魔力が回復するんでね。回復したら悪夢とやらをとくとお見せして差し上げますよ」
やはりクロックアップ狙い。そもそも何故、まともに戦いもしていないくせに、そんなに魔力残量を減らしているのか?
それが突破口になるかもしれない。
鳥類の骨格は、細くなっているか、中が空洞状でとても軽い。しかも胃に内容物を残さないように、強力な胃酸で消化し、すぐさま排泄してさらなる軽量化を図っている。
速力の高いソネも同様で、たくさんのものを犠牲にして機動力を獲得しているのだろう。
何が魔力を大量に消費しているのか?もともと容量が少ないのか?魔力に重さがあるのならばそれも有りうるが。
ベルタの腕に目をやった。
手首から肘辺りまで伸びている筋組織のようなシリンダーが映る。
「アイツ・・運動効率が悪いのか」
ガソリン車で言えば燃費が悪いということ。
それを知ったところで状況が好転するはずも・・・と思ったその時、ヒューゴの目に回避推力ゲージが映った。半分どころか、ほとんど減っていない。
「これだ!」
ベルタの操作がアクションゲームと似ているのならば、これは逆転アイテムに成り得る。
「それにしても、キャサリンもおバカだよねえ。召喚すれば、まだライフルもあるのに、マスターに一言『射撃戦に変えたらどうか?』くらい進言してやれば良かったのに。ロクに使えもしない剣で挑んで勝てるとでも思ったのかなー」
10代くらいの若い女性の声。このゾンビのソネも女性だった。が、ヒューゴは全く羨ましく思わなかった。喋りが頭の悪そうな女性は好みでは無い。
あえて剣で挑んだヒデヨシの心意気には改めて感服する。彼なりのポリシーがあったのだろう。
「あの女、尽くしていれば男が傍にいてくれると思っていること自体が“重い”て気づかないのかなー。あの女さ、男が町に出稼ぎに行っている間、男の畑も世話していたんだよ。男が余所で女作っているとも知らずにずっと。でさ、男が春になっても帰って来ないのに、また畑耕して、それで過労で病気になって死んじゃって、不憫に思った村人たちが彼女にレースのベールを被せて埋葬したら、骨になっても男を待ち続けるために地面から這い出して、夜な夜な畑を耕していたんだよー。男なんて死んだ女の事なんか、すぐに忘れるのにさ。きゃははは」
「笑とるけど、面白いか?アレ」
ルーティには、まだまだ早い女の熱情。彼女は怒りさえも覚えないだろう。
女の敵は女と言うけれど、いなくなった女性を笑うのはいかがなものかと思う。
「ホント愚かだよねぇ。グレネード弾を打ち上げた時も、さっさとヒデヨシに逃げるよう促してくれていたら、僕がこんな手間を取らずに済んだものを」
「逃げるやと?コラァ!アイツは街の人を守るためにグレネード弾を墜としに行きよったんやぞ!お前に正気か!て言いたいわッ!お前にも家族はおるやろうし、仲間もおるんやろうが!」
こう見えてもルーティはヒデヨシの思いを酌んでいた。彼の代わりに怒りをぶつけてくれている。
「いるよ。でもね、一度リセットしようよ。いなくなったら、いなくなったで人間何とかやっていけるだろうし、それに30年前に隕石が落下したときだって国や企業が災害援助で復興してくれて以前より大きな都市になったじゃない。あれのおかげで財閥がいくつも入り込んできて豊かになったんだよ。“復興景気”ってヤツさ。グレネードが爆発していたら、前よりも発展していたかもね」
「アイツ・・アホや・・。なぁ、そう思わんか?ヒュー―」
言いつつ振り返ったルーティの顔が強張った。
ヒューゴの顔の血管という血管が浮き立っている。
(何やコレ?眼も血走っとるやんけ。コイツ・・あんまり無茶すると血管切れるで)
思うも声すら掛けられないくらいの気迫。気持ちコクピット内の気温が上昇しているような気もする。
「復興景気?何だソレ?あのな、国が動くということは税金が動くという事だぞ。解っているのか?国民が払った血税を、何でオマエが引き起こした人災にわざわざ注がなきゃイカンのだ」
「えぇー・・?怒るトコロはそこ違うやろ・・。家族とか仲間とか居なくなっても構わんヌカしとるトコロ違うんけ?」
「あちゃー・・」
まさかのまさか。ここに来てヒューゴが最も嫌う“お金の無駄遣い”的な話題が立つとは思わなかった。
今まで勝ちが見えないと感じていたクレハは、彼を怒らせたミツナリには同情しないものの、せめて「死ぬな」と助言してやりたい思いに駆られた。
「ヒューゴ、落ち着くんだ」
ベルタの声が耳に届いていないのか?ヒューゴは制止に耳を貸さずにスロットルを上げてベルタの騎体をソネに突進させた。
「来る?来ちゃう?」
盾を前面に構えてベルタを迎える。
ソネの顔面に拳を叩き込むべく、少々屈み気味に上体を沈めて。
右の拳を打つ―。
ソネの反応は早く、盾を向かってくる拳へと向けた。盾の口が開かれた。
ベルタの拳の勢いはもう止まらない。いや、止められない!
