第2話 愛すべき馬鹿だけど
「俺、姉ちゃんのこと好きかも」
突然の弟の告白から3秒。沙耶が何か答える前に、瞬が頭を抱えてもだえた。
「ああー!俺はどうしたらいいんだー!」
「瞬君?」
「俺高校デビューめっちゃくちゃ楽しみにしてた・・・のに!これじゃぁ俺の計画が丸つぶれだー!」
さらに沙耶が手を差し出そうとすると、瞬は床に手を叩きつける。何かに後悔しているらしい。
「しかも念願の姉ちゃんに惚れちゃうなんて!学校でかわいい彼女と遊んで、家で新しい家族との団らんごはんを楽しみにしてたのに!!」
「いや、私のこと好きじゃなくなれば、その計画実行できるんじゃ・・・」
「それは無理!」
そこで初めて瞬は顔を上げた。ダイレクトに目が合い、思わず一歩後ずさった。
「姉ちゃんってすっげーかわいくって大好きだって思った。最初に会った瞬間からずっと・・・」
曇りない瞳。沙耶は赤面してしまうのを感じた。
と、そのとき、唐突にぎゅっと腕を握られた。
「しっ・・・!」
「し?」
「真剣に考えといて!」
「あ・・・うん。わかった・・・」
なにを?と、つっこみたくなったが、瞬がすごく嬉しそうに自分の部屋へ上がっていったのでそれ以上言うことができなかった。
それにしても、まさか、あの、会ったばかりの弟に告白されるなんて思ってもみなかった。
▽
告白をされたんだと沙耶が実感したのは、その翌朝のことだった。2階の自室から居間に下りてくると、両親と瞬がすでに起きていて笑顔で出迎えてくれた。
「おはよう、沙耶ちゃん」
母のほんわかとした笑顔は心を和ませる。今日は弁当屋の仕事がお休みらしい。
「おはよっ・・・?」
普通に挨拶を返そうと思ったときだ。視界の片隅で瞬が満面の笑みで顔を向けてきた。なぜ朝からハイテンションなんだろう。
「なに?」
「昨日のこと考えてくれた?」
「き、昨日の話?そんなのすぐに考えられるわけないじゃん!」
思わず声を大きくしてしまったことで、背後の両親の気配を感じてなんとかトーンを落とす。
・・・というか、今言葉を間違えた気がして沙耶は首を傾げる。「考えられるわけがない」ではなくて、「バカな話」だと一蹴しなきゃいけないのに。
「そうかぁ・・・わかった。気長に待つことにする」
笑い方が大人しくなった瞬を見て、少しだけ沙耶は不安になる。
「そ、それと、このことは誰にも言わないで。あくまでも私は瞬君の姉なんだからね?」
「姉・・・!もちろん!」
その反応がなんだかわからない。一体沙耶のことを姉として好きなのか、1人の女性として好きなのか・・・・・
瞬には悪いが、沙耶が彼を好きになることはないだろう。
山盛高校生徒会長として模範生でありたいのに、血が繋がってないとはいえ弟と恋愛をするわけにはいかない。しかも、あんな「愛すべき馬鹿」となんて。
その日の学校にて。
沙耶が昨日のことを悶々(もんもん)と思い出しながら廊下を歩いていると、ちょうど食堂でパンを買うために並んでいる生徒の中に瞬の姿を見つけた。
「あ、弟君じゃん」
隣を歩く友人の七海が呟く。もちろん彼女は何も知らない。
瞬は男友達2人と談笑していて、沙耶の存在には気づいていない。こうして見てみると、普通の男の子だ。
「どう?いきなり年の近い男の子と1つ屋根の下は?」
「べっ別に・・・何も?」
「なーんかロマンス的なことが起こったりしてねー」
心臓に悪いジョークに沙耶は笑えなくなってしまった。
「あ!姉ちゃん!」
気づかれてしまった。一瞬隠れようか本気で迷っている間に、瞬と友人2人がこっちに駆け寄ってくる。
「って瞬は並んでないとパン買い損ねるぞ」
「わっ!しまったー」
友人の言葉に振り返ると、すでに列は詰められていて今さら戻ると横入りになってしまう。仕方なく瞬はパンを諦めた。
「ってか、瞬って生徒会長の弟だったんだ」
「そうだよ。前から言ってるじゃん」
「馬鹿だから冗談だと思ってたんだよ」
「はーぁ?」
けらけらと笑う友達に対して、面白くなさそうな瞬。
ふと沙耶は瞬の日頃の様子を聞いてみたくなった。
「あの、弟はクラスでちゃんとやってますか?まさか馬鹿なことやってませんよね?」
「いやー・・・もう愛すべき馬鹿って感じで。こんな感じですよ。まぁ一緒にいて楽しいけど」
「もっといいこと言えないの?とても紳士的です!とか」
予想通りだが、上手くやっているようでほっとした。ちゃんと高校デビューができているんだ。姉を好きにならなければこれからも仲良くやっていけるだろう。
「って・・・姉ちゃんの友達さん?入学式のときに司会をされてた方ですよね?」
そのとき、瞬は隣にいる七海を見つけたらしくぺこりと頭を下げた。
「初めまして。いつも姉ちゃんがお世話になってます。俺、弟の瞬です」
「初めまして。いつも姉ちゃんをお世話してる桐島っていいます。でもよく覚えてたね?私が司会してたって」
似たようなセリフで七海は返す。それに対し、瞬はなぜかとても嬉しそうだ。
「わかりますよ。俺、この人の声好きだなって思ったから、印象に残ってたんです」
「!?」
「でもよかったです。桐島先輩のようなしっかりしてて落ち着いた人がいれば、姉ちゃんも心強いと思います。これからもよろしくお願いします」
「え―――」
こんな男子高校生が言いそうもないセリフをさらっと言う瞬。友人はなぜか照れくさそうにして彼を強制退散させ、言われた七海はなぜか俯いている。
沙耶はというと、複雑な気持ちで突っ立っているしかなかった。
「なんか口説かれた気分・・・」
最後に七海がぽつりと呟いた。
▽
昼間、あれほど歯の浮くようなセリフを言った瞬は、帰宅すると台所で料理を作っていた。確か母の仕事は休みのはずだが、どこに行ったのだろうか。
「なんか弁当屋で急に休みの人がいたから、代わりに入ることにしたんだって」
瞬はほうれん草を茹でながら答える。何を作るのかと沙耶が訊ねたら「茶碗蒸し」だと彼は答えた。
それにしても手際がいい。ほうれん草を茹でる傍ら、しいたけを切ったり、卵をといたりしている。
「・・・私も手伝う」
「えっ!料理できんの?」
「できるよ」
これでも父が再婚するまでは家事全般を1人でこなしてきたのだ。茹でたほうれん草を切り、手でしぼっていく。
それをじっと瞬は見つめる。料理の腕を疑っているのだろうか。
「なに?」
いい加減視線が痛くなって顔を上げると、瞬はにこっと笑って、
「新たな発見した。姉ちゃんは家庭的で優しいんだって」
「はっ・・・?」
にこーっと笑って再び止めていた手を動かす瞬。沙耶は一瞬思考回路が停止したが、遅れて心臓が高鳴るのを感じた。
意識してしまう。
弟は惜しみなく他人を褒めることができる人だった――・・・




