10.そろそろお休みの時間です
似てまるで非なるモノ
穏健派
別名“ハト派”とも言う、問題を平和的に解決しようと主張する派閥のこと。
反対語に“タカ派”がある。
後書きへつづく。
意を決して、猪苗代・恐子は目の前に立つ高砂・飛遊午の胸に飛び込んだ!
彼を男性だと意識すると、体の震えが止まらない。
“首無し”のジェレミーアに会って以来、自らを、やはり男性恐怖症に陥っているのだと自覚した。
それでも目を閉じて必死に堪える。これで二人は自分が男性恐怖症に陥っていないと思ってくれるに違いない。そう信じたい。
「何やってんのよォッ!アンタ!」
“鈴木・くれは”の放った怒号に、キョウコの背中が一瞬波打った。
しばらくの静寂―。
すると、周囲から微かにバタバタと物音が聞こえてきた。
「アンタァ・・、何がどういう流れでタカサゴに抱きついているのよぅ?」
低く唸るような声でクレハが問い詰める。
「別にいいじゃない!高砂くんも、顔がこんな事になる前はクラスの女子みんな彼を狙っていたのよ。成績も良いし運動も出来るし。なのに、いつもアナタか御手洗さんが彼の傍にいたから御近付きできなかったのよ」
「あーッ!!それで、いつも私とトラちゃんに厳しく当たっていたのね!」
「聞き捨てなりませんわね!それはアナタたちが天馬の生徒に相応しくない行動を取っていたからです!公私混同は致しませんッ!」
開き直った挙句にプイッと横を向いた。
そんな彼女たちに。
「二人とも、言い争いを止めてくれないか」
ヒューゴが抑えた声で仲裁に入るも。
「そこ!女の子に抱き付かれたからって鼻の下を伸ばさない!」
クレハはヒューゴにも手厳しい。指差して指摘。さらに。
「いま、『委員長の胸柔らけ~』とか思っているでしょ!?顔に出てるぞ!」
具体的な指摘にたじろいだ。コイツはダメだ。ハナシにならん。
そんな中、横を向いていたキョウコがヒューゴへと向いて。
「これで証明になったかしら?私!ジェレミーアに何もされていないの。本当よ」
精一杯勇気を振り絞って訴えて見せるも、顔を赤らめたまま。一方のヒューゴは困り顔。
初めて触れる、たわわな感触から伝わる高鳴る鼓動と微かな震え。そして時折強く目を閉じる彼女の仕種を見て彼女は“男性恐怖症”に陥っているとの結論に行き着いた。
だからとそれが、彼女がいきなり抱きついてきた理由には繋がらない。
それもそのはず、当のキョウコは気が動転しての行動なので、本人が理解していない行動理由を他人が理解できるはずもない。
とにかく!今の幸せ気分は名残惜しいが。
キョウコの両腕を掴み体から離して。
「いいから、俺の話を聞いてくれ」
二人に訴え掛けた。でも。
「ぐるるぅぁぁ」
もはやヒューゴの声など耳に届いておらず、クレハは怒りのあまり喧嘩を始める犬のように喉を鳴らしていた。
だが。
そんなクレハの目に、ふと、キョウコの後ろ姿が留まった。
黒のシアータイツ越しに観る彼女の脚は。
ほっそりと締まった太腿から膝裏を伝いふくらはぎへ、そして足首へと視線で辿り折り返して今度は上へと視線を向けてゆく・・。
同性の目から見ても、その脚は見惚れてしまうほど美しい。さらにオッサン目線に切り替えると、とても色っぽくて、触れたい衝動に駆られそうだ。
(コイツ、ええ脚してるやん・・)
クレハは思わぬカタチで冷静さを取り戻した。
「で、ハナシって何よ?」
「二人とも聞いてくれ。俺たちの他に屋上に誰かいる。っと、探している素振りを見せないでくれ」
ヒューゴの指示に従い、二人は目線だけで周囲を窺った。
すると、3人の視線が向いていない方向から走る音が聞こえてきた。
3人の視線が足音の方へと向く。そこには。
乱れた衣服を整えながら走り去る男女生徒の姿が!出口に着くなりクレハたちと目線が合ってしまった。
「あっ!」
驚いたキョウコが声を上げた。
「知っている顔か?」すかさずヒューゴが訊ねた。
「ええ。生徒会の人たちよ」
「あの人たち、こんな人気の無い場所でイチャイチャしてたみたいね」
やれやれと呆れるクレハに、間髪入れずに「はしたない言動は慎んで」キョウコがたしなめた。
逃げ去った彼らも彼らだが、向こうはヒューゴとキョウコが抱き合っている最中にクレハが乱入。修羅場と化したものと思ったに違いない。
キョウコは顔見知りの彼らを責める気にはなれなかった。そんな事をしてしまえば特大ブーメランが返ってくる。
でも、ひとつ気になる。
彼らはどうやって屋上に入ったのだろう?
