3.女王陛下の僧正付き歩兵~クィーンズビショップポーン~ベルタ
似て、まるで非なるもの
マッチメイク
格闘技などで対戦カードを組みこと。またプロレスなどで試合進行のシナリオを設定すること
後書きへ続く
転送された先はベルタのコクピットの中…。
先ほどまでは立っていたのに、いつの間にか座席に座っているのは転送魔法時における細やかな好意なのだろう。しかし、無意識の内に体勢を変えられるのは気分の良いものではないが。
人様を座席代わりに座ってくれているルーティはなぜ落ちて来たのか?何らかのエラーが生じたものだと妥協するも、そもそも何故この小娘が一緒に乗り込んできたのかが不可解でならない。
「てか、重いんだよ!」
「あー堪忍、堪忍。せやかてウチ、そない重たないやろ?小さいコト言いないや」
適当に謝りやがってと、ひしひしと怒りを募らせる高砂・飛遊午であったが、会敵時間が差し迫っているこの状況、ココミに説明を求めたい。
その前に。
内部を見渡してみると。
ベルタのコクピット内部はタマゴを逆さにしたような形状で、ディスプレイ画面は正面・天井・足元と両サイドに配され、座席の真後ろ以外は全てカバーしている半全天周型。計器類の類が両脚の間に設置されている操縦桿ボックスの前に1つあるだけ。
カーナビゲーションと同じように、一つの画面にタッチパネル式のファンクションキーを数種設けて操縦者に少ない挙動で多くの情報を与えられるマルチファンクションディスプレイを採用しているのだろうが、今現在画面は真っ暗なので、果たして計器類なのだろうか?ちょっと疑問。とにかくシンプルなグラスコクピットだ。
正面に騎体(本来は機体と表記すべきだが)の前後軸の位置を表す“W”マークの騎体位置基準が。その上に横長の目盛が表示され逆Vの字が170を差している。航空機とは異なる360度表示の機首方位計に間違いなさそうだ。
“W”マークとほぼ重なっている小さな丸マークは現在の飛行方向を示すフライトパスマーカーと思われる。若干ゆらゆらと上下に揺れているし。それと同調して上下している横棒は騎体の傾斜方向を示すピッチ計だろう。騎体が動き出すと上下左右に酔いそうになるくらい激しく回転し出すのが目に見えている。
あと左右に縦棒が表示され数字やそれぞれを示す横向きのVマークから、左は海気速度計、右は気圧高度計。他には・・G加重計と、ほぼ航空機のヘッドアップディスプレイに表示される情報と同じだ。ただ正面一杯に表示するのは大きすぎる気もする。
いずれにしても、それらは戦闘機を操縦するフライトシュミレーターゲームで得た知識。ゲームの時も高度や速度はさほど気にも留めなかった。画面に自機が投影された後方視点ではなく、慣れない本物の操縦席視点なのでとても緊張する。
操作系は。
両脚の間に操縦桿ボックスが設けられており、操縦桿は“HOTAS概念”に基づいているようで、様々な機能を割り当てられたボタンやトリガー・トリムスイッチが付いている。スロットル類は見当たらないが、恐らく飛行はこの操縦桿だけで行えるものと判断できる。
座席のアームレスト部分は左右非対称で、左側には開けば扇状のカードホルダーが。こいつでカードゲームでも行うのか?枚数は7枚。むやみに訳の解らない代物には触れないでおこう。
右側にはカードリーダーらしきものが。間違いなく左側にあるカードのデータを読み取るのだろう。
座席の両サイドにはスロットルは見受けられず、操縦桿に自転車のブレーキが付いたようなスティックがあるだけ。
これで両手の動きを操作するのだろうか?操縦桿に比べてスイッチ類が少な過ぎる。
ペダル類は足元に5本が2段と両端に2本ずつ。エレクトーン並みに多い。出力のコントロールは足で行うのか?
「シートベルト、着用してや」ルーティの指示に従いシートベルトを着用。航空機用のものと同型で、日常生活を送る限りほぼお目に係れない代物を着用する自身に気分が高揚する。
車はおろかバイクの免許証さえも取得していない自分が、いきなりロボットのパイロットになるとは。男子のロマンを感じずにはいられない。
「ルーティ、ヒューゴさん。会敵までおおよそ1分となりましたが、あくまでも目安です。遅くなるかも知れませんし、早くなる恐れもあります。いつでも戦えるよう準備に入って下さい!」
ココミ・コロネ・ドラコットから通信が入った。
ディスプレイには敵影らしき情報は何も表示されていない。ココミはどうやって会敵時間を算出したのだろうか?
