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盤上戦騎あんぷろ!  作者: ひるま
2/19

2-2.アンパッサンを受けちまったよ(T△T)その2

似てまるで非なるモノ

チェンマイイニシアティブ

アジア通貨危機を事の発端とした、おおまかに金融的危機を回避するために外貨を融通するシステム。

後書きへ続く。



“鈴木・くれは”は履き替え用に用意されているイスに座ると、いつもの面倒なショートブーツから上履きのスニーカーへの履き替えを始めた。


 天馬学府では“生徒たちの生活サイクルの健全化を図るため”早い話が遅刻しないように早起きさせる為に、女子生徒は7、8、9の3か月を除いてブーツを履いて登下校しなければならない。ただし、サイズは問わない。それは小等部より始まる面倒な校則のひとつ。さらに紐の通し方や結び方まで定められているため、自由という名のお洒落や横着は許されない。

 この校則に対し、クレハは不服ながらも『ブーツも制服の内』と自らに納得させていた。



 一方、男子生徒は紐無しの革靴からスニーカーへ、女子生徒ほど厳しくはない。


 先に履き替えを終えた“高砂・飛遊午(たかさご・ひゅうご)”が教室へ向かおうとその進路にクレハの手が伸ばされた。

「手を貸して」とニッコリ。

「さっき怪我でもしたのか?」問いに(かぶり)を振ると「じゃあ自分で立て」とあっさり手をスルーされてしまった。

「もう!立ち上がらせてくれてもいいのにィ!」


「おやおや?朝っぱから見せつけてくれますなぁ。御二人さん」

 クラスメートの御手洗・虎美(みたらい・とらみ)が腕を組みながら現れた。


「カップルに見える?私たち」ふくれっ面から一転!表情がほころぶ。


「冗談はさて置き、アナタたちにお客様よ。駐輪場で待っていてもらっているから行ってきて。早く!」


「客?」二人は声をハモらせて訊ねた。


「ココミって言ってたかな?路上でお腹を押さえてうずくまっていたので声を掛けたら、私たち姉弟と同じ制服を着た、『顔を二分するくらいの大きな傷のあるスーパーのチラシを持った男性と、沢山のヘアピンで側頭部を整えているつもりのジト目の女の子を知らないか?』と訊かれたの。まぁアナタたちで間違い無さそうね」


 苦虫を潰したような表情を見せる二人を目の当たりにしてトラミは確信を得た。


「トラ、お前、アイツらを学校に連れて来たのか?」


「ええ。始業時間まであと7分ってところかしらね。さっさと用件を済ませてきなさいな」

 腕時計を見ながらトラミは二人に駐輪場へ向かうよう促した。

 いくらバスケのポジションが、指令塔となるポイントガード(PG)だと言っても、友人相手に仕切られては困る。とはいえ、世話焼きのトラミには助けられることもしばしば。クレハには頭の上がらない存在なのだ。




「ヒューゴさぁーん、こっちですよー」


 御手洗・達郎(みたらい・たつろう)が両腕を大きく振って二人を迎えた。


「朝から手間をかけさせたわね。ありがとうね。タツロー君」

 クレハの労いの言葉にタツローは顔を真っ赤にして礼をすると、その場から立ち去った。


「彼、貴女(アナタ)のことが好きなんですよ。きっと」

 ココミが嬉しそうに告げ。と「またお会いしましたね」ニッコリ笑顔を向けてきた。


「お早い『また今度』やったやろ?なぁ」

 ルーティが木を這い上がるヘビのように二人の顔を覗き込んだ。


 お互いに名前を名乗っていなかったので金輪際会う事は無いだろうと高を括っていたのに、まさか腹痛を装う小芝居をうってまで同じ制服を着た生徒を呼び止めて学園にまで押しかけてくるとは…。

 しかし、まぁ体の特徴は兎も角、“スーパーのチラシを持った”を人探しの特徴に持ち出してくるとは・・・それをヒューゴだと断定したトラミにも感心するばかり。


「よ、よぉ。元気そうで何より。お腹は大丈夫なのか?」気まずい表情を隠すことも出来ずにヒューゴは小さく手を挙げて挨拶をした。


「あら不思議。お二人の顔を見た途端に痛みは消え去りましたよ」

 ココミの笑みを交えた答えに(ウソをつけ!!)心の中で叫ぶ二人であった。


「始業時間が差し迫っているという事なので手短かに用件をお伝えしますね」

 まるで『今だけ』という猶予を与えずに購買意欲を焚き付けるTVショッピングのような口上でココミは二人に用件を伝え始め─。


「その前に自己紹介を忘れていましたね。私の名前はココミ・コロネ・ドラコット。そして、この子は私の護衛(・・)を担ってくれているルーティです」

 美味しそうな響きが含まれている名前であったが、今は触れている時間はない。だが。


「では、俺の名は高砂・飛遊午で、彼女はクラスメイトの鈴木くれはだ。続けてくれ」

 名前を名乗らないのは失礼と、ヒューゴが二人分の紹介を手短に済ませてくれた。物騒な響きを聞き逃てしまったにもかかわらずに。

 


