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盤上戦騎あんぷろ!  作者: ひるま
15/19

13-2.迫撃、トリプルポーン(その2)


 海上から発射された超電磁砲(レールガン)の砲弾が、オレンジ色の尾を引いて雲を突き抜け・・・ることはなかった・・・。

 まるで夜空を駆け抜ける流星のよう。


「一瞬だったな・・・」

 高砂・飛遊午(たかさご・ひゅうご)の口から、ふと洩れ出た。

「ええ。一瞬でしたね」

 同調するベルタの声を耳にすると発射元の後方へと目をやった。


 霧が立つように、海上にモクモクと雲が立ち上っていた。ちょっと早いけどアレは夏の雲だな。


 あの状況から察するに、銃身(ガン・バレル)の中に海水が残っていたものと思われる。それが発射された弾丸の熱(火薬を使わないレールガンなので単に空気との摩擦熱)を奪って蒸発したものが銃口から吹き出し雲となったのだろう。

 腕を上に向けたまま浮上してきたのが原因と思われる。

実際のところ、背後からの不意打ちだったので確証は持てないが。


 頭に火の点いた蚊取り線香らしきものを乗せた盤上戦騎(ディザスター)の左腕から伸びていた2本のレールがポロリと崩れ落ちた。破棄(パージ)したのか?

 確かに、腕からあんな長い物が伸びていたら右手に携える三又槍(トライデント)が扱いにくいものね。

 それとも1発限りだったのか?結構威力は高そうだったし。

 兵士(ポーン)のステータス割り振りを考えれば・・・・。


 背中にデッカイものを背負っており騎体そのものの体型もガッチリしている。とても頑丈そうだ。だけど、その分、脚は遅そうだ。

 見立ては、大別して装甲強度>火力>機動力といったところかな。


 こちらは関節強度及び回避推力総量>残りは全て最低値と、思い出すとつくづく泣けてくる。



「コホー。ちゃ・・んと・・してくれ・・よ。スホォー。マ、マ・サノ・リ。スフォー」

 レールガンを発射した盤上戦騎(ディザスター)深海霊(シーゴースト)のカムロのマスターであるマサノリに通信が入った。


「ご、ゴメンよ。飯豊(いいで)く、いや!ナガマサくん!」

 慌てて言い直すも、カンシャク持ち女(スピット・ファイア)のアッチソンのマスター、ナガマサこと飯豊・來生(いいで・きすぎ)の本名を、つい口を滑らせてしまった失態は、きっと許されないだろうと自覚していた。


 幸い、アッチソンの超高速移動を可能にするために、ナガマサは宇宙服と同等の機能を有する耐Gスーツを着込んでいる。頭をすっぽりと覆うヘルメットの中へ供給される酸素吸入の音が、通信の所々に割り込んでくる。まるで海中を散歩するダイバーと通信を行っているようだ。

 なので、いちいち怒っている余裕など無い。ただし、アンデスィデが終了したらタダでは済まされないだろう。胃が痛くなる。



 強烈な(ジー)を全身に受ける中、ナガマサは失態を犯したマサノリに対して嘆くことは無かった。むしろ、やはりしくじったのかと納得していた。


 マサノリの犯した失態とは。

 1:腕を上げたまま海中から現れたせいで、銃身(バレル)に残った海水がレールガンの弾丸を冷やして元々短い射程距離をさらに短くした。

 2:朝から天候不順だと、あれだけニュースで言っていたにも関わらずに、海上から上半身だけを出してレールガンを発射した事。結果、海風と高波の影響を受けて命中精度が大幅に落ちた。

 3:レールガンを発射する前に、あらかじめ大量に浮遊素(ふゆうそ)を散布させておけば足元が安定して、より命中精度が上がっていたはず。


 で、結果がこのザマかよ。


 常にダントツで学年トップの成績を誇るナガマサの目には、周囲の人間たちが無能極まりなく映っていた。とにかく人の欠点が目についてしょうがない。


 3年生のノブナガは他の人間とは異なり、あの若さにして“新型発電システム”の原理を開発、製品化してすでに結果を出しているので自分と対等と言える。だから彼の誘いを受けてアッチソンのマスターになったのに、騎体がこれでは。


 超高速と装甲強度を両立させた結果、一切停止できない欠点を抱える事になったが、ピックをぶつけるだけで勝利を得られるというのに、未だ決着が着けられない自身に苛立ちを覚えた。