「ヒューゴさん!」
本の画面に向かって、ココミの悲痛な叫びが木霊した。
「ん?今、盾がガクンッと下がったかな?」
ミツナリは開かれたままの盾の開口部を見やった。
飛んで火に入るハズのベルタの腕がまだ入って来ていない。
それどころか、開口部の向こうにベルタの顔が見えている。
「な、何故だ!?」
「嫌ぁ!離してぇ!」
ソネが叫ぶ。
「自ら盾で視界を塞いでいたからね」
クレハの言葉を耳にするも、ココミはきょとんとするばかり。
「まっ、やるとは思ってたけどね。右手のパンチを繰り出すと見せかけて、実は盾で死角になるように左手で盾の下部を掴みに入っていたのよ。身を屈ませたのは盾から見えにくくする小細工ってとこかしらね。ヤツも盾を掴まれた瞬間に一瞬下がるから全力で後退していれば良いものを呑気に確認なんかしているから盾の上部まで掴まれてジ・エンドって訳」
クレハの解説を受けても、なおきょとんとしたまま。
「離せよぉ。いつまでも掴んでいるんじゃねえ!」
引き離そうともがくも、ベルタは両手でガッチリと掴んでいるので離れない。ソネは肘辺りに細い2本の棒によって盾を保持している。それに対しベルタは両手で。単純に力比べをしても勝てない構図である。
さらに。
ベルタがソネの腕を軸に盾を右回転しようと力を加えているではないか。と思った矢先、一気に逆方向へ左回転させた。
「ぎゃああぁぁー!」
ソネの悲鳴と共に、彼女の左腕は音を立てて肘から捩じ切られてしまった。
「うわぁ、エグイな・・。考えれば分かるでしょ?あんなの。そもそもハンドルってさ、直接軸を回すよりも力が少なくて済むように付けられているんだよ。それを軸側が頑張ったところで力の入り易いハンドル側に敵うワケないじゃない」
水道の蛇口にしろ、バルブにしろ、軸を回すよりも少ない力で回し易くするために備え付けられたもので、ハンドル部分を大きくすればより力は少なくて済むが、場所を取るデメリットが生じてしまうので、ある程度の大きさに留めてあるのだ。
「さっさと逃げておけば良かったものを」
その気すらない憐みの素振りを見せるクレハであった。
「ふざけるな!テメェ!」
タルワールで斬りに掛かるも、ベルタは回避推力を吹かして横へと回り込み「!?」ミツナリが驚く間も無く、刀を振り下ろす肘には下から、速度を殺す事無く手首には上から、同時に手を掛けられてさらに一気に力を加えて。
「うぎゃぁぁーッ!」相対速度を一点集中に受けた肘から右腕をへし折られてしまった。
「な、な、何で?アイツ瞬間移動なんかしているんだよぉ??」
うろたえながらミツナリはベルタに背を向けてソネを急発進!が、すぐに背中に気配を感じ取った。「まさか!」
振り向けばベルタの顔が。後ろに垂れていた2本の縦ロールの髪をグイと掴まれた。
「ロボットアクションゲームの回避用ダッシュと同じかぁ。あれだったら連続で吹かせば通常の移動よりも高速で動けるよね」
偏ったゲームの趣向を持つクレハの説明はココミにとって未知の内容であった。
ちなみにココミは“落とし系パズルゲーム”が好みである。
家庭用ゲーム機のコントローラーは手の中に納まるサイズであるが、ベルタの操縦桿は戦闘機の物に形状、大きさ共に近い。
その操縦桿を小刻みにタタンッと倒して回避ダッシュを連続で行うその様は異様を極めた。ルーティはヒューゴの姿に戦慄を覚えた。
ベルタはソネの髪をロープを手繰るように引っ張り、這い上がるかの如く彼女のバイザーに手を掛けた。
ギシギシと軋み音を立ててバイザーを引き剥がしに掛かる。
×印の口を展開させてビーム刃を発生させるもベルタは真後ろ。首を動かそうにも手綱のように髪を引っ張られては自由に動けない。もはや「あがぁ、あぁぁぁ」ただソネの言葉になっていない悲鳴だけが聞こえる。