「えっとですねぇ」

 それではと、抱えていた大きな本をゆっくりと広げ始め…と、クレハが腕時計にチラっと目をやり「時間が無いんだから早くしてッ」催促した。


 ココミは本の、あるページを広げて見せた。

 真っ白なページ…文字も書かれていない上に挿絵も描かれていない。


(ヤダよ、この子ったら。ページ間違えて広げちゃってるよォ)

 やや冷ややかなクレハの眼差しの先にある本の中から、何かがズズズと浮き上がってきた。


 頂上部の異なる塔みたいなものが幾つか浮き上がってきた。色は白と黒の二色。

 少し遅れて馬の頭が浮き上がってきた。白の馬と黒の馬は向き合っているとはいえない。

 しばらく間を置いて、球体を乗せた杯状の物体が現れた。それらの配置に規則性は見当たらない。


(これって!?)


 それぞれの物体の下には全て台が付いている。さらに!台の下からマホガニー色と焦げ茶色で構成された市松模様が現れた。

 そのカタチをクレハもヒューゴも知っている。ルールなんてものは知らないけれど、カタチだけは知っている!



 チェス盤だ!!


 いや、待て待て待てッ!

 驚く箇所はそんなところでは無い。

 驚くべきは、どうやって何も描かれていない本からチェス盤が浮き出て来たのか?しかも3Dで!?ホログラフ?いやいやいや。コイツ明らかに実体だ!


 馬の頭部を模した白の駒を触れようと、そろーと伸ばされたクレハの手を、パチンッ!ルーティによって叩き落とされた。

 

「ナニ勝手に触れようとしとんねん!アカンやろ!」

「あ、ゴメン」

 謝りつつ(ガキ娘は加減というものを知らんのか?)骨まで痛む手の甲をさする。


「駒を持ち上げれば動かしたものと見なされるのでくれぐれもご注意を」

「ゴメンね」

 ココミの説明を受け素直に謝ることができた。


 それにしても不思議な本だ。少し屈んで下から本の外装を覗き込んでみる…やはりただの本。


 同じくあらゆる角度から本を観察していたヒューゴが盤面に視線を戻し、「随分と盤面がとっ散らかっているようだが?・・」

 局面(ゲーム)は随分と動いているようで、黒の駒15個に対して白の駒は9個しか存在していない。

 駒の向きからして非常に残念でならないが白側はココミだと推察できる。


 この状況、もはや「うわぁ・・」溜息すら出ない。



 と、チャイムが鳴り始め始業を知らせた。


「いけなーい。ホームルームが始まるよッ。急いで教室に戻らなきゃ」

 チャイムが鳴り終えるまでに教室へ入ればがセーフ。クレハは教室の方へと向き直った。


「待って下さい。ここからがとても大事なところなんです」

 呼び止めるココミの声を背に走り出すクレハ。まだ走り出さないヒューゴを置いて。


「お願いです。ヒューゴさん。このゲームには(たみ)とその他大勢の方の命がかかっているのです。どうしても負ける訳にはいかないのです」

 差し迫るタイムリミット。詳しく事情を聞いている時間は無い。


「畳み掛けるな。落ち着け。コイツを何とかすれば良いんだな?考えるだけ考えてみよう」

 スマホで写真を撮り盤面を確認してようやくヒューゴはその場を離れるべく。と、もうひとつ。



「タイムリミットは何時(いつ)なんだ?」

「今日の午後3時30分までに駒を動かさないといけないんです」

 思考時間としては非常に長い気もするが、ルールすら知らないゼロ出発なので時間があればあるほどコチラとしては助かる。

「時間までに何とか考える。だから校門前で待っていてくれ」

 

「良いお答えを期待しています」

 取り敢えずの別れ。



 チャイムが鳴り終えるまでに教室に入りセーフ!!そんなヒューゴに「間に合ってよかったね」クレハの笑顔はどの(ツラ)下げて。


「で、引き受けてきたの?彼女たちの用件」

 用件を聞くこともなく一人さっさと立ち去った身でありながら何の悪びれもなく(たず)ねた。

「で、何の話だったの?」当然の質問。何故ならば“待ってくれ”と伸ばされた手に目をやることもせずに早々に立ち去ってしまったのだから。


「さっき本のチェス盤を見ただろ?あの状況をどうにかして欲しいのだろう」


「アレかな?タカサゴのお父さんはプロの棋士だし、妹の(あゆみ)ちゃんもプロじゃないけど結構強くて有名だもんね。それを何処かで聞きつけて助けを求めてきたんじゃないかな」


「だとしても、だ。親父もアユミもやっているのは将棋だぞ。チェスとは似て非なるモノじゃないか。いや待て。アイツらの事だ。将棋とチェスの区別も付かなかったのかも」


「有り得るね。それでどうするの?」


「ルールなんて解らんが、とにかく努力はしてみよう」

 正直、将棋とチェスの違いは“取った相手の駒を自分の駒として使えるか否か”くらいしか知らない。それ以前に、どんな駒があるのかさえも知らない。知っているのは馬の頭部を模した駒がナイトと呼ばれているくらいだ。

