Lesson 8
「みんな集まってくれるかな?」
そんな生徒会長の声が響いて、生徒たちの視線が一気に生徒会長へと集中する。
「知ってる人もいると思うけど、これから新入生にはこのスクール恒例の自己紹介をおこなってもらう。だから、とりあえず準備してもらえるかな」
((自己紹介に準備?))
自己紹介の内容でも考えろと言うのだろうか。
そんなことを思って、瑠那も龍も首を傾げる。
するとそんな2人の疑問を代弁するかのように、一人の新入生の男子が口を開いた。
「あの、準備っていったい・・・?」
「ああ、とりあえずは踊れる準備をしてくれってこと」
生徒会長のそんな答えが返る。
その答えによって疑問が全て解消されてはいない。
だが、とりあえず今やるべきことはわかったので、質問をした少年も、瑠那も龍も、それから他の生徒たちも、皆一様に準備を始めた。
「いよいよね、楽しみにしてるわ」
結香とすれ違うときにかけられた言葉。
瑠那はどんどんとわけがわからなくなる。
何がなんだかわからないながらも、瑠那はとりあえず言われた通りいつでも踊れるように一通りの準備を済ませた。
「じゃあ、そろそろ始めようか」
全員がしっかりと準備を終え、いつでも踊れる状態になった頃、生徒会長のそんな声が響く。
「さて、じゃあ誰からにしようか」
そうして生徒会長はきょろきょろと辺りを見渡す。
最初の人間は見本にもなるように、恒例の自己紹介を経験しているだろう中等科から上がった生徒にしよう、そんなことを考えながら。
しかし、そこで不意に今まで沈黙を守っていた花音が行動を起こした。
スッとある方角を指差し、花音は口を開く。
「じゃあ、あなたから」
そう言って指を差された先に居たのは瑠那で、周囲の視線が瑠那へと集中する。
そして同時に瑠那と生徒会長から驚きの声があがった。
「え?私!?」
「そう、あなたよ、望月瑠那さん」
「ちょ、花音さん、待った!彼女ははじめてだから、他の人から・・・」
瑠那の問いに、花音はふんわりとした笑みを浮かべて肯定を示す。
すると生徒会長は、慌てて制止の声をあげた。
瑠那は外部からの人間では無いとはいえ、彼の言う恒例の自己紹介が行われるのは中等科からである。
初等科でも、もちろん自己紹介と名のつく簡単なものが行われるがそれは彼が言うものとは大きく異なるのである。
だから中等科をすっ飛ばし高等科へと上がった瑠那は間違いなく経験していない。
だからこそあげられた制止の声に、花音はふんわりと笑うとゆるく首を振った。
「いいえ、最初は彼女よ。私、そう決めていたの。大丈夫よ、簡単だから。名前を言って、得意な踊りを踊る。あとは今年1年の目標なんかもあればそれも言ってちょうだい。ただそれだけのことだもの、平気よね?」
相変わらずふわふわとした笑みを浮かべたままで、花音は瑠那にそう告げた。
訊ねるよりもむしろ確認に近いその言い方に、瑠那を含めたその場に居た誰もがそれはもはや決定事項なのだろうと悟った。
「はい」
問いかけにこくんと頷く。
すると花音はさらに付け加えるように言葉を紡ぐ。
「リクエストがあるの」
「え?」
「卒業公演のオディールが素敵だったから、もう1度みたいなって」
そこにあるのは嫌味でも妬みでもなく、ただふんわりとした笑顔のみ。
しかし、その言葉と同時に周囲はざわつき始める。
「うわっ、自分の十八番を踊らせる気かよ」
「っていうかあの子かわいそう。花音さんの前で、黒鳥を踊るなんて」
そんな声が聞こえてきて、瑠那はオディールが花音の最も得意な踊りなのだと悟る。
「ま、頑張れよ、瑠那」
