VS『姿なき怪物』(ノーカラー) 中編 影の変化
結果は分かっていた。だが、経過は分からなかった。その、経過の神々しさ。目の前にそびえる氷の柱。光の屈折による七色の光彩。芸術の比ではない。誰が見ても一目でわかる。その手の人が見ても一目でわかる。その煌びやかな、冷酷な氷柱は自然のものではない。だからと言って、人工のものでもない。・・・かな?
さぞかし、その目には印象強く映っただろう。この氷柱は―――――――この世界のものではないのだから。
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わっちは今、怒っている。ものすごくじゃ。激オコじゃ。ぷんぷんじゃ。何に怒ってるかって?決まっておろう、わっちの不甲斐なさじゃ。
「すまんのぉ~。ちいっとばかし、八つ当たりじゃ。」
もともといえば、わっちが遊び過ぎた所為じゃ。真面目にやれば、一時間もかからなかったろうに。そうすれば、誰も傷つかなかった。巻き込まなかった。
だが、後悔はしておらん。いや、後悔しろよっ!!っていう声が聞こえそうじゃが、本気を出しちゃつまらんのじゃ。本気出したら、この島、沈んちゃうのじゃ。いや、比喩じゃないのじゃ。きっと。
「よし、いくのじゃ。」
そう言い、白ぎつねは大地を揺らした。無論、比喩だ。一直線に、一筋の白矢が、影を打ち抜いた。音などなく、重力斥力なんのその、空気抵抗美味しいの?
穿ち、放たれ、貫き、白き線が、『姿なき怪物』を仕留めた。
――――――――――はずだった―――――――――――
「あ・・・はずれたのじゃ。」
さも当然そうに、白ぎつねは呟いた。そう言えば白ぎつねは見えないはずだ。
影は動いた、蠢いた。逃げても無駄。ならば、一矢報いるのみ。あの、白い奴を仕留めれば自由だ。そう、影は確信した。思い立ったが吉日。ラストチャンス。一か八か。一攫千金。あの邪魔な奴さえいなければ――――――――
――――――――殺り放題――――――
「橙冶、目は任せたのじゃ。」
白ぎつねはまるで家の中にいるかのように目を瞑った。安心と信頼、その信用を一身に受け、少年は影を捉える。
「白ぎつね、161度、右78メートル。高さ382センチ。」
その目は距離を正確に捉えた。白ぎつねはそれに合わせ、尻尾を振るだけ。見事、八尾の尻尾が当たり、爽快な音がした。
「次、8秒後、上368センチ」
時間までも捉えるその目。
白ぎつねの上空を通り、橙冶を狙いに来た影をフルスイングで吹き飛ばす。さよなら逆転ホームランも名前負けするぐらいの痛快さ。晴天の下ではないことを悔いるのみであった。
白ぎつねは狙っていない。狙っているのは後ろの少年、冷たい女性を支えている橙冶だ。
当然、影も移動する。避ける。躱そうとする。
「奥へ――――貫けっ!」
風を供に、音を唸らせ、距離を惑わし、論理を打ちのめした。
暗闇から九片の花弁が咲いた。初めて万華鏡を覗いた時の様な放心感。
だが、それで終わりではない。花弁は廻る。そして――――散る。
影は、自分に咲いた花を拝むこと叶わずに散った。自業自得、この言葉を言い当てるには可憐すぎる最期であった。
「さあ、そろそろ・・・ええと・・・麗子?さんの手当をしないとのぉ~。」
白ぎつねは橙冶達の方へゆっくりと歩いて行った。そして、
「さて、容態はどうじゃ?無事か?」白ぎつねは心配そうにうかがった。
「ああ、なんとか、大丈夫そうだ。“生きてはいる。”」
そう、心配そうに橙冶は呟いた。
冷たくなった九条麗子を腕に抱えて。
ひとときの安心も束の間、何かが動いた、蠢いた。
「しぶといのぉ~。さて、また相手をしてやるかのぉ~。」
そう、飽きれたように言い放った。がすぐに警戒する。おかしい。確かに穿いたはず。そして何より、あの姿はなんじゃ。
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影は息絶えた。後悔と未練を残し。考えていた。なぜ負けたのか。
1、白い奴が自分より強かった。