 ほぼチェスに関する知識ゼロからの出発。

 ヒューゴはスマホを取り出すと『チェス』を検索、概要及び歴史はスッ飛ばしてルール説明に目をやった。右隣の席から聞えてくるコホンッ!なる咳払いは気にしない。



 一時限目は数学。担当はこのクラスの担任でありバスケ部の顧問も務める葛城・志穂(かつらぎ・しほ)…。

 若き女教師はかつて衛星放送で観たプロバスケットボールの試合で、タイムアウト時に監督が選手たちに作戦を伝える際にタブレット端末を用いて指示していた姿に憧れ、自身もいつも持ち歩いているが、授業に使われることはまず無い。

 授業が始まる。



 そんな中、ヒューゴは早くも壁に阻まれた。


 それはおおよそ誰もがブチ当たるであろう初歩中の初歩でありながらもチェス入門においていきなりハードルが高いと思わせる歩兵ポーンの動かし方。

 

 将棋の『歩』は一つだけ前進し、正面に位置する敵駒を取ることができ、敵陣内に入る(もしくは動く)ことで“成り”と呼ばれる“金”に変化できる。駒には『と』と記されているが能力的には『金』の『と金』になる。

『香車』『桂馬』『銀将』の駒も同じく“成り”によって『成香(なりきょう)』『成桂(なりけい)』『成銀(なりぎん)』それぞれ名前は異なるが実質“金”に変わる。


 一方のポーンは…。


 将棋の『歩』同様に前に1マスだけ前進するのだが、初出(最初の位置から出るとき)に限り2マス前進させることができる。これは権利であって1マス前進でも構わない。

 相手の駒を取る際、ポーンの正面に位置する相手の駒は取ることはできないが、斜め前方に位置している相手の駒を取ることができる。つまり攻撃可能なマスが、『歩』が正面1マスに対してポーンは2マス有しているという訳だ。


 ところが。


 相手のポーンが2マス前方左右どちらか1マスに位置していた場合、初出なので2マス進めたら1マス前進した場所で駒を取られてしまうアンパッサン(En passant)を受けてしまう。“伏兵”に殺られるという扱いだ。


 移動と攻撃の、この2つでも正直言って難しいのに、さらに。


 プロモーション(Promotion)(昇格)と呼ばれる“成り”もなかなかややこしい。


 まずチェス盤には、縦の列(ファイル(Files))には、白側から見て左から右へaから hのアルファベット文字が割り当てられており、横の行(ランク(Ranks))には、白側の手前から上部へ 1から8の数字が割り当てられている。

 ちなみに斜めの筋はダイアゴナル(Diagonal)と呼ばれ、チェス盤は白と黒の市松模様なので白のダイアゴナルと黒のダイアゴナルで構成されている。


 ポーンが昇格するには、それぞれのバックランク(Back Rank)(白側なら相手のバックランクとなる8のランク、黒側ならば1のランク)へとポーンを進めなければならない。


 相手のバックランクへと辿り着いたポーンはランク・ファイル・ダイアゴナルの盤の端から端へと移動できる事実上最強の駒である女王(クィーン)へと昇格、これをプロモーションと呼ぶ。


 だが。


 必ずしもクィーンに成る必要は無い。


 ポーンはその他の駒、騎士(ナイト)僧正(ビショップ)城砦(ルーク)と、(キング)以外の全ての駒に成れるのだ。


 クィーン以外の駒に成ることを“アンダープロモーション(Under promotion)”と呼ぶ!


 何故あえて最強なる力を得ないのか?諸々の理由があるのだが今は端折って覚えよう。



(歩兵でこれかよ…)

 見込みの甘さを悔やんでいても仕方が無い。わかっているのだが。


 トントンッ。右隣の席から指で机を叩く音が聞こえてきた。


「??」


「もう授業は始まっていますよ」

 学級委員長の猪苗代・恐子(いなわしろ・きょうこ)が小声で注意をしてきた。


「どうも。お構いなく」

 大きなお世話と言わんばかりに、掌を黒板の方へクルリと向けて答えて見せた。そんな態度を見せられるもなお、「ならばせめてスマホを仕舞いなさい」声を荒げることなくトーンを少し上げて命令口調で注意してきた。


 キョウコは男性に対して心の導火線は決して長くは無い。

 それは彼女の家系が、代々女性が当主を務める女系家族であり、彼女の名前も“男性に畏怖を抱かせるような強い女性になれ”と願いを込めて付けられ彼女自身も名に恥じないよう努めている。絶対服従とまで言わないが、男性からは軽く見られたくはない。

 性格だけではなく、健康維持の一環として始めたエクササイズムエタイの技を発揮して3人の暴漢を病院送りにした過去を持つ。ものの、うち一人は両手で首を抱える“首相撲”からの膝蹴りを食らわされ、明らかに過剰防衛の域に達しているが正当防衛の範囲内で事は収められ、様々な意味で恐ろしさを秘めている。

 

「聞こえないの!高砂・飛遊午!」

 聞く耳持たぬヒューゴにバンッ!遂に机を叩いて声を荒げた。


「猪苗代さん?声が大きいですよ」

 穏やかに(なだ)める数学教師。


「でも、授業中にスマホを操作しているんですよ」


「私が高砂くんを注意しますので猪苗代さんは授業に集中なさい」

 不服そうに教師に一礼するとキョウコはヒューゴを睨み付けながら着席した。


「おぉ(コワ)