「こちらヒューゴ。了解した。その前にコイツの操縦の仕方を教えてくれ」
「えっ?」
「何を驚いているの?ココミちゃん。操縦の仕方が解らないとタカサゴ戦えないヨ」
意外な反応を示すココミに、思わずクレハは口を挟んでしまった。
「そ、操縦ですか。操縦ですよね。えへへ」
何故そこで苦笑いをする!?「そうよ!早くしないと敵が襲ってくるでしょ!」
焦るあまり、つい声が大きくなってしまう。この状況でテヘペロされると、さらに腹が立つ。
「ヒューゴさんは戦わなくて結構ですよ。あとはルーティにお任せ下さい」
思いもしなかったココミの言葉に、クレハ、ヒューゴ共に言葉を失った。
「え?他人にロボットと契約してくれと頼んでおきながら『戦わなくてもいい』とは何事ですか?」
「言葉の通りですよ。ヒューゴさん。私たちに足りなかったのは、盤上戦騎となったベルタさんたちを動かすための動力源、すなわち魔力の元となるこの世界の人たちの霊力です。それが供給された今、あなた達にそれ以上は望みません」
「それって、つまりあのロボットを動かす乾電池が欲しかったって事?」
「うーん。乾電池であれほどの大きさのモノを動かすという発想はいかがなものかと思いますが、内容としては遠からずと言ったところでしょうか」
素直に正解と言え!「だったら何故タカサゴだったの!?電池の役なら誰でも良かったんじゃないの!?」
「まあ、それがですねぇ。誰でも良かったという訳でも無いんですよ。ほら、私たちは本が示した、より強い霊力の持ち主を探す必要があったのです」
本の別のページを開いて見せてくれた。見開きいっぱいに表示されたオレンジ色の矢印の先はクレハに向けられている。
(あら?これはどういう事なのでしょう?)
本をくるりと回してみても、依然矢印はクレハを示したまま。
「ま、まあ霊力が強ければ出力も上がるという事です。単純に」
だから何故、そこで苦笑いをして見せる?「で、あの子で大丈夫なの?」
「あの子を見た目で判断してはいけませんよ。彼女はドラゴンの中でも最強の種であるレッドドラゴンなのです。まだ、あなた達よりも年を重ねていませんが」
ホントに大丈夫なのかよ?今は種族のスゴさよりも戦歴を語って欲しいのよ。
時同じくして、同じ疑問をヒューゴも抱いていた。
「エネルギータンク役とは少々ショックだったが、お前に任せて本当に大丈夫なんだろうな?」
「失礼ブチかましてくれるのは解らんでもないで。でも、お前、戦ったこと有るんか?今朝のケンカやったら、あんなもん、ただのガキ同士の戯れやで。“戦い”ちゅうのはな、“命のやり取り”の事や。どちらかが死なん争いは戦いとは言わんのやで」
それを言われると何の反論もできない。が、彼女がそのようは血生臭い経験を重ねているように見えないのも事実。
「それにウチ知っとるで。オリンピックとかいう世界の天辺競う競技の、柔道の金メダルを2回やったか取った選手が、バーで客と争いになった時にタックルかまして、両手の空いた相手がナイフでその金メダラーの背中をザックリ。脊椎破断させたそうやんか。ルールに守られとるから一生台無しにする大怪我を負うハメになるんや。そないな競技はホンマの“戦い”とは言えへん典型やね」
『生温い』という事を言いたいのは十分理解できる。
だが、メダラーなる単語は存在しないぞ。
この事件をきっかけに、護身を真剣に追求した格闘技を“実戦格闘技”と呼び、従来の格闘技を“スポーツ格闘技”と揶揄、差別化するようになった。しかし、日本国内における格闘技・剣術・その他のスポーツは、勝敗よりも“精神鍛錬”に重きを置いている点では何ら差異は見受けられない。
運営の都合上、今でも勝敗に執着している団体は決して少なくはない…。
ヒューゴの通う道場も竹刀ではなく木刀を用いて練習する実戦剣道を謳ってはいるが実際に相手を殺害するに至ったことは無い。
「それにな。これはウチらの戦いや。アンタら人間同士がわざわざ殺し合う道理も無いやろ?せやから人殺しはウチに任せとき」
告げてルーティは正面に顔を戻した。
考えてみれば、これで良かったのだ。
ココミに操縦方法を口頭で教えてもらったとしても、果たして戦闘に耐え得る操作ができただろうか?疑問を抱くよりも明らかにそれは無謀過ぎる。
ここは素直にルーティに任せるしかない。尤も人殺しなど感心しないが。
「この状況でなんだが、この機体の事を知りたいんだが」
「そやったら、これでも見とき」と操縦桿ボックスの前のパネルを取り外して渡された。
画面が点いた。
「は?これタブレットだったのか?」「そやで」
画面にベルタの外観が映し出された。
(これは!?)
