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つきのゆめ  作者: mink
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Lesson 4

「美奈子、帰ったんじゃなかったの?」

「あの、その・・・瑠那ちゃんに用があって・・・」

美奈子は愛華の問いにそう答えると、そのまま視線を瑠那に向ける。

一方視線を向けられた瑠那の方は、目をぱちくりとさせきょとんとしている。

「え、私に?」

「うん、ちょっと、ダメ、かな・・・?」

美奈子は首を傾げつつ、控えめにそう訊ねた。

「別にかまわないけど・・・」

瑠那はそう言って愛華を見る。

すると愛華は無言でこくんと頷いた。

「じゃあ、私はそろそろ帰るわ」

「うん、またね」

「ええ」

スッと立ち上がった愛華に、瑠那はひらひらと手を振る。

愛華はそれを視界の端に捉えつつ、荷物をまとめてレッスン室を後にしようとした。

だが、それは手を振って見送ろうとしていた瑠那に止められる。

「あ!待って愛華!」

突如思い出したように瑠那が声をあげ、弾かれるように愛華は声のする方を振り返る。

「なに?」

「ありがとね!」

短な疑問の言葉に対して返ってきたのは、にっこりと笑顔で言われた感謝の言葉。

その言葉を聞いて愛華は首を捻る。

「私、お礼を言われるようなことした?」

「うん。愛華といろいろ話してたら、なんか元気出たから」

だからありがとうなのだと、瑠那は笑ってみせる。

その笑顔に愛華も微笑みを返して、今度こそレッスン室を後にしようと扉の方へ向かう。

「そう、それじゃ」

愛華はひらひらと手を振ってその場を後にした。







「それで私に何の用事?」

愛華が居なくなり美奈子と2人きりになったところで、瑠那が訊ねる。

だがすぐには答えが返って来ない。

「美奈子ちゃん?」

どうしたんだろう、そう思いながらも呼びかけてみる。

すると瑠那と美奈子の視線がピタリと交差した。

「練習につきあって欲しいの」

それがようやく返ってきた美奈子の返事だった。


「練習?」

「うん、今日のレッスン中止になっちゃったでしょ?私、まだ瑠那ちゃんや愛華ちゃんにあわせられるように踊れないから、その、瑠那ちゃんに一緒に練習してもらえないかなって・・・」

「いいよ。むしろ大歓迎!私も練習して帰ろうと思ってたから」

美奈子の言葉に、瑠那はぱぁっと笑顔になる。

そんな瑠那を見て、美奈子も嬉しそうに笑った。

「よかった。瑠那ちゃん、いつもレッスンの前や後に練習してるから、今日もそうかなって思って・・・」

「ひょっとしてそれで戻ってきたの?」

「うん」

「よく知ってたね」

瑠那がそうやって練習をしていることを知っている人間は少ない。

自分から誰かに話したこともほとんどないから、おそらくは親友である沙羅も知らないことだろう。

この間結香が知っていたことを知ったときもかなり驚いたが、今回瑠那はそれ以上に驚いた。

それでもなるべくそれを隠すようにそう言うと、美奈子はにっこりと笑う。

「私はいつも瑠那ちゃんを見てたから」

「え?」

「瑠那ちゃんは私の憧れだし、尊敬もしてるし」

「な、なんか照れちゃうな・・・。そ、それより、じゃあさっそく練習はじめようか」

美奈子の言葉に瑠那はほんのりと顔を赤らめつつも、そう声をかける。

そうして2人は練習を開始した。






何度も何度も繰り返し同じ曲がフロアに流れる。

そして、瑠那も美奈子も休むことなく踊り続けた。


(少しずつだけど、タイミングがあってきたかもしれない)

瑠那は後方へちらりと視線を向けながら思う。

最初の数回は、踊っても踊ってもほとんど変化がみられなかった。

しかしそれから幾度となく繰り返していくうちに、少しずつではあるが確実に踊れば踊るほどだんだんと美奈子の足並みは瑠那のそれにあうようになってきていた。

(あと、もう一息かな)