 クレハと隣のトラミがキョウコに恐れを()した。

 と、二人もギッとキョウコに睨まれ、一瞬ではあるがヘビに睨まれたカエルの心境に至った。


「高砂くん。あなたに限ってゲームなどしていないと思いますが」

「してませんよ。ただ検索をしているだけですよ」


「だとしても今は数学の授業です。スマホはしまって授業に集中なさい」


「そうだよ。今は止めときなよ」

 クレハが小声で従うよう促した。


「申し訳ありませんが、今は時間が惜しいんです。どうしても果たしたい約束があるものですから」


「約束?それは授業よりも大切な事なのですか?」


「授業は・・授業なら取り戻せます。でもアイツらとの約束は交わした以上できる限りの努力はしたい」

 学年トップの成績を誇るヒューゴならば授業の遅れを取り戻すのは容易いことだろう。


「言っている意味が解りません。今すぐにスマホを片付けないその態度は私の授業を(ないがし)ろにすると解釈しますが、よろしいですね?」


 生徒からスマホを取り上げれば良いだけの話なのだが、試合中の選手たちを信じて見守っているのと同じように、自主的に片付けてくれることを期待していたのだが、どうやら願いは届きそうにない。「では後日補修授業を受けていただきます」


「了解でーす」

 スマホから顔を上げることなく承諾するヒューゴ。この時彼はクラスのほとんどを敵に回した。中でも一番敵意を燃やしたのはトラミであった。彼女は体育以外の科目に於いて赤点スレスレの低空飛行で何とか難を逃れてきた身であり、何が何でも避けたいと思う補修授業を自ら進んで受けようとするヒューゴが許せなかった。


「では授業を続けます」

 志穂は授業を再開した。



 似たようなやり取りが毎時限発生してやっと昼休み。



 『おごってやる』の言葉にウソは無かったが、まさかパシリまでやらされるとは。

 クレハはヒューゴの分まで購買部までパンとコーヒー牛乳を買いに行かされた。


「ちょっとは進んだ?」


「駒の動かし方は大体な」

 王冠を模した(キング)は将棋の王将と同じく前後左右他斜めと周囲1マスすべてに移動・攻撃が可能。駒の強さ(もしくは価値)はポーンを1として無限大とされている。要は取られれば負けという事。棋譜表記はkingのK。


 ティアラを模した女王(クィーン)は、移動方向はキングと同じものの、遮る駒が無ければ盤面の端から端へと移動・攻撃ができる。事実上最強の駒とも言え強さは9とされる。棋譜表記はQueenのQ。


 塔の形からして城砦(ルーク)は将棋の飛車と同じく遮る駒が無ければ前後左右の端から端へと移動・攻撃可。

 キャスリングといったキングと入れ替わる特殊移動のルールが設けられているが今は覚える必要は無いだろう。ココミの白側のルークは2つ共すでに失われている。

 国によっては“船”や“象”扱いになる。駒の強さは5で棋譜表記はRookのR。


 僧正(ビショップ)玉葱(たまねぎ)のようなものが天辺についている駒の中で一番何なのか分からない形状をしている。こちらは将棋の角行と同じく遮る駒が無ければ斜めに端から端へと移動・攻撃を可能としている。

 “成り”は無いので白マスのビショップはずっと白マスにしか移動できない事になる。黒マスのビショップも同じである。

 駒の強さは文献(データ)によって異なるが3または4とされている。棋譜表記はBishopのB。


 馬の頭を模した騎士(ナイト)は将棋の桂馬と似ており2マス前さらに左右いずれかに1マス進むことができる唯一味方及び敵の駒を飛び越えられる駒である。その機動は前だけではなく前後左右とまさに歩兵を蹂躙する騎士さながら。

 ナイト・ツアーと呼ばれるパズルでは64マス全てを移動する。英語の綴りはKnightではあるがキングがKなので誤りが生じないようにNとされている。駒の強さは3。


 杯の上に球をのせた最も小さい駒は歩兵(ポーン)。綴りはPawnであるが棋譜表記は無く、移動または相手の駒を取った先のマスを記録する。駒の強さは最弱の1ではあるが相手のバックランクの近くにたどり着くとその強さは変化する。



 盤面を、白側を手前にして右側をキングサイド、左側をクィーンサイドと呼ぶ。

 これは白側、黒側共にキング同志が向き合った配置となっているからであり、また両端からルーク、ナイト、ビショップと並びそれぞれの駒の前にはポーンが配置されている。

 これが初期配置となる。


そして忘れてはならないのが、相手の駒を取るテイク(Take)もしくはキャプチャー(Capture)。テイクはテイクスと呼ばれる場合もある。テイク、キャプチャー共に「取る」「捕獲する」という意味の単語ではあるが、チェスの世界では「交換する」の意味合いを持つ。