 またしても大きく旋回して体勢を立て直さなければならない。

 その間、マサノリのカムロが倒されようが知った事ではないが、考えの足りない無能者に邪魔だけはされたくない。


「コフォー。マサ・・ノリ。上空・・の・・雲の・・中で・・待・機・・しろ。フォー」

 海の中を戦場にさせる訳にはいかない。

 ベルタに海の中へと逃げ込まれたら、アッチソンでは手も足も出せなくなる。

 この超高速騎、水面に激突したら木端微塵に散ってしまう。


(そろそろムネオのヤツが到着する時間だ)

 ナガマサの焦る理由はただ一つ。

それは耳翼吸血鬼(チョンチョン)のマスター、ヒデアキこと洲出川・宗郎(すでかわ・むねお)にベルタを横取りされる事だけだ。



 カムロが雲を目指して真っ直ぐに上昇してゆく。


 ヒューゴは距離400メートル程しか離れていないカムロを捕捉すると、フォアエンドをスライドさせてから両手でチェーンガンを構えて射撃した。


 速度の遅いカムロに対して全弾命中とはいかなかったにしろ、ダメージは与えたはず。

 だか、やはり「効かんなぁ」予想した通りダメージ総数は2パーセント。装甲強度は硬めに設定されている。次弾を装填している間に敵騎が雲の中に隠れてしまった。


「ヒューゴ。あの騎体を盾にしながら戦うというのはどうでしょう?」

 ベルタからの提案。


「その方法はアリだな。雲の中ならレーダーでも捕捉できるし。しかし、さっきの猛スピードで来るヤツの方は常に視界に入れておきたいな。もらい事故でやられるのだけは勘弁だわ」

 結局のところ却下。雲の中には突入しない事にした。

 さて、残るあと一騎はどこからやってくるのか?


「レーダーに3つ目の騎影を確認。計算では、3騎目はあと3分くらいでそちらに到着する予定です。速度は前回のキャサリンと同じくらい。気を付けて下さい!」

 ココミからの報せが入った。

 敵騎の編成は、高速仕様騎と装甲強化騎、それに標準型と、こうも仕様が異なる騎体同士だとフォーメーションを組むのに苦労することだろう。

 敵ながら心配してしまう。


 超高速騎が、またもや真っ直ぐこちらに向かって来る!

しかもマシンガンの弾を撒き散らせながら。どうやら照準を付けて撃ってきているのではなく、こちらの逃げ道を塞ぐ目的で撃ってきている模様。

 多少のダメージは仕方が無いとして降下させよう。全推進器(プロパルジョン)を停止!自由落下に入った。すると!


 正面から強烈な光の筋が!

 一条の光線が、ベルタの右側面10メートル程先を通過していった。

「ぐあぁぁッ!」

 ベルタが苦悶の声を上げた。


 直撃では無く、至近弾にしても遠い距離だったが、ベルタの胴体に5パーセントの損傷が出ていた。フィン状の装甲版が数枚溶け落ちていた。


「ビームの光か!?今の。荷電粒子砲を撃ってきたのか?それに、あんなに離れていたのに5パーセントもダメージを出すのかよ・・ウソだろ・・?」

 高砂・飛遊午は人類史上初めて荷電粒子砲の攻撃を受けた人物となった。


「レールガンに続いて荷電粒子砲を撃ってきやがったのかよぉ・・。どちらも空想科学兵器じゃないか。こんなのシャレにならないじゃねーかよぉ!!」

 図らずも立て続けにSF兵器の攻撃を受けたヒューゴは大きく取り乱していた。


「ヒューゴ!貴方は私たちに期待させるような言葉を並べておきながら、自ら台無しにしてしまう失態を演じ過ぎます!もう、これで何回目ですか!?」

 ヒューゴを詰め寄るベルタであったが、ここはなだめるなりして彼を落ち着かせるのが先決、彼女本来の役目ではなかろうか?

 思いつつ、ココミは二人の間に割って入れない。

(どーしたものかなぁ・・・)

 ここは大人しく静観するに限る。


「ヒューゴ!真っ直ぐ向かって来よるで」

  ルーティの言葉を耳にするなり発射元を確認!

 何だか頭だけの盤上戦騎(ディザスター)か?耳の部分に大きな蝶の羽のような翼を持つ、口に吸血鬼のような発達した八重歯、いや、あれは(キバ)なのか!?


