11.「フールズ・メイト!“馬鹿詰み”よ」と12.ペリーが草葉の陰で泣いている
アンデスィデとは?
[en décider]と表記される、仏語で「白黒を付ける」の意味を持つ。
ココミたちが行っている魔導書チェスにおいて、相手の駒をテイクすると同時に発生する、盤上戦騎を召喚して『本当に駒を取られたか?』を決定するために行われるロボット戦の事。
参戦する駒がマスター契約を果たしていなくても発生してしまうが、稼働できないので相手の駒がマスター契約を果たしていた場合、一方的に破壊されてしまう。
また、発生時にはテイクした駒、された駒の他に、テイクされた駒を中心に周囲8マスすべての駒が強制参戦される。
そのため、通常のチェスとは異なる作戦を練る必要がある。
11.「フールズ・メイト!|“馬鹿詰み”よ」
彼女の名前はツウラ。
亜世界という平行世界の住人である。いや、正確には住人であった。
彼女は不慮の死を遂げて叫霊と呼ばれる、叫び声を発すれば物理的・精神的ダメージを与えるアンデッドモンスターへと変貌を遂げていた。
「私は悪くない・・・。やっぱりモデルにした、あのブスが悪い・・。あっ、ヤバッ」
不意に高砂・飛遊午が振り向いたので自販機の陰に隠れた。
「どうしたの?」
一緒に登校している“鈴木・くれは”が訊ねた。
「ん?後ろから念仏のような声が聞こえたような・・」
「アンタそれ多いね。空耳よ、空耳。そうじゃなきゃ虫の羽音でも聞いたんじゃない?この季節、もう結構虫が飛び回っているし」
そうか?と首を傾げながら納得して再び登校の途についた。
「危なかったぁ・・」
安堵の溜息が漏れた。
現在着用している天馬学府高等部の制服には不満は無い。むしろ清楚に見えてさらに可憐なデザインはとても気に入っている。だけど何かが気に入らない。髪や瞳の色を黒に変えているから?違う、違う!きっとあのブス(クレハのこと)と同じ格好をしているのが気に入らないのだ。問題点が解ると無性にアレンジしたくなる。
しかし派手な口紅やマニキュアはNGだ。きっと校則に引っ掛かってしまう。
ツインテールに結っているリボンをちょっとばかり長くして風になびくようにしてやろう。
ちょっとしたアレンジを加えてツウラの不満は解消された。
「アイツ・・・。霊力弱っちぃくせに、やたらと勘は鋭いのよねぇ」呟いた。
彼女には、どうしても不可解でならない案件があった。
どうしてココミ・コロネ・ドラコットは生成霊力が一般人とさほど変わらない高砂・飛遊午をベルタのマスターに迎えたのだろう?
確かにVTRで観たベルタの戦いぶりには驚かされた。
圧倒的なパワーの差を力学を駆使して埋めるどころか、見事ひっくり返していたではないか。
とはいえ、いずれ当たるであろう上位騎は基本ステータスそのものが兵士よりも底上げされているため、増々パワーの差は広がるばかり。どんなに腕が立とうが、さらなるパワーの差を埋める事さえ今のままではキビしいだろう。
だからね。
自分なら絶対に隣に引っ付いているブス(クレハのこと)の方をベルタのマスターに迎えていた。なぜなら!
クレハの生成・保有する霊力は女王を駆るには若干物足りないものの城砦なら軽く持て余す程である。
腑に落ちないが、ともかく尾行再開だ。
が、次の難関が待ち受けていた。
彼らを尾行している内に校門へと差し掛かった。
ふと、校門に立つ警備員の視線に目をやった。
彼らは生徒の顔など見ておらず、門の柱の内側に注視している。
校門を抜けてゆくクレハとヒューゴ。
だけどツウラは歩く速度を下げて警備員の瞳に注視し、そしてズームアップ。
瞳に映るものは・・どうやら彼らは柱の裏に据えられたグリーンのランプに視線を注いでいる。何らかのセキュリティーが働いているようだ。
実は生徒手帳にICカードが埋め込まれていて生徒たちのIDをチェックしていたのだ。
このまま通るのは得策じゃないわね。
大勢の人たちの前で構う事無くツウラは魔法陣を展開。すると彼女の衣裳が変わった。
袖の無い肩にスカラップの付いた丈の短いスカートのドレスのような衣裳。オペラグローブとサイハイブーツにはきしめんのような平べったい針金状の装甲が巻き付いている。
頭部には巻き付けた針金であしらったベレー帽型の兜を着用。
甲冑姿へと変身したのだ。
手にした釘バットを肩に担ぐとモデルウォークで校門を通り抜けた。と、警備員が慌てて出てきて「き、君、何だ、その格好は?待ちなさい!」
「どう?格好良いでしょ?」
まるでカメコ(カメラ小僧)たちの前で自慢の衣裳をドヤ顔で披露するコスプレイヤーのごとく堂々としたその風貌は、呼び止める警備員を唖然とさせた。
「お勤めご苦労様」
にっこり微笑むと凄まじい跳躍力で校内へと侵入、瞬く間に姿を消した。一方の警備員は他の警備員に「どうされましたか?校内に向いて」訊ねられると。
「え?どうしたかって?」
訊き返すも彼はすでに自分が何に向いて声を掛けていたのか思い出せなくなっていた。
「ジャーン」
教室へ着くなりクレハは驚きのアイテムをヒューゴに披露した。