昨年、日曜朝に放映されていた鎧戦隊ガイオウジャーの第1話の敵カニヨロイドではないか!
第1話の敵は、その番組の顔となるデザインであり気合の入ったものである。なので、非常に印象に残るものなのだ。
関節部分は着ぐるみにスーツアクターが入る都合上で異なるが、形そのものは全くと言って良いほどよく似ている。兜の裾から覗く髪の色は赤から空色へと変更されている。
「ココミ様に問いたい。そもそも何でロボットなんかで戦っているんだ?」
「あら?戦争事に距離を置かれている学生さんはご存じ無いようですね。このような巨大ロボットで戦うのがこの世界の今の戦の主流ではありませんか。実際、テレビで拝見しましたよ」
何て事だと空を仰いだ。クレハも同じリアクションを取っていた。
特撮番組を、ものの見事にこの世界の現実だと勘違いしてくれている。
「あれはお芝居なの!作り物なの!この世界ではロボットで戦うなんて空想の世界でしか有り得ない事のよ」
「へぇー」どうやらココミにとって、それはどうでもいい事のようだ。
レーダーに反応あり。
敵の盤上戦騎が表示された。
「そんじゃ行きますよって。ベルタはん!」「了解した」
この声は、先ほど契約時に電話の向こうで聞えた中年男性の声。
「なっ!?今、このロボット、喋ったのか?」
「ロボット言うな!ベルタはん、6つ脚火竜のベルタはんや。呼ぶ時は『ベルタさん』と呼びや。呼び捨ては失礼に当たるで」
ルーティの説明に頷き、早速上方へと顔を向けて「よろしくです。ベルタさん」挨拶をした。
……。
返事は返って来ず。
まさかのガン無視を食らった。
「これは…」精神的クリティカルヒット。言葉が出ない。
「せや。お前、ベルタはんに話し掛けんとき。ベルタはん、ごっつい人間嫌いやから」
「ん?何故人間嫌いになったんだ?前に何かあったのか?」
「お前、な、何言うとんねん?」
てっきり「それを先に言え!」と怒鳴られると構えていたのに、意外にもヒューゴは理由を詮索してきたのだった。
「ベルタはんは前回の王位継承戦でのエースやったんや。その主人やった人が組織に裏切られて―」「ルーティ、お喋りは止さないか」
理由を説明し始めたルーティを、ベルタが穏やかに制した。
「すみません」謝るルーティの傍ら、ヒューゴはこのチェスの変則版が王位継承戦である事をこの時初めて知った。
「あいつ・・。ココミのヤツ、王女様だったのか?アレで」
本の通信を通じてクレハも、これが王位継承戦だと初めて知った。
「ココミちゃん・・あなた、お姫様だったの!?」
「えへへ」
「えへへじゃないでしょ!」
「そうですね」と表情を引き締めてクレハへと向き直り。
「私は“亜世界”の一国家ドラケン王国の第2王女ココミ・コロネ・ドラコットと申します。この度は、この魔導書“ザ・ドラゴンロード”の契約に基づきドラゴン達を従えて此度の王位継承戦に参戦致しました」
「亜世界・・?異世界じゃないの?」
「はい。細かい事はさて置いてです」「アホー!本のタイトル、間違ってる!!ロード・オブ・ザ・ドラゴン“竜たちの君主”やろ!」
ルーティから訂正が入った。どこかで聞いたようなタイトルではあるがロードは英語で君主を意味する。つまりココミがドラゴン達を従えている君主なのだ。
レーダーには特にミサイルが発射された警告は表示されていない。敵は空対空ミサイルを装備していないようだ。依然こちらに向かって接近中。20キロ圏内に侵入した。
ベルタが腰部の後ろから銃器を取り出した。
形状はポンプアクション式のショットガン。ハリウッド映画などで前床を前にカシャンとスライドさせて装弾する仕組みの銃だ。なのに、銃口近くに二脚銃架が付いている。
早速フォアエンドをスライドさせて弾を薬室に装填。敵を迎え撃つ準備は整った。
「場所を変える!ヒューゴ!どこやったら人がおらへん?」
「西へ。琵琶湖上空ならまず問題無い。行ってくれ」
本来、琵琶湖は滋賀県の6分の1の面積であったが、30年前に隕石が落下、正確には水切りのごとく水平着水したが為に、近江八幡湖岸がえぐり取られて現在は5分の1まで広がっている。
幸い隕石が落下したのが正月で、人も出払っており被害は奇跡的最小限に抑えられた。戸籍に登録された県民は全員無事で、失われた人命は恐らく県内外からの旅行者と見られた。
