1・テイクスされました( ̄□ ̄;)!!と2・アンパッサンを受けちまったよ(T△T)
チェスを始めましょう。
と言いつつ・・・。
1・テイクスされました( ̄□ ̄;)!!
「スゴく綺麗…」
とても現実のものとは思えないその光景に少女は心を奪われた。
見上げる瞳に映るのは―。
体の至るところに備えた噴射口から光の粒子を吹き出し、空に滞空するヒトのカタチ。
カタチは・・・アレ?どこかで見たことあるような…。ふと既視感を覚えた。
彼女“鈴木くれは”は高校生で、深夜TVアニメを週7本と一般的女子高校生よりは多く見ている(と思う。たぶん)。だが決してオタクとか腐女子とか呼ばれるほどに作品を見入ってはおらず、作品ごとの話の繋がりもあやふやになるくらい適当に流して観ている。それでもジャンルは偏っており、もっぱらスポーツものや日常系を好んで観ている。ロボット物なんて固有名詞が増えすぎて困るので敬遠している。
だから空に浮いているアレはアニメで知っているモノでは無いと断言できる!
では、どこで見たことがあるのか?
日曜朝に放映している戦隊モノのロボットかな?作品を観ている訳ではないけれど画面左上に表示されている時刻を時計代わりにテレビを点けっ放しにしていることもあるし。だけど戦隊モノの主役ロボはだいたい四角形を重ねた箱型ロボだ。箱ロボだ。
あんなに曲面を主体としたフォルムじゃない。だとしたら巨大化した敵キャラ?
その姿は一見して西洋の甲冑に見えるものの、両肩の後部に大きなカニの肢のようなものが伸びている。あからさまに隠し腕だと見受けられる。
それに何アレ?
両腕の手首から肘へと突き抜けている刃部を外向けに付けているモノは。手首側がノコギリのようにギザギザなところを見ると、サバイバルナイフと思わしきものを、刃をむき出しに差している。物騒だ。
おまけに両膝から腰部に突き出しているモノは切っ先が長方形ではあるが明らかに直刀を差している。しかも、これも刃はむき出し…。注意しないと自身を斬るぞ。
人形は顔が命。
ロボも然り。
顔を拝んでやろうと観てみるも、アオリの視点からではハッキリと捉えることができないが、ヒサシらしきものが何とか。何だか数か所スリットが入っている。
もしかして、もしかして。
中世ヨーロッパで行われていた馬上槍試合で使われていた甲冑の頭部をあしらっているのかしら?ヤツは馬にでも乗るのか?乗らないのにあんなバイザーを付けているのは単なる飾り?
と、カタチはともかく彼女が目を奪われたのは生まれてこの方初めて目にする、その独特な色彩だった。
玉虫のようなメタリック色調の緑と赤でありながら、まるでシャボン玉のように表面に映り込む周りの景色を虹色に彩って映しているのだ。関節部分は自転車のチェーンのような油臭そうな黒鉄色ではあるが…。
とにかく幻想的な光景。
名画と呼ばれるモノにさえ感動を覚えなかったのに、今、心の底から美しいと感じている。言葉も出ない。
「おっと!いけねぇ、いけねぇ。見とれるあまり涎が出ちまったよ」
クレハは思わず制服の袖で垂れてもいない涎を拭う素振りを見せた。
再び視線を上空のロボットに戻した。
「タカサゴォ・・」
心配のあまり、ロボットに乗り込んだ高砂・飛遊午の名が漏れ出た。
「ルーティ、ヒューゴさん。会敵までおおよそ1分となりましたが、あくまでも目安です。遅くなるかも知れませんし、早くなる恐れもあります。いつでも戦えるよう準備に入って下さい!」
クレハの隣に立つ異世界の少女ココミ・コロネ・ドラコットはその手に携える本を通して上空の二人に支持を出した。
「ココミちゃん。あの二人、大丈夫だよね?」
「さぁ、どうでしょうか?」
祈る思いで訊ねたのに、戻ってきた答えはあっけらかんとまるで他人事。
「誰の為に戦ってると・・」「守りますよッ!この世界も!」
唸るような低い声で告げようとしたクレハの言葉を上からかき消すように、ココミは意気揚々と反撃の意志を表明した。
(せっかく盛り上がっているところ悪いんだけどさ)
「ねえココミちゃん」
「何です?」
「これから戦うって時に何だけどさ。そもそも、この戦いってチェスの駒を相手にテイクスされたから始まったんだよね?」」
「テイクスぅ???」