瑠那はそう考えて一旦音楽を停止させた。

すると美奈子は不思議そうに瑠那を見つめる。

「瑠那ちゃん?」

「あ、急に止めてごめんね」

「それはいいけど、どうしたの?」

「うん、だいぶあってきたかなって思うんだけど・・・」

「え?ホント!?」

瑠那の言葉が嬉しかったのか続く言葉を見事に遮り、美奈子は思わず瑠那に詰め寄る。

そんな美奈子に少々苦笑を漏らしながらも、瑠那は話を続けた。

「うん。でも数ヶ所だけ気になるところがあって、それで1度音楽を止めてやってみようと思って」

「え、どこかな?」

「あ、まずは・・・」

瑠那がステップや動き、タイミング、ポーズなど一つ一つ指摘していく。

それを美奈子は一言も漏らさないようにと、真剣に耳を傾けていた。




「よし、これで全部!じゃあ通してみようか」

必要なことは言い終えて、一緒に何度か練習もしてみて、なんとなくいけそうな感じになったところで瑠那がそう声をかけた。

「大丈夫かな・・・?」

「大丈夫だよ。練習だから、失敗してもいいし、ね?」

瑠那はそう言うと再びフロアに音楽を流す。

そうして2人はまた同じ踊りを踊りはじめた。

(うわぁ、ほぼ完璧にマスターしてるかも・・・これなら、もう1度通せば完璧かな?)

美奈子の予想以上の飲み込みの速さに瑠那は驚きつつも、随分揃ってきた足並みに満足そうに笑う。

そしてもう1度通して踊ったときには、瑠那の予想通りに瑠那と美奈子の踊りはピタリと揃っていた。

「よしっ、完璧!」

「本当?」

にぱっと笑って言った瑠那に対し、美奈子の方はどこか不安が残るような声色だった。

「うん、もちろん!」

「よかったぁ」

瑠那は美奈子を安心させるように微笑む。

すると美奈子の表情も自然と綻んで笑顔がこぼれた。

「じゃあ、今日はここまでにして帰ろうか、時間も遅くなってきたし」

「うん、そうだね。瑠那ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとう!」

「ううん、私の方こそ。一緒に練習できてよかった。ありがとね」

そうして二人は笑顔でレッスン室を後にした。











「ねぇ、瑠那ちゃん、沙羅ちゃんのことだけど・・・」

他愛もない話を繰り返していた帰り道。

控えめながらも美奈子はそんな話題を切り出した。

「ん?沙羅がどうかした?」

瑠那は首を傾げながら、美奈子の言葉を待った。

「うん、今日のこと・・・」

「あ、あぁ、あれ、ね。どうかした?」

嫌でも脳裏によみがえってくる今日の出来事。

瑠那は思い出し、表情を少し曇らせた。

「私、思ったんだけど、沙羅ちゃん寂しかったんじゃないかな?」

「寂しい?」

その言葉は瑠那にとってはひどく意外で、瑠那は首を傾げて美奈子に説明を促す。

「うん。だっていつもはそんなことないのに、瑠那ちゃん、今日は愛華ちゃんの味方ばかりしたでしょ?きっと沙羅ちゃん、瑠那ちゃんを愛華ちゃんに取られたみたいで、寂しかったんだよ」

美奈子にそう言われて、瑠那はもう一度一連の出来事思い返してみた。


沙羅が大きな声をあげたとき、沙羅が取り乱したとき、沙羅がレッスン室を飛び出したとき、それがいったいどんなときだったのか、瑠那は何度も何度も思い返して、それからひどく穏やかに微笑んだ。

