4.よりによってダブル・ポーンかよ・・
似て、まるで非なるもの
シャドーボクシング
仮想の相手を想定して試合さながらの打ち合い練習をするボクシングのトレーニング方法。
鏡に映った自身を相手に見立てて行う方法もある。くれぐれも鏡は殴らないように。
後書きへつづく。
空防機による機関砲攻撃が黒側の盤上戦騎キャサリンにHITした。
「スゴイなぁ・・・捉えられへん相手に攻撃当てとるで・・」
ベルタのパイロットを務めるルーティが舌を巻いた。
そう言えば・・・。
レーダーロック無しでもバルカン砲攻撃は可能だったよな・・・。
遠い目をしながら、ベルタのエネルギータンク役を務めるハメになった高砂・飛遊午は戦闘機の仕様を思い出していた。
それにしても空防機の変態っぷりには驚かされる。
陸防戦車でも、砲弾の自動装填よりも手動装填のほうが早いからと手動に切り替えさせてくれと上官に申し出た装填手がいたよな。
迫撃砲手は指示された場所に的確に着弾させるし。
海防掃海艇は他国からも絶大な信頼を寄せられる機雷スィーパーだったっけ・・・。
どいつもコイツも変態さんばかりじゃないか!
とはいえ、総弾数500発チョイのバルカン砲では2~3射もすれば弾切れを起こす。
それに。
どう見てもキャサリンにダメージを与えたとは思えない。
透明の外殻装甲は傷一つ付くどころか焦げ跡すらも付いていない。
ココミの言う通り、この世界の兵器では盤上戦騎は倒せないのか?
「見事だ!称賛に価するよ。彼らは」
ライク・スティール・ドラコーンと呼ばれた少年は何も無い大空に向かって称賛の叫びを上げている。
この子、大丈夫??・・・。“鈴木くれは”はココミ・コロネ・ドラコットの対戦相手と思われる少年を、ただただ冷めた眼差しで見つめていた。
「あの子が対戦相手?」囁くようにココミに訊ねた。
「はい。彼が」「僕がドラケン王国王家の分家ドラコーン家次期当主のライク・スティール・ドラコーンだ。冗談みたいな名前だけど本名だよ」
自分で言ってらぁ・・・。
「そして!」まだあるのかよ?とクレハの眼差しは冷めたまま。
「そして、この魔導書“百鬼夜行”の契約に従いアンデッドたちを率いて此度の王位継承戦に臨んだ次第である!」
パチパチパチ!と、『わー間違えずに良く言えましたね』と言わんばかりの盛大な拍手をココミ、クレハから贈られた。彼に従う黒髪の執事もつられて拍手。
「ありがとう君たち!ではココミ、そこの寝起き姿の彼女を僕に紹介してくれないか?」
「はい」素直に答えるココミの背中にドン!クレハは平手を食らわせた。
寝起きとは失礼な!これでも髪は整えているつもりだし、ジト目は生まれつきなのよ!
「私の名前は鈴木くれは!ベルタに乗ってる、高砂・飛遊午の友人よ」自ら名乗った。
「これでようやくゲームになるというワケだね。やっと駒たちの主人を得たようだけど、果たして、ちゃんと戦えるマスターなの?」
その人を小馬鹿にしたような態度に、クレハはカチン!ときた。
「少なくともアンタんとこの馬鹿とは2周回り先をブッ飛ばしてマシよ!何アレ?どこから銃撃してきてるのよ?有効射程距離くらい、ちゃんと把握させておきなさいよ」
啖呵を切ると言うよりも馬鹿にハサミを持たせるな!と苦情をぶちまけた。
だが、その時、首筋に冷たいものを感じた・・・。いや、実際に冷たい何かを突き付けられている。
「坊ちゃんに対して口の利き方がなってないようですね。全く・・・。悪い娘だ」
背後からの静かに呆れる男性の声。
目線だけで探すも黒髪の執事の姿が見当たらない。間違いなくアイツだ。
「止めろ。ウォーフィールド」ライクの声によって冷たい何かが首筋から離された。
振り向くと。
「失礼致しました。クレハ様」
ウォーフィールドと呼ばれた執事がクレハに90度角のお辞儀をしていた。その際に後ろ手に隠すナイフが目に映った。
(ナイフだったの!?今の)
急に膝が笑い出したかのようにガクガクと震えだした。
(怖ぇー。コイツら。怖ぇー!!)