それはポータブルチェスゲーム。折り畳み式の盤は広げればタテ20センチ×ヨコ17センチのチェス盤になる。しかも駒にはマグネットが付いていて、逆さにしても駒が落っこちないスグレモノ。
「おぉー」
ヒューゴは思わず声を漏らした。そして「買って来たの?」
「この間、タツロー君と帰ったときに、どうしても私の事が心配だと言うので買い物に付き合ってもらったのよ。で、トイザまスに行って買ってきました」
ポータブルチェスをあらゆる角度から眺めながら。
「なかなか良いじゃん。でも、色々あって迷ったんじゃない?」
問われるほど迷いはしなかった。と、言うか、選択肢は非常に限られたものとなっていた。確かに『良いな』と思える品は色々あったけど・・・。
まず目に着いたのはクリスタル調のチェス盤。
人気ドラマ『泥棒』シリーズでおなじみのヤツで、何故かしら?いつもアジトに置いてあるガラス製のもので透明ガラス(クリア)とスリガラス(フロスト)の駒に分かれているのだが、どちらが白で、どちらが黒に相当するのか?区別が付かないので却下(お値段はドラマの小道具とは思えないほどとてもリーズナブルだけど)。
タツローが勧めてきたのはチェス盤に加えて将棋・オセロ・バックギャモン・チェッカーと色々盛り沢山な商品。チェスに関しては『世界のスタンダード』と銘打たれているのだが、チェスをやっている人など見た事も聞いた事もない。
それに正直将棋とオセロしかルールを知らないので、これも却下。
二人の目を引いたのが、上半身人型をした駒のチェス盤。マンガやアニメに出てきそうな、とてもカッコイイ商品ではあったが、お値段6万円??んなもん買えるか!
まるで通販番組内で展開されるようなやり取りを経て辿り着いたのがこのポータブルチェスゲームという訳。
なんだかんだ言っても結局はお値段なのよ。消費税入れても1000円しないしね。
「でも、何でチェスゲームを買って来たんだ?」
ヒューゴの問いに、クレハはニィと口元だけで笑うと「それはね」少し間を置いて。
「アンデスィデを発生させずに勝つ方法を考えるためだよ。ココミちゃんのように行き当たりばったりじゃなくて、常に相手にプレッシャーを与えながらチェック・メイトに持って行く方法を考えるの」
クレハは、ただの傍観者ではなく当事者になる道を選んだのであった。
一方のヒューゴは表面上感心して見せるも内心では『また無茶な・・』否定はしないものの、その驚くべきハードルの高さに唾を飲み込むことしかできない。
昼休み―。
ヒューゴのスマホに残されていたアンデスィデ発生前のチェス盤を再現してみた。
これからの展開を考える前に。
クレハは駒を配されたチェス盤を目の高さまで持ち上げると、クルリと上下逆さまにしてみた。
「おぉー」「おー。落ちないねぇ」
ひっくり返した本人も一緒に驚いた。マグネット様様だわ。
「あら?貴方たち、チェスをするの?」
食堂から戻ってきた猪苗代・恐子が訊ねた。
「ココミちゃん達に逢ったのも縁だし、多少は知識を身に着けておこうかと」
さすがに本当の理由を言えば無謀だと思われるだろう。ここは謙虚に。
「へぇ、初心者って訳ね。ねぇ鈴木さん。私と一勝負してみない?」
キョウコの挑戦に、「ワタシ、ゼッタイ負けるよね?」ヒューゴへと向くも彼は「負けた方がカフェでおごりな」お気楽様にも条件を提示しているではないか!
「まぁ本来なら認めないところだけど、その条件、受けて立つわ!」
そこは委員長として認めないで欲しいのよ。しかもノリノリだなんて。
「カフェねぇ・・・」
キョウコとはプライベートの付き合いが全く無いので彼女の好みは謎だ。
世界展開している“ストロングバックスコーヒー”は困る。あそこは注文の仕方を知らない。広告でメニューを見たことがあるけど、『トール』が何の単位なのかも知らない。
有名小説家がいきつけにしていると噂の“ラビットハウス”はちょっと興味がある。確かラテアートが気合入りまくりとか・・・。
(ま、まさか!)
休日に私がバイトをしている『喫茶・栗林鹿之助珈琲店』に行きたいとか言い出すのではなかろうか?どうか、それだけは勘弁して欲しい。
勝負をする前から負けた後の事を考えてどうする?圧し掛かる不安を振り払うようにクレハは頭を振ってチェス盤を初期配置へと並べ替えた。
初心者のクレハは白、キョウコは黒を担当。クレハは白なので当然先攻となる。
※注意!公式戦のチェスでは白側が先攻とルールで定められています。
ゲーム開始。
さて、どう攻めたものか?
プロ棋士の父と結構強いので有名な妹を持つヒューゴの幼馴染でありながら、クレハは彼と将棋を打った事が一度も無い。そもそもヒューゴが将棋にまるで興味を示さない。なので、話題にすら上がった事が無い。
彼の妹の歩とも打った事が無い。彼女はクソ生意気にも2歳しか違わない事を理由に最初から相手に選ばなかったのだ。
チラリとキョウコを見やる。
すでに勝ち誇った表情を見せやがって。
初心者だと甘く見ていると痛い目見るよ。こちとら駒の動かし方は頭に入っているんだから。殺ってやるぜ!
