第5章 体育祭前日
第5章 体育祭前日
夢を見た日から4日が経過した。
あの夢を見てから、不思議と何かが足りないモヤモヤ感があった。それは、何なのかが今はわからない。もしかしたら、あれが俺のヒントだったのかもしれない。それ以降は特に夢を見ることはなく、学校でも至って平和なものだ。
体育祭を明日に控えたクラス内の雰囲気は少し過剰な熱に侵されているようだった。
「とうとう明日だな」
「あぁ、俺はこの日を待ち望んでいた」
何故そんなにもやる気なのかわからない。体育祭って確かに楽しみな部分はあったけど、俺の中じゃ授業が無くて良かったー的なものだ。
「なぁ、なんでそんなにやる気満々なの?」
「知らないのか?」
「お前…去年あんなに燃えてたじゃん!」
「な、なにが??」
「体育祭で優勝すると商品券1万円分貰えるんだぞ!クラス全員に」
「しかもだ!1日休みが付いてくる特典付きだ。俺はその日に向けて予定を既に入れておいた」
ま、まじか…中学生でそんな特典付きの体育祭なんて聞いたことがない。ましてや、俺にそんな思い出なんかあったか!?
「だから、各クラスやる気満々なんだよ」
「おい、見ろよ。角田の奴明日に向けてスクワットしてるぞ」
「それは張り切り過ぎだろ!」
そういえば角田って確か運動だけ抜群に良い奴だったな。
「まぁ、このクラスは運動に関しては良いメンバーが揃ってると思うよ」
「そうだな、部活メンバー多いし、足速い奴いるし、たぶん勝つだろこれ」
この五日間でクラス内の人は覚えた。確かに運動が得意な人は多い。そして、反面学力が弱い人が多い気がした。
「ねぇ、明日のハチマキってどこに置いたっけ?」
「うん?あぁ、ハチマキは備品庫に入れておいたよ。明日来た時に渡そうと思ってる。忘れる奴必ずいると思うからさ」
「そっか、じゃあそれは高橋くんに任せるね。あーもう忙しい」
安井も毎日忙しそうに動いている。
「あいつも大変だなー」
「お前も働けって」
二人でワイワイやってる。
今日は授業も午後一で終わり明日の為に各クラスは準備に勤しんでいる。
俺たちは窓辺に座りこんな話しをしているだけだった。
あぁ、日差しが暖かい。
突然クラスの扉が勢いよく開けたられた。
もちろん、全員がそちらに目を向ける。
「学級委員長?」
メガネを掛けた男、名は川辺優一。
クラスの代表である。
「…大変な事になった」
委員長の焦燥した顔を見ると生徒達は尋常ならざる事態が起こった事を感じた。
「な、何があったの?」
一人の女子が話し掛けた。
「体育祭前日の学年クラスの委員会で、明日の打ち合わせがあった。その中で三年のある組が俺達に賭けを申し出てきた」
「ど、どんなの?」
「体育祭でクラス点数が、高い方に5万円賭けないかと…」
5万円…それだけかよ!確かに中学生には高い金額だが、一組30人いるから一人当たりの出費が1666円(余り)程度の金額だ。
安くはない…だけど、お祭りみたいなものだから、盛り上がると言えば盛り上がる。
「なーんだ、そんなもんか、良いじゃんやろうよ!」
「まぁジュース代くらい安いもんだな、それくらいの方が体育祭にやる気が出ていいな」
「どんだけジュース飲むんだよ(笑)」
クラスの内は勝手に盛り上がる。
だが、委員長の様子はどこかおかしい…なんだ?