美奈子はそんな瑠那を見てつられるように微笑む。


「そっか、そう、かもね。でも、そんな心配全然ないのになぁ」

「どうして?」

「だって愛華はいつも私には冷たいもの」

瑠那はさきほどまで愛華と交わしていた会話を思い浮かべながら、笑顔でそう言った。

それって笑顔で言うような台詞なんだろうか。

美奈子の中ではそんな疑問が渦巻いたが、その疑問が言葉として発せられることはなかった。




「美奈子ちゃん、ありがとね」

「え?」

「私のこと、心配してくれたんでしょ?だから、ありがと!明日学校でちゃんと沙羅と話すから、じゃあ、またね!」

それぞれの家への分かれ道にさしかかるところで、瑠那は一人でつらつらとそう述べると、美奈子にぶんぶんと手を振って、家へと急いだ。











「ごめん!」

レッスンが始まる前、まだ先生も来ていないときだった。

そろそろやってくる頃だろうと待っていると、突然目の前で頭を下げて告げられた謝罪の言葉に、愛華は目を丸くして、ピシリと固まった。

「は・・・?どうしたの、沙羅?」

状況が飲み込めないながらも、なんとか言葉を発した。

それはひどく頼りない声色だったけれども。

「だから、昨日のこと!昨日は悪かった、ごめん!」

なんだか釈然としない態度に、沙羅は口調を強める。

しかし、愛華の方はそのできごと自体があまりにも予想外なことであって、うろうろと視線を彷徨わせ、そうしてにこにことその様子を見守っている瑠那と視線があった。

瑠那は一瞬驚いたような表情になったが、すぐにふんわりと笑って見せて、愛華はそれだけでなんとなく事情がわかったような気がして。

「もう気にしてないわ。だからあなたも気にしなくていい」

それだけ言うと沙羅の前からさっさと離れた。

沙羅がその後何か声をかけようとしたものの、すぐにレッスン室に先生が入ってきてレッスンが始まったため、それはかなわなかった。






「何やったの?」

バーレッスン、センターレッスンが終了し、その後先生の提案により6年生だけ残って卒業公演の踊りを見てもらうことになった。

そしてこれまた先生の提案により、瑠那と愛華、それからそれ以外のメンバーという2つに別れて踊ってみるということになった。

そして先に人数の多い方から、というやっぱりこれも先生の提案で、それにより残された2人はレッスン室の隅っこでそれを見学していた。

そんなときにかけられたのが、こんな短い疑問の言葉だった。

「なにが?」

瑠那はいきなりそう来るか、などと思いつつも少しとぼけてみる。

にこにこと笑いながら述べられたその台詞により、愛華にもすぐにそのことは理解できた。

「とぼけないでよね」

どこかため息をつきながら、力の抜けた声で愛華が言う。

「だって・・・」

そう言って瑠那がえへへと笑うから、愛華のため息はより一層深くなった。

「で?」

「別に何かしたわけじゃないよ。ただね、『私の一番は沙羅だよ』って言っただけ」

続きを促すと、ようやくへらりと笑う瑠那から返ってくる答え。

だが理解し難いその返答に、愛華は首を傾げずにはいられなかった。

「は?なにそれ?」

「ふふ、ナイショ」

問いただしてみても返ってくるのは気の抜けるような笑顔だけ。

愛華は何度目になるかわからないため息をつき、それ以上は諦めることにした。

「でもまぁ、仲直りはできたわけね」

「うん!別に喧嘩してたわけじゃないから、その表現が正しいかはわかんないけど、いつもどおりになったよ」

「ふ〜ん。ま、沙羅の方はわかったわ。それでもう片方は?」

嬉しそうな瑠那を見て、その話題はもういいか、と愛華は区切りをつけた。

そして気になっていたもう一つについての話題をふる。

しかしふられた方の人間は意図が掴めず、首を傾げるだけだった。

「もう片方って?」

そう訊ねてくる瑠那はさっきのようにとぼけているようには見えない。

「あれ」

完全にわかっていないのだと判断した愛華は、そう言って視線をフロア中央の方へと向ける。

瑠那もその視線を追うように中央を見た。

「ん?美奈子ちゃん?」

愛華の視線の先にあったのは、フロアで今踊っているメンバーの一人の美奈子で。

瑠那はますますわけがわからず首を傾げることになる。

「そう、あっちは何したの?」

「何もしてないよ」

当然何かしたのだろう、そんな意味合いも込められているような愛華の問いに、瑠那はふるふると首を振った。

すると愛華は探るような視線で瑠那をみつめる。

「嘘、昨日何かしたから、こういう状況なんじゃないの?」

そう言って尚も同じ問いを重ねるが、やはり瑠那はふるふると首を振った。

「私じゃないよ。美奈子ちゃんが努力しただけ」

そう言って瑠那はまたフロアに視線を向ける。

そしてそれを追うように自然と愛華の瞳もフロアに向けられた。

2人の目の前では、今日何度目になるかわからない、先生に褒められる美奈子の姿。

普段のレッスンで基本的によく褒められるのは、瑠那や愛華である。

そしてその2人があまりに他よりもレベルが高いためか、他の生徒が褒められることは少ない。

それが1日でこんなに何度も褒められる姿が見られたのだから、なかなかすごいことだろう、瑠那と愛華はそう思った。

「・・・なるほどね。これは気が抜けないわね、お互い」

「そうだね」

そう言って二人笑ったものの、その瞳はどこか真剣だった。






「今日はこれで終わりにします」

何度も何度も練習を繰り返した後、先生からのそんな声がかかり、生徒たちはふっと力を抜く。

「望月さん、城崎さん」

「は、はい!」

「はい」

そのままレッスン室を後にするだろうと思われた先生は、なぜか扉の前で立ち止まり瑠那と愛華に声をかける。

声をかけられた2人は慌てて返事をした。

「沢木先生からの伝言です。『卒業公演の小作品集にバリエーションで出場しないか』だそうです。2人ともどうしますか?」

そう言われて2人は思わず顔を見合わせる。

「小作品集って、高等科や中等科の生徒がバリエーションとかパ・ド・ドゥとかで出てるやつですよね?」

そう聞いたのは瑠那でも愛華でもなかった。

「そうです。他にもパ・ド・トロワやパ・ド・カトルなどもあるし、複数名で踊る踊りもけっこうありますよ。あなたたちのこの作品も、一応公演では小作品集に含まれますから」