ココミは首を傾げた。
「テイクスだよ、テイクス。Takes!」発音を外国人ぽく「テ」を強調して。
それでもココミは首を傾げている。
「あれ?違ったかな。だったらキャプチャーズ。Captures」もう一度外国人ぽく、今度は「チャー」の部分を、舌を巻いて強調した。
……。
しばらく考えた後、ココミはやれやれと肩をすくめて見せると「どういう意味ですか?」
「交換だヨ!交換!平たい話が相手に駒取られたの!さっき敵の駒にアンパッサン受けたでしょ!」
恐るべしココミ・コロネ・ドラコット。
ルールを十分把握しないままゲームに参戦している様子だったが、最も多用するはずの用語すら知らずに参戦していたなんて。
「あっ。ははは。そうでしたね。そう!左様でございますデスよ」
「もう負けたのに戦う必要ってあるの?」
クレハは異世界からやって来た彼女らが行っている“グリモワールチェス”こと略称“グリチェス”の特別ルール“アンデスィデ”を真っ向から否定する質問をココミに投げかけた。
2・アンパッサンを受けちまったよ(T△T)
それは遡ること6月8日の朝(今朝のコト)。
“鈴木・くれは”はいつものごとく、斜向かいに住む幼馴染の高砂・飛遊午に迎えられ登校の途についていた。
大好きな片思いの彼が毎朝迎えに来てくれることに、クレハは喜びを感じる反面、世話になってばかりで申し訳なく感じていた。
別に朝に弱い訳ではない。いや、別の意味で弱いと言えるだろうか?
不幸な体質と言うべきか・・この際、毛質と呼ぶべきだろう。何故だか毎朝、寝癖がすさまじいのだ。恐らく、布団を頭から被って寝ているのが原因だと思われるが、洗髪後はきちんと髪を乾かして寝ているのに、毎朝寝癖のひどさに悩まされている。
今朝もそうだった。何が悲しくて毎朝髪の手入れに時間を費やさなければならないのか?そもそも、もう15分早く起きてさえいれば何の問題も無いのだが…。
最近は手を抜くことを覚えて、複数のピンで留めておくに留まっていた。
二人は同じ学校に通う高校2年生。
―私立天馬学府高等部―。
保育園、幼稚園にはじまり、小・中・高校・大学と婦女子専門の文武両道をモットーとするお嬢様学校であったが、高等部のみ彼女たちの男性に対する対応力、正確には免疫力を高めるために2年前から学校名はそのままに、男女共学の学校へと変わった。高砂・飛遊午はその最初の男子生徒のひとりだ。
天馬学府は学力レベルの高さはもとより、運動能力さえも入試課題に適用しているためハードルは激高。ヒューゴは難なくクリアしたが、一方、彼を追いかけて同じ天馬学府を希望したクレハは、それはもう血の滲むような努力の末に入学を果たしたのであった。
クレハは並んで歩いているヒューゴを見て溜め息をついた。
またスーパーのチラシを見ながら歩いている…。
「あのね、タカサゴォ。私たち天馬の生徒なんだし、登校中にそんな所帯じみたことしないでよ。フツーの高校生だって、ううん、普通の主婦だって、歩きながらそんなことはしないよォ」
「体裁を気にしているんなら、スズキだって、時々パン食べながら登校しているじゃないか。アレで上着を着ながら走っていたら、まんまマンガだぞ」
「うぅ」それを言われてしまうと返す言葉もない。
また、溜め息が漏れた。
家のためならまだしも、彼がスーパーのチラシをチェックする理由は、彼が通っている街の剣道道場、鶏冠井道場の道場主のためである。
彼女は剣道道場だけでなく、そろばん教室に書道教室、さらにはパソコン教室とマルチに経営展開しているため多忙で、夕方の5時から6時半までは師範代となったヒューゴに道場を任せている。さらに、バイト代を上乗せする代わりに日々の夕食の支度までヒューゴに任せているのだ。
溜め息の理由はそれだけではない。
ヒューゴとは小学校の時に彼が京都から転校してきてからの幼馴染なのに、未だお互いに名前ではなく名字で呼び合っていることだ。何度か「ヒューゴ」と名前で呼んではみたものの、その都度「スズキ」で返ってくる。あまりにも空しいので、結局今でも名字で呼び合い続けている。
ふたりの足が止まった。
「オイ!昨日ジャマしてくれた野郎だな」
3人の、見るからにガラの悪い男子高校生に行く手を阻まれた!!!