いきなりのとんでもない状況に、龍は慰めるように瑠那の肩に手を置いた。
しかし、そんな龍にふわりと笑みを浮かべたままの花音から爆弾とも思えるような言葉が投げかけられる。
「あらあら、そんなこと言って。次はあなたよ、如月龍くん」
「げっ!」
「龍、ファイト」
先ほど龍がやったのと同じように、瑠那は龍に声をかけた。
その行為に龍は深いため息をついた後、じっと花音を見つめる。
「何かリクエストは?」
どこか挑戦的な視線を向けて、花音に問う。
だか花音はそれに動じることなく、少し考えるようなしぐさを見せた。
「そうねぇ、あなた、得意な踊りは?」
「んー、くるみ割りの王子、かな」
逆に問われて、龍も少し考える。
今龍が一番得意だと思える踊りは、『くるみ割り人形』第2幕より王子のバリエーションであるので、とりあえずは素直にそれだと伝えてみた。
すると花音はまた少し考える様子を見せる。
「そう、じゃあ・・・・・・・・・海賊のバリエーションがいいわ」
その返答に、龍や瑠那ばかりではなく、その場の誰もがずっこけそうになった。
だが、そんなことを気にする様子もなく、花音はただ一人未だふわふわとした笑みを見せていた。
「踊れるかしら?」
「一応踊れますけど、普通ここって『じゃあ、そのくるみ割りで』って言うとこなんじゃないんですか?」
それはその場に居た誰もが思ったことだった。
だが、そんな意見もふんわりとした笑顔にみごとに蹴散らされる。
「あら、それじゃあつまらないじゃない」
そんな一言とともに。
龍はその一言に、見事に継ぐ言葉を失ってしまった。
(結香さんが言ってたの、このことだったんだろうな・・・)
とんでもない状況に置かれ、瑠那はようやく結香の言葉を理解した。
そして、ゆっくり息を吸い、そしてそれをゆっくりと吐き出す。
そして、覚悟を決めたように口を開いた。
「望月瑠那です。えっと、中学1年ですが、よろしくお願いします」
名前以外には何を言えばいいのかと迷いつつ、とりあえずそれだけ言って軽く頭を下げた。
中学生で高等科に参加する人間がいるということを、知らなかった人物もいるらしく、軽く場がざわつく。
そして間髪入れずに花音の声が響く。
「何か目標とかない?とりあえず今年ので」
「え、えっと・・・す、少しでも上達できるように頑張ります!」
「謙虚なのねぇ」
瑠那の言葉を聞くや否や、花音はそう呟いた。
どうやら、もう少し違った言葉を期待していたようである。
「まぁ、いいか。じゃあ、踊ってもらえる?」
花音はそう言ってにこりと微笑む。
瑠那はとりあえずこくりと頷くと、準備に入る。
それから少しして、フロアにオディールのバリエーションの曲が流れ始めた。
「うそ、あれで中学生!?」
瑠那の踊りをはじめて見る生徒は酷く驚き、また瑠那の踊りを知っている生徒たちでさえ息を呑む。
そんな中、瑠那はただ踊ることのみに集中し、バリエーションを無事に踊り終えた。
「短期間でまた上達したようね」
結香が踊り終えた瑠那へと近づき、声をかける。
「あ、ありがとうございます・・・」
「私も負けていられないわね」
結香はそう言うと、フロアのある一方へと目を向ける。
それに続くように瑠那もそちらを見る。
そこには、瑠那の次に指名を受けた龍がいた。
「じゃあ、自己紹介をどうぞ」
「如月龍、中学2年です。3月まではイギリスにいました。さっきの望月瑠那と同様に中学生での高等科参加ですが、よろしくお願いします」
花音に促されるようにして、龍はそう述べた。
また中学生であったためか、それともイギリス帰りであるためか、瑠那のときよりもさらに周囲はざわつきを見せた。