またもやキョウコの頭は無駄にオーバーロードフル回転を始めた。
「あ、あの、私はちゃんと職員室で先生から屋上のカギを預かってきたわよ。だ、断じてスペアキーなんて作ったりしてないわ。神様に誓ってもいい」
思わず視線が合ってしまったヒューゴに突然弁明を始めた。
「急に何を言っている?俺は猪苗代を疑ってなどいない。知っている顔なら、後で事情を訊けると思ってな。万が一でも彼らが魔者のマスターなら話で解決したい。でも、カギを別に作っておくのはイカンよな・・」
言い聞かせつつ、顔を反対方向へと向ける。
「じゃあ、次はこっちだな」
室外機の後ろに誰かが隠れている様子。
「その前に高砂くん。腕が痛いの。放してもらえると嬉しいな・・・」
突然のキョウコのお願いに「はぁ!?」と訊き返しそうなったが、もう揉め事は勘弁して欲しいので素直に手を放した。
そしてその足で確かめようと室外機へと向かう。
「やめて!高砂くん。もしかしたら、隠れているのはアイツかも。“首無し”のジェレミーアかもしれない!」
すかさずキョウコがヒューゴの手を取って引き留めた。
「お前を監視してか?それは無いと思うが一応は確認しておかないと」
言い聞かせている最中、キョウコの目線はクレハへと注がれた。
「だからってスズキに確認に行かせられないだろ?」
ヒューゴの問いにキョウコは頭を振って。「そうじゃない!鈴木さん、もう少し私たちの傍へ来て」
クレハに危険を報せている傍ら、ヒューゴは突然スマホを取り出した。
「?高砂くん?警察を呼ぶの?」
キョウコが訊ねると、ヒューゴはニヤリと笑い。
「もっと頼りになるヤツを呼び出すのさ」
ダイヤルをプッシュ。
「ベルタ!俺の目の前に敵がいるかもしれない。召喚だ。来いッ!!」
叫ぶと、彼らの前に赤く光る魔法陣が現れて中心から撃ち出されたかのように人が飛び出てきた。
空色の髪をポニーテールに束ね、ドレスと甲冑が一体となった衣裳を纏った少女が現れた。と、すぐさま左腰に差していた脇差しを抜刀して、ヒューゴが向いている室外機へと切っ先を向けた。
「こちらの方向でよろしいですね?」
クレハそしてキョウコが唖然としている中、少女が確認を求めるとヒューゴは頷いて見せた。
「そこにいるのは解っている!出て来い!」
少女が叫んだ。
ただ静寂―。
「あ、あのー」「ちょっとよろしいかしら?」
クレハとキョウコ、二人してヒューゴに質問して良いか?お伺いを立てた。
「どうした?スズキ」
「この娘、誰?」「ベルタ?確か、ロボットの名前ではありませんでしたか?」
聖徳太子じゃあるまいし、二人同時に質問されても困る。
「私の名はベルタ。ヒューゴを護る兵士の“チェスの駒”です。そして貴女の仰る通り、私のもう一つの姿は盤上戦騎でもあります」
困惑するヒューゴに代わって、ベルタが簡潔に説明をしてくれた。
「ベルタ。足音からして隠れているのは一人だと思うがくれぐれも油断はするな」
「ご忠告、感謝します」「それと」向き直るベルタを呼び止めた。
「心得ています。魔者でない限り刃傷沙汰は避けよとの仰せですね」
頷くヒューゴを見やると、壁を蹴って三角跳びして室外機の側面へと回り込んだ。
クレハとキョウコ、二人共その人間離れした跳躍に驚くあまり口を開いたまま。
姿こそ見せないが、慌てて駆け出す足音が聞こえてきた。
手にスマホを持った小柄な少女が室外機の影から飛び出してきて・・・盛大にコケた。
「あっ」「貴女は!」「お前か!」3人は少女の正体に驚きの声を上げた。
咄嗟にキョウコは少女の元へと走り寄り、彼女を庇うように抱きかかえた。
少女を追い掛けて飛び出してきたベルタに「止めろ!ベルタ。その子は敵じゃない!」
ヒューゴの声にベルタはすぐさま脇差しを鞘に納めた。
「大丈夫?フラウ」
キョウコがフラウの乱れた髪を優しく撫でて整え「もう大丈夫よ。安心して」震える彼女をなだめる。
「それにしてもアンタが隠れていたとはね。で、何で屋上にいるの?」
怯える相手を気遣う事無くクレハが訊ねた。
「今朝方、皆さんが屋上に行かれると話していたので、どんな所なのか?興味があったのでこっそり付いて来ちゃいました」