「あぁうぅ」
クレハは恐ろしさのあまり、声を発せずにいた。
彼らの制服から見て、黒玉工業高校の生徒に間違いない!
黒玉の英語名から通称ジェットと呼ばれるその高校は、県内の他校生徒(当然、彼らもワル)も決して手を出さない。それは、それはワルの巣窟と言っても過言ではない。
おずおずと、怯える眼差しをヒューゴへと向けた。
「!?」
驚きのあまり、大きく目を見開いた。
いない!?
「え?あれッ!?」
となり、後ろを探したがいない。と、視線を前に戻すと、ヒューゴは彼らの横を素知らぬ顔で通り過ぎようとしていた。
ジェット高のひとりがヒューゴの肩を掴んだ。
「オイ、コラァッ!何逃げようとしてんだよッ!」
「逃げる?」
「そうだ。昨日は警察だの何だのと散々騒いでくれたよな」
ヒューゴが男の手を振り払った。
「何を言っている!お前たち。あそこで逃げなかったら、恐喝と強盗の現行犯でおナワだったぞ」
説明を求めるまでもなく、クレハにはおおよその事情が把握できた。
恐らく…限りなくクロに近く、彼らジェットの生徒はどこかでカツアゲをしていたのだろう。それをヒューゴが大騒ぎしたので、彼らは退散を余儀なくされた。
しかし、何て運が悪いのだろう。よりによって再会しなければ…。
クレハが不運に同情している最中、いきなり男たちのひとりがヒューゴに殴りかかってきた!
首を傾けるだけで、ヒューゴがパンチをかわすも、今度は回し蹴りを繰り出してきた。
パンチの次の回し蹴り。普通は後ろへ下がれば難なくかわせるのだが、ヒューゴはしゃがんで男の股間にアッパーを叩き込んだ!!男の身体が一瞬浮いた。
地に足を着けると共に、男は苦痛に顔を歪めて悲鳴を上げている。
いきなりの急所攻撃。
「いただキン!」
(いや、ゼッタイ頂けないって!!)
ヒューゴがうれしそうに吐いたのは、まさしくオヤジギャグ!さすがのクレハもゲンメツした。
そんなクレハを背後から、男が腕を取りネジ上げて、その上、首を腕で締め付けてきた。
「あぁうぁ」
助けを求めるどころか、悲鳴すら上げられない。手をヒューゴのほうへと伸ばそうものなら、さらに腕をネジ上げられ、彼女の腕が悲鳴を上げた。
「形成逆転だなぁ、オイ」
もうひとりの男が嬉しそうにヒューゴに告げた。
「わかるよなぁ。抵抗すると、この女がどうなるか。イシシ」
二人の男は勝利を目前に下品な薄笑いを浮かべていた。
一方、ヒューゴは、普段は穏やかな表情を見せているものの、人質を取られれば、さすがに険しい眼差しを向けた。
すると形成逆転に顔をほころばせていた男たちの顔が引きつった。
ヒューゴは、見ようによってはイケメンだが、その顔には、顔を二分するほどの大きな傷を負っている。先の高校剣道大会で相手の竹刀が折れて顔に突き刺さり負ったものだが、おかげでひとたび険しい表情を見せると、誰も寄り付かないほど恐ろしい形相に見える。
「今さらガン飛ばしてビビらせてんじゃねェッ!」
強がったセリフを吐きながら男が殴りかかってきた。
と、ヒューゴはその手を、勢いを消すことなく掴み取ると、体をひねって男と共に地面へと倒れ込んだ!