方向違いの闘志を燃やしながらも、ここは冷静に様子見とfポーンを1マス前進。棋譜ではf3と表記される。
キョウコはすぐさまeポーンを2マス前進。同じくe5と表記。
第1手が終了。続いて第2手へ。
ちゃんと考えて打っているのか?疑問に思いつつ、まだまだ序盤と余裕を見せてgポーンを2マス前進。g4と表記。
するとキョウコは。
「チェック・メイト」宣言してクィーンを斜めにh4へと移動させた。
「チェック・メイトだとぉ!?」
まだ第2手だよ?信じられない状況にチェス盤を凝視する。白キングの前と左前方には小僧たちが。左にはお局様、右には坊主が座している。残る空間は遠く黒クィーンが槍を構えて待ち構えている右前方のみ。
(う、動けねぇ・・・)
キングを仕留めた黒のクィーンが勝利の高笑いをするキョウコに見えてならない。
棋譜はQb4#と表記される。“#”はチェック・メイトを意味する。
「たった2手で・・・瞬殺じゃん・・」
ただ茫然と盤面を見つめるクレハにキョウコが嬉しそうに「フールズ・メイト!“馬鹿詰み”よ」
オイオイ、まだ追い討ちを掛けるんかい?完全敗北を喫したクレハにはもはや反論する気力さえ失われていた。
茫然とした眼差しをキョウコへと向け・・・る??と。
キョウコは楽しそうにクレハの目を覗き込んでいた。
「ようこそチェスの世界へ。初心者しか味わえない素敵な経験だったでしょ?」
「ステキ??」
何がそんなに嬉しいのか?初心者を弄ってそんなに楽しいのかい?
「経験を積んだら、まず引っ掛からないメイトなの。引っ掛かった時は悔しいけど、よくよく考えたら『どうしてこんな簡単な手に?』て思えて可笑しくなってくるの」
彼女の屈託ない笑顔は他人を笑い者にしている悪意に満ちたものではなく、楽しさを伝えようとする優しさに溢れるものだった。
最初は吹き出し、クスクス笑いへと。そして笑いが声になって出ていた。
キョウコの言う通りだ。何でこんな下らない手に引っ掛かったのだろう?
「猪苗代もこのフールズ・メイトで負けた事あるのか?」
盤面を見つめながら、呟くようにヒューゴが訊ねた。
「ええ。パーティーで出逢った―」「パーティー!?」「パ、パーティー!?」
2人ともパーティーと言えば家族で行うバースデーかクリスマスのパーティーしか経験が無かった。あまりの二人の食い付きぶりにキョウコは一瞬たじろいだ。
「続けて」気を取り直してのヒューゴの声にキョウコが話を続けた。
「パーティーと言っても、政略結婚の相手を探すだけのつまらないものよ。年の離れた男性との会話なんて解らない事ばかりだし」
二人の気を逸らそうと華やかさから距離を遠ざける配慮も忘れない。
「会場で出逢った福井県の旧家のご子息の方にチェスを教えてもらったの。彼、チェスで大人の方から次々と勝ちをもぎ取っていたわ。言葉が悪いようだけど、まさにその通りだったのよ」
「ほへぇー」「はぁー」驚きのあまり、二人は感嘆するばかりで言葉が出ない。
大人を手玉に取るとは、まさにこの事だ。
「ちなみに彼、“水電子発電機”を開発した人で、教室にも設置されている“自動箸洗浄器”を開発した人でもあるのよ。とても頭の良い方よ」
あんなモノを作った人なの?
水電子発電と言う水が出涸らしの粉末状になるまで電気を吸い上げる驚異のテクノロジーを、ただお箸を洗うだけと全力で無駄に費やすモノを作った人物だと知ると溜め息しか出ない。
「彼も私に言ったわ。『フールズ・メイトは初心者しか味わえない素敵な経験』だと」
普段の厳しさは欠片も見当たらない。今のキョウコはただの乙女だ。
「とても楽しそうじゃん?もしかしてキョウコちゃん。その男性の事、好きなの?」
配慮の欠片も無く、どストレートに訊いてしまうクレハであった。さらに。
「カッコいい人?」の問いにキョウコはすかさず頷いて見せた。
「男性なのに髪は長くて凛々しい顔立ち。そして物怖じしない態度で大人たちとチェスで渡り合っていた・・もう」
胸をときめかせるキョウコに、これ以上は聞いていられないなと二人はチェス盤を元に戻し始めた。
「そう言えばフラウの姿が見当たらないな。いつも猪苗代にベッタリなのに」
「キョウコちゃん。さっき一緒に食堂へ行ったんだよね?」
「彼女なら校内を探検してくるそうよ。ロボット研究部のある他の棟へ行ったわ」
キョウコの答えに二人は「ふぅーん」と気の無い返事。
ただ、フラウが迷わず無事に帰って来れれば、それだけで良いのだ。
・・・。
3人の不安はものの見事に的中していた。
フラウ・ベルゲンは別の棟に来ている事をすっかりと忘れて、クラス全員が別人になっていると途方に暮れていた。
「どうして1-Cになっているのでしょう?ハテ?」
本来ならば日差しによってできる影の向きで別の校舎に来ているのだと気付けるはずなのだが、、あいにく昼前から天候が崩れて校舎が異なる事に気付けずにいた。
昼休み終了まで15分。まだ余裕はあるので、もう少し探してみよう。
フラウは女子トイレ前を通り過ぎて階段を上の階へと上がって行った。
彼女が上がって行った階段の下へと降りる踊り場で、長い黒髪の裾部を結った少女が数人の少女に囲まれていた。
少女の一人が黒髪の少女を突き飛ばした。うつ伏せに倒れる少女の背を、さらに別の少女が踏みつけ、踏みにじる。
天馬学府高等部1号棟2階北側女子トイレ。
一番奥のトイレ内にて電話をしている偽女子高生がひとり―。
「そろそろアンデスィデが始まる頃じゃない?電話していて大丈夫なの?」
一向に話を終えてくれない相手にツウラは苛立ちを覚え始めた。
とはいえ、相手は“カンシャク持ち女”のアッチソン。下手に怒らせるとガトリングガンの如く止まる事を知らない小うるさい文句を延々と聞かされる。
電源を落としてバッテリーが切れた事にしてやろうかしら?