彼女の言う“こっそり”にヒューゴは心当たりがあった。屋上へ向かう途中、階段で足音の数が多いと感じたのは聞き違いでは無かった。「あ、アレか」思わず呟いた。
そんな中、ヒューゴはベルタに視線を送ることなく、手振りで彼女に姿を隠すように支持を送った。ベルタはスゥーとゆっくりと後ろへ下がって物陰に隠れた。
「それにしても驚いたぞ、フラウ。急に物陰から飛び出してきたりして。誰かに追い掛けられでもしたのか?」
フラウに問うヒューゴに、クレハ、キョウコ揃って驚いた表情で彼を見やった。
「何を言っているの?高砂くん?さっきベルタさんて方が」
キョウコが訊ねる傍ら、クレハはベルタを指差そうとするも、肝心のベルタの姿はどこにも見当らず、ただ人差し指で空間に何かを描くような素振りを見せるだけ。
首を傾げる二人にフラウも首を傾げて。
「言われてみれば・・どうしてワタシ、急に走ったりなんかしたのでしょう?驚いたのは確かなのですが、ナニに驚いたのか・・??」
目を閉じて考え込んでいる。でも理由が思い当たらずに頭を振るだけ。
「まぁ、取り敢えずのところ、彼女はマスターじゃないと信じたいな」
告げるとヒューゴは物陰に隠れているベルタに出てくるよう手で指示を送った。ベルタが姿を現した。
ベルタの姿を目にするなり「演劇部の方デスかぁー?!」フラウは興味津々。
「その気持ち、分かるわ。こんな格好見たら、誰でもコスプレ衣裳だと思うよね」
腕を組んでうんうんと頷くクレハ。「で、タカサゴ。今のは?」訊ねた。
「一般の人はベルタのこの姿を見てもすぐに忘れてしまうらしいから、チョイとテストさせてもらったんよ。フラウの反応を見た限り俺の見解では彼女は“シロ”だな」
「私も同感です」
ベルタも彼女をシロだと判断した。
傍ら、フラウがベルタにスマホカメラを向けて「写真撮っても良いデスか?」断りを入れるも、急に青ざめた表情を見せ。
「もしかして、アナタ様は幽霊サンなのですか?」
目の前に居ながらファインダーに映らぬベルタに訊ねた。
「お察しの通りです」微笑みを添えて。
なかなかなイタズラ心を見せるベルタを眺めながらキョウコが呟いた。
「不思議なものね。貴方たちに信じて欲しいと願ってジェレミーアの事を話したのに、貴方たちの方からベルタさんという証拠を提示してくれるなんて」
「まあ、話せば長いんだけどね。ココミ・コロネ・ドラコットって女の子が彼らの主で、こちらの世界にやって来て王位継承戦を始めちゃった訳なのよ」
あまりにもざっくりとしたクレハの説明に、キョウコはただ首を傾げるだけ。
さすがにそれではマズいと判断したヒューゴは知り得る限りの事の経緯をキョウコに説明した。
「おおよその事は解ったわ。だけど高砂くん、アナタの行いは軽率過ぎないかしら?仕方の無い状況だったとはいえ、どんな被害をもたらすかも分からないロボットで戦うなんて褒められた事じゃないわ」
「おっしゃる通りです」
ふたりして小さくなるも、いつものキョウコに戻ってくれて内心ほっとしている。
だが、ここからが本題だ。
「ベルタ。すまないがココミに連絡して彼女、猪苗代・恐子と残っているドラゴンとを契約が結べないか頼めないかな?もちろん彼女にアンデスィデに参戦させようなんて考えてはいない。その時は俺が彼女の代わりに戦うつもりだ」
唐突な申し出にベルタはもちろん、クレハとキョウコも驚いた。
「高砂くん。今さっき私の言った事を聞いていなかったの?私は兵器で戦うなんて看過できないと言ったのよ。それに、誰かに守って欲しいとは願ったけど、誰かの犠牲の上に成り立つ安心なんて求めていないわ」
「私も反対です」
当のベルタもヒューゴの申し出に否定的だ。
「先ほど彼女は私からフラウを、身を挺して庇って見せました。彼女のような母性的な優しさを持つ女性が我々と契約を結ぶべきではないと思います。それにヒューゴ。貴方はすでに―」
「いや、だからさ。アンデスィデは俺が引き受けると」「だから、そんな犠牲は払わないでと―」
もはや三つ巴で話がこじれてきた。
