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つきのゆめ  作者: mink
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Lesson 5

全体での通しの練習も無事に終わって、それぞれが帰ろうとしている頃、瑠那はある人目掛けて駆け込んだ。

「あ、あの!」

ようやく目当ての人を見つけて声をかける。

「なに?」

振り向いたその人はふわりと微笑んで首を傾けた。

「少し練習に付き合ってもらえませんか?」

「いいよ」

瑠那の真剣なお願いに、その目当ての人である一樹は、二つ返事で了承・・・はしてくれなかったようである。

「ただし!」

瑠那の顔がぱぁっと明るくなりかけたところで、そんな言葉が継ぎ足される。

「条件付きで、ならね」

そう言ってにっと笑う一樹に、瑠那はしばし呆然と彼を見つめる。

「条件って・・・」

「ん?たいしたことじゃないから。じゃ、練習しに行こうか」

一樹は条件を告げないまま、そして瑠那の返答も聞かないままに瑠那の手をひっぱり、さきほどまで使っていた部屋とは違う部屋へと瑠那をつれていく。

「あ、あの・・・っ」

「はい、到着〜」

「あら、ホントにつれて来た・・・」

「え?結香さん?」

一樹に連れられるままに来た部屋には、すでに結香がいて。

瑠那は状況が飲み込めず困惑の表情を浮かべる。

しかし、そんな状態の瑠那を無視して、一樹と結香はさらに話を進めていく。

「実は、瑠那ちゃんから声をかけられてね」

「なんだ、そうだったの」

てっきり一樹の方が声をかけて連れて来たのだと思っていた結香は、それが違ったことにより少し気の抜けた声になる。

「うん、ってわけで瑠那ちゃん、さっき言った条件なんだけど・・・」

「条件?」

先ほどの瑠那と一樹の会話を知らない結香にはその言葉の意味が分からず、一樹の言葉を遮るようにして彼に訊ねた。

すると一樹も結香が分かっていないことにすぐに思い当たり、簡単に説明をはじめる。

「ああ、瑠那ちゃんがね、僕と少し練習したいって言うから、その条件にさせてもらったんだ」

「なるほど」

自分の説明に結香が納得したのを確認して、さきほどの続きを話そうと一樹は瑠那に向き直った。

同時に結香も瑠那の方へと視線を向ける。

「でね、その条件なんだけどね・・・」

「オデットを踊ってみて欲しいの」

「・・・・・・は?」

2人から告げられた予想外な展開に、瑠那は目が点になってしまっていた。



「あ、ちょっと説明が足りなかったかな?」

一樹がそう訊ねてくるので、瑠那はこくこくと頷く。

「実はね、結香がちょっと上手くオデットを踊れないみたいで」

「どうしても納得がいかないというか、自分でも上手く言えないんだけど、何かが違うような気がするの」

「それで結香が困っていたから、とりあえず他の人のオデットを見れば、何か掴めるんじゃないかって提案したんだ」

「それでせっかくだからあなたのを見せて貰ったらって、一樹に進められたのよ」

「で、言いだしっぺの僕が君に声をかけて連れてくるはずだったんだけど」

「運良くあなたから一樹に声をかけてくれたってわけ」

「はぁ・・・」

息ぴったりに説明されて、もはら瑠那からはため息しか出てこない。

(でも、まぁ、いいか・・・)