(やっぱり私よりもしっかりした自己紹介だなぁ)
ハキハキとしたもの言いに、瑠那は思わず先ほどの自分のものと比べてしまい、少し落ち込む。
「目標は?」
「そうですね・・・」
問われて龍はしばし考える。
それから何かを思いついたようににやりと笑った。
「じゃあ、とりあえずコンクール1位で。あぁ、もちろんバリエーション、パ・ド・ドゥの両方で」
強気な龍の発言のためか、周囲はさらにざわつきを見せる。
そんな中、やっぱり花音はふわりと笑う。
「あらあら、こちらは随分強気ねぇ。それじゃあ、踊ってもらえるかしら?」
「ええ」
花音の言葉に頷くと、龍は準備を始める。
それを見ながら、結香が小さな声で瑠那に話しかけてきた。
「見事にあなたと正反対ね」
「はは、そうですね・・・」
おそらくは先ほど自分が言った目標と、龍が言った目標を比較してのことだろう。
瑠那はそう思いながら、苦笑をもらした。
(さすが龍・・・)
何に感心したのかよくわからないながらも、龍の強気な発言に瑠那はそう思わずにはいられなかった。
そして、フロアには花音のリクエストである『海賊』のバリエーションの曲が流れ始めた。
(う、わぁ・・・っ)
龍の踊りにその場にいた誰もが息を呑む。
そして、それは瑠那も例外ではなかった。
(すごく上手くなってる・・・)
日本にいたときから、コンクールでの入賞経験もあったので、龍は決して下手な方ではなく、もしろ上手な部類であった。
けれども、数年前までの自分の知っている龍の踊りとはあまりにも違っていて、瑠那は驚きを隠せずにいた。
「すごい・・・」
すぐそばにいた結香からもそんな呟きが漏れる。
(うん、本当にすごい)
瑠那は結香の言葉に、心の中で素直に頷く。
(これならあんなことでも言えちゃうよね)
先ほどの龍の強気の発言は、おそらくそれだけの自信があるということなのだろう。
(さすが、イギリスでも入賞するだけあるなぁ。私も、負けてはいられない・・・)
はじめてイギリスでもコンクールに参加し、そして6位に入賞した。
そんな内容の手紙を貰ったのは、龍が小学6年生で、瑠那が小学5年生のときであった。
その内容には酷く驚いたが、同時にまるで自分のことのように嬉しさが込み上げてきたのを、瑠那は今でも鮮明に覚えている。
龍はそれだけの実力をつけたのだと、そのときもそう思ったけれど。
目の前でその実力を見せ付けられ、瑠那は改めてそう思った。
(龍の隣に立っても恥ずかしくないように、私ももっと上手くなりたい)
龍は約束を覚えていてくれたから、その約束をきちんと実現させるためにももっと上達しなくてはと、瑠那はそう心に誓った。
「龍、上手になったね。びっくりしちゃった」
龍が踊り終えるとすぐに、瑠那は龍のもとへと駆け寄った。
「それを言うなら、俺もだよ」
「え?」
「卒業公演のオディールでも随分驚かされたし、あれからそんなに経ってないのにまた上達しやがって」
「ねぇ、それ・・・褒めてるの?」
なんだか憎々しげに言われてしまい、瑠那は首を傾げる。
「一応はな」
「そうは聞こえなかったんだけど・・・」
「そりゃ、そうだろうな。せっかく追いついたと思ったら、すぐに引き離されて、憎たらしいったらないぜ、まったく・・・・・」
「・・・・・・」
あんまりな言われように、瑠那は言葉を失う。
そんな瑠那を見て、龍はくすりと笑った。
「瑠那の隣に立てるように、上達して帰ってきたつもりだったんだけどな」
瑠那の方がさらに上達していたようだ、龍はそう言って苦笑する。
「そ、そんなことない!私も今、同じこと思ったもん。龍と踊るために、もっと上手くならなきゃって!龍は上手だったよ!」