こんな状況で敵側のボスと対峙していても大丈夫なの?ココミに視線をやる。
「彼女は此度の戦いには無関係な方です。彼女に手出しは無用に願います」
(遅ぇーよ!!)だけど恐怖のあまり声が出ない。
F2戦闘機が揃って戦闘空域を離脱してゆく・・・。
弾切れもあるが、どこかに観測班を配したか、それとも陸防の対戦車ヘリでも要請したのか。
いずれにせよ、後詰が到着するまでこの空域はクリア。心置きなく戦える。
「次は確実に最新鋭のF35CⅣ益荒男型が来るな・・。アレはお高いから墜とさせるワケにはいかないし、その前にカタを付けたいな。ルーティ、他に武器は無いのか?」
訊ねつつタブレットをフリックさせてページを移動させる。
「??」
Queens Bishop Pawn・“BELTÀ”の上にBattle Pieceと表記されている・・・。
「バトル・ピース・・?ディザスターと呼んでいたよな?」
ルーティに訊いた。
「ああ、それね。何かバトル・ピースって響きやとモチベーションが保てへんて言うか、テンションも上がらへんよって。そやから盤上戦騎の特性をそのまんま呼び名にしたろうて事で、皆でディザスターと呼んでるんや」
うん。呼称はとても大事だよね。
頑なにプラスチックをプラッチックと呼ぶ人もいるものね。これは納得。
そんなことよりも武器だ。
もうひとつ火器があれば2点同時攻撃でキャサリンの大盾の防御を攻略できる。
ベルタの仕様は。
初期装備武器は近接武器にツメ(サバイバルナイフ)×2本、ツノ(直刀)×2本、キバ(折り畳み式脇差し)×2本。火器はハンドチェーンガン×1丁。
召喚武器はオオツメ(刀)×2振り、オオキバ(太刀)×2振り、オオツノ(グレートソード)×1本。
以上。
スゴくダサいネーミングセンスにも唖然とするが、刀剣11本に対して、何コレ?射撃武器はマシンガン一丁しかないの?
さらに基本スペックに目をやると。
さまざまなステータス値が割り振られていることに気付いた。まるでアクションRPGのステータス割りのようだ。項目が多過ぎてゆっくりと見比べていられないが、装甲強度と初期飛行速力、総合火力、火器総数が1に対して関節強度と回避運動推力総量が10に振り分けられている。あとは3なので基本値のままだと願いたい。
「ヒデェな・・。この割り振り」
最後に“近接戦特化仕様騎”と記されている。これを読めば、ああ、なるほどねと納得・・できるか!!
「ココミぃーッ!」
魔導書の中からヒューゴの叫び声が聞こえてきた.
「はいはい。何です?ヒューゴさん」
「オマエ、これは何なんだ!?このベルタって騎体、刀ばっかり持っとるやないけ!」
「左様ですよ。近接戦に特化させた騎体ですから」
「盾も持っとらんし、装甲も1って。これじゃあ、近づく前に殺られるぞ!」
「回避運動推力が豊富なので、頑張れば早々に墜とされることはありませんよ。ほら、ある軍人さんも仰っていたではありませんか。『当たらなければ、どうって事は無い!』と」
まさか、こんな所でそんな台詞を聞かされるとは思いもしなかった。
言われた兵士は上官に殺意を抱かなかったのかな・・?ほんの少しでもココミに殺意を抱いた自身を、まだまだ子供だなと奥歯を噛み締めながら納得させた。この状況、今更文句を言っても仕方が無い。
それにしてもヒドいなと感じる。
よく見れば腕の装甲だと思っていたのはカフスの延長で、膝下から脛そして踝部分までを覆う装甲は足首装甲が上部へと延びている代物だ。
しかもそれらは前面のみ。
ベルタの装甲のほとんどが前面だけを覆うカウル状のもので、人間で言う肋骨部分を守るのはフィン状に並んだ数枚の薄い装甲だけ。
さすがに装甲強度1と設定されただけのことはあるぜ。泣きたくなる。
しかし、胸から腹部を覆う杯に球体を乗せた歩兵の意匠なるものはオリジナルのカニヨロイドには無かった。コイツは何か意味でもあるのか?