 現在の局面は棋譜が無いので第何手なのかは不明だ。

 将棋の棋譜は先手が1手動かした時点で第1手となり、後手が1手動かした時点で第2手となる。奇数か偶数の手数でどちらが差した手なのか判断できる。

 ところがチェスの場合、必ず白側を先行として始め、白側が1手動かし、さらに黒側が1手動かした時点で第1手となる。


 スマホに記録されたココミたちのチェス盤を今一度確認してみる。


 目を覆いたくなるような随分と荒れた局面。惨状と言っても過言ではない。



 確認の前に、チェス盤には数字とアルファベットが割り当てられている事をおさらいしよう。縦の列と横の行にも名前があることを忘れてはならない。

 チェス盤には、縦の列(ファイル)には、白側から見て左から右へ aからhの文字が割り当てられており、横の行(ランク)には、白側の手前から上部へ 1から8 の数字が割り当てられている。


 よろしいかな?では現在の盤面を確認してみよう。


 白側は。

 キングは初期配置のままe1。

 クィーンはa1にルークは2つ共に失われている。

 ビジョップはf5、f4に、ナイトはh4。

 ポーンは4つで初期配置のままのc2、e2、f2と、そしてすでに動いているg3。

 失われている駒はポーン4つとナイト1つにルーク2つ。

 クィーンサイドはビショップがキングサイドへ逃げ遂せているから、クィーンとポーン1つだけとなっており非常に寂しい光景である。



 では、黒側も見てみよう。

 キングは初期配置のe8。

 クィーンも初期配置のd8。

 ルークは1つ失われており、残りはh7へと移動している。

 ビショップは、キングサイドは初期配置のf8に待機。もうひとつはh1に位置している。

 ナイトもキングサイドは初期配置のg8に待機中。もうひとつはf6へ移動を果たしている。

 ポーンは8つ全て顕在でb3、b6、c7、d4、d6、f7、g7、h6とすでに白側の駒を取りファイルを移動してしまっている駒もある。



 チェスではゲームの評価に、駒の強さを点数として合計点数の多いことをマテリアルアドバンテージと呼び、駒が良い位置を占めることをポジショナルアドバンテージと呼ぶ。


 さらっと計算して、まずキングは勝敗の決定に関わるので共に除外して、白側(ココミ側)はクィーン9、ビショップは4として×2で8、ナイト3とポーン4つなので4を合計して24。


 黒側(誰かな?)はクィーン9、ルーク5、ビショップ4×2で8、ナイト3×2で6、ポーン全て顕在なので8の合計36。マテリアルアドバンテージはあえて計算するまでもなく黒側にある。


 戦力差は単純計算して2対3といったところか…てか、黒側はルークひとつ失っているだけではないか。



 では希望を託してポジショナルアドバンテージはどうかというと・・ルールをおさらいしたばかりのクレハとヒューゴには評価のしようがない。



「どうするの?コレ」

 クレハがパンをみながら訊ねた。


「考え中」

 パックのコーヒー牛乳に挿入されたストローでチューと音を立てて啜りながら答えた。


 何手先を読むとか、そんな芸当を期待されても困る。そんな中考えられる手は。


 現在安全確保できて相手の駒を取れるのはc2ポーンとa1のクィーンのみ。だが、c2ポーンはすでにb3黒ポーンに狙われている状況なので逆にc2ポーンでb3黒ポーンを取らざるを得ない。

 間違ってもc2ポーンを2マス前進させてはならない。

 なぜならばd4黒ポーンによってアンパッサンを食らってしまうからだ。 そうなってはいたずらに駒を減らす結果となってしまう。悪手の中でも最悪の手だ。


「やっぱりc2だよなぁ・・」またチューとコーヒー牛乳を啜る。


「あっ、そうだ!」食んでいるパンを飲み込んでクレハが声を上げた。


「私たちみたいな素人が考えても良い手は見つからないって。こういう場合は経験者に聞いちゃえば良いんだよ」


「誰に訊くの?」ヒューゴの問いにクレハは頭を悩ませた。

 1時限目及びその他の授業でヒューゴはクラスの心証を最低レベルまで悪化させている。

 もはやこのクラスに味方は存在しない。他のクラスにもチェスをプレイしているような人物に心当たりは無い。


「しょうがない。教師の中には一人くらいチェスの心得のある人がいるだろう」

 ヒューゴの提案に、クレハはただただ正気かよ…。 


 そもそも毎時限教師たちにケンカを売るような態度を取り続けていたヒューゴの行動に、クレハは疑念を抱きつつ彼と共に職員室へと向かった。

 絶対に叱られるだけに終わると確信できる。だが、これはチャンスでもある。最悪叱咤叱責を食らおうものならば素直に謝り倒せばいいのだ。これで教師たちの心証は少しは回復するというもの。だが、果たしてヒューゴが機転を利かせて謝ってくれるだろうかが心配。