瑠那はとにかく龍の踊りがすごかったことを伝えたくて、必死に言葉を紡いだ。
すると龍の手が瑠那の頭へとのせられる。
「ありがとな」
龍はそう言って微笑む。
それを見て、瑠那もまた微笑んだ。
((もっと上手くなりたい))
お互いにそんな思いを秘めながら。
「じゃあ、次は・・・」
花音は次の人物を探そうとキョロキョロと辺りを見渡す。
「やっぱり、結香ちゃんかしら」
結香のところで視線がピタリと止まり、にっこりと笑う。
「別にいいですよ」
結香は軽くため息をつきながらも、予想していたのか特に驚くこともなく了承の返事を返す。
その返事を聞いた花音は満足そうに笑った。
「高等部バレエ科1年、沢木結香。ご存知の方もいるかと思いますが、このスクールの講師、沢木あかねの娘です。目標は・・・」
結香はそこまで言うと、ちらりと瑠那を見て、それからその視線を龍へと移した。
「彼と同じく、コンクール1位で」
(うわぁ、さすが・・・)
龍に続く強気な発言に、生徒たちはまたもどよめく。
そんな中、瑠那は自信満々に言ってのけた結香に感嘆していた。
「そう、じゃあ踊ってもらう踊りだけれど・・・」
「じゃあ、『眠れる森の美女』3幕のオー・・・」
「あぁ、待って!3幕のオーロラ姫もいいけれど、私は1幕のローズアダジオの方が見たいわ」
オーロラ姫を、そう言おうとした結香の言葉を花音はきれいに遮って、ふわりとした笑顔を向けながらそう言った。
その言葉を聞いた結香はまるで弾かれたように、ある一点をおもいっきり睨みつける。
しかし、そこに居たのは花音ではなく。
「なぁ、結香さん今水谷さんを睨まなかったか?」
「う、うん・・・」
結香の鋭い視線の先に居たのは、結香のパートナーでもある一樹だった。
彼はそんな結香の視線に、困ったように笑っていた。
結香はその後しばし一樹を睨みつけていたものの、諦めたようにふっとため息をついた。
「・・・わかりました。1幕のローズアダジオですね」
結香はそれだけ言うと早々に準備に入る。
それを見て、花音は満足そうに笑った。
「さっきのなんだったんだろうな」
「さぁ」
龍と瑠那は先ほどの結香の行動に疑問を浮かべる。
しかし、その疑問は解消されないままに、フロアには『眠れる森の美女』第1幕より、ローズアダジオのバリエーションの曲が流れ始めた。
「今年の新入生はすごいわねぇ」
誰もを魅了した結香の踊りが終わると、花音はそう言って結香を見て、それから瑠那を見た。
「今年の主役は、取られちゃいそうねぇ」
ふわりと笑うその笑顔には、危機感など欠片も見られない。
(((それって、笑顔で言うことなんだろうか・・・)))
にこにこと笑みを絶やさないままに言う花音を見て、その場に居た誰もがそう思った。
「花音さん、次はどうするの?」
結香が踊り終えたので、次の人間を指名しなければならない。
だが、次の人物を指定しようとしない花音に、生徒会長が訊ねる。
すると、花音はにっこりと笑った。
「あとはあなたに任せるわ」
「え?」
言われた言葉に生徒会長は目が点になる。
それは先ほどまで指名どころか踊る曲まで指定していたような人物の言葉には思えなくて。
だが、そんな生徒会長の様子を気にする様子もなく、花音は言葉を続ける。
「見たかったものは、もう見てしまったから」
そんな花音の言葉に、生徒会長は苦笑した。
「そう、じゃあ後は・・・そうだね、バレエ科の子から出席番号順に行こうか。今の3人ので、だいたい要領はわかってもらえたと思うし」
そう言って、生徒会長は名簿を片手に順番に名前を呼んでいく。
