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盤上戦騎あんぷろ!  作者: ひるま
14/19

13.迫撃、トリプルポーン(その1)

 似て、まるで非なるモノ

 根競べ

 相手が根を上げるまで、お互いに我慢し合うこと。

 後書きへ続く。



 6月12日早朝―。


 またしても、またしてもアンパッサンwww。


 草間・涼馬(くさま・りょうま)が、またしても待ち伏せをしていた。

 角にあるカーブミラーに彼の姿は映っていなかったので、すっかり安心していたら、もう少し先へ行ったところのコンビニの屋外テーブルで休憩を取っていたのだった。

夜中に雨が通り過ぎての空気の澄んだ清々しい朝も、彼の出現で台無しだ。


「おはよう、高砂・飛遊午(たかさご・ひゅうご)。まだ生きているようだね」

 爽やかな笑みでの朝の挨拶。だけど、どんな挨拶だよ。


「おはよう。毎朝お出迎えご苦労なこった。だけど、生憎俺には死ぬ予定は無いよ」

 礼は欠くことなく挨拶を交わすも、立ち止まる事はせずにコンビニの前を通り過ぎる。

 ヒューゴと同行している“鈴木くれは”は最初(ハナ)からリョーマを無視して挨拶すら交わさない。


「高砂・飛遊午。君は気付いているハズだ。一度戦った者が、戦いが終わりを迎えるその時まで剣を納める事などできない事を。君は求められれば、必ず戦いに身を投じる道を選ぶはずだ」

 彼の言い分は、まるで中毒患者が依存症から抜け出すのが難しいと言っているように聞こえなくもない。


「誰がそんな道を選ぶものかよ。あんな怖い思いはもうこりごりだ。ついでに、お前と戦うのもこりごりだ。何度も言っているが、俺はまだ死にたくはない」

 放っておけばいいものを、ヒューゴはリョーマへと向き直って自身の心情を伝えた。


「そうだよ。タカサゴはもう、死と隣り合わせの戦いなんてしないんだから!もしもするとか言い出したら、私が力づくでも絶対にさせない!」

 言い放ち、クレハはヒューゴを庇う事もせずに、リョーマとの間に割って入った。

 いきなりのクレハの対応にヒューゴは戸惑った。


 すると、リョーマはクスクスと笑い出すと。

「大層彼女に想われているじゃないか。高砂・飛遊午」


 リョーマの言葉にクレハは顔を真っ赤にするも、何も言い返せない。が。

「俺、そんなに危なっかしいか?」この状況で訊ねるな!と叫びたい。


「名前を忘れたが、そこの彼女。君は彼を想い続けてやると良い。想いは必ず彼の力となるだろう」

 そう言われると、ますます恥ずかしさのあまり、遂には耳まで赤く染まり行く。


「まっ、そのくらいのブーストを掛けてもらわないと、高砂・飛遊午が僕と対等に渡り合うのは正直難しいからね」

 一瞬でもリョーマを女の子の気持ちの解る人と思った自身を呪った。コイツはとことん自信家だ。残念ながら、コイツが堪える言葉が何一つ思いつかないのがこと悔やまれる。


「臆せずに実戦経験を積んで強くなってくれたまえ。そして、僕の立つ場所へと這い上がって来い!」


「行くか!ボケェッ!」

 言い放つ二人にリョーマはサッと手をかざして「今日はこれで失礼させてもらうよ」と颯爽とマウンテンバイクを発進させた。


 “アイツは一体何なんだ?”去り行く彼の背に、それしか抱く感情は無い。



 ◇ ◇ ◇


 ツウラの額から汗が滴り落ちる。

 だがそれは、深夜に降った雨の後の湿気の多さからくるものではなく、気温は少々高めではあるが、それも理由ではない。

天馬学府では登校時にブーツの着用を校則としているが、特に指定が無いので、人様と横並びになりたくない一心からサイハイブーツを履いてきたことは大いに後悔している。


 だけど、それも理由ではない。


 緊張の瞬間。ツウラは校門に差し掛かろうとしていた。

(だ、大丈夫よね?霜月のヤツ、“法王庁”の政治力で超法規的処置とか何とか使って入学させてくれたとは言っていたけど、まさか明くる日に入学なんて可能なの?警備員に呼び止められてトンボ返りなんてまっぴらゴメンよ)