「こんにちはです。クレハさん、ヒューゴさん」

 道中、声を掛けてきたのは御手洗・達郎だった。なぜか息を切らせながら。


「あら、こんにちは。タツローくん。走ってきたの?」


「え?えぇ、まあ」答えて後ろを振り返る。


「お前、誰かに追われているのか?」

「ひょっとしてイジメ?」


「そんなんじゃないですよ。御陵・御伽(みささぎ・おとぎ)さんが僕を探しているようなんです」


 オトギは弓道部の後輩なので1-A組なのは知っている。タツローは1-D組だったはず。「あなた達違うクラスだよね?」


「ええ彼女とは別のクラスです。今朝、姉さんと彼女の話をしているのを本人に聞かれちゃったのかな?参ったなぁ・・」


「何々?悪口でも話していたの?」嬉しそうに顔を寄せる。


「言ってません!誰がそんな小さい事!」

 そんな小さい事を(ささ)やかな心の癒しとしているクレハにキッパリと言い切った。


「その、彼女、この学校の有名人だし。気に障った事を言ってしまったのならどうしよう・・」


「お前、小っせぇなぁ。相手が気に障ったって言ったなら謝れば済むの話じゃねぇか。頭下げるくらい、痛くも何とも無いぜ」


「心の話を言ってるのよ、タツローくんは。ストレスで胃が痛くなったことが無いのかねぇ、タカサゴは」

 タツローへと向き直り。

「まっ、この休み時間は逃げ(おお)せなさい。部活の時にオトギちゃんにどんな用件なのか?そこはかとなく()いておいてあげるから。連絡はメールで良いよね?」


 お願いしますと丁寧にお辞儀をするとタツローは二人の元から立ち去った。




 職員室へとあともう少しのところで。


「こんにちは。クレハ先輩」今度は、その御陵・御伽に遭遇した。


「こんにちは。オトギちゃん」


「ちゃん?」オトギから笑みが消えた。


「真顔で訊き直さないでよぉ。美人さんが怒ると本当(ホント)に怖いんだから」


「怒ってなどいません。ただそこまで親しく名前を呼ばれる事に慣れていなくて、つい。気を悪くなさったのなら謝ります」


「いえいえ。こちらこそ。謝ってもらうなんて、とんでもない」続けて「ちょっと目線が泳いでいるようだけど、何方(どなた)かお探し?」

 理由と経緯を知りつつ、敢えて訊ねてみた。


「えっ、(わたくし)がですか?そ、そんな男性を探しているなんて」

 あからさまに動揺を隠せずにボロまで出して。どうやら怒っている様子は無さそうで、ひとまずは安心。なので。


「ふぅん。男性をお探しで。ひょっとして気になる人?」その言葉にオトギの耳が真っ赤に染まった。


 ただただ、へぇーと驚嘆するばかり。あの誰もが才色兼備と絶賛する御陵・御伽が、お世辞にも成績は良いとは言えずバスケ部でただ一人ベンチメンバーにすら入っていないタツローに関心を抱くとは。


 まるで一度捕えたネズミを再び放して弄ぶネコのようにオトギを見やる。


 だが、このままイジってやりたい気持ちを抑えて。


「そだ!オトギちゃん。突然で何だけど、チェスに詳しい?」


「ええ。(たしな)むくらいなら存じています。ポピュラーなゲームですから」

 今日まで存在しか知り得なかったチェスを“嗜む”に加えて“ポピュラー”だと言ってのけたオトギに『さすがはセレブ』と感嘆するふたりであった。


「じゃあ、ちょっとこの画面見てくれるかな?」ヒューゴからスマホを借りてオトギに本のチェス盤を写した画像を見せた。

 とたん、オトギが眉をひそめた。

「貴方達は何をなさっているのですか?」オトギが訊ねた。


「見た通りのチェスだよ。これを何とかして欲しいって、ある人に頼まれたの。『とても大事な』とか言ってたものだから、つい断れなくて」

 申し訳なさそうに話すクレハとは対象的に、オトギの彼女たちを見る目が冷ややかになってゆく。恥ずかしさに顔を赤らめる可憐な少女の姿はもう見受けられない。


「こんなの有り得ない…。お二人はこんな事に加担するおつもりですか!?」


「こんな事?」


「賭けをなさっているのなら、私、協力致しかねます」キッパリ。


「賭け?待ってくれ。確かに『命がかかっている』とか『負ける訳にはいかない』とか言っていたが、お金を賭けているとは一言も言っていなかったぞ」


「命なんて、なおさらです!そんな危険な賭けから一刻も早く手を引いて下さい!」


「それはできない。人の命を預かっているヤツらを見捨てる事なんて、俺にはできない」

 答えるヒューゴにクレハも頷く。


「お二人の身の安全を思っての警告でしたが聞き入れてもらえないのはとても残念でなりません。これ以上お話しても無意味な様なので、私はこれにて失礼させて頂きます」

 オトギは軽く会釈すると二人の元から立ち去った。


「賭けだと?アイツ、何を言っているんだ?」

 スマホ画面を改めて確認してみる。

 彼女はこの盤面の何を見て「有り得ない」と呟いたのか?それも気になるが。

 今思えばココミたちの行っているゲームが賭博だと何故疑わなかったのか?賭けに加担しているつもりは無いが、これが本当に賭けであるならば大変なことになる。


 ふたりは顔を見合わせた。


 今すぐにオトギに弁明を申し開こう。しかし、非情にも授業開始のチャイムが鳴った。


 後は放課後に。オトギに弁明するか?ココミたちと合流するか?


