1話:夏休みだ!
「えー…ここがこうなると、グラフはこのような形になるわけで…。」
4時間目、授業終了5分前。既に先生の話を聞いている生徒は数少なく、みなそわそわとチャイムが鳴るのを待っている。
「……早く終われよ……ってか、空気読めよクソジジイ…。」
後ろの方から友人の不穏な発言が聞こえるが、みんな同じ気持ちなのだろう。誰も好き好んで夏休み前に授業なんか受けたくないはずだ。
「えー…それでは1学期の授業はこれで終わりとなります。先日配布したプリントを夏休みのうちにしっかりやっておいてください。二学期の始めにはテストをします。……それでは終わりにします。」
「起立、礼。」
授業が終わり教室は一気に解放的な空気に変わった。まぁ、明日から夏休みと考えれば当然のことだろう。
「いやー、やっと地獄の数学が終わったぜ。…どうした黎時?変な顔になってるぞ。」
「お前に変な顔って言われたくないよ、遊馬。相変わらず元気がいいな。」
オレの名前は鈴村黎時で、N県、私立M高校の二年生である。ちなみに、オレに話し掛けている友人は長谷川遊馬である。
「元気だけが取り柄だからな。それより食堂行こうぜ。ジュースくらいならおごってやるよ。」
遊馬は考えがすぐに体に出るタイプで、とてもそわそわしている。
「落ち着けよ。いくら夏休みになったからって浮かれ過ぎだぞ。でも食堂っていうアイディアは悪くないな。」
「よーし。全は急げだ。」
遊馬は机のかばんを掴んで歩きだそうとしたがそれをオレは止めた。
「なんだよ。」
「お前、掃除は?」
「……………。」
遊馬はこっちを振り向いたままの体制で固まった。
「まったく…。1学期最後の掃除くらいきちんとしろよ。」
「え〜。だってめんどくさいじゃん。」
遊馬は頭の後ろで腕をくみ口を尖らせてブーブー言っている。
「お前が面倒くさがらない事なんて、遊ぶことか食うことしかないじゃないか。ほら、オレも机運ぶの手伝ってやるから掃除しろよ。」
遊馬はまだブーブー言っていたが、ロッカーからほうきを持ってきて渋々掃除を始めた。
それにしても暑い。朝から開け放たれている窓からは蒸し暑い空気しか入ってこないし、さっきまでこの教室に30人以上の生徒がすし詰めになっていたのである。Yシャツの下に着ているTシャツはすでに汗を吸って湿っていた。
「鈴村君、ありがとう。」
「え?」
そんな暑い中、遊馬の掃除を手伝って机を運んでいると後ろから誰かに礼を言われた。机を置いて振り返ってみるとクラス委員長の長瀬が立っていた。
「長谷川君っていっつも掃除サボってどっかいっちゃうんだもの。私が何度注意してもまったく聞かないし。さすが鈴村君だね。」
委員長はとても感心したように尊敬の眼差しを一直線に向けてくる。何とも気恥ずかしいものである。
「そんな礼を言われることはしてないよ。ほら、ちりとり。遊馬が掃き終わったみたいだしとっとと掃除終わらせよう。」
黎時は自分の近くに置いてあったちりとりを委員長に渡した。委員長は『うん』と言って渡されたちりとりを受け取ると遊馬のほうに駆けていった。何だか彼女を見てるととても微笑ましくなるのは俺だけだろうか。
「さて、俺も仕事を終わらせるかな。」