壊滅的な被災地となったこの地に復興の名乗りを上げたのが御陵・獅堂・鷲尾の3大財閥であり、この地を新たに市松市として復興に着手。
都市、インフラ整備と並行して教育都市・天馬学府もこの時に創設された。
ベルタの機動は思いの外穏やかなものだった。速度は時速600キロ。マイル表示ではなくkm表示は日本人に馴染みがあって解りやすいが、国際基準でなくて大丈夫なのか?ふとルーティが心配になる。
「意外と安定して飛べるものだな。人型だから、もう少し風に揺られてフラつくものとばかり思っていたが」
「驚かれましたか?ヒューゴさん。盤上戦騎は騎体に掛かるGを10分の1に抑えているのですよ」
ココミの話によると、危険とされる10G機動を行ったとしても騎体に掛かるGはわずか1G程度。
通常、高G下で起こりうるブラックアウトやレッドアウト、G-LOCなどに陥る可能性はかなり低く抑えられているという訳だ。
光の点が複数、ベルタに向かって飛んできた。
やけに疎らに。
どうやら敵の方はこちらをロックオンして撃ってきたようだ…いや、ロックオンしていない。照準器に入った矢先に撃ってきている模様。
「ウソだろ・・。照準も付かない有効射程距離外から撃ってきてやがる」
とは言うものの、距離はすでに8キロメートル。もう相手が人型だとハッキリ視認できる。
さらに距離を詰めるにつれ命中精度も上がってきている。一発がベルタの腰部をかすめて装甲の一部分が剥がされた。
未だに敵はこちらに向かって直進中。ならば!とベルタも応射を開始した。
ショットガンを構えて。
ガガガガガガ!!!銃口が唸りを上げる。「って、オイ!ちょっと待て」
思わず口を挟む。
見た目はショットガン。だけど今、連射したよな?このマシンガン?さっきフォアエンドを前に押して装弾したよな?で、何で弾を連射してるのよ?一体これはどういう構造なんだい?
「あのな。戦闘中に何を話し掛けて来とんねん!」
「いや、おかしいだろ?これはどう見てもショットガンだろ。何で連射なんかしてるんだよ?」
「そういう武器ちゃうんか!忙しいんや。邪魔せんといてくれ!」
まさかとは思うが、ココミたちはこれが形状的に武器だと認識していても、どういう構造のモノなのか?まるで理解しないまま盤上戦騎含め武器そのものを構築してしまっているのではないか? 不安は募るばかり。
敵騎体の位置は水平よりも上。つまり現在ベルタは仰角射撃を行っている。
側面ディスプレーに映るベルタの右肩装甲は後ろへとスライドしていて、全く腕に干渉していない。
てっきり、ロボットプラモデルのように肩に装甲が被せてあり、腕を上げるとお椀に腕が生えたような状態になると思っていたのだが、これは意外。こんな方法もあるのだと感心した。
敵騎体とすれ違った。
敵騎体に、ベルタが放った銃弾は数発着弾していた。だが全て弾かれて。敵は大盾を前に構えて突進してきたのだった。
シールドから大きな角のようなものが突き出ていたが、あの部分から銃撃してきたのだろう。
敵騎体の形状は大盾に覆われて把握できなかったが、盾は4分の1ほどがえぐれた楕円形で、半透明なおかげで薄っすらと本体の形状が読み取れた。やはり人型。そして武器は競技などで使われている馬上槍を持っている。だが、今はそれくらいのデータしか拾えない。
再び距離を取られ、そして反転。また突進してくる。
ベルタが反撃を食らわすも、やはり盾によって弾かれてしまう。一方の敵騎体は、今度は射撃を行って来ない。
「あの盾、厄介やな・・。ウチらの攻撃がまるで効かへん」
「大丈夫だ。向こうは絶対に撃ってくることはしない。ルーティ、アイツが突っ込んできたら、すかさず横にかわして思いっきり本体に弾をブチ込んでやれ」
「な、何を言―」「集中しろ!」
敵騎体が加速!ベルタを槍で突き刺そうと突進してきたのだ。
若干距離は離れていたが、ベルタは横へと身をかわし敵騎体本体にマシンガンを放った。
カン!カン!着弾数は2発。動きながら命中させたにしては上出来だ。でも欲を言えば、もう少し引付けてから避けていたら2桁命中も夢ではなかった。
だが。
「アイツ・・弾を弾きやがった・・。あんなガラスみたいな装甲で」
敵騎体の外殻は、透明のプラスチックに覆われた中身の見えるスケルトン仕様の文房具と同じように骨格部分が透けて見える透明装甲を纏っていた。