「そうだったんだぁ」

生徒の質問に対し、先生がそう説明を返す。

すると質問した生徒とは違う生徒からそんな声が漏れた。

おそらくはほとんどの生徒がきちんと把握できていなかったのだろう。

「でも、小作品集でバリエーションとかが踊れるのって確か・・・」

そう言って瑠那は愛華を見る。

すると愛華もこくりと頷いた。

そうして瑠那がもう一度先生を見るを、先生はにこりと笑っていた。

「ええ、基本的には中等科以上の生徒ということになっています。でも沢木先生が2人に関しては出たければ出てもいいとおっしゃってましたよ」

「「「「すご〜い!!」」」」

あちこちからそんな声があがる。

「愛華、どうする?」

「でも、『白鳥の湖』もあるでしょ?」

「うん、そうだよね。じゃあ、今回は・・・」

「そうね、止めとこうか」

そう言って2人は頷きあう。

「そう、残念ね」

2人を見てそんな言葉を残すと、先生は今度こをその場を後にした。




「あら残念ね、あなたたち出ないの?」

「「「「結香さん!!」」」」

不意に届いた第三者の声に、またしてもあちこちから声があがる。

「結香さんは出るんですよね!?」

「何を踊るんですか!?」

次々とあがる興味津々な声。

めったに逢うことない中等科の中でもトップクラスな結香の出現に、その場にいるメンバーたちはキラキラとした視線を浴びせていた。

「ええ、もちろん出るわよ。一樹とパ・ド・ドゥで」

「演目はなんですか?」

「ドン・キホーテ」

結香はそう答えるとちらりと瑠那を見た。

瑠那は突然視線があい、きょとんとする。

すると、またもや第三者の声が聞こえてきた。

「結香、なにしてるの?2人は見つかった・・・って、あ!」

パタパタと足音を響かせてかけてきたのは一樹だった。

そして瑠那と愛華を確認すると声をあげる。

2人は意味がわからず、顔を見合わせて、それから首を傾げた。

「ああ、ごめん。これから僕らの方の練習があってね。結香に2人のことを呼びに行ってもらってたんだけど・・・」

2人の疑問に気がついたのか一樹はすぐに説明を始め、そして視線を結香へと向ける。

「すっかり忘れてたわ」

「結香・・・」

悪びれも無く忘れたなどという結香に対して、一樹は深いため息をついた。

だが結香はそれさえも気にする様子はない。

「そっちの練習終わったばかりで悪いけど、こっちにも付き合ってもらえる?」

「「はい」」

「そう、それじゃあ行きましょう」

結香は2人が頷いたのを確認すると、スタスタと歩き始める。


「じゃあね〜」

「二人とも頑張って!」


後方からそんな声を聞きながら、2人は結香を追うようにレッスン室を後にした。






「ねぇ、さっきの結香さん、あなたに対する挑戦なんじゃないの?」

「え?なに?さっきって・・・」

中等科のレッスン室への道のりの途中、愛華は瑠那に小さな声で声をかけた。

一方の瑠那は言われた言葉の意味がわからずきょとんとしていて、声を潜める気配さえない。

愛華はそんな瑠那を軽く睨むと、小さな声ながらも鋭い声色で説明する。

「だからさっきよ!ほら、『ドン・キホーテ』って言ったとき、あなたの方を見たじゃない!」

「だからって、そんな・・・それにそもそも挑戦って・・・」