「ヒューゴ!これまでや。もう止めてくれ。堪忍したってくれ」
ルーティの願いも空しくソネのバイザーはメキメキと引き剥がされてしまった。
「くっそぅ、まだだ!復活してやる!」
ミツナリは、ホルダーから損傷全回復のカードを引いた!だが。
「止めて!ミツナリ。私、もうイヤなの!こんな痛い思いするのは、もう沢山!」
思いもよらない制止の声にミツナリの手が止まった。
「お、お前はいいよ。死なねぇんだからな。俺はどうなるんだよ。俺はまだ死にたく無い!」
後は手にしたカードを読み込み台上に置くだけ・・・なのだが。
「嫌ぁぁぁッ!2度も死ぬ思いをするなんてイヤだよぅ。お願いだから復活させないで・・このまま楽にさせて・・。御願いだから」
悲痛なまでの懇願に、手の震えが納まらずに、とうとう手からカードが滑り落ちてしまった。
ベルタがソネの両脚を抱えてジャイアントスイングの体勢に入った。だけどブン回しもしなければ、投げもしない。
ガンッ!「うぐぅッ!」
凄まじい衝撃と、ソネの声にならない呻き声と共にベルタの足がソネの股間にぶつけられた。
ベルタの2連のL字型ヒールと爪先との3本ツメが展開!ソネの股間を鷲掴みにする。
「止めてくれ!ヒューゴ!もう勝負はついてる。後生や!」
ルーティも懇願し。
激しい揺れの中ミツナリは、床に落ちたカードを思うように拾えない。
「あぅあぁぁ。あががぁぁ」
もしもソネに眼球があれば、失神寸前の白目を剥いている状態に陥っていた。
両の腕で脚を引っ張り、股間を鷲掴みにしている足で蹴りだす。と、ソネの両脚は同時に股関節から引き千切られた。後は。
「ご、ごめんなさ・・い」
誰に謝るでもないソネの×印の口元に、渾身の右ストレートを叩き込む。そして、そのまま彼女の頭部を突き破って爆散させた。
多少の誤差があったのか、両肘からの腕と股関節からの両脚、そして頭部を失った時点でソネの被ダメージ値は60%を上回った。
ブチキレてパワーアップした訳でも無い、ただ力学を応用してのソネ撃破となった。
ボロボロになったソネの体が落下しながら光の粒子となって消えてゆく。
― 飢屍のソネ撃破 ―。
オトギとの約束から5分も経たぬうちに勝負は着いた。
戦いを終えて、ベルタの体も光の粒子となって消えてゆく・・・。
高砂・飛遊午が帰ってくる。クレハは心をときめかせた。
戻ってきたヒューゴの胸に飛び込んでやるんだと意気込んで軽く柔軟運動をする。
感動の涙は残念ながら溢れ出ることは無かったが、そこは彼の胸に顔を埋めれば気づかれることは無いだろう。
魔法陣がクレハたちの前に現れた。
打算に胸膨らませながらヒューゴが現れるのを、今か今かと待ち受ける。
魔法陣から現れたヒューゴ目がけて飛び込んでゆく―。
「ぐはぁッ!」
現れるなり、ヒューゴの体は仰け反るようにして吹き飛んで行った。
入れ違いで空気に抱き着く失態を演じたクレハには何が起こったのか理解できない。
飛び蹴りによって倒れ込んだヒューゴの上にマウントしたルーティが彼の胸座を掴んで何度も地面に叩きつける。
「オマエーッ!ウチがキャサリン捕えた時『エグいな』とかヌカしとったくせに、さっきのアレは何やねん!あぁ!?あない悲鳴上げとるのに腕を捩じ切ったり、へし折ったり、挙句にキン○マ無いにしろ女の股間に電気アンマ食らわせよって終いには脚を引き千切るか!?」
事実はそうなんだけど、改めて聞くとえげつない倒し方をしたものだ。
「さっさと刀抜いてキャサリンみたいに瞬殺したれや!あないな連中やったけど、ホンマ気の毒でしゃー無いわ!二人揃って泣いとったやないけ!」