そんな中。
「別に良いじゃん。そこにおわすキョウコ様は、暴漢だか痴漢だかの3人の男を、お得意の格闘技でブチのめして病院送りにしている御方だから問題無いんじゃない?霊力も申し分無いんでしょ?」
他人事だと言わんばかりにクレハはさらりと言ってのけた。
「格闘技を。それは頼もしい」
するとベルタの態度が急変。さっそくスマホを取り出してココミに連絡を入れた。
しばらく話し込んで、何度か頷いて、最後はお辞儀をして話を終えた。
その姿は、街中で見掛ける上司に連絡を入れているサラリーマンのようだった。
「結果は残念ながら“間に合っています”との事でした。残る騎体は直線機動特化のクィックフォワード、中長距離戦特化のガンランチャー、防御装甲強度特化のアーマーテイカーと、あと残るナイトやビショップも彼女のような近接戦を得意とした騎体では無いため、今回は見合わせたいとの事でした」
要はキョウコに合う騎体が無いという訳だ。それにしても、彼女が先程言った“母性的な優しさ”とは何だったのだろう?・・・キョウコを巻き込んでも平気なのか?
「私の他の近接戦特化仕様騎はすでに失われていますので、その・・力になれず申し訳ありません」
深々と頭を下げるベルタに、キョウコはとんでもない事にございますと慌てて顔を上げるよう促した。
「お詫びと言ってはなんですが、ココミを通じて相手方のライク殿に貴女様が我々と関わりを持つつもりは毛頭ないと伝えてもらいましょう。ただ、ライク殿が承諾下さるかどうかは保証致しかねますが」
嬉しいような残念なような微妙な申し出。だけど期待して損は無い。キョウコはベルタによろしくお願いしますと深々と頭を下げた。
「高砂くんも何とかそのグリモワール・チェスから手を退くことは出来ないの?誰も覚えている事が出来ない戦争だとしても、さすがにアナタが急にいなくなったらご家族の方や皆が心配しますわよ」
「心配には及びませんよ。ヒューゴはすでにココミに脱退を申し出ています。二度と彼が盤上戦騎に搭乗することはありませんよ」
答えようとするヒューゴよりも先にベルタが説明をくれた。
「えっ?抜けちゃったの?」
今朝から顔を合わせているにも関わらずに、クレハにとってそれは初耳だった。
「彼は契約分の仕事を果たしてくれました。契約は終了しましたが、万が一に備えてこうやって召喚に応じているのです」
「いやいや。そうじゃなくて、タカサゴはグリチェスを見過ごすの?」
「見過ごしたくない気持ちはあるけど・・。俺が死んだ時の事を考えると―」
複雑な心境を語るには心の整理が必要なのだろう。問い詰めたところでハッキリとした答えは返ってこないと推測できる。
「タカサゴ。ひとつ訊いていい?」
クレハはヒューゴの前へと回り込んだ。
「さっきキョウコちゃんの代わりにアンデスィデに参戦するって言ったよね?それって自己犠牲が過ぎない?私の代わりにベルタさんに乗って、キョウコちゃんの代わりに戦うって言い出したり。しっかりと考えた上で行動してくれないと応援できないよ。私、てっきり覚悟を決めてココミちゃんに協力していると思ったからタカサゴを応援しようと決めたのに」
クレハ自身も複雑な気分だった。ヒューゴには戦って欲しくないけど、途中で投げ出しても欲しくない。
二人の抱えた矛盾は簡単に解決できるものではなかった。
しばらくの静寂の後。
「取り敢えず、この件は保留という事にしてくれないか」
ヒューゴの申し出にベルタは頷いた。
「ところでベルタ。お前に報告しておきたい事がある。実は俺のところに黒のマスターのリーダーと共に魔者の女が現れて、俺に『ココミとは縁を切れ』と言ってきたんだ」
気を取り直しての告白に、「タカサゴの所にも?」クレハが驚きの声を上げたので皆の視線が彼女に向けられた。
「いやぁ・・その、私じゃなくてタツロー君の所になんだけどね。彼の所に、火の付いた蚊取り線香のような髪型の女性が現れて鼻の頭を斬り付けたんだって。理由はキョウコちゃんと同じ。で、名前は名乗らなかったそうだよ」
実に簡単な説明をくれた。刃傷沙汰なのに他人事だとあっさりしたものだ。