ナイスアイデアではあるが、万が一のマスターからの召喚に応じられない恐れもある。切りたいけど切れない。心底困った。本当にアンデスィデが始まって欲しい。
「どうでも良いけど、アナタ達連携は取れているの?バラバラに動いてキャサリン達の二の舞にならないでよね。アナタ達が抜けられたら、ベルタはプロモーションしてクィーンになってしまうのよ」
「ツウラも心配性だね。高砂・飛遊午の霊力ってギリギリ兵士を動かせる程度でショボいんでしょ?アイツにクィーンなんて動かせはしないよ」
一度怒ると火が点いたように口うるさいくせして、普段は過ぎるくらいに楽観的なのも、また腹立たしい。
「ライク様たちが行っているのは、“基本は”チェスなのよ。一番強い女王の駒が2つになったら、チェック・メイトされる確率が上がるの。そこのトコロ頭に入れなさいよ」
「ハイハイ」
アッチソンの適当な返事に、「キィーッ!」ツウラはスマホのマイクが拾えないくらいの超高音の金切り声を上げた。
自分がやられて怒りまくる事を、他人には平気でやってのける彼女の矛盾した行動に腸が煮えくり返る。さすがは旦那をストレスでび漫性脱毛症と胃潰瘍に追い込んだだけの事はある。まさにモンスター嫁。
「分かっているついでに言っておくけど、マスター同士のいざこざはアナタ達がしっかりと手綱を引いて避けるのよ。特にアナタのマスターのデキスギ君とスグルさんのとこのムネオの野郎」
すると、電話の向こうで舌打ちが聞こえた。
「あのねぇツウラ。マスターをその呼び方しないでくれる。アイツ、その呼び方されるとブチ切れるのよ。飯豊・来生て本名もバカップルの両親が母方の姓を名前に付けたとイヤがってるしさぁ。面倒くさいけど“ナガマサ”て呼んでやってよ。スグルさんちの洲出川・宗郎も“ヒデアキ”で頼むわ」
「呼び方なんて、どうでもいいじゃない!とにかく戦場でケンカさせるなって言いたいの!敵の前で仲間割れなんて、それこそキャサリンたちの二の舞よ。良い!?」
「はいはい。なるべく努力は致しますよ。じゃあバッテリーがヤバいから、これで切るわ」
それだけ告げると、アッチソンの方からようやく電話を切ってくれた。が。
「こっちのバッテリーだって残りわずかよ!」
口を尖らせて電話を仕舞った。
長電話している間に随分と周囲が騒がしくなっている事に気付いた。腕時計に目をやると休み時間が残り15分ほどしかない。別に急ぐ用事など何も無いのだが。
「私みたいにマスター替えたい奴もいるだろうし、霊力の高い人間でも探して来ようかしらね。いたとしても、私だったら女のマスターなんて願い下げだけどね」
鼻歌を歌いながら女子トイレを出て階段へと進んだ。
ふと階下の踊り場で数人に囲まれ踏みつけられている女子を発見。
(イヤなもの見ちゃったわ・・。どこにでもあるのよね。ああいう陰湿なイジメ)
見ず知らずの少女を助ける義理も無ければ、気も起きない。
あんなの放っておいて、この階から探索に入るか。
と、向きを変えたその時。
ツウラの額から止どめも無く汗が流れ出てきた。
胸も苦しい。心臓の鼓動が早くなる。まるで全周囲から槍先を突き付けられているような、精神そのものが受ける冷たさ。
「何この感覚!マズいわッ」
それは、かつて感じたドス黒さを秘めた圧倒的なまでの霊力・・・。
黒側クィーンズ・ルーク、一つ目巨人のアンドレをマスターのベンケイ(本名三平・蓮)ごと跡形もなく食らい尽くした白側クィーン、九頭龍のオロチから発せられていた霊力だった。
「オロチのマスターが・・いる!」
人前であることなど、この際構っていられない。
魔者の力を発揮できる甲冑姿へと変身して校舎反対側の階段へと駆け出した。振り向く他の生徒たちの髪を巻き上げるほどのスピードで。
階段に辿り着くと、変身を解いて一気に階段を駆け上がった。
胸苦しさは治まりつつある。ツウラは壁に背を預けて休憩を取った。
「まさか、こんな場所で“女王様”の霊力に出くわすとわね。あの場にいたら確実に殺されていたわ。霊力が強いだけじゃない。すさまじい殺気ってヤツ?全身の毛穴が開いたようなイヤな感覚だったわ・・・」
遣り過ごせたようだ。気持ちを落ち着かせようと大きく息を吐いて。
「この棟にいる目ぼしい相手は御手洗・達郎と御陵・御伽くらいね・・」
神経を研ぎ澄まして霊力の強い者を探し出す。だけど。
「どういう事なの?一体、何がどうなっているの?何故?あれほど強力な霊力を今は全く感じ取れないの?」
不安に押しつぶされようとする中、必死に心を落ち着かせてさっきの状況を思い出して整理してみた。
一瞬だったが、あまりにも霊力が強すぎて、どの方向から感じ取ったのか判別できなかった。だけど、その前に不自然な点がひとつあった。
「もしかして、アイツがオロチのマスター・・?」
思い当たる人物がひとりだけいた。
人形みたいに全く霊力を感じなかった人物。それは―。
「踏みつけられていた、あの娘・・・?」
