【2章・冷たい部屋】
【2章・冷たい部屋】
保谷鴇信という男は時間丁度に訪れた。清瀬 黛の待たされていた部屋は応接間と呼ぶにはひどく殺風景なものであったが、清瀬が保谷から受ける印象はその部屋そのものだった。
見た目からは何の情報も読み取れない。所謂普通の中年男性というよりほかはなかった。
「お待たせしてすいませんね、昼のうどんが妙に熱くてね。ワタクシ猫舌なもんでね」
「いえ……大丈夫です」
「公安六課の保谷です」
「清瀬黛です」
黛の正面のソファに保谷は腰を下ろした。重みで沈み込む音が収まって保谷は話を始めた。
「清瀬さん、前は警視庁特殊部隊に居たんですよね。それでね今度は六課に来ていただいた訳ですね」
「はい。その……公安部からお呼びがかかるとは思ってもいませんでした」
「いやね、なかなか人材不足でね」
黛が警視庁特殊部隊から畑違いの公安部に急な異動となったのは一週間前のことであった。煙たがられているのは分かっていたがこうも露骨なものかと黛は嘆息を吐く。
「とりあえずね、公安六課についてお話ししましょうかね。なにをして貰うかも含めてね」
公安六課。公安部の中でも一際ただならぬ雰囲気を放つのがここ公安部公安第六課。設立間もない新しい部署であり妙な噂ばかり聞くがその権限たるもの凄まじいものであった。先日起きた小金井市での殺人事件では犯人が銃火器の類を所有して逃亡したと思われるにも関わらず畑違いの公安六課が全て捜査権限を握ってしまったという。
まず第一に公安六課が何を対象として動いているのかも分からなかった。公安が大っぴらな活動をするはずもないのだが、六課はまた別格だった。
そんな場所に呼ばれたのだ。黛の警戒心は最大値であった。
「ここからお話しする内容はね、当然外部へ漏れることはね、あってはならないものですのでね。そこのところはまぁ大丈夫かと思いますがね、一応念押しで」
「はぁ、心得ております」
「下手したらね、消されちゃうこともあるからね、身内にね」
保谷は言葉の内容とは似付かわしくない穏やかな口調で言う。
「清瀬さん。『超自然現象』ってのをね、知ってますかね」
本題が来た。
公安部公安第六課超自然現象及び事件特別対策係。通称六課と呼ばれるここの正式名称であった。超自然現象。現状の自然科学では解明できないもの全般を指す言葉である。超能力や霊現象、未確認生物まで科学で説明がつかないもの全てをそう呼ぶ。
そんなもの専門に取り扱う部署を公安が所有していること自体が六課に対する疑念の原因となっていた。
「超能力とかUFOとかそういうものですよね……?」
そしてそんな場所に異動させられたのは、やはりどう考えても厄介払いでしかなかった。
若い女性が入ってきてコーヒーを置いていった。その女性が出て行くと保谷は話を再開する。
「そうですね。よく超能力者来日とかねテレビでやっていますよね。ワタクシが子供の時なんかはね、ユリゲラーがこうスプーンを曲げたりしてね」
保谷がコーヒーカップに添えられていたティースプーンを手に取ると軽々と曲げて見せた。
「こんな風にね」
「お、お上手ですね」
「これね、曲がるスプーンなんですよね実は。東急ハンズでね買えますから。まぁ大抵のは何かしらのトリックでね、説明がつくものなんですね」
保谷が曲げたスプーンを簡単に元に戻すとそのままコーヒーをかき混ぜ始めた。
「けれどもトリックでは説明がね、ツかないものもあるわけですね。そういったトリックではない超能力者の人たちの能力はね、科学的にはね、こう呼ぶわけです」
「超能力ではないのですか」
「魔法とね」
より非科学的な言葉ではないかと黛は思った。表情を察してか無視してかは分からないが保谷は口を挟ませず話を続ける。
「脳波による空間エネルギー干渉、これをねワタクシ達は魔法と呼んでいるんですね」
「はぁ……」
「空間中には通称魔力と呼ばれるね、特殊なエネルギーがね、待機状態で無数に存在しているんですね。それを基点にある一定の周波数の脳波を持つ人間がね、介入することで莫大なエネルギーを得る事が出来るんですね。これを魔法と言うわけですね」
「そんな非科学的な」
「いいえ、科学です。全て魔法でね、説明できるわけですね」
保谷はそう言い切った。あまりにも馬鹿げた話であった。しかし、公安六課の意味というものも朧気ながら見えてきた。
少なくとも今までの日常生活の中で、魔法なんてものを目にしたことはない。そんなものがあるなどニュースになったこともない。
「清瀬さん」
「はい」
「あなたのお仕事はですね、悪い魔法使いを取り締まることなんですね」
公安六課は魔法を利用した犯罪を専門に取り締まる部署なのだと。