それでも瑠那は自分も気になっていたことでもあるし、一樹との練習もやはりしておきたいので、承諾することにした。

「オデットを踊れば、練習に付き合って頂けるのなら・・・」

瑠那がそう言うと一樹と結香はにっこりと笑った。

そうして一樹に手を差し出され、瑠那はその手を取ってオデットを踊ることとなった。




「これでいいですか?」

踊り終えた後、結香の方を振り向いて訊ねる。

すると結香はびっくりするほど真剣な瞳で瑠那を見つめていた。

「あ、あの、結香さん?」

おそるおそる、瑠那は再度声をかけてみる。

するとようやく結香からの返答が得られた。

「ああ、ごめんなさい。ありがとう。すごく参考になったわ」

「いえ、お役に立てたのなら・・・」

「本当に素敵だった。それに少しだけわかったような気がする。ここから先は自分でなんとかするから」

結香はそう言うと一樹を見た。

「しばらく一人で練習するから、望月さんに付き合ってあげて。この部屋も好きに使ってくれてかまわないから」

「結香はどうするの?」

もともと結香が練習する予定の場所だったために、一樹は気になって訊ねてみた。

「他の空いてる部屋を使うわ」

「わかった、じゃあ、また」

他にも練習できる場所があることを確認し、それならば心配ないだろうと頷いて、一樹はひらひらと結香に手を振った。

「ええ。あ、望月さん」

結香も一樹に手を振ろうとして、ふと思い出したように瑠那に声をかける。

「あ、はい」

「今日踊ってくれたこと、後悔しても知らないから」

「え?」

言われている意味が分からず、瑠那は首を傾げる。

しかしそんな瑠那を無視するように、結香の話は続いていき。

「ああでも、コンクールのときのこともあるし、これでちょうどおあいこかしら」

「あの・・・」

「それじゃ、私はこれで」

「え、ちょっと・・・」

(なんだったんだろう・・・)

今日はわけのわからないことだらけである、瑠那はそう思いながら深い息を吐いたのだった。






それから、それぞれが練習に練習を重ね、いよいよ卒業公演の本番を迎えることになる。











「うわぁ、瑠那、どうしよう、緊張する〜」

「そ、そんなこと言わないでよ、沙羅。私にもうつっちゃう!」

瑠那と沙羅はそれぞれに衣装を身に纏い、本番が迫る中そんな会話を交わしていた。

愛華はいつものことだ、と呆れたような視線を向ける。

それは、本番前のいつもの風景だった。


「瑠那!」


急の後方から声がかかる。

瑠那は声のする方へと振り向き、しばし固まった。

「え、うそ・・・」

それはか細い声にしかならなかった。

その代わりに、周囲からは驚きの声がたくさんあがる。

「龍くん!?」

「うそ、龍くんがいる!」

「ホントだ、いつ帰ってきたの!?」

次々とそんな声が上がる中、瑠那の視線と龍の視線がきれいに交差する。

「龍・・・」

それはやはり小さな小さな声だった。

それでもメンバーが驚き騒ぐ楽屋の中、龍の耳には確かにその声が届き、龍はふんわりと笑った。

「久しぶり、瑠那」

龍のその言葉が、瑠那の中にじんわりと染み渡っていく。

(帰って、来たんだ・・・)