 昨日、ライクに報告した時に、『高砂・飛遊午の監視をするなら、もう少し近くでさせて欲しい』と願い出たら、あっさりと申請が通ってしまい拍子抜けした。霜月神父が“うまく取り計らう”との事だった、どうも今一つ信用ならない。


 セキュリティに引っ掛からないか心配。

 汗が流れ落ちるどころか心臓もバクバクと高鳴る。


 ゆっくりと静かに息を吐きながら警備員の顔をチラチラと見やりもって校門をくぐる。

「君、今通った、そこの眼鏡の()、待ちなさい」

 案の定、呼び止められた。

(やっぱり呼び止められちゃったじゃない!次の日に入学なんて、現実的に無理なのよ)

 面倒臭そうに警備員へと向き直った。ぶっきらぼうに「はい!?」


「我々は校則に関して君たち生徒に注意する権限を持っていないが、さすがにカラーコンタクトはマズいと思うよ」

 セキュリティは難なくパス!しかし緊張するあまり、瞳の色を変えるのを忘れていた。

 コンタクトレンズを取るフリをして虹彩の色をビビットピンクから亜麻(あま)色へと変化させた。


「まったく驚かせやがって・・・」

 離れ際に呟いた。

 昨日みたいに“潜入”ではなく正式に天馬学府へと入れたというのに、来て早々に目立つ結果に陥れた警備員を逆恨みした。


「あ、アンジェリカさん!」男性の声。


「は、はい!」

 慌てて返事をしながら振り向くと。


「ヒューゴさん!女の子の名前を間違えるなんて失礼ですヨ。ねっ、アンジェリーナさん」

 高砂・飛遊午にフラウ・ベルゲン、そして“鈴木くれは”の姿があった。


「お、おはようございます!」

 頭を下げつつ。

(?へ??アンジェリカじゃなかったっけ?前に名乗った時、アンジェリーナだったかしら?マズいわね・・・。今雑誌や生徒手帳を出して確認したら変に思われるわね)

 自信が持てない。ここはフラウを信じるしかない。

 だがしかし、もしかしたら高砂・飛遊午は自分を魔者だと疑って“ワザと”カマを掛けてきたのではないか?それが心配だ。


「へぇー、彼女が“津浦”さんか。はじめまして。鈴木くれはです。ヨロシクね」

 軽く会釈して見せるクレハを見やって、仲良くする気も無いのを隠しつつ「こちらこそ」


 彼ら3人はC組の教室へと入っていった。

 一方のツウラは・・・B組って。


「あら、おはよう。私と同じクラスになったのね」

 ロボのマスター、トモエと同じクラスにされていた。


「アンタと同じなの!?」

 高砂・飛遊午たちと同じクラスだと監視はし易いのだが、常時となると気が滅入る。なので、それはそれで胸を撫で下ろしたものの、トモエと同じクラスというのも味気ない。

 できれば知っている人のいない新鮮な気持ちで学生生活を迎えたかった。

 これではモロに任務の続きではないか。そう思うツウラは職務に忠実ではない。




 昼休み―。

 毎時限後に物珍しさから集まりくる生徒たちからひとまず解放されて、ツウラは独り静かに席でスマホを操作していた。


 そろそろアンデスィデが始まる時間ね。


 魔導書(グリモワール)チェスのルールの一つに“持ち時間”が定められている。

 通常のチェスのルールで使われる持ち時間はトータルの時間を差すが、彼らの“グリチェス”の持ち時間とは、“相手が駒を動かしたら24時間以内に駒を動かさなければならない”ルールとなっている。トータルの持ち時間というものは存在しない。