それに加えてジェレミーアと言い、普通の格好をしたヤツはいないのか?と問いたい。
「で、タカサゴの前に現れた女性もそんな姿をしていたの?」
「いや。俺の前に現れたナバリィは本に出てくる魔女のような姿をしていた。装飾品とか付けていて派手だったが。残念ながら真名は聞き出せなかったよ」
「じゃあ、今現在判明しているのは、妲己にナバリィと変な髪型の女と、キョウコちゃんを襲った“首無し”のジェレミーアの4人って訳ね」
これだけ存在が確認できたにも関わらずに真名が判明しているのがジェレミーアのみと、今一つ情報収集の成果を喜ぶには至らない。
正確にはタツローの前に現れた女性が“霊力を正確に測れる”魔者の存在をほのめかしていたのに、クレハはすっかり忘れている有様。せっかくの情報は活かされる事は無かった。
「悪いな、ベルタ。わざわざ呼び出しておいて手土産ひとつ持たせてやれなくて」
「いえ、我々白側が知らぬ所で黒の魔者が活動していた事実を掴めただけでも収穫です」
そう言ってもらえると助かる。
「しかし、あの男と再びまみえる時が来ようとは思いもしませんでした」
ベルタが呟いた。
「ベルタさん?彼を、ジェレミーアを御存知なのですか?」
キョウコが訊ねた
「はい。彼とは前回の王位継承戦で一度剣を交えています。私が、当時のマスターであるシルヴィアから剣を受け継いでいたのに対し、彼は元々より暗黒時代を代表する騎士として名高く、歴史に語られている以上に比類なき強さを誇っていました」
歴史上の人物が後世に語られる上で 評価を“盛られる”事例はしばしば見受けられる。
その逆は稀といっても良い。
最近では肖像画が残っていようがお構いなしに美男美女に整形される人物も珍しくない。さらに驚く事に男性から女性へと性転換までされていたりと、もはや何でもアリとなっている。
「あの・・。話の途中で申し訳ないけど、いま語られた“前回の王位継承戦”でもあのようなロボットを駆って戦っていたのですか?」
再びキョウコがベルタに訊ねた。
「いえ。前回の王位継承戦では我々魔者は“魔力を秘めた剣”としてマスターに使役されていました。もちろん今のこの姿であるライフの姿も持ち合わせていましたよ」
「魔剣か。でも、どうせお前たちの事だし、建物とか派手にブッ壊していたのだろ?」
嫌な予想を裏切る事無くベルタは頷いて見せた。
話を聞く3人は頭を悩ませた。
「アナタたちは王が代わる度に他の世界に出向いては争っていたの?」
キョウコは厄介事を持ち込む亜世界の住民に呆れ顔。
「いえ。前回行われた戦いはおよそ150年前で、その間ドラケン王国は6代の王位の継承を果たしています。前回勝利を収めた勢力に加担していた我々ドラゴンの王が亡くなったため、今回の王位継承戦が行われているのです」
他の世界を巻き込んだ争いは、人間の都合ではなく、あくまでも魔者の都合に合されている事になる。
ノブナガの言っていた“偉大なる支配者”なる御方も、一応は配慮してくれているようだ。もしも人間の王が代替わりする度に争っていたら、こちらの世界は草も生えないくらいに荒れ果てていただろう。
「ちょっと待ってよ。150年前って、ベルタ、アナタって年はいくつなのよ?」
クレハの問いにヒューゴたちも興味を示した。
「年齢としては17歳で貴方たちとさほど変わりませんよ。ただ前回の戦いを終えた時点で冬眠に入ったので生物としての時間は止まったままだったのです」
年数の割に年端もいかないという訳か・・・いや、それでも納得できない事がある。
ヒューゴはベルタに質問をぶつけた。
「だったら何で中年オヤジの真似なんぞしたんだ?」
「それは、あの時の私は人間と関わりたくない一心から、マスターとなった貴方が関わりを望まない方向へと導くべくあのような人物を演じたのです」
早い話が単なる嫌がらせ。おかげでヒューゴはベルタの本当の年齢を知り得ても彼女を異性として見る事が出来ずにいた。すでにヒューゴの中の彼女は“中身はオッサン”として認識されてしまっている。
コイツとはもう友情しか育めないんだろうな・・・ヒューゴは遠い目をした。