「え、うわ、ちょ、瑠那!?」

気がつくと瑠那は嬉しさのあまり、龍に飛びついていた。

龍は驚きの声をあげながらもしっかりと抱きとめる。

「龍、久しぶり。おかえりなさい」

「うん、ただいま」

それは約4年ぶりの再会だった。




「龍くん、いつ帰国したの?」

未だ瑠那は龍に抱きついたまま、そんな状態の中で龍にそう訊ねたのは愛華だった。

「今日の朝だよ」

そう答えながら、龍と瑠那はゆっくりと距離をとった。

そして龍の視線もまた、ゆっくりと愛華に向けられる。

「それで、これからはずっとこっちに?」

「いや、すぐに戻るよ。今回の帰国は一時的なものだから」

「そうなんだ」

龍の言葉を聞いた愛華の言葉は、どこか寂しそうな響きを持っていた。



「それで、どうして帰国したの?」

瑠那はがしっと龍の腕を掴んで訊ねる。

するとまた龍の視線は瑠那へと向けられる。

「おまえが来いって手紙送って来たんじゃねーか」

「え、それはそうだけど、まさか本当に来るなんて・・・」

「おいおい、それがわざわざイギリスから帰国してきてやった人間に言う言葉かよ」

瑠那からの返答に龍はわざとらしく盛大なため息をついてみせる。

すると、瑠那は居心地悪そうに目をきょろきょろとさせた。

「う、ごめん、だって来るなんて一言も連絡くれなかったし、びっくりしたんだもん」

「なら、大成功だな」

にっと笑って言う龍に、瑠那はこてんと首を傾げる。

「なにが?」

「瑠那を驚かせようって作戦」

龍はまるでいたずらっ子のような笑みで、くすくすと笑いながらそう言った。

「むー」

「拗ねない、拗ねない」

龍は未だくすくすと笑いながら、膨れてしまった瑠那の頬をつんつんと抓る。

瑠那は自分より背の高い龍を見上げるようにして睨んだが、どうやら龍には全く効果がないようだった。

そんな2人の会話にまたしても第三者の声が聞こえてくる。

「手紙?」

そう訊ねたのもまた、愛華だった。

愛華の疑問を受けた龍は愛華ににこりと笑みを返して、すぐに説明をはじめる。

「ああ、俺が向こうに行ってからずっと瑠那とは手紙でやりとりしてたんだ。で、瑠那がさ、卒業公演でオディールを踊ることになったから見に来いって手紙出してきて・・・」

「それでわざわざ?」

「そういうこと」

龍はこくこくと頷いて、肯定を示した。

「ずっと手紙だったの?電話とかは?」

話を聞いているだけだった沙羅が、気になったのか割って入るように訊ねた。

「電話もたまにしてたよ。でも時差があるからお互い気を使ってあんまりかけられなかったから、手紙の方が頻繁だったな」

「それならメールとかにすれば・・・」

その方が便利だろう、沙羅はそう思って提案したのだが、龍はその言葉にそれはダメだというように首を横に振ってみせた。

「ああ、無理だよ沙羅ちゃん、こいつパソコン使えねーもん」

「あ、なるほど」

「納得しないでよ、沙羅」

あっさりと納得してしまった沙羅に対し、そんな瑠那の言葉がむなしく響いていた。



「そういえば龍くん、なんだか大人っぽくなったね」

沙羅が龍を見上げながらふっと呟いた。

すると龍はすぐに嬉しそうに笑って言葉を紡ぐ。

「そう?まぁ、これでも君らよりは1個上、もう中学生だからね」

「え〜そうかな、変わってないと思うんだけど」

瑠那は龍をちらりと見ながらそう言う。

すると今度は龍ががっくりと肩を落とした。

「そんなこと言うのは瑠那だけだよ・・・」

「そうそう、かっこよくなったよ、龍くん」

「ありがと、沙羅ちゃん」

沙羅にまたも褒められ、龍の気分は幾分か浮上したようである。

(背も高くなったし、確かに大人っぽくもなった。なんか置いていかれてるみたい・・・)