またもやキャサリンは、大盾を前面に構えてランスによる突撃を仕掛けてきた。
「性懲りも無く!」唸るルーティに。
「今度は撃ってくるぞ。左だ!左!走れ、走れ!」ルーティの左肩を叩いて指示する。
ヒューゴの言う通りにキャサリンは銃撃してきた。
ベルタを左へと横移動させるとキャサリンは体ごと向きを変える。どうやらランスの柄が脇に当たってランスの射界が狭いままのようだ。もしもキャサリンから見て左に避けていたなら、大盾を支点にランスの射界は広がり命中精度は今よりも高かったはずである。
窮屈さに堪らず、キャサリンが突撃の体勢を解いた。胴体がカラ空きだ。
その間に距離を詰めて。
キャサリンも侮れない。大盾を上段に構えて上半身を防御。
「もらったで!」
ルーティは大盾に向けてマシンガンを構えた。
ところが銃口から火を吹くことは無く。
代わりに二脚銃架が、カマキリが捕食する際に腕を伸ばすように、関節を展開させて大盾の上部を掴んだ。
「蟷螂の斧や!」
力任せに大盾を引き剥がそうとしている。恐るべきビックリメカ。
「蟷螂の斧ってのは、あんまり良い意味じゃないんだけどな・・」
本来の意味である“見かけ倒し”でなければ良いなと、ただただ願う。
「なあ、教えてくれへんか?ヒューゴ。アンタ、さっきから何で敵の攻撃が“突き”なんか?“射撃”なんかが分かったんや?」
「アイツの盾、半透明だろ?そしてヤツのランスには柄となるポール、シャフトとも言う部分の他に銃を撃つためのガン・グリップが付いていたんだ。それが薄っすらと映っていたので“突き”なのか“射撃”なのかを見分けられたんだ」
「・・・そうなんか・・。ウチ全然気付かんかったわ」
ルーティはあまりにも単純すぎる種明かしに肩を落とした。
「しょうがないだろ。お前はベルタの操縦に忙しかったからな。俺は、あれだ。やる事が無いから他の事に目をやる余裕ができただけよ」
「そ、そうやったんか。ありがとうな。ヒューゴ」
雲間から開いてゆく青空のように元気を取り戻したルーティは、とたんに「オラァ」唸りを上げて、さらにベルタの出力を上げた。
防御力さえ奪えば、ベルタのハンドチェーンガンでもいずれはダメージを与えられるはず。・・・のはずだったが。
ガクン!
大盾が下がった。と言うよりも落下している。ハンドチェーンガンのマンティス・アックスの細い腕では大盾の重さを支え切れない。
キャサリンがランスを両手で構えている!持ち手はガン・グリップ。撃たれる!
ガガガ!またもや砲火。だが、咄嗟に横へと飛び退いて直撃を免れた。しかし手持ちのハンドチェーンガンは手放さざるを得なかった。
「まさか盾を捨てるとはな」
同じくヒデヨシも「やる・・。強いぜ。アイツ」
互いに相手を褒め称えていた。
「これで終わらせたる!」
ルーティは叫び、両サイドにあった自転車のブレーキ状のものが付いた操縦桿を握って両腕を前に突き出した。するとカシャン!と台だった部分も伸びて鉤棍状に。そしてカシャン!もう一段階伸びて肩部までカバー。
同じくして。
ベルタの肩装甲の部分が展開。3本爪を開いて両手の隠し腕をキャサリンに向けて伸ばした。
ガシィッ!と両の隠し腕で見事キャサリンを捕えた。
「やっぱり隠し腕だったのか」
「知ってたん?」「ああ」
何のサプライズも無い隠し武器であった。すでに“6つ脚火竜のベルタさん”とルーティが紹介してくれていたし。
盾さえ無ければ、本体をしっかりと捕えられる。ルーティはこれを狙っていたのだった。
軋み音を立てて、キャサリンの装甲にヒビが入った。
「ところでルーティ。隠し腕なんか出して、ベルタさんの操縦は大丈夫なのかよ?両手で腕4本も操作できるのか?」
「ああ。平気やで。ベルタはんの操縦やったら、五肢は考えただけで出来るよって。そやから言うて、バック転出来ひんヤツがバック転しようとしても出来ひんで。自分のできる範囲内のことしか出来ひん仕組みになっとるさかい」
道理でシンプルな操縦系統で器用な動作ができたワケだと納得した。でも、航空機の操縦が出来ている事にはひたすら感心する・・・!?彼女は今現在、操縦桿から手を放しているではないか!