「こちらのどこの国で戦っていたのか知らないけど、150年前なら剣を持ち歩いているだけで不審がられたんじゃない?」
日本の歴史に換算すれば明治時代後期に当たる。剣や刀を帯刀していたら不審人物に思われるコト間違いナシ。クレハは素朴な疑問を投げ掛けた。
「武器は普段、護符として身に着けておき、戦う時に“霊力の武器”に変化させて用いていました。我々魔者を倒せるのは“霊力そのもの”もしくは“霊力を帯びた武器”のみで、通常の武器では傷一つ付ける事も叶いませんよ」
その点で言えば現在の盤上戦騎と何ら変わりは無い。
「なるほど。ライフとの戦闘も想定されていた訳か・・。そうだ!ベルタ。俺にもその霊力の武器になる護符とやらは貰えないか?」
「私との契約が解除された以上、貴方は武器を携行すべきではないと判断します。持てば、要らぬ警戒心を黒側に抱かせるだけです」
武器を持たぬ方が安全策であるという事か。ここは素直に聞き入れるとしよう。
「他にも違いは有るの?今やってるヤツと」
クレハの好奇心は止まる事を知らない。
「ええ。大きく異なるのは、前回の王位継承戦ではポーカーゲームをモチーフとしていた事でしょうか。4人の王位候補たちがそれぞれのアルカナを陣営としてAを筆頭にKまでの13人の魔者、そして彼らの能力を引き出すために霊力を供給するマスターを従えての総当たり戦を繰り広げていました」
また傍迷惑な。駒を取られない限りアンデスィデが発生しない今回のグリモワール・チェスの方が幾分かマシに思える。
「ポーカーをねぇ。じゃあ数字の2が最弱でAが最強のカード?」
「その通りです。私は最も弱いハートの2でしたが、早い段階で他のアルカナの2を揃えられたおかげで“フォー・オブ・ア・カインド”―」
聞き慣れぬ言葉に首を傾げているクレハにキョウコが「フォーカードの事です」
「―のポーカー・ハンド(ポーカーの役)を得て強力な絵札の魔者さえも圧倒しました」
「何それ、面白そう」
つい口に出てしまったが、周りの視線を感じたクレハは「不謹慎でした」お詫びを入れて小さくなった。
ベルタが続けた。
「ですが、それが元で私のマスターだったシルヴィアは所属する組織から危険視され抹殺されてしまったのです。以降、私の意志など関係なく “魔剣”として他のマスターに使役され、ライフの姿になる事はありませんでした」
大きく横道に逸れてしまったが、おかげでベルタが人間嫌いになった理由を知り得る事ができた。
「辛い過去を語らせてしまったな、ベルタ。で、そのジェレミーアと戦ったような口ぶりだったけど、結果はどうだったんだ?」
「結果としては、私がシルヴィアから受け継いだ剣技では太刀打ちできず撤退を余儀なくされました。彼の剣は最初期の騎士と呼ぶに相応しい荒削りなもので、刃の向きなど構わず振り回され、殴る蹴るはもちろん、噛み付きや局部狙いも行う、それは武人の戦いと呼ぶには程遠いモノでした」
「うわぁ・・。出来る事なら、お手合わせ願いたくない相手だな」
いきなりキ○タマを狙ったヒューゴでさえ及び腰だ。
「ですが、ヒューゴ。貴方から授かった二天一流の剣をもってすれば今度こそヤツから勝利を勝ち取れそうな気がします」
そこは断言してくれないのね・・・。残念でならない。
「人の姿のジェレミーアを倒せばロボット同士の戦いを回避できるのですか?」
キョウコの質問にベルタは首を振り。
「いえ、ライフの姿の彼を倒してもアンデスィデ発生時には盤上戦騎で参戦してきます。我々魔者の役目はあくまでも盤上戦騎での戦いを主としていますから」
心配事は山積みだが、今のところは安心といったところか。
ベルタは引き揚げようと屋上出入り口のドアノブに手を掛けた。
「ベルタさん?まさか校内を通って戻られるのですか?」
キョウコが慌てて呼び止めた。
「ええ。ですが心配は要りません。この姿の私を覚えている者は多くはいません」
「行きは瞬間移動だったのに帰りは歩きなの?」
素朴な質問をクレハが投げかけた。
「大した距離ではありませんよ」