男の拳は地面へと向けられて!!
男が慌てて地面へと手を突こうと手を広げたが・・・。手が開き切る前にアスファルト路面に直撃!さらに二人分の体重に加えて落下重力を支えられるはずもなく5本の指はあらゆる方向へといびつに曲がっていった。
「ぎゃああ!救急車ッ。救急車!」
見るからに痛々しい手を押さえながら、男がのたうち回っていた。その痛む手に靴が載せられた。ヒューゴが踏みつけているのだ。
「救急車?お前、ナニ都合のイイことを言ってんだ?」
踏みつける足に力が込められた。同時に悲鳴が上がった。
「お前、人にケガ負わせようとしておいて、自分がケガしたら救急車呼ぶのかよ。なぁ、アレ呼ぶのに電話代かかるんだぞ。タダじゃないんだよ。電話会社が肩代わりしてくれているんだよ」
(オイオイ、またお金絡みの話?)
クレハは人質の身でありながら呆れていた。
「それにお前、歩けるじゃないか。だったら歩いて病院に行けよ。安易にタクシー代わりに使ってんじゃねぇ!」
クレハはまた溜め息を漏らした。やはりいつもの説教が始まったのだ。
「お前ら、恐喝された相手が親に『カツアゲされたから、またお小遣いを下さい』なんて頼むとでも思っているのか?言えねえんだよッ!そんなこと。自分の親が一生懸命働いて、やりくりしている中からお小遣いをくれるんだ。親の苦労を見ているから悔しくても言えねんだよ!」
そんな彼らのやり取りを、少し離れた場所にある自動販売機の陰から、二人の少女がこっそりと窺っていた。
ココミ・コロネ・ドラコットとルーティだ。
「何や知らんケド、アイツ、人の手踏みつけといて、ごっつぅ説教始めよったで。ホンマにあないな奴を引き込むつもりかいな?」
ルーティがココミに訊ねた。
「彼ならきっと・・、彼なら、きっと私たちの力になってくれるはずです」
ココミの、大きな本を抱きしめる手に力が込められた。
「ウチは反対やで。いくら必要霊力をクリアしとると言うても、いきなり相手のキン○マ殴ったり、グチャグチャに潰した手を踏みつけるなんて極道のする事やで。アンタが良うても、他のみんなが納得せえへん」
「その点なら大丈夫ですよ。きっと」
安心を得たかのような微笑みを向けられるも、ルーティはいささか懐疑的な眼差しを返した。
「ウチはもうちょっと人間の出来たヤツにしたほうがええと思うんやけどなぁ」
告げると、ルーティはココミの襟をグイッと掴んで、目の前まで引き寄せた。
「アンタ!学習能力てモンが無いんか!?腕っ節強そうな連中に頼んで、今まで何言われてきた?カネ、カネ、カネて要求されて、最悪なヤツは、ウチはともかく幼児体型丸出しのアンタにまで付き合え言うてきよったドアホまでおったやないか!!それやのに、また、あないな極道なヤツに頼むつもりなんかッ!!」
「ん?」ヒューゴが声のする方へと顔を向けた。
声の主たちは、自動販売機の陰にいるようだ。わざわざ見に行く必要もない。
ヒューゴは再び踏みつけている男に向いた。
「お前、医者行って、その治療費誰が出すんだよ。ダチか?それともツレか?まさか親に泣き付くんじゃねえだろうな?勝ったら武勇伝で、負けたら医者だ、救急車だ?しかも治療費は全額親持ち。全く・・結構な御身分でございますな」