 八重歯なのか?牙なのか?判断しかねている最中、下顎部分が後部へと回り込みリアスカートに、牙だった部分が伸びて2本の脚となると、耳の部分は折り畳まれて根元の部分が展開、腕となり、最後に頭部が胴体から飛び出して変形完了!

 モヒカンヘッドの盤上戦騎(ディザスター)になった。

 手には両膝に挟んでいた、トゲの付いた鉄球に長い棒を差し込んだ打撃武器、ポールアームを携えている。


 今度ばかりはココミを責める事などできない。会敵予想を覆す手段として、3騎目の盤上戦騎(ディザスター)は変形機構を用いて一気に距離を縮めてきたのだった。


 ふと、思い出したのだが、あの超高速の敵騎はどうしたのだろう?

 荷電粒子砲の光に気を取られてしまい、すっかりと忘れていた。


 辺りを見回すと。


 遥か遠くにアクロバット飛行などで空に描かれる8の字なのか?ハート型なのか?はたまたバネ?を描いているのか?とにかく目茶苦茶な軌道を2本の白線で描いていた。


「あっ」

 眺めている最中に空中にYの字が描かれた。


「あれまぁ」

 驚きの声を上げると、ベルタが「どうしました?ヒューゴ」訊ねてきた。


 あれは。


 スキーの初心者がよくやってしまう、左右のスキー板がそれぞれの方向へと滑っていってしまい、最後は股裂きのようにして転倒してしまうミスを彷彿させる。


「攻撃態勢に入っている最中に、荷電粒子砲のビームが割り込んできたら、そりゃあ驚いて操縦をミスってしまうわな」


 まさに空中分解。

 胴体と両脚の3つに分かれて。


 それぞれのパーツがほぼ同時に爆散。しかし、煙の中から胴体部分が飛び出してくると、中から何かが飛び出して翼を展開、飛行機のようなものに変形した。


 コアブロックシステム。


緊急脱出機能を備えていたようだ。

どうやらパイロットは死んでいないらしい。安堵の溜息が漏れた。が、それもやがて光の粒となって消滅した。


 情報獲得のアラームが鳴った。正面ディスプレーにメッセージが表示された。



 ◆◆ 黒側盤上戦騎(バトル・ピース)の情報を獲得しました。 ◆◆


 勝利条件の総ダメージ数60パーセント以上に達したのだ。

 例え緊急脱出システムを搭載していようとも、だ。


 メッセージが流れる。

 カンシャク持ちの女(スピット・ファイア)のアッチソンの情報を獲得しました。



 今の状況、表示されたステータスに目を通している暇はない。でも、武装くらいは目を通しておこう。

 ミニガン×1丁(総弾数10億発)、ピック×1本。


「10億発って、またスゴい弾数だな・・。10分の一に減らして威力を上げれば良かったのに」

 とはいえ、こういう痛恨のミスは大歓迎なヒューゴの口元は緩みまくっていた。


 敵騎の接近を知らせるアラームが鳴る。

 荷電粒子砲を撃ってきた敵騎は両腕に内蔵されたバルカン砲を撃ちつつベルタに接近してきた。

 腕そのものが銃身だけあって命中精度は高く、肩部、胸部に被弾するも、やはり牽制武器のようで威力は低くベルタの装甲を撃ち抜くことは無かった。

 ベルタも負けずに応射。こちらは、やはり期待するだけ無駄で、命中はすれどもダメージカウントに数字は上がらなかった。


 敵騎が射撃を止めてポールアームを振り被った。

 ベルタは一旦ハンドチェーンガンを後腰部に収納すると両腰に差しているキバ(折り畳み式脇差し)を抜刀、一度ブンッと大きく振って展開させた。


 ポールアームを薙ぎ払うように振ってきた。

 脇差しのような刃の薄い刀剣をあの質量にぶつけてしまうと、一撃で折られてしまう。

 受け流しも考えものだ。


 襲い来るポールアームの鉄球部分を、脇差しの(つか)の底部に当たる(かしら)で叩き弾く!

