第8話 恋人同士
翌朝、目が覚めると青空が目に写った。沙耶は眠い目をこすりながら、なぜ自分がここにいるのか思い出す。ベランダで寝ている理由を――
「・・・・・・」
隣では横になって眠っている瞬の姿がある。
そうだ、昨夜はここで一緒に花火を見ていたんだ。お互いの気持ちを確認して、それから、それから―――・・・覚えてない。まさか何かやってしまったかと必死で記憶を辿るが、何も思い出せなかった。
と、そのとき、小さく寝息をたてていた瞬が目を覚ました。寝ぼけた目で辺りを見渡し、沙耶と目が合うと、
「わぁっ!」
驚いて飛びのいた。失礼な反応だと沙耶は思う。
「おはよう、瞬君」
「おはよー。びっくりした・・・すごい夢みたー」
「どんなの?」
「内緒。でもいい夢だった・・・」
意味深ににこーっと笑い、瞬は立ち上がる。沙耶は慌てて昨日のことについて訊いてみた。
「瞬君!昨日私何もしなかったよね?」
「えっ・・・・えー!」
「なに!?」
「昨日のことなかったことにすんの!?俺のこと好きって言ってくれたじゃん!」
「や、そうじゃなくて・・・その後」
直で言われると照れくさくなった。沙耶は俯きながらぼそぼそと答える。
その一方で、絶望的な顔をしていた瞬は急に恥ずかしそうになる。
「・・・・キスしたこと?」
「そっその後!私何もしてないよね!?」
「後って・・・姉ちゃんすぐ寝ちゃったじゃん」
「ね、寝た?」
意外な返事に沙耶は固まる。
「そうだよー。花火が終わって姉ちゃんの方見たら寝てんの。起こそうかとも思ってたけど、そのうち俺も眠たくなってきて・・・で、朝までぐっすり」
「そうだったんだ・・・うわーごめんね」
「いえいえ。でも、次に俺の目の前で寝たら襲っちゃうからね」
「!」
顔をくしゃっとさせて笑う瞬の言葉に沙耶は顔を真っ赤にさせた。
▽
その日は新幹線と電車を乗り継いで家まで帰ることになっている。2人は荷物をまとめて、別荘内に忘れ物がないことを確認してから家を出る。
家に帰るまでは2人は恋人同士の気分でいられた。それがわかっているから、なんとなく寂しかった。
「家に帰る頃は6時過ぎかなー」
瞬が時刻表を見て呟く。昨日までのハイテンションが今日はもうない。お互いにわかっているのだ。この関係が他の誰にも知られてはいけないってことくらい。
『法律上では、血の繋がらない姉弟だって結婚できるのに』
花火を見ているときに瞬が呟いた。気になって調べたらしい。
だけど、偏見とかがあるのだろう。なによりも、沙耶たちによって両親が傷つくところなんて見たくなかった。
それでも・・・それでも。
沙耶は瞬の手をぎゅっと握った。
「行こう、瞬君」
今だけは楽しく過ごしたかった。せめて手を繋いで歩いていても、誰からも気にされない場所だけでも・・・
「なんか新鮮だ」
「え?何が?」
在来線に乗り換えた沙耶の隣で足を抱えて座り込む瞬は、照れくさそうに何かを言おうとしている。家を出るとき、沙耶から手を繋いだことが嬉しかったらしく、急激に上機嫌になった。なんというか、単純な男だ。
「だって姉ちゃん学校じゃずーっと俺に対して怒ってない?だから、今こうして手繋いでるのが不思議だなーって思った」
「それは怒られるようなことをしてるからじゃん。廊下走んないでよ。危ないから」
「走ったら構ってくれるじゃん」
「あんた・・・わざとやってたの?」
そうだとしたらとんだ策士だ。沙耶が怒りで震えていると、瞬がにーっと笑って誤魔化す。いつもこの笑顔にやられてしまう。
「次走ったら絶交ね」
「絶交・・・!?なんで!?」
瞬が慌てて立ち上がったときだ。バッグから1冊の雑誌が落ちた。それは沙耶にとっても見覚えがある『Men's モテ期』だ。この旅行にまで持って来たのだろうか。
すばやい動作でそれを拾い上げる瞬。しかしもう遅い。
「・・・・・見た?」
「うん」
あっさりと頷くと、瞬は恥ずかしそうに顔を赤くさせる。
「・・・ほんとはね、ここに書いてある『花火大会で告白!』っていうところを参考にしてもう1回告ろうと思ってたんだけど・・・無理だった。手繋いだことでいっぱいいっぱいだった」
沙耶はその雑誌を見てみた。ラインナップは海での告白の仕方だったが、瞬は真ん中辺りの花火大会の特集のページの端を折ってある。
ふと、沙耶はあることを思い出した。
「地元でも花火あったのに・・・こっちでよかったの?」
「いろいろ考えたんだけど、こっちのほうが姉ちゃんと2人になりやすかったから」
その言葉に、沙耶はなんでもないことのように頷く。内心では恥ずかし過ぎたが。
それにしてもこの雑誌・・・。歯の浮くようなセリフが平気で書いてあって、見ている沙耶のほうが恥ずかしくなってきた。こんな立派な言葉じゃなくて、瞬の言葉だけで十分嬉しいのに。
心の中で小さく笑った。
▽
地元の駅に着いたのは午後6時頃。
並んで歩くときは2人で手を繋いでいたが、地元ということもあって沙耶は人目を気にして手を離そうとした。しかし、逆に瞬はぎゅっと力を込めて離そうとしない。
「瞬君」
「もうちょっとだけ」
と、そのときだ。視界の隅に見知った人物が入ってきた。男女数名の団体――その中にアコという少女がいることに気づく。
「!」
彼らが気づく前に、強引に手を振りほどく。それに驚く瞬は、少し遅れて自分の友人たちの存在に気がついた。
「あっ!瞬だー!!」
「みんな!何してんの?」
瞬が友人に近寄っていく。沙耶は少し離れた所で待つことにした。久しぶりに会ったので少し時間がかかるだろう。
「あの・・・秋本先輩」
ふとかわいらしい声で沙耶は我に返る。気がつくと、アコという少女が恥ずかしそうに立っていた。沙耶もなぜか緊張した。
「私、瞬君と同じクラスの清水っていいます。あの・・・突然ですが、私瞬君のことが好きで・・・」
「え・・・・あの子けっこう馬鹿なのに?」
我ながら姉のような返し方ができたと思う。
「そこがいいんですよ!瞬君が笑うと、こっちまで楽しくなるんです!」
彼女は力説する。そして、彼女の言葉は沙耶にもよくわかる。
「他のみんなには恥ずかしくて言ってないんです!先輩は生徒会長だし、お姉さんだからなんか心強くって・・・・・あの、お願いがあるんです!」
「お願い?」
「8月31日に瞬君と遊びに行きたいんですけど、協力してくれませんか?」
瞬の誕生日だ――沙耶には断る理由が見つからなかった。
▽
少し時間は遡る。
沙耶と瞬が地元の駅に着いて手を繋ぎ、急いで離したところを見ていた人物がいた。
「あいつ―――」
知らないところで世界は動く・・・
文中にも書きましたが
血の繋がらない兄妹の結婚はできるそうです。




