【1ー3】
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落ちていく。ただ真っ直ぐに落ちていくのが分かる。千果はその視界をこじ開ける。葵の姿が見えた。重力に引かれ落ちていく自分の身体を止める術など千果には知るわけもなかった。
「ちぃちゃん!」
葵が落下していく千果を追いかけて真っ直ぐに跳ぶ。
こっちへ向かって必死に手を伸ばす葵へ手を伸ばそうとする。落下の勢いに引かれ手を伸ばそうとしても力が入らない。耳元で風を裂く音が脳を満たす。千果が伸ばす手は虚空を掴み指先は風を切るだけだった。
「ちぃちゃん、手を!」
葵と指先が触れそうになった。
その瞬間、葵の姿は散った。千果の視界に鮮血が散った。
由梨乃が鎌の柄頭から撃ち出した一線の閃光が葵の身を貫いてその刹那に葵の身体はタガの外れたバネのようにそれを屈曲させた。赤が花びらの様に宙に溢れ出し葵の表情は苦痛で歪む。
力なく落下を始めた葵の姿に千果は必死に手を伸ばす。しかし伸ばした手と彼女までの距離は縮まることなく、むしろ曖昧と変わる。
どこかでこの感覚を覚えたことがある。その記憶を覚えてる。何処と何時が灰色のままその光景がぼんやりと千果の脳裏に浮かぶ。
その時も葵が、……どうしていたんだっけ。
そう葵が。
死んでしまいそうで。
そんなのは。
「嫌だ!」
千果のその叫びに何かが反応した。目の前の空間が声による振動で大きく揺らぐ。揺らぎが光を乱反射させる。目の前の色が変わる。細かな光の粒子が立ち昇り互いに近付き合いもつれ縦に延びていく。光の粒子は徐々に回転し一纏まりになっていく。それに誘われるように手を伸ばす。粒子に近付けた指の先に温かい温度を感じる。光の粒子は段々と結合し何かの形へと変わっていく。
それに誘われて千果はそこに手を伸ばした。指先に確かな感触があって、思いっきり掴み取る。
鍵だった。
金色の鍵。
徐々に発光が収まりその輪郭がはっきりと映し出される。スケルトンキーによく似た形状をしていた。柄は千果の手にしっかりと馴染む太さで全長は千果の背ほどあった。柄の先は三つの平坦な合い形が付いており鍵と呼ぶべき要素を備えていた。柄の頭は横に押しつぶした楕円状で四つ葉のクローバーを形どったように部分々が湾曲していた。
しっかりとした重量感があったが、重さからして純金ではなさそうだった。
握った鍵が千果の感情に呼応した様に見えた。
「私……君のこと知ってる」
千果が鍵を両手で受け取った瞬間に世界が揺れた。轟と轟音が轟いた。鍵を中心に衝撃波が広がる。それを追いかけるようにして疾風が吹き荒ぶ。その勢いに身体が吹き飛ばされそうになる。周囲に衝撃波と疾風が広がり、そして静寂へと変わった。
その鍵はその中心に居ながらも何の変わりも見せず、ただ静かに佇んでいた。
「鍵……?」
鍵の柄が千果の手のひらにまるで最初からそこにあったかのように、収まった。