「高砂・飛遊午を見張っていなくていいの?」

 ツウラの机に腰掛けるなり唐突にトモエが訊ねてきた。


「何よ?“貝塚・真珠(かいつか・しんじゅ)”」


「フルネームで呼ばないで。それと、黒玉の連中に私の本名を教えたら殺すからね」

 顔を真っ赤にして穏やかでない忠告を添えると。


「彼が本当にグリチェスから降りていたのなら、他の生徒を人質にしてでも彼にアンデスィデに参戦させろとライク様から命令されていたでしょ?」

 トモエは任務に無関心なツウラを嗜めた。


 それはツウラが天馬学府に転入してきた本当の理由。

 本来ならばこれはトモエの仕事であったが、彼女が従える人狼(ワーウルフ)のロボは昨夜、天馬教会に押し入った中国軍を殲滅、現在遺体と装備の処理を行っているために手が離せないでいた。

 なので、急遽ツウラがその役目を引き受ける事となったのである。

 しかし。


「どうも気に入らないのよねぇ。『アンデスィデでのベルタの健闘を楽しみにしている』とか言っておきながら、昨日ベルタに重傷を負わせた上に霊力まで消耗させておいて何が健闘よ。高砂・飛遊午のショボい霊力で全快できるとでも思っているのかしら?私はそんな不公平な戦いをさせるくらいなら、彼に参戦なんてさせないわ」

 高砂・飛遊午を守る気などサラサラ無いけど、卑怯な戦いの片棒を担ぎたくもない。


「言いたいことは分かるけど、命令を無視して後でどうなっても知らないからね」

 告げている最中に、廊下を駆けてゆく高砂・飛遊午の姿が目に映った。とても急いでいる様子だった。


「追い掛けなくて良いの?」

 走り去るヒューゴを目で追いながら訊ねるも。


「追い掛けた先がトイレだったら、言い訳が立たないからパス」

 チラチラと花びらが舞うように手を振って見せてツウラはこれを拒否。やはり任務に対して忠実では無かった。




 ヒューゴは走った。とにかく、なるべく人通りの少ない場所を目指して。

 彼の向かった先は屋上へと続く階段。


 到着するなりスマホ画面を開いた。

 メール表示画面に“アンデスィデの参戦要請が来ています”のメッセージ。しかも、1分置きに今も入って来ている。


「あいつら何やっていたんだ?あんなに日があったのに、新しいマスターを得ていなかったのかよ」

 画面に向かって文句を垂れても仕方が無いのは分かっている。そうこうしている内に、またもやメールが入った。


 参戦する、しないは置いとくとして、とにかくベルタに電話した。

「どうして貴方が電話をしてくるのですか!?ヒューゴ」

 電話に出るなり訊ねてきた。が、訊きたいのはこちらの方だ。


「どうしても何も!何回メールを送ってくるんだ!?それよりもベルタ。お前、新しいマスターを得ていなかったのかよ?」

 質問からしばらく沈黙が流れた後・・・「はい、未だに」とてもテンションの低い声。


 でも。


「だからと私に同情などして参戦するとか言い出さないで下さい!貴方はもう無関係の人間なのですから」

 ベルタは声を張ってヒューゴを拒絶した。


「同情なんてするかよ。どうせアレだろ?前方にいたポーン3騎が一斉に降りてきてアンデスィデに突入しちまっているのだろ?3対1だなんて、特攻じゃないかよ」

 つくづく呆れ果てる。結果的に特攻になっているとしてもだ。


「これは元々負け戦なのです。だから、私がここでリタイアするだけなので、その・・・最後にヒューゴ、貴方の声が聞けて良かった」

 先程までの張りつめていた声質とは異なり、ベルタの声は清々しささえ感じられる安心を得たような穏やかなものへと変わっていた。


「今生の別れにするは、もう少し待ってくれないか?お前には生きて黒のバックランクまで到達してもらわなきゃ困るんだよ」


「困る?まさか!また私に乗り込むと言い出すのではないでしょうね。それなら、なおさら断固拒否致します。貴方を再びマスターに迎える事などできません!」

 心配してくれる気持ちは有難いが、こうも頑なに断られると逆にイラつく。


 一呼吸して気持ちを落ち着かせると。

「ベルタ。何が何でもお前にはプロモーションして女王(クィーン)に成ってもらう。スズキが言っていたんだよ。“相手にプレッシャーを与えながらチェック・メイトに持って行く方法を考える”ってな。そのためには、どうしてもお前をプロモーションさせる必要がある。これまでに失われた駒の戦力を女王に成って補ってもらう」