 タイムリミットが迫っている以上優先順位はココミたちが上だ。オトギに弁明するのはその後にするしかない。


「うーん。要らぬ仕事を増やしてしまったな・・」

 後はオトギが姉である理事に報告しないことを祈るだけ。





 不安を抱えたまま放課後を迎えた。



「スズキ、お前は部活に出ておけ。ココミたちには俺から話をつけておくよ」


「ちょっと遅れるくらいだから気にしないで。私も付いていくよ」

 クレハとヒューゴは約束場所の校門前へと急いだ。



 午後3時15分。すでにココミたちが校門前でクレハたちを待っていた。

「15分前ですか。早かったですね」腕時計を眺めながらココミが到着した二人を迎えた。


「急がせおきながら何ですが、明日の今頃までタイムリミットは延長されましたよ」


「何ですって?」「何?」

 にこやかに告げるココミに二人は肩透かしを食らった。が、空を見上げ驚きの表情を見せるルーティに二人の視線は向いた。


 目を見開くルーティの眼差しの先には。


 「何アレ!?」「あれは一体・・!?」

 クレハとヒューゴも思わず目を見開いた。


 空に、全身灰色の甲冑のようなものが滞空しているではないか。


「何を二人して鳩が豆鉄砲を食らったような顔して空を見上げているんです?」ココミも3人の視線の先へと目を向けようと振り返った瞬間!


「ベルタさん!どうして!?」

 思わず声を上げた。


「ココミ!アレが何なのか?お前知っているのか!?」


「どうして?ベルタさんを取ることなんて出来ない筈なのに…」

 動揺するあまり、訊ねるヒューゴの声が耳に届いていないようだ。


「ココミ、しっかりせぇ!」ルーティがココミの頬を叩いた。が、やはり加減が利かないのか勢いよくココミの体は張り倒されてしまった。


「ココミ!時間があらへん。さっさとコイツ等のどちらかにベルタはんと契約してもらわな」


「何がどうなっているんだ?誰か説明してくれよぉッ!」

こんな状況は作ろうと企んでも到底ムリ!なので言ったもの勝ち。…とココミへと向き直り。


「お前、いま『ベルタさんを取ることなんて出来ない筈』って言ったよな?『取る』って単語が出てきた事から察して、空に浮いているアレは本から出てきたチェスの駒と関係あるんだな?」

 もはや質問ではなく確認を求めていた。


「早よせな。ベルタはんも皆と同じようになぶり殺しに遭ってしまはるで」


「お前は黙れ!ココミ!お前何をした?タイムリミットが延長されたと言っていたが、駒を動かしたからタイムリミットが延びたんじゃないのか?」

 ヒューゴの問いにココミは力なく頷いて見せた。つでに本を広げて現在の盤面も見せてくれた。


 c2に位置していた白ポーンが姿を消してc3に黒ポーンが移動している。


 クレハとヒューゴが最悪の手だとしていたc2白ポーンを2マス前進させた後にd3黒ポーンによるアンパッサン。つまり伏兵によって駒を取られてしまったのだ。


「ココミちゃん。これ、アンパッサンだよ」


「アンパッサン・・?」


「うん。ポーンを2マス進めて相手の黒ポーンの隣へ移動させたから安心したでしょ?でもこういった場面に限って移動の途中で相手のポーンを仕留める特殊なルールが設けられているの」


「そんなルールがあったなんて・・」

 知り得なかったルールに驚くココミにヒューゴが彼女の胸ぐらを掴んだ。


「何故、俺たちを待たなかった。時間まで15分も早く到着したのに、どうして俺たちを待てなかった。お前、俺たちにこのゲームを託してくれたんじゃないのか?わざわざ相手に駒を差し出さなくても、この取られた駒で逆にb3にいた黒のポーンを取れば良かったじゃないか!」


「残念ですが、それはできませんでした」


「できない?」

 胸ぐらを掴んでいたヒューゴの手が離された。


「ベルタさんは、まだマスター契約を果たしていない駒です。一方相手の駒はすでにマスター契約を果たしています。マスターを得ていないベルタさんでは相手の駒を取ったところで成す術もなく一方的に倒されるだけなのです。だから、こちらから駒を取るなんてできなかったのです」


 で、結果がこのザマである。


「で、ココミちゃん。マスター契約ってことは私たちのどちらかにアレに乗って戦えって意味だよね?無茶言わないでよ。何で私たちなの?冗談じゃない。ヤメテよね!」


「スズキの言う通りだよ。俺たちはてっきりゲームの助言を求めているものだと思って承諾したのに、戦うってなら話は別だ」

 二人して参戦を拒否した。


「お前らに考えてもらって何とかなるんか!」

 二人が声を荒げるルーティへと向き直った。


「考えてもらうのも、戦ってもらうのも、ホンマ言うたら頼みとう無いわ!でも、どないもならへんのや。あの姿のベルタはんたちは自分で動けへんし、ウチらの魔力では動かせへん。みんなを動かせるのは、この世界の人間が持ってる霊力を変換させた魔力だけなんや」