 敵騎がよろめいた。


 刀剣とは、刃の付いた刀身部で相手を斬り付けるだけが使い道ではない。

 (かしら)で打撃攻撃を行うのも立派な剣技である。

 だけど、これをやると、次の攻撃に転じにくいのよね。


 右手のキバを逆手に持ち替える。これで頭が先となり“突き”を繰り出すことで盾の代わりとなる。


 剣を交えたことにより、敵騎の低階層データを取得した。


 敵騎の名前はスグルと言う。真名が判明するほど、まだ敵騎体に接触もできていない上にダメージも与えていない。


「ノブオーッ!何してる!?早くボクを助けろォーッ!!」

 今まさにベルタに切っ先を向けられようとするスグルのマスターが叫んだ。


 レーダーでは。

レールガンを撃った敵影はベルタたちと重なっている。探すまでもなく、ヤツは上空の雲の中にいる。


 上空を警戒。するとディスプレー越しに水滴が落ちてくるのを確認できた。

「??」

 不思議に思い上空へと視線を向けると、今度は4本の筒状の何かが落ちてきた。


 ミサイルのように自力で推進するでもなく、ただ落下してきているだけ。

 落ちてきた筒状のものの後部には、なんと!スクリューのようなものが。


「魚雷!?え?何で?空中で魚雷なんて撃ってきているのだろう?」

 ヒューゴはあまりにも不可解な敵騎の行動に首を傾げた。


「先に落ちてきた水滴そのものが何らかの薬品だったのでは?」

 ベルタが見解を述べる。


「それは無いと思う。あの水は恐らくただの海水だろう。今どきの潜水艦は魚雷を発射する際に、発射管から魚雷を自走させるために、中に溜め込んでおいた海水と共に押し出すスイムアウト方式を取っているんだ。これなら空気で押し出すよりも静かで敵艦に発見されにくい。ヤツもその方式を取っていたから魚雷を撃ち出した際に一緒に海水も吐き出したという訳さ」


「本来海中で使う火器を空中で使う意味が解りませんね」

 ああ、全く。言葉に出されるまでもなく、とにかく意味不明な行動だ。



 少し目を離している隙にスグルに逃げられてしまった。

 またもや飛行形態(*注意:盤上戦騎は人型でも十分空を飛べます)に変形して随分と距離を離している。


 あの形態では機動性が落ちるのか?かなり大回りをして旋回している。


 しかもこの悪天候の中、水平飛行もままならないらしく、常に左右に騎体が揺れている。

 その中でまたもや口から荷電粒子砲が発射された。


 あらかじめ射線は読んでいたので右方向へと騎体を回避させると、今度は先程のような熱攻撃も受ける事はなかった。


「あの騎体、どうやらあの形態にならないとビームを発射できないようですね」

 生け贄(サクリファイス)として考えられない事も無い。が。


「そう願いたいが、ベルタ。決め付けるのはもう少し情報を集めてからだ」

 スグルがまたもや人型に変形、ポールアームを勢い付けて振り下ろしてきた。


 今度は逆手に握ったキバでポールアームの鉄球部分を横からブン殴る!と軌道を急変更されたスグルの上半身はガラ空きとなった。

 浮遊素を散布!足場を作ってジャンプすると、スグルの頭部目がけて左足を振り被り、キックを食らわせた。スグルの頭部がへしゃげて飛んでいった。


「行くぞ!ベルタ!弱い物イジメになるが、このまま叩かせてもらう!」

 次の攻撃に入る前に、「ママーッ!!」叫びながら飛行形態へとなったスグルに逃げられてしまった。



「マスター!キミの攻撃が単調だから、ベルタに即対応されてしまったのだがね。もう少し頭を使って戦って欲しいものだがね」

 スグルの叱責に耳を傾けているほど精神的余裕はない。

 ヒデアキ(ムネオ)はただ真っ直ぐに逃げるだけ。もしもベルタにちゃんとした火器が備わっていたのなら背後からズドンな状況下にあった。



「脚が早ぇーなぁ。とてもじゃないが追い付けないな」

 悔しいけど、見逃すほかない。


 雨雲が雷を発しながら近づいている。

 そして、益々風も強くなってきている。



「ノブオ!お前はベルタを捕まえるんだ!いいな!命令だぞ!」

 オープン回線で僚騎に命令している・・・。

 雲の中に隠れている“火の点いた蚊取り線香のような頭の盤上戦騎(ディザスター)のパイロットはノブオというのか。

 それにしても“ベルタを捕まえて”どうするつもりなのだろう?あの荷電粒子砲で攻撃したら味方も巻き添えを食らってしまうのに。理解しているのかな?