 さすがに“アンデスィデを発生させずに勝つ方法”とまでは言ってやれなかった。そもそも、それは限りなく不可能に近い。


「ですが、貴方に女王(クィーン)を操れるだけの霊力があるのですか?」


「知るかよ!ンなモン。俺が言っているのはチェック・メイトに必要な、本来のチェスの駒としてのクィーンに成ってもらわなきゃ困るってハナシだ」

 今一度ルールを確認して欲しい。アンデスィデにキングは参戦しないだろ?


「だからと言って、貴方をみすみす死なせる戦いに巻き込む訳には」

 どこまでアタマがカタいのか?どう言えば納得してくれる?


「ベルタ。お前、そもそも根本的に間違っているぞ。“みすみす死なせる”なんて勝手に決め付けるな。前回はルーティが戦ってマイナスからのスタートで2騎のポーンを倒した俺が、1騎増えたくらいで負けるとでも思うのか?安心しな。絶対勝ってみせるから」

 大人気も無くルーティを引き合いに出して勝利を誓って見せた。

 今朝方とは言っている事が真逆なのは十分理解している。それでも、こんな傍迷惑な戦いはさっさと終わらせなければならないし、状況を理解できない輩に後を任せるのは、それこそ無責任に他ならない。

 それに運よくテイクスした騎体を最初に倒せれば、その時点でアンデスィデは終了する。

 クレハには申し訳ないが、ここは無茶を通させて欲しい。


「いささか納得致しかねますが、ヒューゴ。貴方を再びマスターとして迎えましょう。改めてアンデスィデの参戦を要請します。よろしいですか?」


「OKだ」

 承諾すると同時に魔法陣が展開されてヒューゴはベルタへと転送された。



 コクピット内に転送されるなり、ヒューゴは首を左右に傾けコキコキ鳴らした。

(ここに至るまでに正直精神的に疲れたわ)

 決して口には出すまい。


 正面ディスプレイに映し出されているのはゴツゴツとした岩山・・山ではないな。


 切り立った崖?だけど海が見えるし・・。

 地図で場所を確認すると、福井県の東尋坊だった。

 東尋坊とは、日本海に面する柱状節理(ちゅうじょうせつり)で構成された険しい岩壁が連なる海崖(かいがい)(または海食崖(かいしょくがい))で、“自殺の名所”や“2時間サスペンスのラストシーンに出てくる場所”とも呼ばれる。激しい波が打ち寄せる景観は、まさに“落ちたら助からない”と思わずにはいられない。