「オイ!操縦桿から手を離すな。ベルタさんが墜落してしまうー!」
「慌てんなや。ウチがさっきから操縦桿握ってたんは、アンタがシートベルトしてるさかい、どこか持ってな落っこちてまうからやで。ウチは地面を這いずり回っとるだけの下等生物な人間と違て元々空も飛べるんや。そやから操縦桿ナシでも考えただけで操作できるんよって。まっ、この体では空は飛べへんけどな」
“飛行感覚”というものか。流石はレッドドラゴン様。にしても、所々でムカつく言葉を差し込んでくれる小娘だ。
「これで握り潰して、死ぬ手前でギブアップさせたるでぇ」
「ルーティ・・。お前、気付いていないだろうが、ちょっと悪い顔になってるぞ」
勝利を確信した不敵な笑みを嗜める。
「きゃあぁぁーッ!」
全身を万力で締めつけられるが如くの凶悪攻撃にキャサリンが悲鳴を上げた。
声から前から察する通り、敵は女性の盤上戦騎。
「エグいな」
ヒューゴは思わず呟いた。
2つの魔導書から聞えてくる悲鳴に、クレハは強く目を閉じて「酷い」顔を背けた。
その時。
ココミの魔導書から、ピピッとレーダー反応を示すアラームが鳴った。
「ルーティ、気を付けて!」叫ぶココミ。
「くそっ!もう来たんかッ!!」
レーダー画面に目を移したルーティは叫んだ。「アカン!コイツ、速すぎる」
最中、キャサリンを捕えていた隠し腕の肘部分に何かが上空から衝突!一瞬にして粉砕された。
そしてゆっくりと上昇して、ベルタと対峙した。
その姿はベルタやキャサリンよりも小柄で。
自転車レース時に被るヘルメットのような頭部に×印状の口元。兜の裾からは4本の金髪縦ロール巻き毛が垂れており、上腕を隠すように半袖のシ-スルー生地がなびいている。
両肩と両腰部には沢山の噴射口があり、延長線上に金魚のヒレのようなものが伸びている。そして足のつま先が膝下くらいに長く伸びているので、これも何らかの推進器と思われる。
右手にはキャサリンと同じランス、左手には野球のホームベースのような形の小盾を携えている。
「もう1騎の盤上戦騎!?だと?」
これがチェスのルールならばと、ヒューゴは目の前の盤上戦騎の存在が理解できなかった。
「よりによってダブル・ポーンかよ・・」
違う!ダブル・ポーンとは同じファイル上に2つのポーンが前後に並んだ状態のこと。良い状態とは言えず、バスケのダブル・チームと同じに考えてはいけない。
ピピコン!と今まで聞いた事の無い効果音がタブレットから鳴った。タブレットに目を移す。
“黒側盤上戦騎の情報を獲得しました”と表示されている。
項目は2つ。
スケルトンのキャサリンとゾンビのソネ。
「ゾンビのソネ?アイツの名前か?」画面と見比べ。「自分たちだけでディザスターと呼んでいたのね」改めて確認した。
スケルトンのキャサリンも復活。
タブレットで両騎の情報を確認したい衝動を抑えて。
「これは、一体、どういう事だ?」
「ココミちゃん。アンパッサンを受けて歩兵のベルタさんがテイクスされたから、今の戦いが始まったんだよね?なのに、何故もう一騎出てきているのよ?」
「アンデスィデのルールを伝えていなかったのかい?ココミ。と、言うか、契約時に─」「!!切迫した状況だったので、クレハさんにはまだ説明していませんでしたね」
告げるライクの声を遮って、慌てたようにココミが説明を始めた。
「アンデスィデだけを説明しても疑問は多く残りますので、最初から説明させて頂きます」
「いや、今は─」「では」
別に要所々々をその都度説明頂ければ問題無いのですが・・制する声も空しくココミが一から説明を始めてくれた。
「まずは私たちの行っているチェスがただのチェスで無いのはお解りですね?」
「う、うん。普通のチェスにはロボットなんか登場しないし」
「私たちの行っているチェスは、この魔導書を用いて、双方が従えるモンスターをチェスの駒に宿してゲームを行うグリモワールチェス。略してグリチェスと呼んでいます」
略語はいいから、次。次。
「そしてこの世界の人間と契約を結ぶことにより、人間の持つ霊力を得て、それを魔力へと変換。供給されることによってチェスの駒は晴れて本来の力を発揮する事ができるのです」