瑠那はそう思ったものの、それを口に出すことはなかった。




「まっ、せっかく見に来てやったんだから、頑張れよ、オディール」

しばらく他愛もない会話を交わしてだんだんと本番が近づいて来た頃、龍は瑠那の頭を軽く叩きながらそう声をかける。

「うん」

自分の頭をぽんぽんと叩く龍を見上げて、瑠那はにこりと笑った。

「あ、そうだ、愛華ちゃんも出るんだよね、『白鳥の湖』」

「え、ええ」

「そう、愛華ちゃんも頑張って。俺、楽しみにしてるから」

「あ、ありがとう・・・」

龍に声をかけられたことで愛華の顔は照れたように赤く染まり、ようやく絞りだした言葉もか細いものだった。

「ああ、もちろん他のみんなもね。じゃあ俺、そろそろ客席に行くから」

そうして一通り声をかけ終えると、龍はそのまま瑠那たちの楽屋を後にした。




「龍くん、あなたが手紙を書けば、わざわざ公演のためだけにイギリスから戻ってくるのね」

愛華がどこか沈んだような抑揚のない声でそう言った。

だがその言葉を受けた瑠那は嬉しそうにふんわりと笑う。

「うん、びっくりしちゃった。せっかくの卒業公演だから見て欲しいなぁと思って、ダメもとだったんだけどね」

「瑠那が龍くんに大事にされてる証拠だよ〜」

ぎゅむっと瑠那に抱きつきながら、沙羅が言う。

そんな沙羅に、瑠那は自然と笑みが深くなった。

「え〜、そうかなぁ。なんかからかいに来ただけの気がするんだけど・・・」

「そんなこと言って、嬉しいくせに!」

言葉とは裏腹ににこにこと嬉しそうな瑠那を見て、沙羅はさらにぎゅーっと瑠那に抱きつきながらそう言った。

「それは、うん・・・・・・う、れしい、よ・・・」

ほんのりと瑠那の頬が赤く染まる。

「瑠那、顔が真っ赤だよ」

「えっ!?もう、沙羅のいじわる〜!!」

からかうように言う沙羅を瑠那はポカポカと叩いていた。



コンコン、という音が響いて、自然と楽屋にいるメンバーの視線が扉に向けられる。

瑠那と沙羅ももちろん漏れることなく、瑠那は一旦手を止めると扉の方を向いた。

「え?りゅ、龍!?」

そうしてみんな視線を集める中顔出したのは、先ほど出て行ったばかりの龍だった。

先ほどまで龍の話をしていた瑠那は、龍が現れたことによって頭がついていかないのか金魚のように口をパクパクとさせている。

それを見た沙羅が瑠那の代わりに疑問の言葉の投げかけた。

「客席に行ったんじゃなかったの?」

「あ、そうなんだけどさ、瑠那ちょっといいかな?」

軽く沙羅を見た後、視線を瑠那に向ける。

「え?」

「2人だけで話がしたいんだ」

「うん、大丈夫だよ。本番まではまだ少し時間があるし」

瑠那はちらりと時計を確認して、立ち上がり龍のそばへと向かう。

「じゃあ、悪いけどちょっと瑠那借りるな」

「ちょっと出てくるね」

2人はそう言い置いて、楽屋を後にした。

そしてその後瑠那が楽屋へ戻ってくるまで、「2人きりでする話とはなんなのか」という話題で楽屋内は盛り上がっていた。






「それで、話ってなに?」

楽屋から少し離れた人気の無い場所まで来たところで、瑠那はそう訊ねた。

「あー、うん、その、公演が終わってからでもいいかと思ったんだけど、なんとなく先に言っておきたくて・・・」

「もう、焦らさないでよ〜」

長い前置きにだんだんといらいらしてきた瑠那は、自然と頬を膨らませる。

そんな瑠那を見て、龍はくすりと笑った。

「悪い、悪い。あ、他のみんなにはまだナイショだぞ」

口元に人差し指を当てて、ナイショのポーズをとりながら龍がにっと笑う。

つられるように瑠那も笑って、こくんと頷いた。

「うん、で、なぁに?」

「実は俺、4月に帰国することになったんだ」

「え、それって・・・」

言われたことが信じられず、すぐに頭に入って来ない。

龍はそんな瑠那に少しでも信じてもらえるようにと話を続ける。

「うん、またしばらくは日本で暮らすことになる」

「本当?」

「あたりまえだろ」

「やったーっ!!」

「って、おい、こら」

ようやく実感の沸いてきた瑠那は嬉しさのあまり龍に飛びつき、龍はその反動で転びそうになる。

軽く叱ってはみるものの、瑠那には全く届いていないらしく瑠那はその体制のままで話を続けていく。

「じゃあ、また一緒に学校に行けるんだ!」

「ああ」

きらきらとした瞳で見つめてくる瑠那に苦笑しながらもこくんと頷いてやる。

すると瑠那の表情はさらに明るくなり。

「バレエも一緒?」

「ああ」

また頷いてやると、もっと明るくなった。

しかし、同時に急激に真っ青になっていく。

「あっ!!」

「なんだ?」

一瞬にして様子の変わってしまった瑠那に、龍は首を傾げずにはいられなかった。

「どうしよう・・・」

困惑の表情を浮かべた瑠那に、龍の疑問の声は届いてはいないようである。

「どうした?」

「私、せっかく龍が帰ってくるのに・・・」

「おーい、瑠那?」

根気よく声をかけ続けることで、ようやく瑠那の視線が龍を捉えた。

無言で、どうした?と訊ねてやると、どこか気まずそうにしながらもぼそぼそとしゃべり始めた。

「あ、あのね、龍、私ね、実は、その、4月から・・・」

そこまで瑠那言ったところで、龍の頭の中にある事柄が思い浮かんだ。

そして同時に瑠那の困惑した表情の原因も察する。

「知ってる、バレエは高等科で勉強するんだろ?」

「うん、だから、そのせっかく龍が・・・」

「安心しろよ、俺もだから」

「帰ってきても一緒には・・・・・・って、ええっ!?」

龍の言った言葉に一歩遅れて気がつき、瑠那は驚きの声をあげる。

しかし自分は高等科で勉強することが決まっていて、龍は中学生だからおそらくは一緒にバレエのレッスンが受けられないのだ、そう思い込んでいた瑠那にとっては嬉しい話でもあり、自然と顔が綻んだ。

「実は帰国が決まったから先に沢木先生に挨拶しておいたんだ。そしたら、海外での経験もあることだし戻ってきたら高等科で勉強しないかって言われてさ、それで瑠那も一緒だって言うから受けることにしたんだよ」