顔は。
可動式バイザーの付いた兜を被った骸骨フェイス。金髪のロングヘアーと側頭部から生えた2本の角に付いた暖簾を風になびかせて。
「やるじゃねぇか」敵機体からの声。
とても若い男性。年齢的には高校生くらいか。
と、その時、向かい合う2騎の上空を4機のF2戦闘機が通過していった。
「どういう事だ?何で空防の戦闘機が格闘戦距離まで近づいている?」
ヒューゴの目に航空防衛機の日の丸マークが映った。
「お前の世界にも殴り合いする兵器があるやんけ!」
ふと漏らした疑問に、すかさず怒声が返ってくる。
「格闘戦距離というのは、機関砲で撃ち合う距離の事を言うんだよ。あの飛行機が腕を出して殴り合うって意味じゃない」
それにしても不可解だ。一度も空防機から警告を受けなかったし、威嚇の為の短距離ミサイルも発射されなかった。もしかして。
「このロボット、ステルスなのか?」
「そんな謎機能は搭載されていませんよ」ココミが疑問に答えてくれた。「ですが、あながち間違いでもありません」
「??どういうコト。ココミちゃん」
「彼ら盤上戦騎はレーダーや赤外線などで捉えられることはありませんし、カメラに撮影されることもありません」
レーダーはレーダー波という電波の反射によって、赤外線は放射された熱を感知する。これは理解できる。だけどカメラに映らないのはどういう原理なの?首を傾げるクレハに。
「彼らは元々この世界に存在していないモノ。よって存在しないハズのモノが感知や撮影される事は有り得ません」
「嘘々。見えているモノが映らないって」言いつつスマホのカメラを起動。だが、ベルタたちはすでに戦いの舞台を移した後。もはや検証は叶わないwww。何も言わずにそっとスマホを仕舞った。
クレハ本人、相手の同意も得ずに写真をアップしまくる失礼な族を“取り憑かれている”と感じている為、普段から写真を撮る趣味は持ち合わせていない。なので、初見でベルタを写真に収める事はしなかった。別に写真を撮るのを忘れていた訳じゃないよ。
そして、ココミの口から衝撃的な言葉が発せられた。
「それは人の記憶も例外ではありません。見えていたとしても、その姿を絵に描いたり、口で伝えることもできないのです」
「またまたぁ、御冗談を」言いつつ地面にベルタの姿を描いて見せた。
あまりの下手さにココミはクスッと小さく笑ったが一応特徴は捉えている。
「ふふふ。それはクレハさんの霊力が強いから存在の認識、記憶ができているのですよ。あと、例外として彼らと契約を果たした人物も含まれます」
「そっか。じゃあ、昔のUFOやUMAの目撃証言も実は今のと同じ流れのものだったのかな?」暗に写真や映像情報は全てでっち上げだと非難している。
「そうかも知れませんね。ふふふ」
スゥと潮が引くようにココミの顔から笑みが消えた。
「これこそが彼ら盤上戦騎を自然災害[Disaster]と呼ぶ由来なのです。存在を認識されず、記憶もされない。彼らのもたらした被害は、結局のところすべて自然現象によるものと結論付けられてしまうからです」
それでは、やりたい放題じゃないか。
クレハとヒューゴ、共に戦慄した。
と、言う事は、ベルタたちの周囲を飛び回っているF2戦闘機のパイロットたちは、通常の緊急出撃とは異なり、民間の定かでない「何かが飛んでいる」程度のあやふやな目撃情報の確認のために出撃。盤上戦騎と遭遇を果たしたものの、上層部に報告できずにただ周回しているだけ。
現状、彼らは脅威にはなり得ないと断定できる。
空防機が2機編隊のアブレスト隊形に分かれてベルタと敵騎体それぞれに対処を始めた。
「ルーティ、絶対に彼らを撃つなよ」
旋回を続ける空防機を見つめながらルーティに告げた。「わかってる」
「誰だか知らんが、お前も彼らを撃つなよ」この野郎にも言っておかなければ。
「仕切ってんじゃねぇぞ!このタコ!そう言えば、まだ貴様に名乗ってなかったな。俺様の名はヒデヨシ様だ。そして!俺の愛機はスケルトンのキャサリン!」
ヒデヨシの名乗りにヒューゴは唖然とした。有効射程外から乱射してきた時点で、おおよそは察していたが…。
「お前、正気か?こんな空防機が周りを飛び回っている状況で名乗るなんて。公安に身元を割り出されるぞ」
「|警察《サツ」が怖くてキャサリンに乗れるかよ!」
警察組織と公安組織は別物だ!!