「え?天馬に現れるんじゃなかったのかい?」

 写真に収めることもできないベルタに向けて観光客たちがこぞってフラッシュをたいている中、ヒューゴは首を傾げて訊ねた。


「テイクスした駒が、あまりにも離れ過ぎていたために、そちらの方へ引き寄せられたみたいですね」

 ココミ・コロネ・ドラコットから通信が入った。と。

「おやまぁ?ヒューゴさん、何をやっているのですか?」

 素で驚いて訊ねてきている始末。


「あんなに日があったのに、新しいマスターを探し出してやれなかったのかよ?」


「霊力の強い人なら何人か見付けはしたのですが、貴方のデーターで組み上げられたベルタさんを扱えそうな人材は探し当てられなかったのですよ」


「俺のデーターで組み上げられた??ベルタが?どういうコト?」

 ここに来てまた新たな用語が出てくるとは。


盤上戦騎(ディザスター)のデザインはあらかじめこちらで用意したものをマスターに提供致しております」

 あらかじめと言いつつ、ベルタのデザインは朝の子供番組の敵キャラを丸パクリしたものじゃないか。


「ですが、人には得手不得手があり、折角こちらが用意した武器を扱えなければゴミ以下にもなりかねません」

 コイツは本当に言葉を選ばないで話をする。つくづく呆れる。


「ですので、メインとなる武器は各マスターのデーターを基に選択、構築しているのです」

 で、結果が最低火力のチェーンガン1丁と11本の刀という訳だ。本当にデーターを基に構築しているのか?疑わしい。


「早い話が、誰もヒューゴさんの“お古”なんて扱えないという事です」


「オマエ・・それはベルタに対しても俺に対しても失礼極まりないぞ」

 さすがに口に出して言ってしまった。


「ヒューゴ。貴方もココミに対して失礼ですよ」

 頭上からベルタに窘められた。「ん?」


「彼女は、ああ見えても貴方たちよりも年上なのです。ですから、もう少し大人の女性に対して敬意を払って下さい」

 ヒューゴは我が耳を疑った。ココミが大人の女性だって?


「20歳です。ちなみに現在、天馬学府の大学に通っていますよ」

 人は見かけに寄らぬものだ。だからと、これまでの不手際を水に流す気にもなれない。むしろ、もう少ししっかりして欲しいと願いたい。


「ココミ。早速だが、会敵時間を算出してくれ。こちらのレーダーには、まだ何も―」

 言っている矢先、ピピン!とレーダー反応を示すアラームが鳴った。


「え?えぇッ??3騎のうち1騎がもの凄いスピードでヒューゴさんたちの、えと??南―」

 報告している最中にベルタの背後を、何かが高音を立てながらすさまじい速度で通過していった。

 音を追って視線を向けるも、もはや二条の白煙が連なって遥か遠くへと伸びているだけ。


 カンカンカンと何かが装甲に当たる音が聞こえた。

 ダメージ総数は算出されない。だが、確かに何かが騎体に命中したはず。


 今はとりあえず敵騎を捉える事が先決だ。


 白煙が遠くで弧を描いてこちらに回り込んできているのが解る。

 キーンと高音を鳴らして飛ぶ様は、まさにロケット・・・いやミサイルだ。


「何だ?ありゃ」

 背腰部からハンドチェーンガンを取り出すと、フォアエンドをスライドさせて弾を装填。


 また向かって来る!光の粒を撒き散らせながら。

 しかし、真っ直ぐこちらにではなく、1500メートルほど離れた場所を通り過ぎざまにマシンガンらしきものを連射してきた。いや、はるか手前からも射撃を続けていたようだ。敵騎が撒き散らせていた光の粒は弾丸だ。


 ベルタも反撃!お互いがすれ違いざまに弾丸の応酬をし合う。

 雨霰(あめあられ)のごとく浴びせられる敵騎からの弾丸であったが、相当威力は低いらしく、あれだけ命中したにも関わらず、わずかダメージ総数1パーセントをカウントしただけ。


 一方のベルタが放った弾丸は命中すらしていなかった。

 あれほどの速度の相手を目視で捉える事も、ましてや弾を命中させる事など至難の業だ。

 未だに形状すら把握できない。


「ヒューゴさん。敵の速度が算出できました。マッハ11だそうです。それとベルタさんから贈られた画像の鮮明解析ができましたので、そちらに送ります」

 送られてきた画像から、ようやく敵騎のシルエットが確認できた。

 頭には溶接に使われるマスクを装備。まあ、ある意味バイザーではあるが、すでに下している。

 10倍速反応ができるクロックアップ中だ。

 どちらかと言えばリアルロボットに分類されるミリタリー系の直線的なパーツで構成されたデザイン。しかし、足にロケットを下駄のようにして履いているデザインは、あまりにも無茶としか言いようがない。あれを操作するのは、さぞ難儀な事だろう。


 肩に担いだ大型の火器には後部に液体が入っていると思われるタンクが見受けられる。恐らく、あの火器の冷却手段は水冷式なのだろう。


 今さっき、ココミはサラッと軽く言ってのけたが、マッハ11の速度とは大陸間弾道ミサイルの初速に匹敵するスピードではないか!