「じゃあ、バレエも一緒?」

龍の説明を聞いて、嬉しさもあるがやはりどこかまだ不安もあって、瑠那はおそるおそるといった感じで龍に訊ねた。

すると龍は安心させるようににこりと笑って頷く。

「ああ、一緒だよ」

「うれしい!」

瑠那はそう言ってにっこりと笑った。

それはまるで花が咲いたような、そんな明るい笑顔だった。



「それにしても・・・」

瑠那はゆっくりと龍の足元から順番に頭の方へと視線を移していく。

「龍、背伸びたね」

「そりゃ、会ってから4年近くも経ってんだから、背だって伸びるだろ」

「だって、前はこんなに身長差なかったのに・・・」

たしかに1つ年上ということもあり、龍は常に瑠那より背が高かった。

けれども4年のうちにその差は大きく広がったようで、瑠那はそれが悔しくもあり、そして寂しくもあった。

「いいじゃねーか。これくらいの差は必要だろ、パ・ド・ドゥ踊るのに」

「え?」

「約束だろ。俺が帰国したら、2人で一緒にパ・ド・ドゥでコンクールに出場するって」

「覚えててくれたんだ・・・」



『龍、やくそくだよ!必ず、必ず帰ってきて、私と一緒にコンクールでパ・ド・ドゥを踊るって!』

『うん、約束だ!絶対に戻ってきて、必ず瑠那とパ・ド・ドゥを踊る!それまでは誰とも踊ったりなんかしない!』



それは幼いころ、2人で指きりを交わした大事な大事な約束だった。

「忘れるわけ、ないだろ」

「うん、うん」

嬉しさのあまり、瑠那の瞳にじんわりと涙が溜まる。

「あ、こら、本番前に泣くなよ」

「だって、嬉しくて・・・」

「しょうがないな。ほら、さっさと泣き止んで楽屋に戻れよ」

龍は瑠那の頭を撫でると、今にも流れ落ちそうな涙をそっと拭ってやる。

「うん、もう大丈夫!」

「じゃあ、客席で見てる」

「うん、最高の舞台にするから、ちゃんと見ててね!」

「ああ」

にっこりと笑う瑠那には、もう涙はみられなくて。

龍は安心したように微笑むと、客席の方へと足を向けた。

それを見送って、瑠那も楽屋へと戻っていく。






「ねっ、話って何だったの?」

瑠那が戻ってくるや否や、沙羅は瑠那へと興味津々に詰め寄った。

「え?ナイショ!」

瑠那はにっこりと笑ってそう答える。

「え〜っ、つまんない〜」

「ふふ」

ぷくりと頬を膨らませている沙羅の隣で、瑠那はただただ幸せそうに笑っていた。

そして、いよいよ沢木バレエスクールの卒業公演の幕があがった。




いよいよ次が出番という時になって、舞台の袖では初等科の生徒がひしめきあっていた。

「さっきまで、あんなに緊張してたくせに、今ではなんともないのね。龍くんのおかげ?」

「うん!さっき、いっぱいパワー貰ってきたから!」

愛華のどこか皮肉めいた言葉にも、瑠那は笑顔でそう返す。

絶対にいい舞台にするんだ、と笑ってみせる瑠那に、愛華も負けてはいられないと気を引き締めた。


そうして迎えた本番の舞台は、練習の成果もきちんと発揮できたようで、初等科の卒業公演は大きな拍手と歓声の中、無事に幕を閉じた。

少女たちはしばしその喜びを噛み締めながら、互いに賛辞の言葉を送りつつはしゃいでいた。