確かめたいけど、あの場所へ戻るのは危険過ぎる。もしかしたら、こちらの存在に気付いたから霊力を解放したのかもしれない。だとすると、この棟にいるのは危険だ。
退散しようと怪しまれないように平常を装って歩き出すと。
「―ッ!?」
後ろから制服の裾を引っ張られている事に気付いた。いや、ただつまんでいるだけの様だが、この状況、捕らわれている事に違いは無い。
ツウラの額から恐怖のあまり、またもや止どめも無く汗が流れ出てきた。
(ヤバい・・。やっぱりさっき気付かれていたんだわ。わ、私、こ、殺される―!)
声すら上げる事も出来ない。
さらに、呼吸が今にも止まりそう。
つまんだ裾をさらに引っ張られる。
もう逃げられない。強く目を閉じた。
最後の最後、オロチのマスターがどんな顔をしているのか?せめて拝んで死んでやろう。
電池の切れかかった時計の針のように、ゆっくりカクカクと振り返る。
するとそこには、小柄な金髪の可愛らしい少女の姿が。他の生徒と明らかに違う異国の少女が佇んでいた。
「は?貴女ダレ?」
姿はともかく、彼女から感じる霊力は微々たるもので紛いも無く一般人そのもの。
「あの・・。ワタシを・・教室まで連れて行ってもらえませんか?」
名乗る余裕も無いほど困り果てた少女はいきなりツウラに用件を伝えてきた。
「どうして私なの?」
ツウラの問いに少女は胸元を指差して「同じ2年生のよしみで」
言われてみれば、胸元のリボンは少女と同じエンジ色。周りを見やると他の生徒たちのリボンはブルーだった。学年でリボンの色は異なっている。ちなみに3年生はグリーン色。
『勝手に帰れば』と突き放そうとするも、少女のすがる様な眼差し、それ以前に少女の人形のような可憐な容姿がツウラのファンシー好きにどストライクにハマった。
「しょうがないわね。い、いいわよ。私と一緒に戻りましょう」
照れ隠しに顔を背けたまま、そっと手を差し伸べる。すると、少女の小さい手がツウラの手を優しく握った。
(くぅーッ)
まるで懐いてくるような少女の仕種に、いっその事抱きしめたい衝動に駆られるも、ここは冷静を保って二人でこの棟から出ることにした。
「と、ところで、貴女の名前は?」
興奮冷めぬまま鼻息を荒げてツウラが再度訊ねた。
「この国では“相手の名を訊ねる前にまず自分の名を名乗るのが礼儀”だそうですヨ」
「面倒くさいコト知っているのね?私の名前はツウラ。で貴女は?」
「フラウ・ベルゲンと申します。“津浦”サン、これからもヨロシクお願いします」
この場限りなのだから“これから”も何もあったものではないと素っ気無く「ええ、よろしく」フラウの手を引いて階段を下りた。
後は鈴木くれはの、無駄に強力な霊力を辿れば2年生たちのいる校舎へと向かえるだろう。
雨が降り出している。急ぐ事にした。
昼休み終了間際―。
フラウ・ベルゲンが教室へと戻ってきた。
「あら、フラウ。遅かったじゃない。やっぱり道に迷った?」
キョウコの問いに「エヘヘヘ」フラウは照れ臭そうに笑いながら。
「お恥ずかしながら、迷っちゃいました。ですが、おかげで新しいお友達にここまで送ってもらいマシタ」
発表にクレハとトラミが思わず「おぉー」続いて「で、誰なの?」
「津浦サンという、とてもお優しい方なのデス」
振り返ると、外にはもうツウラの姿は見当たらなかった。
「アレ?」フラウが首を傾げる傍ら、キョウコも首を傾げていた。
「津浦?聞かない名前ね・・・」
またもやツウラは全力で離脱するハメになっていた。
角を曲がったところでオロオロと顔を覗かせて、その場にしゃがみ込んだ。
「何で何で何なのよォォー。あの娘、高砂・飛遊午に猪苗代・恐子それに鈴木くれはと同じクラスだったの!?私が魔者だとバレたら、ベルタを呼ばれるじゃない。危なかったぁー」
うろたえるツウラの前に人影が映った。ツウラがハッと顔を上げた。
「アイツらにバレる訳無いじゃん。甲冑姿じゃないんだし。ああ、驚かせてゴメンね。それよりも、その挙動不審さで逆に怪しまれるわよ」
ボブカットの少女が腰に手を当てた姿勢でツウラに告げた。
「ト、トモエ!貴女、ここの生徒だったの!?いつもジャージ姿だったから気付かなかったわ」
名前を口にした途端、トモエはムッとして。
「考えてもみなさいよ。あのジェットの馬鹿どもの前にお嬢様学校の制服姿で出られる?アイツら、ゼッタイに勘違いして言い寄って来るに決まってるじゃん」
腰部の後ろ側に付いている、モフモフの灰色尻尾状のスマホストラップが、まるで本物の尻尾のように揺れている。
「それもそうね・・」
トモエの自己防衛策に妙に納得した。それよりも。
「この学園内で“ロボ”を召喚してはダメ。さっき1年生の棟にオロチのマスターの霊力を感じたわ。恐ろしくて顔を確認することはできなかったけど」
「ご忠告有難う。じゃあ、私は教室へ戻るわね。アナタも目立たないようにしなさい」
忠告のお返しに忠告をくれたトモエが入って行った先は2-Dの教室だった。
あの娘、高砂・飛遊午たちの隣のクラスじゃない!