「あのな。公安は警察と違って命の保証はしてくれないぞ。お前の身元が解ったら、学校はもちろん家族にも脅しをかけてお前の存在を消しに掛かるぞ。存在を消すってのはな、単に“殺される”だけじゃなく、お前そのものが“元から居なかった”事にされるんだ」
どんな秘密組織だよ…。ヒューゴの口から並べ立てられたデマカセに呆れるばかりのクレハであった。
「そ、そんな恐ろしい目に遭っちまうのか・・。わ、分かった」
それを鵜呑みにするバカもいたものだ。重ねて呆れる。
4機の戦闘機に囲まれる2騎。付かず離れずの距離を取っているが、空中で静止する2騎相手に少しずつフォーメーションが崩れ始めていた。それもそのはず。高高度で滞空する航空機など、そもそも気球以外に存在しないのだから。
キャサリンに張り付いていた1機とキャサリンとの距離が縮まった。航空機が運動エネルギー維持のために降下旋回を行っただけなのだが・・。
「テメェ!近づくんじゃねぇ!」
ガガガガガガ!とランスのマシンガンが火を吹く。この時ヒューゴはキャサリンの持つランスに付いているマシンガンの銃口がランスの先端ではなく、拳護に付いていることを確認した。
キャサリンの放った銃弾がF2戦闘機の主翼を貫通した。
「あの馬鹿、当てやがった」
言っている最中、キャサリンも他のF2戦闘機の機銃攻撃を受けた。両肩の後ろに付いている掌状の物体に着弾!
常に2機がお互いを視認・連携を取れる横編隊のアブレスト隊形の特性を活かして、1機が攻撃を受けているタイミングで残りのもう1機が攻撃を仕掛けてきたのだった。
さらに真上からの攻撃も命中。ベルタに張り付いていた2機もキャサリン攻撃に加わっていたのだった。
その頃ベルタはマシンガンを手放すことはしなかったが、両手を挙げてホールドアップの姿勢を取って見せていた。
「やるねぇ、空防」
本の画像を観ながらクレハが驚嘆した。
その時、クレハたちの背後から、パン・・パン・・とやたら間隔の空いた拍手が聞こえてきた。
「まさか、盤上戦騎相手に攻撃を命中させる兵たちがいたとはね」
声の主に、ココミとクレハは向き直った。
長袖ジャケットに膝丈パンツ。ネクタイもしているし、おもちゃみたいに小さいシルクハットを頭に乗せた英国紳士風の少年がいた。
「男の子!?」
驚きながらも何とか『ガキんちょ!?』と口走る無礼だけは回避してみせた。
少年の傍らには燕尾服を纏った、まあいわゆる執事服を纏った黒髪の長身の男性が控えていた。見るからに彼は少年の執事だ。
ページを開いた本を、拍手を終えた少年に手渡している。と、 彼の紫色の瞳がクレハに向けられた。
「うっ」
迂闊な態度を取らないで良かったと内心胸を撫で下ろす。
この男性は一気に間合いを詰めてきて自身を仕留めに掛かれる男だ。そんな、とても危険な香りを醸し出している。
「久しぶりだね。ココミ」
「お久しぶりです。ライク・スティール・ドラコーン」
挨拶を交わす。
何て冗談みたいな名前なのだろう。
たじろぐ事もできない状況の中、少年の名前をクスリとも笑わない自身を絶賛した。
似て、まるで非なるもの
前書きの続き
マッチョメイク
世間ではボディービルダーの体格そのものをマッチョと呼ぶ。なので”筋肉増量中”の事を差す。