 なんて回りくどい機巧(しくみ)なのだろう・・。


「オマエらと逢う前に消えていった皆は小指一本動かすコトもできずに一方的に殺されてしもたんや!」


「ルーティ、別に誰も殺されては・・」「うっさい!」


「みんな、死ぬほど痛い思いしたはるのに、ウチら何も出来ひんかった。もう誰にも痛い思いさせとう無かったのに・・」

 涙にくれるルーティの肩に、そっとココミの手が添えられた。


「ズェスさんも言って下さったではありませんか。痛みはあっても死ぬ訳では無いと。それに今回はルールを知らなかった私に非がー」「アホ言え!」

 悲しみを抑え、それでも少し鼻声になりつつあったココミの声をルーティが遮った。


「それって拷問だよね?」

 二人のやりとりに思わずクレハが口を挟んだ。


「辛いよね。痛い思いをされている人を、ただ見ているだけしかできないなんて」止めろと肩に添えられたヒューゴの手を振り払い。


「私じゃダメかな?ベルタさんだっけ?に乗り込むのは」


「クレハさん・・」「でも・・お前・・ええんか?」

 申し出ると、クレハは二人の元へと歩み寄る。と、その手を後ろからヒューゴに掴まれた。


 すかさず、勢いよく後ろへと振り投げられ、「痛ったぁ」尻餅をついた。


「何よぉ、タカサゴ。邪魔しないでよぉ」


「俺はお前の覚悟の邪魔はしない。だが、ココミたちは俺を御所望のようだ。なぜなら!最初からずっと俺の方を向いて話をしていたじゃないか。コイツら」

 出逢った時からずっとヒューゴを頼っていたような。それはクレハにもそこはかとなく感じ取れていた。だから駐輪場では彼に任せて先に教室へと向かったのだった。


「それで良いな?ココミ!」

「ハイッ!」

 目には涙を溜めて、少し鼻水を垂らしての満面の笑顔で返事をくれた。



「では、時間がありませんので契約に入ります。ヒューゴさん、スマホを出して下さい」


「スマホ?」

 首を傾げながら言われた通りにスマホを上着ポケットから取り出した。


「では、このページに印字されているベルタのQRコード2を読み取って下さい」

 指示に従い読み取り機能を起動させてベルタ(BELTÀ)と記されているQRコードの1ではなく2を読み取る。と『契約を始める』の表示をタップして契約画面に移行させた。


「何コレ?まさか新手の振り込め詐欺じゃ・・ないよね?」

 横から画面を覗き込んでいたクレハが作業そのものに疑いを抱いた。


 ヒューゴも疑念を抱きながらも契約を進行させる。

 まずは姓と名前それぞれにカタカナで振り仮名を入力。続いて性別と生年月日。あと何故かしらスマホの電話番号と住所の入力も求められ疑いの眼差しをココミに向けるも力強く頷かれたので、黙って入力を完了した。


 最後に『ご契約ありがとうございました』の画面が表示され、すぐさま『アンデスィデへの参戦要請が来ています』とのメッセージが表示された。


「アンデスィデ??」

 初めて耳にする単語にクレハ、ヒューゴ共に首を傾げた。


「ヒューゴさん、ベルタさんにお電話して下さい」


「電話ぁッ!?」「早よせぇ!」「早くお願いします!」

 訊き返すも二人に急かされる声の方が大きく、従わざるを得ない。


 何故かしら入っていたベルタの電話番号・・掛けてみる。プルルルと発信音がなり「仕方が無い」と中年男性の声を耳にした。


 すると。


 ヒューゴの足元に何やら光の線が彼を囲むように何かを描き始めた。円が二重三重に描かれ、その中に五芒星が描き込まれ。

 見たことも無い文字が次々に記されてゆく。これは。


 魔法陣だ。


 描き終えられた魔法陣が回転を始めた。


「ルーティ、お願い」

 ココミの言葉にルーティは力強く頷くとヒューゴに抱きつくようにして魔法陣の中へと入りこんだ。すると。


 魔法陣が回転しながら上昇。足元からヒューゴとルーティの姿を掻き消してゆく。


 と、驚くヒューゴとルーティの姿が完全に消滅した。



 ココミがベルタへと向き直った。クレハも続く。


 先ほどまで灰色一色だった甲冑らしきもの・・盤上戦騎(ディザスター)ベルタの体が見る見るうちに彩られてゆく。

 高砂・飛遊午の霊力が魔力へと変換されベルタに供給されたのだ。


 見たことのない彩りの未確認飛行物体。カタチはどこかで見たことのあるものの、その姿にクレハは圧倒された。


「スゴく綺麗(きれい)…」

 思わず口から洩れ出た。




 









似てまるで非なるもの

前書きの続き

ドンマイイニシアティブ

ドンマイとは「気にしない」の意味を持つ謎の日本語の一種。主にスポーツなどでミスした選手に掛ける時に用いられる。

イニシアティブとは「先導する」という意味を持つことから、ミスしておいて本人が周りより先に「ドンマイ」と言ったら、まあヒンシュクものである。

特に、『俺はこのグループの顔的存在だ!』と思っているヤツが言ったものなら変な空気になってしまう。



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