もはや男に、ヒューゴの説教を聞いている余裕など無かった。
男はさらに悲鳴を上げた。
「解るか?テメェの親は、そんな下らねーことのために毎日汗水垂らしてお金を稼いでいる訳じゃねえんだよ。お前らが金を巻き上げてきた奴らの親だって皆そうだ」
「彼を助けましょう」
ココミはヒューゴに視線を向けたままルーティに告げた。
「アンタ正気か!アイツが悪いヤツちゃうのはようよう判ったけど、あないなお金のことばっかりヌカしとる奴が、何の見返りも無しにウチらに手ェ貸してくれる訳あらへん!」
「大丈夫ですよ。きっと」
ちょっとした妙案を思いついた。
「でも、アンタ。助ける言うても、あれ、もう勝負着いとるで」
「ええ。でも今から私たちがあの捕まっている女の子を助け出せば、彼に多大な恩を売ることができます」
とはいえ、それはもはや時間との勝負だった。
ジェットの男は、すでにヒューゴに恐れをなしている。あのままでは彼に土下座して許しを乞うのは時間の問題だ。
ココミは焦りながらもチャンスを待つ。
ヒューゴが、クレハたちの方へと歩みだした。
「止まれッ!!」告げながら、男はクレハの腕をさらにネジ上げた。と同時にクレハは苦悶のうめき声を上げた。
だが、ヒューゴの足は止まらない。
(・・そんな・・・。私、タカサゴの人質にもならないの?)
助けを求めて伸ばされていた手が、ゆっくりと下がっていった。
(やっぱり彼と私は、ただ斜向かいに住んでいるだけの関係なんだ・・・)
せめて「止めろ」のひと言くらいは言って欲しかった。
痛み以上に切なさに涙が滲み出てきた。
「お、お前、解っているのか?それ以上近づくと、この女がどうなっても知らないぞ!」
その言葉にヒューゴの足が止まった。
「そこなんだが、お前、スズキをどうするつもりなんだ?」
「あ???」
「その何だ。両手が塞がっているのに、何をどうやって、何をどうするのか?教えてくれ」
この状況、冷静に考えれば、もはやクレハは人質ではなかった。ただ捕まえられているだけの、男にとって手枷足枷でしかない。
(だからって私のことは放っておくのかよ!あーダリぃ。何とかしてこの汚ねぇ手を振り解かなきゃな)
「まあ、嫌がる女の子に体を密着させている時点で、お前には婦女暴行罪が適用されるわな。要するに痴漢だ。いくらワルで通っているジェット高でも、さすがに痴漢行為だけはかばい切れないだろうよ。カワイソーに、その若さで一生を棒に振ったな」
心にもない憐みの言葉を浴びせられると、男は声を上げてクレハから両手を離した。
と、クレハは男の腹に肘鉄を食らわせ「タカサゴ!―」
殺っちゃって!と叫ぼうとした矢先、ヒューゴは離れた瞬間を見計らって、クレハの手を取り彼女を引き寄せ、そして彼女の後頭部に手を添えると男からかばうように背を向けた。
敵をスカっとするくらいに徹底的にブチのめして欲しかったが、これはこれで幸せ気分を味わえたので、今回は良しとしよう。
その時、真横から白い衣装をまとった少女が逃げるジェットの男に「とぉーッ!!」掛け声と共にとび蹴り、もとい!両足を揃えてのフライングソバットをお見舞いしている姿が目に映った。
ドスンッ!