 そんな初歩的な矛盾などカムロたちも理解していた。

「マサノリ。あんなヤツの言う事を聞く必要は無いよ。あの坊や、手柄の為なら味方も捨て石にするつもりだ」


「う、うん。分かっているよ。けど、どうしよう?僕たち」

 カムロの騎体が手にした三又槍(トライデント)を握りしめる。



 旋回を続けるスグルの騎体が再び人型に変形した。

「あれ?必要も無いのに、アイツ、また人型に変形してるぞ?」

 さっきから不自然に思っていた。


「ヒューゴ。敵から得たデータを確認して下さい」

 ベルタの支持を受けてスグルから取得したデータを確認する。

 先程、頭部を破壊したので、さらに深層データを取得していた。


◆ ◆ 耳翼吸血鬼(チョンチョン)のスグル ◆  ◆


 武装:内蔵式20ミリバルカン砲:両腕に各1門

    ポールアーム:1本

    内蔵式荷電粒子砲:1門(ただし、飛行形態時のみ発射可能)


生け贄(サクリファイス)により飛行形態時にのみ荷電粒子砲は発射可能とする。さらに、エネルギー充填のため発射後間も無く人型形態に強制変形される。


「思った通りの性能でしたね。ヒューゴ」

 ベルタたちの見解はあながち間違いでは無かった。これで荷電粒子砲の脅威はある程度取り除かれた。不安定な飛行形態では今後発射されても至近弾すら食らうことも無いだろう。


「充填モードの人型でいる時が狙いどころか。ココミ、敵の荷電粒子砲の発射間隔は割り出せるか?」

 ヒューゴからの解析依頼が入った。ココミは「今すぐに」告げてページをめくりスグルの荷電粒子砲の発射されたタイムラグの記録に目を通した。


「1発目と2発目との間はおよそ3分ですね。すでに3分が経過していますが、疲弊からくる充填時間の遅延は期待しないほうが賢明かと」

 ココミの見解も頷ける。


 しかし、知りたいのは発射後に人型に強制変形させられている時間帯だ。

 すでに3分経過しているのに、何故さっさと飛行形態になって荷電粒子砲を撃ってこないのか?

 そもそも、何でスグルは近接戦では敵わないと知りつつも接近戦を挑んできたのか?


 生け贄(サクリファイス)として課せられたペナルティはもうひとつあると推察される。


 それは。


 人型形態時の稼働そのものが充填時間に関係しているのではないか?接近戦を行えば行うほど充填時間は短縮されるのでは?それなら一見無謀とも思える接近戦を仕掛けてきたのも理解できる。


 今現在、スグルはただ逃げ惑っているだけ。荷電粒子砲のエネルギーは一向に回復していないと観られる。

 確かにスグルの荷電粒子砲の威力は絶大だ。たぶん全兵士(ポーン)最強の火力を秘めているだろう。だが、そのチカラを獲得するために生け贄とした代償は大きかった。あまりにも大きかった。


「ヤツの脚は遅い!とことん遅い!」

 飛行形態とは比べ物にならないくらいに、とにかく遅い。ベルタよりも遅い。しかも回避運動推力総量も少ない。

 先程から、ほぼ全弾チェーンガンの弾が命中している。威力の低さから、致命弾にならない安心感から存分に弾をブチ込める。


 与えるダメージ量は小さいが、時折命中する関節部、それに肩部のエアインテークから火花が飛び散り、とうとう煙を上げ始めた。

「ママーッ!」

 マスターのヒエアキ(ムネオ)はすでに泣きを入れている。

 あまりにも無様。だけど、それでもプライドは残っているようで再び飛行形態へと変形し始めた。


 しかし、あまりにも損傷がひどく、あちこちの部位がすんなり変形プロセスを踏む事ができずに、変形に手間取っている。ついでに速力も上がることなく。


 スグルの正面ディスプレーにベルタが映し出された。ベルタが正面に現れたのだ。


 変形途中、顎部分に当たるリアスカートが回転し切る前に止まった。何かが引っ掛かったのだ。正面ディスプレーには。


 下顎部分に足を掛けて膝関節から伸びる直刀を上顎に突き刺して口を閉じなくさせているベルタの姿が映し出されていた。

 もう一方の脚を下顎に掛けて力任せに口を開かせている。


「くそー!ナメやがってぇーッ!」

 荷電粒子砲を発射するトリガーに指を掛けたムネオの目に映ったのは。


 ベルタの右肩部装甲が見当たらなかった。瞬間!

