第6話 家族旅行(2)
海までの散歩――の予定だったのだが、瞬はちゃっかり海パンを持参していた。海=泳ぐことに結びつかない沙耶は水着すら持ってきていなかった。
浜辺にちょこんと座り、海で泳ぐ瞬をなんとなく眺めていることにした。
「楽しそうだなぁ」
水着まではいかなくともボールの1つでも持ってくれば遊べたかもしれない。沙耶は気の利かない自分を悔やんだ。
瞬のことを好きか?と訊かれたら、沙耶はどう答えるだろう。
嫌いではない。むしろ姉としていろいろと心配だし、クラスの友達と仲良くやっているのを見ると安心する。母性本能に近いものを感じていた。
じゃぁ、もし瞬が弟じゃなかったとしたら?
そう考えてありえないなとため息をつく。弟として出会わなかったら、たぶん一生関わることのなかった相手だろう。
でも、特別な感情があることは否定できない――とは思うが、よく考えてみたら、瞬に好きだと言われなかったら持つことのなかった感情だったようにも思えてきた。
ますますわからなくなった。
「姉ちゃん!」
延々と続く思考に歯止めをかけたのは他ならぬ瞬だった。
「わっ!びっくりした!何持ってるの?」
「これワカメ!姉ちゃんにあげる!」
「・・・ありがとう」
黒くて長いワカメをもらった。瞬のことは本当にわからない。
「ここいいとこだね。海も近いし、別荘持ってることにびっくりしたけど」
「いいとこだろ~?俺もよくここに来たし、友達とか連れてきたことあるんだ。この辺はテリトリー内だな」
潮風が髪を揺らす。隣に座る瞬の髪から雫が落ちた。
「ほんとは来週の土曜日までいたかったんだけど」
「?土曜日に何かあるの?」
「祭りがあるんだ。出店とかいっぱい出てて面白いよー!でっかい花火もあがるし」
「見てみたい・・・けど無理だね。お父さんがそんなに仕事休めないだろうし」
父は、土日と3日間の有休で5日間の休みをとった。さすがにそれ以上休むことができないらしい。そのため、沙耶たちが帰るのは来週の水曜日だ。
だが、瞬は体をソワソワとさせて落ち着かない。トイレにでも行きたいのだろうか。
「あのさっ・・・」
「ん?」
「ど、土曜日まで!い・・・一緒に」
瞬が何を言いたいかわかった。わかったから、心臓が1度だけどくんと高鳴った。
しかし何を思ったのか、瞬はぶんぶんと首を振った。
「一緒に花火見よう?」
真剣な表情で言葉を紡ぐ瞬。緊張して顔が赤くなっている。
「――いいよ」
たぶん同じくらい沙耶の顔も赤くなっていた。
土曜日まで別荘に滞在する件は意外にもあっさりと承諾された。
「花火かー。いいね」
父は自分が花火を見られないことを悔しがっていた。
「私も花火見たいんだけど・・・弁当屋が今人手不足だから~」
「でも、帰りはどうするの?日曜日に僕が迎えに行こうか?」
父の提案に瞬は首を振った。
「帰りは電車で帰ってくる。それも旅行みたいで楽しいかなって」
「わかった。気をつけて帰っておいでよ」
これが年頃の娘を持つ父親のセリフだろうか。だが、深く詮索されないところはありがたい。なぜか後ろめたさを感じていたから。
こうして、お祭りまで旅行が延長されることになった。
▽
自然に囲まれた環境で勉強しているからだろうか。予想以上に勉強がはかどった。部屋に閉じこもっていると勉強をしていると思われているのか、誰も邪魔してこない。1日の中では、家族と顔を合わせるのがごはんのときだけの日もあった。
「ふー・・・ちょっと休憩しよう」
腕を伸ばし、ひと段落着いた数学のテキストを閉じる。新鮮な空気を吸いたくて、沙耶はバルコニーに出ることにした。ここから海は見えないが、見晴らしがとても良い。
ふと、大きく深呼吸をしたときだ。隣の部屋から声が聞こえてきた。
「はははっ!マジで?」
瞬の声だ。誰かと電話しているのだろうか。盗み聞きはよくないと思うが、なんとなく声に注意を向けてしまう。
「俺?俺は今家族で静岡に来てんだー。次の日曜日まで帰らないから祭りには行けないや。ごめん・・・でも誘ってくれてありがとう」
地元の祭りにでも誘われたのだろうか。沙耶は部屋の中に戻ろうとした――が、
「行く行く!絶対行く!それってアコも行くよな?」
それに反応した。
アコって色白の仲良しさんのことだ。行くってどこに?もしかして地元の祭りに行くことにしたのだろうか。こっちの祭りはやめたのだろうか。
なんだか嫌だった。瞬に「やっぱり帰ろう」って言われるのが。
それっきり声は聞こえなくなってしまった。
▽
両親が先に家に帰る日になった。結局「帰ろう」と言われることなくこの日を迎えてしまった。
玄関先で短パンをはいた瞬はなぜか上機嫌だった。
「じゃー火の元には気をつけてね~」
「うん!わかった!」
「なんかあったら家に電話してくるように」
「うん!」
元気のいい返事。沙耶にはその意図がさっぱり読めなかった。
2人を見送った後、瞬は妙にウキウキしながら沙耶を見てくる。
「2人きりだね」
このにこにことした笑顔の下で一体何を考えているのだろうか。
沙耶は先日聞こえた電話のことを思い出す。詳しく聞いたわけではないが、祭りのことについて話していた。
「瞬君、土曜日のお祭りは行くでいいんだよね?」
「え?モチロン!一緒に行こーよ」
顔をくしゃっとさせて笑うのが瞬の特徴だ。それを見ると沙耶は心から安心する。この笑顔が好きなんだ。
お祭りまであと3日―――