男はのけ反るように倒れ込み、一方の少女は顔からアスファルト地面へと落下。
「ココミーッ!!」
自動販売機の裏から、髪をツインテールに結った少女が飛び出してきた。
「大丈夫??」「オイ、大丈夫か?」
クレハとヒューゴも倒れている少女の元へと寄った。
「・・大丈夫です」
少女はムックリ上半身をもたげると、笑顔でヒューゴたちに答えた。が、その両方の鼻の穴から、とめどなく鼻血が流れ出ていた。
ジェット高の連中の姿はもう無い。そして、彼らは二度と自分たちからヒューゴの前に姿を現さないだろう。
それに加えて仲間に報告などできようか。“お嬢様学校”で知られる天馬学府の生徒ひとりに、完膚無きまでに叩きのめされましたなどと口が裂けても言えまい。
彼らはきっと、天馬ではない、他の学校(当然ワルで有名な)の生徒、しかも集団にヤラれたと虚偽の報告をして見当外れの“お礼参り”を仕掛ける。
それで、この件はひとまず収まりを見せる…事だろう。
「申し訳ありません。こんな姿でお話して」
仰向けに寝かされ、両方の鼻の穴にティッシュを詰めた状態の鼻声で、ココミはクレハとヒューゴに語りかけてきた。
しかし、鼻血止めのティッシュは、まるで吸い上げるように、みるみる血の赤で染まっていった。
「ホンマ、アホやなあ。飛び蹴り食らわすんやったら、受け身ぐらい取らな」
膝枕では頭が高いようなので、ルーティは大きな本をココミの頭の下に敷いた。
そして、またティッシュを詰め直した。だが、またすぐに血の赤に染まる。
「ったく・・ナンボやってもキリが無いわ」とココミの耳元へと顔を寄せて「ここは一発、ウチの治癒魔法で治したるわ。ええな」
と、今度はクレハたちの方へ向き。
「アンタら、しばらく向こう向いといてくれへんか」
言われたので、ヒューゴはクレハの手を引いて二人から距離を取った。
「スズキ、今お金いくら持ってる?」
「今日はお弁当持ってきてないから、学食のつもりで千五百円かな」
部活が終われば、どこにも寄らずに真っ直ぐ帰宅する予定なので、今日はあまり持ち合わせは無い。
「金額的にはギリセーフといったところか・・。じゃあ、それをあの子に“お礼の気持ち”として渡してこい」
「えっ?全部?それはちょっと・・」
「心配するな。今日は俺がおごってやる。いいな?」
じゃあと仕方なくクレハは手持ちのお金をティッシュに包んだ。
一方。
「あのぉ、お手柔らかに頼みますゥ」
「ウチの魔法は“ブッ叩いて傷を治す”やし、少々痛いのはガマンしぃや」
「ひゃんっ!!」
ココミの小さな悲鳴にクレハたちが振り向いた。
「見せモンちゃうんじゃ!向こう向いとけ言うたやろッ!ボケ共がぁ!」
すごい剣幕でルーティに怒鳴られてしまった。二人は渋々再び背を向けた。
そして5秒も経たないうちに背後から、「お待たせしました」とココミの声。
振り向くと、ルーティを従えたココミが目の前に立っていた。
(あれっ!?鼻血がもう止まってる???どうして???)
驚く二人にココミが微笑んだ。
「???もう大丈夫なの?」「立って平気なのか?」
ふたりの問い掛けにココミはニッコリと微笑んだ。
ケガの程度が浅かったようで安心・安心。クレハたちも笑みを返した。
「あ、あのー。さっきは助けてくれてありがとう・・ございます!」
頭を下げると共に両手を前に伸ばして、クレハはきれいに折り畳まれたティッシュを差し出した。
「い、いえ。もう出血は治まっていますから」
「そうじゃなくて、助けてもらったお礼です。ほんの少しだけど」
意味を察したココミは両手でクレハの手を押し戻し「そんなつもりは、毛頭ありません」
「で、でも…」
すでに勝負は着いていたとはいえ、結果的に助けてもらったことに変わりはない。何が何でも受け取ってもらわないと困る。
ココミの口が動いた。
「あのぉ、そちらの男性に、ひとつお願いがあるのですが…」
??―ッ!?
その言葉を耳にするなりクレハはヒューゴを見やった。と、ヒューゴもクレハに目線を送っていた。何だか悪い予感!!そして。
アイコンタクト成立!!