愛華に睨まれたこともあり、瑠那も声を小さくする。

「でも『ドン・キホーテ』って・・・」

「うん、私が唯一踊ったことのあるパ・ド・ドゥだね。ま、あれをカウントに入れていいかは微妙だけど」

愛華の言いたいことがようやく掴めてきた瑠那はこくんと頷きながらそう話した。

「確かにね。でも、その『ドン・キホーテ』を結香さんたちが踊るってことは・・・」

「偶然だよ、偶然。考えすぎだよ愛華は」

神妙な表情の愛華に対し、瑠那はひらひらと手を振ってへらりと笑う。

そんな瑠那を愛華はまたもキッと睨んだ。

「そうかしら。むしろあなたが考えなさすぎなんじゃない?」

「そ、そんなことないと思うんだけど・・・」

(愛華ってキツイこと言うなぁ、やっぱ・・・)

少々愛華の勢いに押されつつ、瑠那はそう思った。






「じゃあ城崎さんはここで。もうすぐコールドの練習もはじまるから」

中等科のレッスン室の前まで来ると、結香が愛華にそう声をかける。

「あ、はい」

愛華はとりあえずこくりと頷いた。

「で、あなたはこっち」

結香は瑠那に視線を向けると、隣の部屋を指差してそう言った。

自分も愛華が入る部屋に入るつもりでいた瑠那は少し驚く。

「え?」

「この前の調子じゃ当分私たちまで回って来ないでしょ?だから空いてる部屋を別に借りることにしたの。どうせ私もあなたも、それから一樹も一応振り付けは頭に入ってるんだから」

「とりあえず一度、瑠那ちゃんとも踊ってみたいしね」

結香の説明に一樹が軽く微笑んでそう付け加える。

「じゃ、行きましょうか」

二人の言い分も尤もだと思い、瑠那はこくりと頷いた。

「はい。愛華、またね」

「ええ」

愛華にひらひらと手を振って、瑠那は結香や一樹とともにその隣のレッスン室へ入って行った。




「じゃあ、とりあえず、1回一緒に踊ってみようか、パ・ド・ドゥ」

「へ?」

部屋に入るなりさわやかな笑顔でさらりと言われた言葉に、瑠那はピシリと固まった。

「ああ、そんなに堅くならないで。とりあえず試しに踊ってみるだけだから」

「あの、でも、そんないきなり・・・」

「大丈夫よ」

「そうそう、大丈夫」

「じゃあ結香音楽よろしく」

「はいはい」

二人はどうやら瑠那の話を聞くつもりはないらしく、ぽんぽんと勝手に話が進んでいく。

おまけに音楽までかけられてしまえば、瑠那にはもう逃げ場はなくて。

(お、踊るしかないっ!)

瑠那は覚悟を決めて踊ることにしたのだった。




(踊りやすい・・・)

踊りはじめてから瑠那がそう思うまでに、たいして時間はかからなかった。

手を伸ばす、足を伸ばすその先、瑠那の一番居て欲しい場所に彼は居て、瑠那の一番して欲しいように彼は瑠那を支えてくれる。

(こういうのがリードが上手いっていうのかな?)

ちらりと一樹を見ては瑠那はそんなことを思う。

(あいつのときはこんな風にはいかなかった・・・)

以前パ・ド・ドゥを経験したときは、互いにパ・ド・ドゥの初心者だったためかお互いの呼吸がなかなか合わずに苦労した。

だが今回はそれもなさそうである。

(ソロではあんまりパッとしない人なのに・・・でもこれが結香さんが水谷さんをパートナーにしてる理由なんだろうな・・・)