 おおまかに計算しても1秒間に4km弱進むものなど、果たして人間に操作できのだろうか?


 また来た!

 今度はこちらもクロックアップで対応するか・・・しかし相手はマッハ11。それでも1秒間に約374メートルで移動する相手を捉えられるものなのか?結論から言おう。無理(ムリ)だ!


 敵騎が先程よりも遥かに近くを通り過ぎて行った。風圧をもろに受けたためベルタの騎体がよろめいた。

「あっぶねぇなー。接触したら、お互いにお陀仏だぞ」

 過ぎ去る白煙に呟く。


「残る2騎はまだ確認できません。今はその盤上戦騎(ディザスター)1騎のみです」

 今更ながらの報告。しかも、やはり3対1の構図に間違いは無かった。


 とにかく、この場所で戦うのは避けよう。最悪、観光客を巻き込みかねない。

 ベルタを全速で北へと移動させる。


「向こうからしたら、俺らなんて止まって見えるのかね?」

 ふとベルタに訊ねた。


「それよりも、先程の接近が気になりますね」

 ベルタの言う通りだ。再度ココミに鮮明解析した画像を送ってもらおう。


 画像が送られてきた。


「何を考えているんだ?アイツは!」

 敵騎が左手に握っているのは、棒の先に90度角に鋭利な先端部を取り付けた“ピック”と呼ばれる打撃武器だった。

 本来は馬上から降りた甲冑の騎士が相手の装甲をかち割る為に用いた、いわば最終兵器。

 なので、さほど丈は長く無く、腰に下げてもさほど妨げにならない程に短い。


 あの速度で!あんな短い武器で!殴り掛かってきているのか!?

 どう考えても最悪の組み合わせだ。

 しかも一歩間違えれば接触事故で共倒れになりかねない。


 だが、それでも攻撃を仕掛けてきたという事は、相手を仕留める自信があるという事。

 何か策でもあるのか?


「あぁッ!!」

 閃いたかのごとく、ヒューゴはある事に気付いた。

 方法ならある。確かにある。あの方法ならば攻撃可能だ。


 しかし、まさか、この存分にデーターを使えるこの時代にあの攻撃方法を用いてくるとは。


 かつてPCゲーム及び家庭用ゲームでは8ビット機が主流で、データーメモリ数も今とは比較にならないほど少なかった。

 当然ゲームのキャラクターに割けるメモリ数も限られているために、キャラクター動画の削減が余儀なくされ、“歩く”動作を入れるのが関の山であった。

 では、攻撃モーションはどうするか?そんな余裕は無い。なので、敵に体当たりさせて攻撃する方法が用いられた。

 だが、そこに一つの問題点が生じてくる。

 ただの体当たりでは、同時に敵の攻撃を受ける事になってしまう。

 だから“当り判定”なるものが設定された。

 当り判定とは、キャラクターの上半身にはキャラクターの攻撃判定が、下半身には敵からの攻撃判定が適用されている事を差す。

 これをうまく利用して、敵の攻撃を受けずにキャラクターの攻撃だけを当てるテクニック“半キャラずらし”が考案された。これは当時のゲームの必須テクニックでもあった。



 すさまじい速度で迫りくる敵騎相手に照準など合わせられない。それは向こうも同じ。

 接近すれば、とにかく弾丸を叩き込む。そして―。


 ヒューゴはベルタをうつ伏せに寝かせた姿勢へと変えた。

 相手がピックで殴り掛かってきているのであればうつ伏せに寝た姿勢は格好の標的となるが、単にピック当てに来ているだけならば投影面積を小さくするだけで攻撃は回避できる。