柔らかい笑顔を向けて、“ほら”と指差しながら「すぐそこの天馬教会でお世話になっています」
「近っ」
反射的に思った事が出てしまった。
丘の上にあるので気付かなかったが、裏に畑まである。さらなる驚き。
ベルタが去ってゆく・・。
そんな彼女を心配そうに見送るも。
「ところでフラウさん」
キョウコはフラウへと向き直った。
「この場所は本来生徒たちの立ち入りが禁止されている場所です。風景を撮影するのは大目に見るとして、それをネットにアップする事は固く禁じます。それと!何を撮ったのか確認させて頂きます」
フラウからスマホを渡されると収録されている画像を確認した。
すると風景写真の他に生徒会の男女の××な写真が収められていて思わず絶句。
「フラウさん!この写真をどうするつもりだったのですか!?」
激しく問い詰める。
「なかなかお目に係れない―」
「消去です!」最後まで理由を聞くことなく問答無用に即消去した。
一方、高砂・飛遊午がココミたちから解放された事実を知るも、クレハは胸の奥にくすぶるモヤモヤした感情を払い切れずにいた。
夜―。
黒玉教会にて。
「チェック・メイト」
霜月神父の黒のルークがライクの白のビショップを弾き飛ばしてチェック・メイトをかけた。
「また負けちゃいましたね」
ライクは溜め息一つついて椅子の背もたれに体を預けた。
「なかなかの上達ぶりだよ。ライク君。俺はチェスに関しては年期だけだが、君がチェスの腕を上げている事は解るよ」
「その年期だけの神父様に連戦連敗ではまだまだですよ」
再び駒を揃えようとしたライクに。
「坊ちゃま。そろそろお休みの時間です」
執事のウォーフィールドが就寝を勧めた。
「お早いお休みなのですね?ライク様」
そんな中、部屋の入口に、火の付いた蚊取り線香のような髪型の女性が背を預けながら佇んでいた。
「カムロじゃないか。お帰り」
タツローの前に姿を現した女性の名はカムロと言う。
「ほほぉー!」
カムロの姿を目にするなり霜月神父が歓喜の声を上げた。
だが、当のカムロは残念そうに溜め息を漏らし。
「どうも神父様だと見られてもドキドキしないね。どうしてだろう?タツローの時はあんなにも胸が躍ったのに」
その言葉を聞くなり霜月神父はガックリと肩を落とした。
「で、何の用です?カムロ」
ウォーフィールドが訊ねた。
「そろそろ御手洗・達郎の監視役を解いてもらえませんかねぇ。あの坊やはどう転んでも魔者のマスターにはなりはしませんよ。他人にぶつかる気概が無いせいで部活とやらでも独り浮いていますし」
「それはアナタが判断する事ではありません」
代わりにウォーフィールドが告げた。だが。
「分かった。キミの見解を尊重しよう。マスターの傍に居たいのなら素直に言ってくれれば良いものを」「そ、そんなんじゃ無いよッ!」
カムロは顔を赤らめて即時に否定した。そして咳払いひとつして。
「アタイはただ、アッチソンには御陵・御伽の監視は荷が重過ぎるのでアタイと交代してくれないかなと。彼女、“鬼火”のスピットファイアじゃなくて“カンシャク持ちの女”のスピットファイアなんだろ?ただの人間では白の魔者には太刀打ちできないだろ?」
不幸な事にアッチソンと呼ばれる女性は、“スピットファイア”の意味をはき違えて召喚された模様。
「確かに君の言う通りだね。だけど君が交代する必要は無いよ」
「どうして!?」
「明日か明後日ごろにアンデスィデに突入しそうなんだ。深海霊の君とカンシャク持ちの女のアッチソン、耳翼吸血鬼のスグルの3騎でベルタを叩いてもらう。なので、君たちの監視役は本日をもって解除する」
「ちょっと待ってくれないか」
霜月神父が慌てて話に割り込んできた。
「江河原さん(スグルの事)も駆り出すのかい?それは困るよ。彼には会計士としてもうしばらく居てもらわないと」
「心配ありませんよ。今度は3騎掛かりで袋叩きにするのです。彼なら無事に戻って再び会計士の仕事に従事してくれますよ」
「しかし・・」
彼らのマスターを知る霜月神父は不安でならなかった。
何せベルタは2対1の状況でも勝利を収めている。あの3人で大丈夫だろうか?