2、後ろのエサが自分を見ていた事。
3、自分の力不足。
なぜだ、なぜだ、なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜだだだだ?だだ!!だっ?だだ!!だ。
自分が死ななきゃいけない。ただ、蹂躙したいだけなのに。なぜ自分が。理不尽だ。残酷だ。不平等だ。世界は自分の蹂躙の為にあるべきだろう。痛い。痛い。いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいいたたたいいいいい。なんでこんな目に。悪いのはあいつらだ。エサの分際で反抗するから。くそっくそっくそっ。悪いのはあっちだろう。自分はずっといい子に蹂躙していただけじゃないか。狂ってる。おかしい。くずがっ。くずぐちゃにかき混ぜてやる。一寸ずつ、指先から切り落としてやる。潰してやる。太腿から血を一滴残らず啜ってやる。頭と体だけになった姿を朝日に照らして、見世物にしてやる。泣きじゃくる顔を舐め回してやる。目を開かせ、瞳孔から少しずつ突き刺してやる。一生、一生、手元で遊んでやる。ずっと、ずうぅぅっと、愛してあげるのに――――――――
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影は学んだ。自分じゃ勝てない。なら――――あいつになればいい。
その姿は黒い人型。ただ、異様なことは、頭であろう場所に二つのケモノの耳と一本の形容し難き尻尾だけであった。身長も150~60位だ。これこそ可憐と言ってもいいだろう。
真似たのだ。自分が絶対に勝てない相手を。
自我などない。本能と欲望のままの存在となったのだ。目に映るモノを破壊しつくす化け物となったのだ。
「白ぎつね・・・やばいぞ。かなり」と、橙冶が少し強張ったこえで言ったのを、「わかっとる。」と白ぎつねが緊張した趣でいた。
「橙冶、また援護を頼むのじゃ。」
「あいよ。」
それだけの間に影の少女は白い少女の目の前にいた。
ここからは反射速度の戦闘だ。白ぎつねの九尾で影の少女の一尾を受け止める。文字で表せば白ぎつねの優勢だが、そうではない。白ぎつねは影の少女が見えないのだから。紙一重で影の少女の尻尾を防ぐ。防戦一方。反撃に移ろうとも、姿が見えない。気配はするが姿が見えない。じりじりと押されていく。
橙冶は、焦っていた。ちゃんと目に捉えられるが、言葉にする暇がない。すると、「橙冶さん、落ち着いてリラックスしてください。鵜野江さんからです。――――今を見るのではなく先を見ろ。だそうです。」と、壱環さんから【テレパシー】が届いた。
今を見るのではなく先を見ろ。未来を見ろ。先を読め。一瞬の隙も逃すなっっっ!!
「後ろだァァァァッッ!!」
吠えろ、吼えろ、咆えろ!みっともなくたっていい!みてくれなんて気にするな!一瞬でも速く、早く伝えろ!
白銀に輝く九つの尻尾を後ろへ伸ばした。それを影の少女は一つの尻尾で受け止めた。だが力量の差は一目瞭然。白ぎつねの優勢にやっと持ち込めた。
「みぎっ!うしろっ!ひだりっ!うえだっっ!」
面白いように尻尾が当たる。吸い込まれるように尻尾の連打。紙一重の防戦。橙冶が叫んだ方に影がいる。9対1と言っても過言ではない。相手はいくら強くったって、尻尾使いなら白ぎつねに敵うものはいない。
先に動いたのは影の少女の方だった。
影の少女は真上に飛び上がって、闇夜に紛れていった。
これは、橙冶も白ぎつねも予想だにしていなかった。
「みなさん!!『姿なき怪物』は南に行きました!多分広い場所にいるでしょう!ええと――――」
学校の校庭。そう、壱環の話から感じ取った。
「白ぎつねっ!いくぞっ!きっと学校の校庭だっ!」
「麗子さんはどうするのじゃ?」
至極まっとうな返しを白ぎつねはした。だが、橙冶は確信していた。
「大丈夫だ。ぱっぱっと終わらしてくればいいだけだ。」
橙冶は、冷たい麗子を塀に寄りかけ、自転車にまたがった。
白ぎつねは不安そうに後ろを振り向き、そのまま自転車を加速させた。
調子が付いてきましたよ~♪