 遣り過ごす事に成功。敵騎が過ぎ去っていった。


「やはり殴り掛かっては来なかったな。“半キャラずらし”とは、また博打のような攻撃を仕掛けてくれる」

 要は“当たらなければどうって事は無い”のだ。言い換えれば当たれば一発即死の超難易度ゲーム。


 敵が戻ってくるまでの、ごく限られた時間の中で頭を巡らせる。

 敵に勝つ方法よりも先に考えるべき事。

 それは、どうして、あんな危険な戦い方をしているのか?一歩間違えれば共倒れのリスクが伴うのに。


 シルエットからして敵の騎体は頑丈そうだ。それなのに、想像を絶する超高速を誇る。

 火器は・・・近づく前から撃ってきている事から察して弾数はかなり豊富で冷却機関を備えていることからも連続しての射撃が可能。それに反して威力は相当犠牲にしている模様。

 溶接マスクのようなバイザーが常に下りている事から、それがあの騎体のアドバンテージでもありリスクと観た。そうでなければ、あんな超スピードの代物を操縦できるはずがない。敵は操作性を犠牲にして、クロックアップを維持しているに違いない。

 それらを踏まえて出した結論は、敵騎の弱点はズバリ“静止”できない。


 チェスの女王(クィーン)の長所はその機動力にある。が、その機動力を存分に発揮できる場面は1ゲーム中でも限られたものとなっている。それは、敵はともかく味方の駒に行く手を阻まれるケースが生じてくる事。

 他に敵騎がいないこの状況で、これをあの敵騎に当てはめるのは難しいが、単騎で来たという事は、なるべく障害物を避けたいという意志の表れでもある。


「まっ、やれるだけの事はやってみるか」

 ヒューゴは唇を舐めた。


 敵騎が再び接近!

 今度は真っ直ぐこちらに向かって来る。


 あの速度の相手にチェーンガンは命中させられない。かと言って、刀で斬り付けるのも不可能。だけど。


 ベルタの推進器(プロパルジョン)を全て停止。騎体が自由落下を始めた。

 ベルタの体が鉄棒をするかのように縦軸に回る。上半身に受ける空気抵抗が大きいのだ。


 敵騎による攻撃は空振りに終わり先程までと同じく大回りをして方向転換をしてくると思いきや、上昇を開始して大きく旋回を始めた。


「やはり急な高度差に戸惑っているようだな」

 ヒューゴの呟きにベルタは「?」意図が掴めないでいた。


「あの速度で海面に衝突したら一発で即死だからな。次の手段を考えるにしても、あの速度だ。そんなに余裕は無いだろうさ。さて、どう仕掛けてくるか」


 上空に敵騎、100メートル下は海面。これでチェック・メイトだ。


 迂闊に攻撃が仕掛けられない状況が続けば、自ずと根競べとなる。

 あんな超スピードでの操縦を長時間続けるのは身体的精神的共にゼッタイ無理が生じてくるはず。

 あとは相手が疲弊するのを待つだけ・・・楽勝だ。


「ヒューゴさん!背後に敵反応アリです。距離!70メートル!」

 ココミからの緊急通信。


「何ィ!」

 海面から上半身を現した盤上戦騎(ディザスター)の頭部には火の点いた蚊取り線香のようなものが。


「アイツ、タツローを襲った魔者か!?」

 左腕を上空のベルタに向けるなり、腕に折り畳まれていた2本のレールらしきものが伸びて雷のような青白い火花をバチバチと散らせた。


「しまった!レーダーでは海底の敵を発見できない!」

 気付くのが遅かった。敵の狙いはベルタを海面近くまで降下させる事。


 海面上の敵騎の6つ目が同時に光ると、左腕から一条のオレンジ色の光が青白い雷と共に放たれた。


 超電磁砲(レールガン)が発射された!


 続く。


 


 似て、まるで非なるモノ

 前書きの続き。

 コンクラーベ

 ローマ教皇を選出する選挙のコト。

 選挙に参加する枢機卿たちの専用の宿舎から立ち上る煙が白の場合、次期法皇が選出された事を知らせ、黒の煙の場合は未決を意味する。

 缶詰めという過酷な状況で行われるため、しかも参加する者の多数が高齢者なため、“根競べ”と言ってもあながち間違いではない。

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