「神父様。彼の使命は兵士の駒として盤上で戦い抜くことです。会計士の仕事は彼がこちらの世界で生計を立てている手段に過ぎません」
ウォーフィールドの説明を聞くまでもなく。
「それは言われるまでもなく理解しているよ。これは俺自身の仕事だという事も理解しているし、溜め込まずに毎日コツコツと続けていれば何の苦労も無い事も十分理解している」
この年になって夏休みの宿題に手を付けないまま2学期を迎えていたあの頃と同じ思いをするハメになろうとは・・。
人間、年を重ねてもその性根は変わらないものだと実感した。
こればかりは神に問うまでもなく答えは出ている。
他の二人はともかく、カムロのマスターであるマサノリこと能見・延緒はまるで期待できない。霊力はズバ抜けているらしいが、何故彼のような狼の群れに放たれた子羊のような少年をノブナガがライクに紹介したのか?未だに理解できない。
しぶしぶ「まあ、頑張ってきなさい」今はそうカムロに告げてやることしかできない。
明けて朝―。
クレハとヒューゴはまたもや草間・涼馬の待ち伏せを受けた。
「またお前か!」
噛み付くクレハを後ろからヒューゴが取り押さえる光景も、前回とまた同じ。
「高砂・飛遊午。君はまだココミとか言う女性の下僕を続けているのか?」
まさか彼の口からココミの名前が出てくるとは思いもしなかった。
対等とはいかないまでも、下僕になったつもりはサラサラ無い。少しは言葉を選んでほしいが、期待するだけ無駄だろう、きっと。
「どうしてお前がココミの名前を知っている?」
その質問に、リョーマは昨日出会った叫霊のツウラの事を二人に話した。
「君のおかげで危うく彼女に殴り殺されるところだったよ」
中指で眼鏡をクィッと押し上げながら文句を垂れている。が、ヒューゴ自身、今現在も眼前に立つリョーマに命を狙われていると言っても過言ではない。
一方のクレハは隣で舌打ちを打っていた。
「まさか、アンタをスカウトしてくるとはねぇ」
ベルタの事を覚えていた事だし考えられなくも無かったが、どういう経緯を経て黒側がリョーマに辿り着いたのか知りたい。
「だからと言って、僕はココミに加勢する気なんて全く無いよ。医者を目指している僕が何故被害をもたらすロボットで戦わなければならないのだ」
その被害とやらには俺は含まれてないのか?話を聞くヒューゴは恨めしそうにリョーマを見やった。
「あんな恐るべき連中に狙われているのなら、人間の君などひとたまりも無いだろう?」
「ま、まあ、お前の言う通りだな」
そこは納得せざるを得ない。魔者の身体能力は人間を凌駕している。
「ならば早々に僕と決着を付けようじゃないか。君が彼らに殺される前に」
嫌な予感はしていたが、やはりそう来たか。どっちに転んでも命を狙われる事に変わりは無い。
「だからさ。俺はお前とは戦わない。命が惜しいからな。それに、俺はすでにココミの下から脱退している。もう彼らとは関係無いから金輪際命を狙われる事も無いんだよ」
「そうよ!アンタが心配しなくても、昨日みたいにいざとなったら学校だろうがベルタさんを呼び出せば何ら問題は無いからね!」
すかさずクレハも援護射撃。
しかし、クレハの言葉に精神的ダメージを受けたのはリョーマではなく、陰で彼らのやり取りを監視していた叫霊のツウラその人であった。
(ウソでしょ・・。高砂・飛遊午のヤツ、学校でベルタと接触していたなんて。何てズル賢いヤツなの・・。報告するにしても一日遅れじゃライク様にこっぴどくお仕置きされちゃう)
しかも、任務を投げ出してマスターとカラオケに行っていたなんて知れたら、今後ライフの姿でいられなくなるかも・・・。冷や汗が止まらない。
(しまったわ。こうなれば四六時中彼に張り付いてヤツを監視しておかないと)
ツウラの足元にピンクに光る魔法陣が現れ、クレハの姿を元に、姿を天馬学府高等部の制服姿へと変えた。もちろんショッキングピンクの髪は目立ち過ぎるので黒髪へと変貌させた。ついでにアンダーリム眼鏡もニーソックスも黒へチェンジ。これだと誰も魔者だとは思うまい。
「ま、こんなもんでしょう」
制服姿でさえ着こなしてしまう自分自身に酔いしれてしまう。
と、思い出したように瞳の色も黒へと変えた。
「でも、これ、ちょっと地味過ぎないかしら?」
学校の制服だと理解はしているものの、モデルとしたクレハにクレームの一つでも付けてやりたい気持ちに駆られる。
早速、草間・涼馬と別れたクレハたちを追って天馬学府へと向かった。
前書きの続き。
似てまるで非なるモノ
陰険派
とにかくネチっこい連中のこと。
政治の世界は彼らで成り立っていると言っても過言ではない。
最近では、政党を挙げて、政治家としての本来の仕事を差し置いてワイドショーで取り上げているような話題で政治を停滞させている人たちもいる。