「あ、もうこんな時間だ。急がないと遅刻しちゃう」
頭を上げるなり素早く腕時計を見やってクレハが言った。
「え、もう、そんな時間?」セリフ棒読みでヒューゴが答え。「ごめんなさい。お話はまた今度聞きますから。じゃあ、またー」
言って、ココミに“お礼の気持ち”を無理やり握らせると、いきなり全速力で走り出した。
「あっ、待って下さい!!」「コルゥァー、待てやぁッ!!」
ルーティが巻舌で呼び止めるも、ふたりは振り向きもせず。そして2ブロック先の角を左折した。
「そやから言うたやろ。あないな恩知らずな連中に恩売ろう思うこと自体無駄やったんや」
ムカっ腹立てながら後方のココミへと向き直った。
「どうしたん?」
「彼らを追いましょう」
「はぁ?何言うてんデス?あいつらが何処へ逃げたか分からへんのに!!」
ココミはルーティに微笑むと、「あの人たちに案内してもらいましょう」
視線の先には、交差点で待つ、2輪の自転車が。その二人は、共にクレハたちと同じ制服をまとっている。
交差点の信号が青に変わった―。
今日はバスケット部男女共に早朝練習の無い日なので、御手洗・虎美と達郎姉弟はいつもより遅くに登校していた。
が、いつもと勝手が違い、信号のタイミングが合わず、ことごとく赤信号に引っ掛かっていた。
また赤信号に引っ掛かった。「またぁ?」
もう、うんざりとトラミはタツローに向いて「渡っちゃおっか」
でも、ここは片側2車線の4車線。それは自殺行為だとタツローは首を横に振った。
と、一台の黒い外国車が、二人の横に信号待ちの停車をした。
「あれ、もしかして御陵・御伽じゃない?」トラミが小声でタツローに訊ねた。
朝の陽射しが眩しさに目をくらませながら、オトギは初夏の風に触れようとウィンドウをほんの少しだけ開けた。が、車はすぐに赤信号に引っ掛かり停車した。
自分と同じ制服を着た自転車登校している男女が、同じく信号待ちをしている。
女子生徒がこちらをチラリと見て、そして男子生徒に何か耳打ちしている。
また、いつもの“お嬢様”話に花を咲かせているのかしら?。
オトギは勝手に人の“育ちを羨ましがっておけばいい”と二人の方へ顔はおろか目線すら逸らした。
「彼女、さすが御陵財閥のお嬢様だよねぇ。いきなり弓道部のエースだヨ」
女子生徒の話し声が耳に入ってきた。と、やはりいつもの事だと溜め息を漏らした。
学業優秀、スポーツ万能、その上芸術事でも見事に結果を出して見せている。
両親や姉たちは、それが出来て当前だと言う。人が誰でもぶち当たる挫折という壁が、御陵家の人間には存在しないと言わんばかりだ。
どんなに頑張っても、「頑張ったね」と声を掛けてくれるのは祖父だけ…。
決して人に褒められたい訳ではない。
弓道部のエースになれたのも、元エースの鈴木くれはが、がむしゃらに頑張る姿を見せてくれたおかげなのに、周りの者たちは、“さすが天才は違う!”と評するだけ。
「でも、思うんだ。人よりスゴイ人って、きっと人よりもっともっとたくさん努力しているから、スゴイ人になれたんだと思うよ」
「だったら、タツローもレギュラー目指して頑張らなきゃね」
「―ッ!!!」
男子生徒の思わぬ言葉に、オトギの視線は彼らに向けられた。
「あっ!」
女子生徒は、オトギの視線に気づくと“タツロー”の陰に隠れた。と、信号が青へと変わり、オトギを乗せた車が発進した。
ウィンドウから入り込んできた風が、オトギの髪を優しく撫でてゆく。
「・・タツロー…」思わず小さく呟いた。
「何かおっしゃいましたか?お嬢様」バックミラーに映るオトギと視線を合わせ・・。
「いえ、何でもないわ」
オトギの中に新しい風が吹いた。
だいたい1ヶ月に1話くらいのペースで投稿してゆくつもりです。(2018年2月時点)
「早よ戦え」の通り、なかなか戦闘シーンに移行しませんが、よろしくお願いします。