放課後―。
高砂・飛遊午は2週間ぶりに剣道部の練習に参加していた。
とても他人行儀な表現であるが、幽霊部員の彼が置かれている立場ではその表現の方がしっくりとくる。
とはいえ、本日の参加は自発的なものではなく、部長の“竜崎・海咲”が彼を教室まで呼びに来ては道場まで引っ張ってきたのだった。
男子剣道部員の人数はわずか13人(そのうち数名はバスケット部と兼業)。なので、あえて部長を選出するよりも、圧倒的多数を占める女子剣道部の部長が兼業する方が効率的と、男子部員もまとめて面倒を見ている。
男子更衣室から出たところで。
「あ、高砂君。あなたは今日、練習に参加しなくて良いから」
驚きのあまり、思わず部長の方を二度見した。
「あの部長。わざわざ引っ張って来ておいて、俺を追い返すのですか?」
「私はそんなにヒマで意地悪な人間じゃないわよ。失礼しちゃうわね!」
腕を組んでプンスカと怒って。
「今日は、転校生の部活見学の申し出があったので、あなたにはその案内役を担ってもらうわ」
「それは本来部長か副部長の仕事ではないんですかい?」
「ま、そうなんだけど、ね」
やはり押し付けるつもりでいる。
「たまには部活に顔を出しておかないと、他の部員たちから白い目で見られるでしょ。だから、そんな事にならないように、敢えてあなたに仕事を任せたら他の部員たちの心証もアップすること間違いナシ!」
ギャルゲーじゃないのだから他人の心証とかあまり気にしない。のだが、すでに道着に着替えている事だし引き受ける事にした。
で、その転校生とやらはドコのどなた?
「あーッ!ヒューゴさん。剣道部員だったのデスか」
フラウ・ベルゲンだった。まあ、転校生と聞いた時点で予想は付いていたけれど。
ふと、フラウが他方へと顔を向けた。「津浦サン!」
彼女の声の向く方にヒューゴもつられて顔を向けた。
すると、そこには他の生徒たちとは明らかに制服の着こなしの異なる眼鏡少女の姿があった。
「彼女が津浦さんか・・。見た目インパクトがあるのに見覚えが無いな・・」
呟くヒューゴの横を、フラウが風のように駆け抜けていった。
「津浦サンも部活見学なのデスか?」
訊ねつつ、再会に戸惑うツウラの腕を組んでヒューゴたちの元へと引っ張る。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
ツウラの止める声に耳を貸さずに、ミサキの前までツウラを連れて来た。
「貴女も?申請の人数は書いて無かったっけ?ま、いいわ。貴女も剣道部へようこそ」
ろくすっぽ確認もせずに二人を迎えたミサキの霊力もまた常人を凌駕していた。
(驚いたわね。この女、ムネオのヤツと同じくらい霊力が高い。こっちはスポーツとはいえ実戦慣れしているようだし、お坊ちゃまのムネオよりも強そう)
少し興味が湧いた。だけど、こういう汗臭いのは苦手だ。
「わ、私はただの通りすがりの―」
「一人で見学なんて、つまらないものよ。急ぐ用事が無いのなら、この娘に付き合っちゃいなさいよ」
フラウの頭を撫でながらツウラに告げた。
ミサキが女性である理由に重ねて彼女の強引さに、ツウラはマスター候補から弾き飛ばし、あからさまにムッとした。しかし、撫でられて喜ぶ子犬のようなフラウの表情を見ていると、「仕方無いわね」渋々部活見学に付き合うことにした。
高砂・飛遊午を案内人として剣道部の部活見学が始まった。
道場で子供たちに指導している経験はあるものの、同学年の女子に剣道を教えるのは初めて。ちょっと照れ臭い。
アニメを通して日本の文化に興味を示しているフラウはともかく、こちらの眼鏡女子はあまり興味が無さそう。腕を組んだまま、つまらなさそうにこちらを見つめている。
(何か知らんが、彼女、怒っているのか?)
