第5話 家族旅行
高校近くに新居を構えたことで、時々瞬が高校の友達を連れてくるようになった。大体5~6人くらいで、自室にこもっていることもあれば、居間にいることもある。
瞬にとって高校生活が上手くいっていることにほっとする一方、沙耶には気になることがある。
・・・それは、必ずといっていいほど瞬の隣にいる色白でかわいい女の子の存在。
「お邪魔してまーす」
今日も帰宅すると居間に数人の男女がいた。手を振る瞬の隣にやっぱり例の女の子がいるのを沙耶は目ざとく確認した。
「どーぞ!ゆっくりしてってね」
愛想笑いを浮かべて返すと、彼らは「はーい」とか言いながらまたおしゃべりになる。女の子が瞬に耳打ちをし、互いに笑い合っている姿を見てなんとなくむっとした。
前回変な告白をされてから再び音沙汰がない。それどころかこんなふうに友達を連れてくることも増えて、沙耶の出番なんてないような気がしてきた。あの女の子とも仲がいいようだし・・・
たまに大きな声での会話が聞こえて、どうやら彼女の名前がアコということを知った。
▽
「瞬君、お風呂空いたよー」
普段は開けることのない、沙耶の部屋と瞬のそれを繋ぐドアを開けたが、中には誰もいなかった。トイレにでも行っているのかと思って引き返そうとしたとき、沙耶は足元に転がる1冊の雑誌を目にした。
その題名は『Men's モテ期』。なんともうさんくさい名前だ。
だが、沙耶の目を引いたのはその表紙にかかれてあるラインナップだった。
『これで最強!海で憧れのあの子をゲット!』
よくわからないが、要は海で彼女に告白するテクニックでも書かれているのだろう。
「姉ちゃん!?」
部屋のドアが開いたことでようやく我に返った。ドアに背を向けていた沙耶は慌てて雑誌を物陰に隠す。まるで彼氏の携帯電話を見たときのような罪悪感が沙耶を襲った。
「えっと・・・お風呂空いたからどうぞって言おうとしたんだけど」
「うん、わかった・・・って、もしかして見た?」
「な、何を?」
「――本棚の裏とか」
「見てないけど・・・何かあるの?」
訊ねると、瞬は大げさなくらいぶんぶんと首を振った。男の子のバイブルでも隠し持っているのだろうか。
だが、沙耶の気になることはそこではない。さりげなく瞬の予定を聞いてみることにした。
「ねぇ・・・高校生活は順調?」
「順調だよ!夏休みに友達と海に行くことになっててさー。めっちゃ楽しみなんだ」
決定的だ。沙耶は重い石を落とされたような気分になった。これが普通のことなのに、弟に好きな人がいることにショックを隠せない。
「姉ちゃん?どしたの?」
「なんでもない。おやすみ!」
「えっ!もう寝るの?」
それに返事をすることもなく、沙耶は『禁断の地』と書かれたドアから出て行った。
▽
夏休み直前。季節は完全に夏になった頃、休日の秋本家で1つの話が持ち上がった。
「旅行?」
「そう!私たち家族になってからまだ旅行らしいこと何もしてないじゃない?夏休みだし丁度いい機会だから、どこかへ遊びに行こうってお父さんとも話してたのー」
「旅行かぁ・・・」
母がにこにこと笑って提案してきた。
正直行きたい気持ちはある。しかし、今年は沙耶にとって大学受験に備えなければならない年だ。少しぐらいならいいかと思っていると、
「もちろん沙耶ちゃんは受験生ってこともあっていろいろ考えたんだけど・・・実は静岡にうちの別荘があってね」
「別荘?」
初耳だ。別荘なんて管理するほど母たちはお金持ちだったのだろうか。
「そう。自然が多くて海も近いからリラックスしながら勉強できると思って、そこに行こうと思ってるの。どう?」
「わぁ・・・行きたい!」
「じゃぁ決まりね。あ、瞬も丁度よかった」
タイミングよく帰ってきた瞬に、母は今と同じ説明をする。と、彼は嬉しそうに目を輝かせた。
「行く!」
「よかった。これで決定ね」
「姉ちゃんも行くよな?」
「うん。もちろん」
「よっしゃ」
何が嬉しいのか、彼は顔をくしゃくしゃとさせて喜ぶ。こういう無防備な笑顔がかわいくてついどきっとしてしまう。
でも、いまいち瞬のことがわからない。彼の言っていることはどこまでが本当なんだろうか。
▽
静岡にある別荘とは、沙耶のイメージでは海沿いに建っていると思っていたのだが、どちらかというと木々に囲まれた自然の中にあった。10分ほど歩けば海に着くらしい。
しかし、別荘は白い建物にオレンジ色の屋根でとても洋風だった。中は広く、新築のようだった。
「なつかしー」
ショルダーバッグを降ろすなり、瞬は慣れたように家の中を駆け回る。沙耶と父は勝手もわからずに玄関に佇んでいた。
「お母さんってお金持ちだったの?」
「うーん・・・実家にお金があるとは言っていたけど」
「何してるのー?早く入っておいでよ」
母の言葉に、2人は慌てて靴を脱いだ。
1週間程度の滞在予定で、その間の部屋が決まった。2階に3部屋、1階にも居間や台所以外の部屋があり、沙耶は2階の部屋を使わせてもらうことにした。
「一応おとといここに来て掃除しといたんだけど、この部屋でいいかしらー」
「うん!すごく気に入った」
「何か困ったことがあったら隣が瞬の部屋だし、私たちは1階だから遠慮なく言ってね」
母は上機嫌で階段を下っていく。この後父と散歩に出かけるらしく、ウキウキなのだ。
取り残された沙耶は文字通り暇だった。この辺りを散策してみたい気がしたので瞬を誘って一緒に行こうかと考えたが――部屋に入ったきり出てこない瞬の部屋を見て沙耶は誘い方を考える。
一緒に散歩しないと誘うだけなのに、それだけでも緊張してしまう・・・なぜだろう。
「瞬君、ちょっといい?」
「ねっ姉ちゃん!」
相手の返事も待たずにドアを開けると、何かを慌ててベッドの下に隠したばかりの瞬と目が合った。誤魔化すように笑っている。バイブルでも持って来たのだろうか。
沙耶は気を取り直して、瞬に向き直った。
「あのね、この辺を散歩してみたいんだけど・・・瞬君も一緒にどう?」
「そ、それってデート?」
いつもならそれを受け流す術を持っているのだが、それを忘れてしまった。デートかと訊かれて沙耶は不覚にも赤面してしまったのだ。それを見た瞬も目のやり場に困って俯いてしまう。
「い・・・嫌ならいいんだけど」
「行く!」
嬉しそうに立ち上がる瞬。
なぜだろう。弟を散歩に誘うだけなのになぜこんなに緊張してしまうのだろうか。