 スグル本体に衝撃が走った。

 騎体に掛かる(ジー)を10分の1に抑えるディザスターでさえも抑え切れないくらいの強烈な衝撃が。

 同時に引き金を引いたはずの荷電粒子砲が発射されなかった。


「ど、どうして発射されない!?」

 ムネオの問いに。


「ベルタに砲のあった股間部分を叩き壊されたのだがね」

 スグルが冷静に状況を解説してくれた。

 右片の隠し腕を展開してスグルの股間部分(荷電粒子砲)を殴り破壊したのだった。


「どうするね?マスター。エフェクトマジックカードで復活するかね?」

 またもや動じぬ口調で訊ねてきた。


「時間が無いのだがね。如何するかね?」

 再度訊ねてきた。

 しかしムネオは唇を噛んで何も答えない。


「キミの敗因はマサノリくんを道具として見た事だがね」

 スグルの言葉にムネオはコクピット上部へと顔を向けた。


「あの状況、マサノリ君に『ベルタを捕まえろ』と命令するべきではなかったのだがね。君には助言しなかったが、あの状況なら彼を呼び寄せて、私を火器として扱うよう願い出るべきだったと思うのだがね。それなら私に課せられた欠点も補えるし共に勝利を得ることもできたかもしれないのだがね」


「それなら、どうしてあの時、ボクに助言してくれなかったのさ!?」


「キミのプライドが許したかね?マサノリくんの道具として扱われる事を。ん?言ってみるのだがね」

 ムネオは口をつぐんだ。きっとスグルの助言を無視したに違いない。


「キミが手下としている生徒たちは、誰もキミを尊敬などしていないのだがね。ただ、キミの親が経営している企業に彼らの親が逆らえないからキミに従っているだけなのだがね」


「知っているよッ!そんなの言われなくたって!最後の最後にそんな説教をしてくるなぁッ!」

 親よりも、教師たちよりも的確な指摘をしてくるスグルにムネオの声は涙声になっていた。


「お前なんか、大キライだ!さっさと消えていなくなってしまえ!」

 溢れる涙を拭うことも忘れて、ただ大声でスグルを追いやる。


「私もとてもキミが大キライだがね。ただ、キミに自分自身を知ってもらって、いかにキミ自身がイヤなヤツかを自覚してもらえて清々したよ。この世界にもう心残りはない。おさらばだがね」

 ムネオの足元に光の魔法陣が展開された。

 強制送還、耳翼吸血鬼(チョンチョン)のスグルが撃破されたのだ。



 スグルの騎体が光の粒となって消えてゆく。


 ヒューゴはベルタの頭部を上空へと向けた。

「残るはヤツだけだ」


 雨雲へと発展しつつある上空の雲目がけてベルタを飛翔させた。


 ディスプレー全体に雨粒が当たるのが見える。もう雲の中では雨が降っていた。

 レーダーで捉え続けていたので敵騎の居場所はすぐに掴めた。


「いたな」

 敵騎を発見。

 手にする三又槍(トライデント)を両手でしっかりと握りしめている。

 あんなに力を込めていれば、攻撃にも防御にも即応できない。


「一気にカタを着ける!!」

 両手を広げて疾走!双手の脇差しで同時攻撃を仕掛ける!


 敵騎の6つ目はどちらの脇差しから襲ってくるのか?判断が付かずに首を左右に振り続けている。

(このディザスター、怯えてやがるぜ)

 思った矢先、左下部から迫りくるものが!


 両手はすでに攻撃態勢に入っている。防御できない!

 脚は止まらず、出来るのは体を反らせてスェーするだけ。しかも何とかギリギリ。


 ベルタの騎体が大きく仰け反った。


 頭部にダメージを負ったのだ。


「ベルタ!すまない。大丈夫か!?」

 ダメージを確かめると同時に相手を見やる。


 敵騎は槍の刃部先端部とは逆の先端部である石突部分を先に振り切った体勢を見せている。石突で殴ってきたのだ。

 あれは槍術ではなく棒術だ。


「ヒューゴ。頭部のダメージは微々たるものですが」

 ヒューゴは敵騎から目を離すことなくベルタの次の言葉を待った。


「バイザーの可動部を損傷。残念ながら、今後クロックアップが不可能になりました」


 と、ベルタの報告を受け。


 やられた―。




 続く。





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