そうして、高等科の新入生たちが順番に得意な踊りを披露していった。
「これで全員終わったね。う〜ん、まだ少し時間があるなぁ」
全員の自己紹介が無事に終えたことを確認し、生徒会長は時計へと目を向けた。
するとどうやら予定よりも早く終わってしまったらしく、生徒会長はそんな呟きを漏らした。
「時間があるなら花音さんに踊って頂くのはいかかでしょう?」
そう言ったのは結香だった。
突然の申し出に生徒会長も花音もきょとんとしている。
「見たい生徒も多いと思いますけれど」
「あ、俺見たいです!」
軽く片手を挙げて、龍がすぐに賛同する。
そんな龍を見て結香は満足そうに笑った。
「私も見たいです」
龍に続くように瑠那も声をあげる。
すると、花音と瑠那の視線がパチッと合う。
「そうね、あなたが見たいって言ってくれるなら・・・。それにあなたたち3人からの申し出なら、私は断れないものねぇ」
なにせ勝手に指名し、踊る踊りまでリクエストしてしまったのだから、そんな3人に言われてしまえば断ることはできない。多少苦笑を漏らしつつもそう言って、花音は踊る準備に入る。
「さて、じゃあ何かリクエストはあるかしら?」
そう言って、花音はまた瑠那へと視線を向ける。
「え、えっと、じゃあ、オディールで」
瑠那は自分が踊るときの周囲の反応を思い出し、おそらくそれが花音の十八番なのだろうと思ってリクエストした。
「あら、それは大変ね。あなたと比べられてしまうもの」
ふんわりとした笑顔を浮かべ、困っているんだか困っていないんだかわからないような声色で花音はそう言う。それから、視線を龍と結香に向けた。
「それで、他の2人はどうかしら」
「花音さんがいいなら、俺もオディールで」
「私もオディールが見たいです。お得意でしょう?」
ふわふわとした笑顔の花音とは対照的に、どこか挑戦的にも見えるような笑みを浮かべた2人がそう答える。
「そう、じゃあオディールにしましょうか。望月さんのように上手くは踊れないかもしれないけれど」
そう言ってふわりと笑って、花音は準備に入る。
そしてその場の視線が全て花音に集まる中、フロアにはオディールのバリエーションの曲が流れ始めた。
(優しい踊りだなぁ)
目の前で踊る花音を見て瑠那はそう思った。
もちろんだからといって黒鳥らしくないわけではない。
けれども柔らかで優雅な雰囲気とは違い、きついイメージを持つ黒鳥を踊りながらも、どこか優しさを含む、そんな踊りだと思ったのだ。
「踊ると雰囲気変わるよな」
「うん、そうだね」
ただ、ふわふわと笑顔を浮かべていたさっきまでとは違い、たしかに今の花音は誰が見てもオディールとしか言えないそんな雰囲気である。
龍がそう言うのも無理はない。
(でも、やっぱり・・・)
それでもどこか優しい踊りだと、瑠那は龍の言葉に同意しつつもそう思った。
「たぶん、いや、間違いなく実力は結香さんの方が上だと思うけど・・・」
花音の踊りを眺めながら、龍がまた口を開いた。
それはおそらくその場に居る誰の目にも明らかであった。
その言葉に、瑠那もこくりと頷きそして言葉を繋ぐ。
「うん、でも魅力的で、なんかこう見ていると惹きつけられる感じがするよね」
「ああ」
花音の踊りは結香とはまた違った魅力のある踊りで、2人は未だその視線を花音からはずすことはできなかった。
「それに、なんかどっかで見たことあるような・・・」
う〜ん、と顎に手を当てて、龍が必死に思い出そうとしながら呟く。
その言葉に瑠那は少しだけ驚く。
「え?龍、花音さんの踊り見たことあったっけ?」
「いや、はじめてだったと思うんだけど、なんか誰かに似てんだよなぁ」