仰る通りだわ。これはルーティの言い分が正しい。クレハは千歳一隅のチャンスを逃したものの、納得して頷いた。
ヒューゴがムックリと起き上がった。
血液交じりの唾を吐き。
「電池の代わりに駆り出されて、お前の戦い見てても勝ちが見えんから代わって戦ったのにこの仕打ちか!」
「オドレがブチキレて無茶するからやろ!アレ、一歩間違えたら相手死んどったぞ」
「死ぬかよ!ちゃんと加減しとるわッ!そもそも、ルーティ!お前、戦いの経験があるとか言ってたが、アレ、“捕食”の事を言っていたんだろ」
ヒューゴの指摘にルーティが「うっ」一瞬ひるんだ。
「捕食と戦いは全くの別モンだぞ!お前がどんな獲物を捕らえていたかは知らんが、返り討ちに遭って命を落とすような相手では無い事は確かだと断言してやる!」
ルーティの言っていた“どちらかが命を落とす”とは、100%獲物が命を落とすという意味だった。
「うぅぅ」図星を突かれて、何も反論できない。
「やってられるか!こんなモン!ココミ!二度と俺たちの前に姿を現すなよ!いいな!」
捨て台詞を吐いて肩を怒らせながらヒューゴは校門を後にした。
「あと電話もしてくるなよ!」ご丁寧に補足事項も付け足して。
そんな彼の背中を見送りながら。
「そんじゃ、ココミちゃん。私もこれで」
小さくバイバイと手を振り。
このまま彼の後を追っても変な空気になるだけだなと感じたクレハは、部活へと参加するべく小走りで校内へと戻って行った。
彼女を見送り。
「行っちゃったけど、彼女とは契約を結ばなくて良いのかい?」
ライクがココミに訊ねた。
「あの女はアカン。ライク坊ちゃん、悪い事は言いませんから、あの女だけは引き入れん事です。いくら霊力が物凄ぉ強い言いましてもね、あないなドンくさい女は何のお役に立ちませんよって。あ、あと血ぃ見るのもアカンそうですよ」
ルーティはクレハを不良物件呼ばわりしてお勧めしない。
「ルーティの言う通り、クレハさんは“戦えない人”なのです。これ以上彼女に関わらずに、そっとしておいてあげてはもらえませんか?この通り、お願いします」
言って、深々とライクに頭を下げた。
ライクは隣に立つウォーフィールドへと首だけ向けて。
「ああ言ってるけど、僕はクレハがそんな役立たずには思えないよ。霊力の強さならルークでも持て余すくらいだし、さっきなんて首にナイフを突き付けたお前に、ヒデヨシを見逃してくれと頼み出すくらい肝も据わっているしね」
「ええ、私もついついからかってしまいましたが、彼女の度胸には驚かされました」
彼らの会話を聞きながらも、ココミはクレハの行いが、ただ無謀に思えてならなかった。
「あと、お前がオトギにお仕置きを加えようとした時も向かって行ったよね?」
白側と黒側、クレハに対する評価は真逆を示していた。
「分かったよ、ココミ。クレハにはこちらから接触はしない。約束しよう。だけど、どうして高砂・飛遊午のような針の振れない男を英雄ベルタのマスターに迎えたの?彼の腕は認めるけど、あれほどまでにスモールマンだとは、呆れてモノが言えないよ」
「スモールマン?」「小さいオッサン?」
ココミ、ルーティ共に首を傾げた。
「ああ、Small manとはチェスの歩兵を意味することもあってね、それとは別に“心の狭い男”も意味するんだよ。こっちの方が世に知れ渡っているかな」
その言葉を聞くなり、ココミとルーティは揃って納得、頷いた。
似てまるで非なるモノ
前書きの続き
嗚咽同舟
船旅で出会う謎の女性(男性の場合あり)。別れた異性の事を思い出して泣いているのか?
サスペンスの序盤にありそうなシチュエーション。