「…万だ…」
「なんだって?」
「一人5万円だよ!」
再び起こる静寂。
「一人……5万円…」
「そうだ…」
「バカヤロー!たけぇよ!!」
全員が委員長に向かって野次を飛ばす。
「そ、それで賭けは受けたの!?」
「…あぁ」
「なんで!」
「…相手の理由は、先日このクラスで三年の先輩にぶつかり因縁を付けてきた奴が居るそうだ。それで相手はその場で許そうとしたが、こちらが執拗に謝る事を要求して、土下座までさせられたと言っていた」
三年の因縁…先日…もしかして。
「三年は安井の事を言っていた」
全員が見る。彼女一人を…
「待って、話が違う!確かに責めてはいるけど、土下座まで要求してない!!」
「でも、安井あの時すごい声で叫んでたよね」
「そぅそぅ、教室まで聞こえてたもん」
騒めく教室、一人の女子を責め立てるような騒めきを中学生の娘が耐えられるわけも無く、安井は教室を飛び出してしまった。
そこから、数人の女子が追う。それは安井と仲が良かった娘たち。こんな出来事なんて記憶に無い…いや、俺が来たことによって新しく変わったのかもしれない
「よぉ、委員長。安井はそこまで要求したかどうかは分からないけどよ。それを賭けの理由として挙げられて、こっちが賭けを受ける理由にはなってないよな」
佐藤が言う。
「……そうだな。実はこの時、生徒会室には一年二年と先生を除いて、三年と俺だけになっていた」
「つまり?」
「…怖かったんだ」
そりゃあ、そうだ。三年全員と二年生一人の状況は怖くてしょうがないだろう。その状況を想像し皆が黙る。納得は出来ないけど、自分がその状況だったらと 考えたら無理だとわかった。だからと言って先生にそれを告げた所で助かるかどうかわからない。それは向こうでは予想内の事で、今回回避した所でまた違う場面で似たような事が起こるだろう。
「じゃあ、賭けに勝てばいいんだな」
高橋が言う。それも簡単な事のように。
「そうだな、簡単じゃねーか!早い話賭けに勝てば何も言われることは無いし、賞金も手に入る。休みの軍資金が溜まるんだぜみんな!!」
それを聞きクラスの意識が前向きな方へと変わる。
「そうだな…」
「このクラスなら行ける」
「勝てる…勝てるとも!」
「たかが一年先輩なだけで俺たちが負けるはずは無い!!今こそ団結の時だ」
佐藤のこの一声が決め手になった。
「おぉーっ!!」
素直な良いクラスなのかもしれない。
その後は、明日の作戦を練りつつ、戻ってきた安井達に謝罪する者、経緯を話す者などがいた。
俺はと言うと高橋、佐藤と共に明日の作戦会議組に混ざり話しをしていた。
佐藤へ安井から感謝の言葉があったが、佐藤的には
「三年はムカつくし、一人を責めるのは気に入らない」らしい。
それでも、安井に取っては嬉しい事だったようだ。
とりあえずは全員が当初に比べ明日の体育祭に熱が入った。
本当にこのまま勝ちに行けるかもしれない。
帰り道、一人で歩いていた。
夜遅くまで明日の作戦会議をしていた為帰りが遅くなってしまった。
ふと、道路の先を見ると同じクラスの者が歩いていた。
あまり話した事がない奴だった。
軽く挨拶をして通り過ぎろうとした。
「…人生の二週目は楽しいかい?明日勝ちたいなら携帯のアプリを確認してみると良い」
予想外のセリフに相手を見る。
「何の事だ?」
「惚けなくていい。もし、明日勝ちたいなら携帯のアプリを確認しておけ。それがお前に取っては後々役に立つ」
そういうと相手は違う道に去っていった。
薄暗い道路の先に姿が溶け込んでいく。同じクラスメイトだった事が嘘に感じる。中学生にしては雰囲気が大人な感じだった。それも、俺よりだいぶ先の年齢の…
「確か…中西だっけか」
そんな名前だった気がした。何故そんな事をあいつは言ったのか、どこまで知っているのか、胸の中に異様な感覚が湧き出るが、「もし、勝ちたいなら携帯のアプリを使え」その言葉だけは不思議と信用出来た。
「何なんだ…あいつ」