リードが上手く、相手を引き立てる、そんな一樹の踊り。

きっと結香はそこに引かれて、自分のパートナーに一樹を選んだのだろう、瑠那はそう確信した。




「いけそうな感じね」

一通り踊り終えた瑠那と一樹に、結香がそう声をかける。

すると、一樹は結香の方を振り返り微笑む。

「うん、もう少し練習は必要だけどね。さすが瑠那ちゃん、上手だね、踊りやすかったよ」

「いえ、そんな・・・水谷さんのサポートのおかげです」

微笑みながら言う一樹に、瑠那は慌ててそう言った。

それは世辞でもなんでもなく、瑠那の本心だった。

けれどもその言葉に、自然と一樹の笑みが深まる。

「うれしいよ、そう言ってもらえて」

「でも、本当にすごかったわよ、望月さん」

結香が微笑みながら瑠那へ賛辞の言葉を贈る。

この言葉もまた決して世辞などではなかった。

「あ、ありがとうございます」

瑠那は少し照れながらもそう言って嬉しそうに笑った。


「じゃあ、もう1回踊ってみようか」

そんな言葉とともに一樹に手を差し出され、瑠那と一樹は何回か繰り返し踊った。

そうして少し瑠那の息があがってきたところで、ストップがかかる。

「とりあえず、この辺にしておこうか」

「あ、はい」

お互いまだ踊れないわけではない。

しかし、結香の方の練習も必要なわけで、瑠那はこくりと頷いた。

「じゃあ、次は私ね」

「うん、じゃ、はじめようか」

「ええ、あ、望月さん、見ててもいいし、暇だったら空いてるスペース使って勝手に練習してくれていいから」

「あ、はい」

結香は瑠那の返事を聞くと、すぐに練習を開始した。

瑠那は結香の言葉に甘え、せっかくなので練習させてもらおう、そう思いながらふっと結香の方へ視線を向ける。

(う、わぁ・・・きれい・・・・・・)

ふと目に入った結香と一樹のパ・ド・ドゥに、瑠那は金縛りにでもあったかのように目が離せなくなる。

さすが、というべきか普段からパートナーを組んでいるだけあって息もぴったりで、瑠那はしばし呆然と2人の踊りに見入っていた。











「もう、全体の通し練習なんて・・・」

「うん、なんか本番間近って感じになってきたよね」

「ええ、ってそうじゃなくて!」

「なに?」

「振り付けを終えてまだ間もないのに、早いわねって話をしてるのよ!」

「あ、なるほど」

振り付けを全て終えた次の日には、もう全体の通し練習というものが控えていて、愛華はその展開の速さにひどく驚いていた。

だが、瑠那はというと刻一刻と迫ってくる本番に、どきどきわくわくといった感じで、なんだかかみ合わない会話に、愛華はこめかみを押さえながら深い息を吐いていた。






「うわぁ、きれーっ!!」

「すごーい」

オディールが登場してグラン・パ・ド・ドゥがはじまったところで、次々にそんな声があがる。


「さすがね。本当は彼女の性格からして、オディールはちょっと難しいかも、なんて思ってたのに」

瑠那の踊りを見ながら、結香はすぐそばに居た愛華にのみ聞こえるようにそう呟く。

するとすぐにその呟きに対して、言葉が返ってくる。

「瑠那はたぶん、何でも踊ってみせますよ」

「そうね、私もそう思うわ。今踊っている彼女、普段とは別人に見えるもの」

「ええ、本当に」

2人はオディールとして舞う瑠那を目で追いかけ、ただじっとその踊りを見ていた。



「うわぁ」

「さすが・・・!」

またしてもあがる賛辞の声。

今度はオデットに対してである。

オディールにもオデットにもすばらしい踊りを見せ付けられ、その場にいるものは自然と公演の成功を確信しつつあった。


「きれいよね、結香さんのオデット」

愛華はそばにいた瑠那に話しかける。

しかし瑠那はなんだか浮かない顔だった。

「うん、でも・・・」

「でも、なに?」

「ん?あ、えっと、なんでもない・・・」

「そう?」

「う、うん」

なんだか釈然としない瑠那の反応が気になったものの、愛華はそれ以上に結香の踊りも気になり、瑠那のことは気にせず踊りを見ることに集中することにした。


(きれい、なんだけど・・・問題もない、と思うんだけど・・・)

目の前で踊っている結香は本当にきれいだった。

一樹とのパ・ド・ドゥを見たときだって、その美しさに目を奪われた。

しかし、自分でもわからないが何か変な感じがして、瑠那はそのとき素直にきれいだとは言えなかった。

(昔見たオデットの所為、かなぁ・・・)

かつて幼い頃に見た『白鳥の湖』はプロのバレリーナによる、本当にすばらしいものだった。

無意識にそれと比べてしまっているとしたら、なんらかの違和感を感じていたとしてもおかしくないだろう。

瑠那はそう思い、それ以上考えるのは止めることにした。

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