「では、まず自己紹介を。俺は高砂・飛遊午で―」手を差し出して「ハイッ!」フラウに自己紹介をするよう促した。
「私はフラウ・ベルゲンと申します。では津浦サン!」バトンを渡した。
「ツウラよ・・・な、何よ?」
身を乗り出しては引いている二人に訊ねた。
「津浦・・何さんデスか?」
フラウの問いに、ツウラが名前ではなく苗字として認識されてしまっている事実を知った。慌てて周囲を見渡す。何かヒントになるものはないか。
部員の出欠を示す名札が目に入った。安子?アンコかしら?名前みたいな苗字ね・・。
「・・・ヤスコビッチ」ちょっと“ひねり”を加えて呟いてみた。
とたん、二人から「えっ??」訊き返されたので、慌てて「アンジェリーナ!津浦・アンジェリーナよ」違う名前を名乗った。
「わぁー、カッコイイ!モデルさんみたいな名前デスね」
おっしゃる通りファッション雑誌のモデルから名前を“ひねる”コト無く拝借致しました・・・。
それでは、道場へと二人を案内した。まずは。
「剣道は格闘技だけど、礼法の一面も持ち合わせているんだ。だから道場に入る時と出る時には、まず一礼して、それから上座にも一礼するんだ。出る時はその逆で」
手本を見せて道場に入る。見学者二人も同じように礼をして道場に入った。
「基本、座る時は正座で座ってもらいます。二人は今日お客さんな訳だけど、座布団は出さない。礼に矛盾していると思われるけど、無いのだから勘弁して欲しい」
「そこまでキッチリしなくても、楽に横座りでもしてもらったら良いんじゃない?」
道場の端にいたミサキが叫ぶようにヒューゴに伝えた。
「地獄耳が」吐き捨てるように呟やくと「では楽にして座って下さい」二人に告げた。
それではデモンストレーションと、ヒューゴは二人の前で剣を正眼に構えてからの素振りをして見せた。
さらに左右への足さばき、籠手や胴への打ち込み方を披露して練習メニューのバリエーションを広げてゆく。
(コイツ・・教え方うまいわね・・)
最初は全く興味が無かったのに、いつの間にかヒューゴの説明に聞き入っていた。そんなツウラをフラウは嬉しそうに彼女の顔を見やった。
「ヒューゴさん。実際に試合をしているところを見てみたいデス」
フラウは勢いよく手を挙げて提案した。
「いいねぇ。鯉渕くん、高砂くんの相手をしてあげて」
またもや道場の端からミサキがこちらの会話に反応した。
指名された男子部員は「えぇー」と不満げだが、追い立てられるようにヒューゴ達の元へとやって来た。
「ヒューゴ。アレやるのか?」との問いに「もちろん。ちょっとは派手なところ見せておかないと、だろ?」
デモンストレーションに審判はナシ。自分たちで「礼!」一連の所作を経てお互いに剣を構えた。
「アレ?」
フラウがヒューゴと対戦相手を交互に見比べる。
ヒューゴは両手にそれぞれ竹刀を、相手は一本の竹刀を両手で構えている。
「ヒューゴさん、二刀流だったのデスか・・・」
2本の竹刀をそれぞれ目の高さに水平に、剣先を相手に向けて構えている。左の竹刀の握り手を顔の位置まで下げて。まるで“突き”をする構えのように見える。
絶えず声を出し合っている中、相手が仕掛けてきた!面狙いの垂直の振り下ろし。
その振り下ろされた竹刀をヒューゴは左手の竹刀で突き弾く。“切り払う”のではなく“突いて”軌道を逸らせたのだ。
そして今度は右手の竹刀の握り手を顔の位置まで下げる。構えが左右逆に入れ替わった。
切り払いもしくは鍔迫り合いだと、両手と片手では確実に力で両手の方が勝る。しかし、斬る “線”の攻撃を突きによる“点”で迎え撃つことによって力の差は解消される。
それと同時に間合いも開いて両手の竹刀を同時に下段へと構える時間も生まれた。
竹刀の“物打ち”と呼ばれる部分で2本の竹刀をを交錯させたまま左大腿部横まで引いて―。
相手ももう一度面狙いの打ち込みを仕掛けるが―。
「胴ぉーッ!」声と同時に右足で踏込み、そして竹刀を交錯させたまま相手の胴へと打ち込んだ。
ツウラは我が目を疑った。
人が吹き飛ばされて尻餅をついている。
フラウは目が追い付かなかったらしく、相手が尻餅をついてから相手に目を向けていた。
「いつもより遠くへ飛ばしていますってか。高砂くん。絶好調じゃん」
どうでも良いが、遠くから感想を述べるのは止めてくれ。ヒューゴは相手を引き起こしながらミサキを見やった。そして、礼。
(じょ、冗談じゃないわ。何なの?今の。アレが剣の技ですって?一撃目で霊力の爆弾を相手に仕掛けて、空気中に飛散する前に二撃目で着火、爆発させている“霊力爆弾”じゃないの!コイツ、モーション無しに“アタック・マジック”を使っているわ)
二天撃の正体に驚愕するばかり。
ド派手なデモンストレーションを終えて、今度は見学者たちに竹刀を手に取ってもらうことにした。
フラウは片手で竹刀を持つことがいかに難しいかを実感した。片手だと剣先がフラフラして安定しない。慣れよりも筋力が必要だと、竹刀を両手で握るに至った。
ツウラも同じく竹刀を握ってみる。両手でしっかりと。
(コイツ、ホンットに間抜けね。敵の私に剣を教えるなんて。いずれアンデスィデで当たった時に自分が教えた剣で・・・)
心の中で笑うツウラであったが、はたと思い出した己の失態に愕然とした。
アンデスィデで戦うのはあくまでもマスターで、ツウラが剣技を覚えようとも盤上戦騎の動作には反映されない。
「アンジェリーナさん」、「アンジェさん」・・・反応ナシ。
「津浦サン」
フラウの声に、ようやく「何?」
偽名を名乗ってはみたものの、馴染めずに名前を呼ばれていた事に気づいていなかった。
「津浦さん、その握り方だと野球のバットと同じ、いや、それもあるけど、右利きなら右手が上に来るハズなんだけど、左手を上にして握ってますよ」
ヒューゴの指摘にツウラは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした。
(マスターのバカ!ケンカでバットを振り回すくせに持ち方がおかしいって気付かないの?おかげで私、恥かいちゃったじゃないの!)