瑠那の問いにはしっかりと首を振って、そしてまた必死に思い出そうと龍は頭を働かせる。
「う〜ん、そう言われると私も誰かに似てる気がするなぁ」
龍に言われてから再度そういった目で花音の踊りを見れば、瑠那もなんだかそう思えてくる。
「ってことはおまえも知ってるやつか・・・。う〜ん、誰だったかなぁ」
「誰だろう・・・」
瑠那の言葉により、その人物は瑠那と龍が共通して知っている踊り手に絞られた。
それでも2人とも思い出すことができずに首を捻る。
そうこうしている間に、花音がオディールのバリエーションを踊り終えた。
「どうだった?」
踊り終わると同時にふわりとした笑顔で、なんだか楽しそうに訊ねてくる。
そんな花音を見て、瑠那は本当に踊っているときとは別人のようだと思った。
「えっと、素敵でした、すごく」
「ふふ、嬉しいわ、そう言ってもらえて。あなたには全然適わないけれど」
「そ、そんなこと・・・!」
「優しいのね」
そう言って花音はふわりと笑った。
しかし、その直後にふっと何かを思い出す。
「あぁ、そういえば私はちゃんと自己紹介していなかったわね。あなたたちくらいまで歳が離れてしまうと、同じバレエ教室に通っていたとはいえ、お互いにちゃんと知ってはいないし、一応名前くらいはきちんと名乗っておかなくてはね」
そう言って、花音はあらためて瑠那と龍を見つめた。
「水谷 花音、バレエ科の3年よ。一緒にバレエの勉強ができるのは1年だけになるけど、よろしくね」
「「水谷・・・?」」
瑠那と龍は同時に顔を見合わせて首を傾げる。
それから何かに思い当たり、2人の視線は同時に一所に向けられた。
「もしかして・・・」
「まさかとは思うけど・・・」
そんな言葉を呟く2人の視線の先にいる人物は、にっこりと笑った。
「そ、僕の姉貴」
そう答えたのは一樹だった。
そしてその一言によって、瑠那と龍はなんだか全ての謎が解けたような気がした。
結香が花音の言葉に対し一樹を睨んだのは、おそらく花音にはそんなことはできないから代わりに弟である一樹にやつあたりでもしたのであろう。もしくは、姉をなんとかしろという意味も込められていたかもしれない。
そして、瑠那と龍が似ていると思った人物も一樹だったのだ。
一樹の踊りを思い起こせば、やはりどことなく花音に似ている。
瑠那は先日の卒業公演でパートナーとして踊ったし、龍はその光景をしっかりと見ている。
2人とも知る人物であるので、ほぼ間違いないだろう。
「あら、知らなかったの?」
そんな結香の問いに瑠那も龍もこくこくと頷く。
「さすがにここまで歳が離れちゃうと知らないわよね」
「でも、結構似てるらしいんだけどな、僕と姉さん」
「ええ、ものすごくよく似てるわよ」
そんな3人の会話聞きつつ、瑠那と龍は花音と一樹を見比べる。
「言われてみれば・・・」
「うん、似てるかもな・・・」
いつもにこにことしていて、少しきつめな性格である結香の宥め役にもなったりする一樹と、常にふわふわとした柔らかい笑顔を浮かべている花音。
2人の周囲に流れるほのぼのとした空気が、何よりもそっくりだと2人は思った。
「ふふ、これでお互いに自己紹介は終わったわね。じゃあ、あらためてよろしくね、瑠那ちゃん、龍くん」
そう言って花音は握手を求めるように瑠那と龍に手を差し出した。
互いに自己紹介が済んだからという理由なのかなんなのか、瑠那にも龍にもその真意はわからない。
しかし気がつけば花音の呼び方は、名字から名前へと変わっていた。
だが、それに対して悪い気はせず、むしろ2人はなんだか嬉しく感じて、2人は順番にその差し出された手を握った。