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序章

 その男は、そこで力尽きた。

 敵将の槍が、明確に彼の心臓を貫いた。男もまた、敵将の胸を貫いた。相討ち。

 関東のある大名に仕えていた彼は、文武両道の高潔の士であった。

 彼が最期に見たものは、亡き妻加奈(かな)の面影だった。

「…加奈が、呼んでいる…?」

 意識が遠ざかった。全身の痛みが薄れ、眠りに引き込まれるかのようだった。

 …これが「死」か。

 行き先が地獄なのか、極楽浄土なのかは分からない。もしかすると、一部の者どもが言うように、死後の世界や死者の霊魂などというものは存在しないのかもしれない。

 しかし、このまま消えたくはない。

 現に、意識が完全になくなってはいないではないか?

 闇の中で、彼の意識だけがあった。


「もう一度、あなたと共に生きたい」

 病床の加奈は、臨終の際にそう言い残した。彼は彼女の小さな手を握りしめ、声もなく涙を流した。それ以来、彼は一度も泣いていない。

 もう、涙など出ない。ましてや、今の自分は死者なのだから。

 しかし、彼は疑問に思う。死者の知覚?

 彼は、古の伍子胥ご ししょ蘇秦そ しんを思い出した。子胥は自分を裏切った主君を呪い、「我が眼を城門に掲げよ。この眼でこの国の末路を見届けてやる」と言い残した。

 それに対して蘇秦は、自らの敵を主君にあぶり出させるために「私の死体を車裂きにしてください。しょせん、死者に知覚などありませんから」と言い残した。


 ふと、目の前が明るくなった。そこに一人の老人が立っていた。しかし、その長身で体格の良い老人は腰が曲がっておらず、並みの若者以上の精気があった。

 ヒゲも髪も眉も総白髪だが、実に堂々とした偉丈夫だ。

秀虎ひでとらよ」

 彼…秀虎は、見知らぬ老人から名を呼ばれて驚いた。

「貴公は…?」

「私はいくつかの名前で呼ばれているが、信じられまい?」

 温和な笑顔に、鋭い知性を宿す眼差し。これはただ者ではない。

「我が名は呂尚りょ しょう、字は子牙しが。世間では太公望などと呼ばれておるが、今の私は神々の使者という役割でな」

 秀虎は驚愕した。もしこの老人が本当に周王朝の功臣・太公望呂尚ならば、やはりここは死後の世界なのだろうか?

「どうだね、もう一度『生き直して』みないかね?」

 呂尚と名乗る堂々とした老紳士は微笑んだ。

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