マスターの役目は魔力の元となる霊力の供給だけでなく、技量の提供も担っている。
「剣道を初めて目にする人には分からないのも無理はありません。それに野球に興味が無ければバットの握り方を知らないのは当然です」
告げつつヒューゴは竹刀の握り方を実践して見せてくれた。
「笑わないの?」
呟くようにツウラが訊ねた。
「私、おかしな持ち方していたのに、アナタ笑わないの?」
「知らない事は何も恥ずかしい事ではありませんよ。それを笑う理由も分からないな。俺も知らない事がいっぱいあるし、他の誰かに笑われているのかな?」
笑顔を交えて答えるヒューゴに、ツウラは胸が熱くなるのを感じた。
「今までいっぱい笑われてきたんだ・・・。無駄な事をしているとか、頭がおかしいとか散々人からバカにされて。アンタみたいな人に会ったの、初めてよ」
目頭が熱くなるのを感じた。
「ごめんなさい。私、用事を思い出したわ。これで失礼させてもらうわね」
少し涙声で伝えると、顔を上げないまま上座に礼をして、それからミサキたちに礼をしてから道場から立ち去った。
「アンジェさん!」
心配してフラウが追い掛けるも、ツウラの姿はもうどこにも見当らなかった。
12.ペリーが草葉の陰で泣いている。
明くる朝―。
「バカにしたつもりは無いのに、俺が一体何をしたぁー。あー」
席に着くなりヒューゴは椅子の背もたれに全体重を預けて天井を向いていた。
「彼、何をやっているの?」
キョウコがクレハに訊ねた。
「昨日、剣道部の部活見学で案内役をやったんだけど、見学に来た女の子を泣かせて帰らせちゃったんだって。それで部長さんにこっぴどく叱られたそうだよ」
「ロクな事しないわね」
世の中、片側の言い分だけを聞いて物事を判断してしまう事例は多々ある。
事実を伝える責務を負っているはずのマスコミでさえ、裏を取る事を怠ったり、願望に叶う回答以外認めない偏った報道をしたりする。
「反省の色も無いなんて、見下げた人だわ」
キョウコは非情にもヒューゴをバッサリと斬り捨てた。
「それよりもキョウコちゃん」
珍しくクレハの方からキョウコへと寄った。
「昨日私が食らった・・いや、受けた“フールズ・メイト”みたいに、名前の付いたチェック・メイトって他にもあるの?」
「ええ、たくさんあるわよ。“レ・ガルのメイト”や“ボーデン・メイト”は人の名前から取ったチェック・メイトで、学者メイトはフールズ・メイトに次いで短い手数で終わるメイトなの。後は・・・そうね、その形にハマった状態で成立するものね」
「形にハマった?」
「つまり状況ね。味方のポーンに前方を阻まれた“バックランク・メイト”、周囲を味方に囲まれた状態でナイトによって受ける“スマザード・メイト”、これは別名“窒息メイト”とも言うわ。それと、味方の駒に逃げ道を塞がれているキングを、ルーク、クィーンのいずれかの駒でチェック・メイトにする“エポレット・メイト”があったわね。私が知っているのはこのくらいかしら」
色々説明してもらったが、どれも頭に入ってこない。
でも、新たな知識は吸収したい。
「ちなみにエポレットって、何を意味するの?」
「“肩章”の事よ。キングを囲う駒の陣形がちょうどそれに似ているの」
聞くも、“ケンショウ”なる言葉は耳から入ると、どんな意味なのか?さっぱり解らない。検証?懸賞?形が見えてこないぞ。
「ゴメンね。“ケンショウ”って何?」
「海軍の将校さんたちが肩に付けている“総”を垂らしたモノ。えぇっと、どう説明しようかしら?」
キョウコが考えあぐねている傍ら、クレハは「わかった!」と声を上げて。
「ペリーが両肩に付けているデッキブラシの先っぽみたいなヤツの事だよね」
得意顔で確認を求めてきた。
「そ、そうね・・」
見た目似ている事は否定しないが、例えにデッキブラシを持ち出してくるとは・・・。
ペリーが草葉の陰で泣いている。
朝から頭の痛い思いをするキョウコであった。
魔導書とは?
神々の神とされる偉大なる支配者がもたらした魔法の書の事。
魔法なのか?超科学の産物なのか?は不明。
メインとなるグリモワール・チェスの盤としての機能の他に、霊力探知やレーダー機能や検索機能も備えており、他にも様々な機能がページごとに割り振られている。(ただし、ココミの竜たちの君主だけは所々機能に不具合を生じさせている)