「次はいよいよ白鳥の湖かぁ」

「瑠那も愛華も頑張って!」

もうすぐ『白鳥の湖』の舞台が開演という時間になって、すでに自分たちの舞台を終えた初等科の生徒たちは、衣装を身に纏い準備万端な瑠那と愛華に声をかける。

瑠那も愛華もそれに笑顔で応じるとスタンバイに入る。

そして、舞台の準備も整ったところで、いよいよ『白鳥の湖』の舞台も幕を開けた。




オデットが登場してから、観客から歓声があがるまでにそう時間はかからなかった。

観客はうっとりとした様子で、オデットに釘付けになっていく。

「すごい、きれい・・・・・・」

瑠那は舞台の袖で思わずため息をつく。

以前の全体練習のときのような、ひっかかりも覚えることなく、ただただ結香の舞う姿に見惚れていた。

「本当に、きれいね」

そこで、舞台から戻ってきた愛華が瑠那に声をかけた。

「うん」

「すごく繊細で細やかで・・・」

こくん、と頷いた瑠那に対し、愛華はさらに結香に対しての賛辞を連ねていく。

そんな愛華の言葉を聞いて、瑠那はハッとした。

「本当に真っ白な白鳥のよう・・・」

「そっか、そうだったんだ」

愛華の賛辞の言葉に続いた、瑠那の何かに納得したような台詞。

ここで何かそんなことを言うようなことがあっただろうかと、愛華は首を捻った。

「どうしたの、急に?」

結果無かったと判断した愛華は、その疑問を瑠那へとぶつけた。

「この間の全体練習のときの結香さんの踊り・・・」

「あ、そういえば、なんか変な顔してたわね、あなた」

瑠那の言葉を聞きながらふとそのときのことを思い浮かべた愛華は、何の迷いもなくそのときの瑠那をそう表現した。

あんまりな言い方に、瑠那は少しへこみそうになる。

「へ、変なって・・・まぁ、いいか。うんそのときちょっと気になったの。何がってのはわからなかったんだけど、なんかひっかかって」

「それで」

前置きはいいから続きを早く話せ、とでも言うように愛華は瑠那を促す。

すると、瑠那もそれにこくんと頷いて応じた。

「うん、そのときの結香さん、確かにすごくきれいだったんだけど、白鳥っぽくなかったんだよ」

「どういうこと?」

「う〜ん、ちょっとダイナミックというか華やかすぎるというか・・・」

なかなか上手い表現が見つからない中、必死に言葉を探しながら瑠那が話す。

そしてその言葉によって、愛華も納得がいったようである。

「ああ、確かに結香さんの普段の踊りってそんな感じだったものね」

「うん、白鳥にしては迫力のある感じだったんだと思う。もちろんそれはそれできれいなんだけど・・・」

「今の方がもっときれいね」

2人の視線は自然と舞台中央で舞う結香に注がれた。

そして結香の踊りを見て、瑠那はにこりと笑う。

「うん。いい舞台になりそう!」

「そうね、あなたが壊さなければね」

「あ、愛華・・・」

いつでも容赦の無い人だ、瑠那はそう思わずにはいられなかった。



そして舞台は進んでいき、舞台上にはオディールが姿を現す。

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