「それが盤上戦騎ね」
「はい。そして彼ら盤上戦騎同士で戦いを行うことをアンデスィデと呼びます。こちらの言葉で“決着を付ける”または“白黒を付ける”という意味だそうです」
「へぇー。チェスなだけにねぇ。で、何で敵が2騎もいる事になるの?」
「それはテイクされた駒を中心に、王を除く、周囲8マスの敵味方の駒全てが参戦する戦いが繰り広げられるからだよ」
とても楽しそうにライクが説明をくれた。
最高9体が、いや、ナイトの駒がテイクを仕掛ければ10体もの駒が参戦する戦い、それも最悪は多数対単体の“数による暴力”が展開される可能性もある。まさに今がその状態と言えるが。
「b2のポーンも参戦して来やがったって事か。コイツは厄介な事になったな」
厄介なコトはもう一つ。ベルタは唯一の火器を失っている。この2対1の状況下で。
ヒューゴの目にはルーティの背中が、とても小さく映った。この背中には、もう何も背負えそうに無い。
「ココミ」ヒューゴの声。「何ですか?」
「俺にこの戦い、預からせてはもらえないか?」
ヒューゴの申し出に、白側の誰もが「えっ?」と訊き返した。
「アホ言え!お前を人殺しなんかにさせられるかぁッ!死にとうないのはよう解る。でも、ウチが引き金を引かな。わざわざお前がその手を血に染める必要は無いんじゃ!」
「そんな、タカサゴが人殺しに・・」
幼馴染が自らの意志で犯罪者になろうとしている。仕方の無い状況だとしても納得し難い。すでに殺人行為に加担しているとしてもだ。
そんなクレハに、ココミはただ申し訳ないと目で伝えることしかできない。
「ヒューゴさん。貴方にご自身を守る権限を与えます」申し出を聞き入れた。
「アホか!ココミ!お前が良うてもベルタはんの気持ちはどないなるん!?人間嫌いのベルタはんの気持ちを無視してアークマスターの権限でヒューゴにコントロールを任せるんか?」
そんなルーティに。
「ありがとうな。ルーティ。お前は優しいヤツだよ」
ヒューゴが優しくルーティの頭にポンと手を置いた。
「な、何をこんな時に言うとんねん」顔を赤らめて。
「確かにお前の言う通り、人間は下等生物だよ。肌の色が違う。民族が違う。宗教が違うと様々な理由を付けては世界中のどこかで休む事無く争い事を続けている。なのに、お前は『人間同士で殺し合う道理は無い』と言ってくれた」
顔を上に向ける。
「ベルタさんには申し訳ないと思うよ。人間の俺なんかに体を預けることになるんだからな。だけど、今だけだ。今だけ俺に責任を果たす力を貸してくれ」
「責任?何の?」
ルーティが訊ねた。
「もう誰にも痛い思いをさせたくないというココミとルーティの気持ちが、俺が契約を交わした理由だ。だからその時に、2つの責任を果たす義務が発生したと思っている。“誰にも痛い思いなどさせない”責任、そしてお前たちに辛い悲しみの涙を流させない責任。契約時に発生したそれらの責任を、俺は今、果たしたい」
その最中、ベルタの腕装甲(正確にはカフスの延長部分)がせり上がり、握り手が起き上がってツメ(サバイバルナイフ)に掛けられていたストッパーが外れた。重力落下したツメが両手に握られた。
「!?」
ヒューゴ、ルーティ共に顔を見合わせた。誰もベルタを操作していない。
「責任を果たす、か。懐かしい響きだ。良いだろう。お前の責任とやらを果たして見せよ。コントロールをお前に渡す。高砂・飛遊午」
ベルタの声を聴き終えた瞬間、握られたツメを見ようと。
ベルタの首が、目が、思った方向へと向いている。コントロールが引き継がれたのだ。
操縦桿を握る。
騎体のフラつきが治まった。
右腕を前に突出し。
左手を顔の高さ顔の横まで引き下げる。
二刀流剣術、二天一流の構えを取って見せた。
「参る」
スケルトンのキャサリンとゾンビのソネに向かって、ただ静かに告げる。
似て、まるで非なるもの
車道ボクシング
路上でのケンカの一種。
車道に出ると、走行中の車やバイクの迷惑になるので止めよう。
相手を蹴ると、ただのケンカに成り下がるが、当人たちは気にしない。