【2ー1】
【2ー1】
黛が着任手続きを終えると、保谷から転送されてきた資料はとある児童養護施設の詳細であった。
それに添付されていたのは短い指令書だけだった。それを一文字も違えず読み上げてみる。
「この養護施設を洗え、と言われてもね」
それ以外は何も書いていない。どういった狙いかも分からない。
保谷に聞きに行こうかと黛は席を立ち上がる。そこで声をかけられた。
「清瀬黛警部補どのー」
黛に声をかけたのはおそらくまだ十代の少女だった。舌っ足らずの気の抜けた声と派手なメイク。着崩した高校の制服。どこからどこまでも、この公安部の中では浮いていた。
「どちらさまなのかしら」
「富士見 舞でぇーす。清瀬黛警部補どのーの補佐として命を受けましたぁ」
これが。これがか。
どこからどう見ても調子に乗ったこの女子高生が補佐だというのか。
「本当にあなたが? その富士見舞さんが?」
「そうですよぉー」
「ごめんなさい、ちょっと目眩が」
「マジっすか。清瀬黛警部補どのー低血圧な感じっすか」
「いいえ、違うわ。富士見舞さんみたいな子が公安に居ることがちょっと理解出来ないのよ」
「六課は実力主義なんですよー」
「まぁいいわ。保谷鴇信さんも考えあってのことでしょうし」
「そりゃぁ魔法使い相手にするわけだし、ウチみたいな魔法使い連れてた方がチョー安心じゃないすか」
さらっと、舞は言い放った。本当に魔法が存在するとでも言うのだろうか。周りが当たり前のように魔法の存在を肯定していることが、何か質の悪い冗談で騙そうとしているのではないかと黛は勘ぐってしまう。
「……それは心強いわね。それで、この中村橋児童養護施設というのは何か分かるかしら」
「清瀬黛警部補どのーと一緒にそこに探り入れに行けって」
「さっきから気になっていたのだけれど、その呼び方は止めてもらえるかしら」
悪気があるのか知らないがその間の抜けた呼び方は非常に癪に障った。
「えぇー、じゃあなんて呼ぶんっすかー」
「何でも良いけど階級をつけるのは止めてくれるかしら」
公安部の通例がよく分からない。
黛は手荷物を纏めると、席を立つ。公安六課のオフィスを出て行くと、舞が追いかけてきた。
「どこ行く感じっすか
「中村橋児童養護よ。あなたから話を聞くのは移動しながらでも出来るもの」
「仕事早いっすねー、黛『先輩』」
呼び方などどうでも良いことであったが、何でも良いと言ったのは失敗だったのかもしれない。この関係は先輩で良いのだろうか。
この富士見舞という少女の経歴も実力も分からない。まず第一に魔法使いという存在も怪しげなものであるし、そう名乗る女子高生を仕事で連れて歩けという指示も理解できない。
まぁ少なくともそのうち分かるだろうと楽天的に黛は思った。
助手席に舞を乗せると黛は車を出した。カーナビの画面に視線をやりながら、黛は舞に話を振る。
「この中村橋児童養護施設には何があるのかしら? 公安部員をわざわざ向かわせるってことは何かあるってことでしょう?」
「あー、なんか経営してる人がぁ怪しいらしいんっすよ、いやマジで」
「怪しい?」
「どうも革新派と繋がりがあるっぽいんすよねぇ」
革新派という単語に聞き覚えがなく、黛は聞き返す。
「革新派って何かしら?」
「魔法使いのグループっすよー。たまにテロってたり」
「テログループってことで良いのかしら。私の前の職場でも聞いたこともないのだけれど」
警視庁特殊部隊に居た頃に対応した覚えもない。着任期間はそれほどでもなかったが、日本国内の反政府組織の名前くらいは聞いていても良いはずだった。
「魔法は秘匿情報なカンジなんでー」
「魔法ねぇ。やっぱり信じられないわ。そんなものが実在してそれを専門に追いかけてる組織が公安にあるなんて」
「そのうち見れますって。ウチみたいな魔法使いがついてるしぃ」
「魔法使いというけど実際にはどんなことが出来るのかしら。魔法が使えるわけでしょう?」
「ウチはそんな大したこと出来ないんっすよねぇ」
連れていればチョー安心なのではなかったのか。
手鏡で前髪を一生懸命弄る舞の姿を見ながら黛は不穏な心中を宥めた。
こうして見るとやはりただの女子高生にしか見えない。若さに委せて世の中の全てを舐めてかかっているありきたりな10代にしか見えない。
自分がしっかりしなくては、と黛はハンドルを握り直した。
「魔法使い『の』護衛なのか、魔法使い『の』護衛なのか」
「なんすかそれ、マジ意味不ー」
「言葉遊びみたいなものよ」