第7話 2人で花火
もはやただのバカップルかも……
瞬と2人になった初日、とりあえずその日の夕ごはんを作るためにカレーライスを作ることにした。瞬が手際よくお米をといでいき、その横で沙耶が玉ねぎを切る。
「うぅ・・・」
「姉ちゃん、泣くなよ~」
玉ねぎを切ることは本当に苦手だ。以前はゴーグルをして切るくらい弱いのだ。
それを見た瞬は少し笑いながら、隣でじゃがいもの皮をむいていく。芽を丁寧に取り除き、いつ見ても手馴れている。
こうして夕飯のときにはカレーライスとサラダが食卓に並んだ。
「おいしそう!いただきます」
沙耶が玉ねぎにてこずっている間に瞬がさくさくと進めてくれていたおかげで、意外と早くカレーはできた。もちろんその味はおいしい。
「おいしいね」
「うん」
会話終了。考えてみれば、2人で過ごすことなんて初めてだ。2人でごはんを食べることはあっても、生活することはなかった。
どうしよう、緊張する・・・沙耶は必死になって話題を考えた。
「瞬君ってさ、誕生日いつなの?」
「俺?8月31日」
「へぇ・・・もうすぐだね」
「でもすっごい微妙だよ。夏休みの終わりに誕生日なんてー。姉ちゃんはいつ?」
「私は11月17日」
なぜか瞬の動きが停止した。
「・・・?どうしたの?」
「あ、いや。兄貴と一緒だと思って」
「兄貴?」
沙耶が小首を傾げると、不思議そうに瞬も首を傾げた。
「言ってなかったっけ?俺さ2コ上の兄貴がいて、両親が離婚したときに別々に引き取られたんだよ」
初耳だ。キョーダイに対して強い憧れを持っていることから、てっきり1人っ子だと思っていた。
「知らなかった・・・じゃぁ、お兄さんはお父さんのところにいるんだね。なかなか会えなくて寂しいんじゃない?」
「全然。俺、あいつのこと嫌いだし」
瞬にも嫌いな人がいたことに驚いた。
「俺の父親は仕事主義の人でさー、いっつも仕事。休日も仕事のことしか考えてなかった。まぁそのおかげでお金は入ってきたけど、母さんはそれが寂しかったみたいでさ、1度だけ父親に『休みの日だけは子供たちのことを考えてあげて』って言ったら離婚になった」
「そうだったんだ・・・」
「まぁそこまではいいんだけど、俺は一緒にいて母さんの苦労を知ってたから、ついてくなら母さんのほうだって思ってた。だけど、兄貴はまるで父親と同じ考え方だった。特に争うことなく父親のほうに引き取られていったんだ――」
「・・・・・・」
「あの2人は好きじゃないけど、新しい父さんは好きだ!仕事の日でも家族のことちゃんと考えてくれるし、すっげー優しい!俺も結婚したらそういう家庭を築きたいって思ってる」
初めて聞いた瞬の気持ち――沙耶は改めて自分が彼のことを何も知らなかったことに気がついた。瞬が寂しそうに笑うのを見て、言いようのない切なさを感じて苦しくなる。
瞬にはそんな顔をしてほしくない。心からそう思った。
▽
土曜日のお祭りの日が来ると、瞬はだんだんにハイテンションになっていった。元々テンションの高い男がさらにハイになると始終笑顔か声が大きくなるかのどっちかだ。
少し前に見た寂しそうな笑顔ではないので沙耶は安心していたが。
「姉ちゃん!行こう!」
遠くからどーんどーんと太鼓のなる音がする。沙耶は慌ててサンダルをはいて、急かす瞬に続いた。
真夏の夕方が少し暗くなってくる頃、お祭りには多くの人で賑わっていた。丁度ちょうちんが灯り、辺りを明るく照らす。
「すごい・・・賑やかだね」
「ここは毎年こんな感じだよ。あ、おじちゃん、リンゴアメ1個ください!」
「あいよ」
おじさんに渡されたリンゴアメをおいしそうに食べる瞬。沙耶が見ていると、にこっと笑ってそれを渡された。
「食べる?」
「え、あ、うん・・・」
少し迷ったが、一口食べてみた。アメの甘い味が口中に広がる。
「か、間接チューだ!」
「いっ言わないでよ!」
沙耶は慌ててアメを返した。
遠くで花火が上がり始める。それに伴って人もどんどん増えていく。
沙耶は少し前を歩く瞬についてくので必死だった。人が増えてきてはぐれそうだ。
パーン・・・
一際大きな花火が上がる。思わず空を見上げたが、次の瞬間沙耶は人に飲まれてしまった。
「あっ!瞬君!」
手を伸ばしても届かない。瞬は気がつかずに先に行ってしまう。その間にも沙耶は自分が後退していくのを感じていた。
やばい、このままじゃはくれちゃう。
必死の思いで人並みをかき分けて進んでいく。とにかく瞬に追いつかなければならない――と、
「姉ちゃん!」
声が聞こえた。その方向を見ると、瞬が必死になって手を伸ばしていた。
「ごめん!俺先行っちゃって・・・」
「大丈夫。戻ってきてくれてよかった」
「・・・・・ん」
そのとき、瞬が黙って手を伸ばしてきた。それは沙耶の少し手前で止まる。手を繋ごうとしていることに気づいた。
姉弟で手を繋ぐことってあるのかなと考えながら、沙耶はその手を握る。おそるおそる握り返された手はとても熱かった。
手を繋いでから、2人は何も買わなくなった。ただずっと握っていたかった。
家に帰ると、祭りの喧騒がどこか遠くに感じられる。祭りの後はいつもこんなに寂しいものだっただろうか。
「姉ちゃん、そろそろ返事・・・聞かせてもらってもいい?」
どくんと心臓が鳴った。ついにこのときが来た。
隣の瞬はこちらの反応をうかがっている。しかし、何を思ったのか握られたままの手をぐいっと引っ張ってきた。
「ベランダ行こう。まだ花火上がってるから!」
どう答えたらいいのかわからない。いや、答えはわかっているのに、それを正解にしてしまっていいのかわからない。
言ってしまったら―――もう元には戻れないかもしれない。
先にベランダに出る瞬。それに対し、沙耶は部屋から動こうとしない。お互いに手だけが繋がれた状態だった。
「姉ちゃん?」
「・・・・・言えないよ」
瞬が顔を上げる。
「言ったら戻れなくなるかもしれない。並んで歩くことができない!壁が怖くて先に進めないよ・・・」
それが今の立っている場所のように。近いのに、大きな壁がある。
と、そのときだ。瞬の手が緩んだ。手が離れるのを感じて、慌てて沙耶は力を込める。手を離したくなかった。それが矛盾しているとわかっていても。
「壁のことは俺もわかる。俺にはその壁を壊すことはできない」
静かに瞬は語る。
「でも、もう少しだけ待ってて。俺はその壁を越えるくらいの人間になる。そのくらい大きな人間になる」
「・・・ほんと?」
「俺は怖くないから言うよ。大好き」
その瞬間、腕が引かれた。瞬の顔が目の前にあって、沙耶は何をされるか理解した。数秒後2人の唇が重なってすぐに離れた。
くしゃっと笑う瞬。その笑顔で沙耶の心は満たされてしまった。沙耶は頷いた。今しか言葉にできない想いを伝えたくて。
「――好き」
言葉にした想いはどんどん溢れていく。
「ねぇ、もう1回キスしていい?さっきの短かった」
「えっ!ちょ、ちょっと待ってよ―――っ!」
今だけはこうして幸せに浸りたかった。




