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姉 × 弟  作者:
12/16

第12話 兄弟

『姉としての私と、女としての私、どっちか選ぶとしたらどっちがいい?』


 そんな質問を瞬にしてから一夜明けた今日、沙耶が部屋を出ると丁度自分の部屋から出てきたばかりの瞬とばったり遭遇した。

「・・・・・おはよう」

 瞬が挨拶してくれたような気もするが、とっさに沙耶はドアを閉めてしまった。感じ悪かったなと後悔したが、今さら開けるのもかえって変だろう。

 思い返せば昨日、瞬はその返事に対して「わからない」と答えて部屋に帰っていってしまった。

 予想外の返事だった。瞬だったら「どっちも好きだけど、女としての姉ちゃんが好き」とか言ってくれると沙耶は思っていたのに。関係をぎくしゃくさせてしまうほど困らせてしまうとは思わなかった。

 余計なことをしなければ良かった――神木のばかやろー!と逆ギレした。



 今日の朝ごはんは、トースト、目玉焼き、ベーコン、それからサラダ。それに牛乳かオレンジジュースを飲むのが沙耶の日課だった。6時半に起きてまず4人で食卓を囲む。

 いつもはうるさい瞬は、今日は沙耶の反応を気にしているのか静かだ。なんとなく重い雰囲気の中でカチャカチャと食器の音が響く。

 父はしきりに沙耶たちを気にしている。母は場違いなほどほんわかとしていた。

「あれ?瞬ってば、いつのまにマグカップに変えたの?」

「あ、昨日」

 そういえば昨日お土産だと言ってマグカップを渡した。どうやら使ってくれているらしい。

「そうなの~!前はマグカップ見ると兄ちゃんのこと思い出すから使わないって言ってたのにー」

「それってどういう意味?」

 沙耶の疑問を父が代弁した。

「昔瞬のお気に入りだったマグカップをお兄ちゃんが割っちゃったことがあるのよ」

 どこかで聞いたことがある話だ。昨日、神木が似たようなことを言っていたような――思わず沙耶は口を開いた。

「もしかしてそのお兄さんって・・・神木有って名前だったりする?」

「そうよ~」

 やっぱりか・・・再婚したことを知っているくらい親密だが、卒業アルバムには載っていないが小学生までは同じ学校。嫌な予感が的中した。瞬は以前2コ上の兄貴がいると言っていたが、アルバムに兄貴が写っていないのは当然だ。年上なんだから。

 それにしても似てない兄弟だなと沙耶が思うと、ふいに瞬と視線がぶつかった。驚いたような表情をしているのはなぜだろうか――



「なんで姉ちゃんがあいつの名前知ってるの?」

 部屋に戻ろうとすると、沙耶の部屋の前でしゃがみ込んでいる瞬の姿があった。その顔は笑っていない。沙耶も無表情で答えた。

「別に・・・会ったから」

「いつ?どこで?」

「そんなの瞬君には関係ないじゃん」

 そう言って強制的に話を終わらせようとしたら、瞬に強引に腕を掴まれて彼の部屋に連れてこられてしまう。ドアをばたんと閉めると、そのまま壁に押し付けられた。背中が痛くなる。

「いたっ」

「もうあいつとは会うな」

「なっなんで」

 怖い。それは瞬に対して初めて抱いた感情だった。全くの無表情。こんな瞬は初めて見た。

「あいつは俺のことを嫌ってんだ・・・何されるかわかんない」

 無意識だろうが、瞬の手に力がこもる。そのせいで掴まれた腕が痛くなる。振りほどこうにも力じゃ敵いそうもない。

 沙耶は諦めて小さくため息をつく。なんだか無性に腹がたってきた。

「迷惑」

「え――」

 瞬の力が弱まる。その隙に、沙耶は腕を振り払った。

「そういうの迷惑。なんでただの弟にそんなことまで心配されなきゃいけないの」

 それだけ言って、沙耶は自分の部屋に通じるドアへと消えていく。ぱたんと音だけが大きく響いた。


            ▽


 そんな関係が3日続く。瞬は時々沙耶に話しかけようと試みているようだが、沙耶のほうが一向にそれに応じようとしない。自分でもつくづく思うが頑固一徹(いってつ)なのだ。

 学校でもそんな態度をとっていたら、一部の生徒から「鬼の生徒会長が不機嫌だ」と言うようになり、最近腫れ物にでも触るかのような扱いになっているのは気のせいだろうか。



「ねー瞬君と何かあった?」

 カンのいい七海に的を射た質問をされ、さすがにぎくっとなった。

「別に・・・私が悪いだけだもん」

「なんだかよくわかんないけど、早く仲直りしてよー?沙耶と瞬君の掛け合い面白いんだから」

「・・・笑いをとってるわけじゃないんだけど」

「――話は変わるけど、こないだ会った神木?っていう人って、どことなく瞬君に似てるよね」

 本当に話が変わったなと思いつつ、神木という名前に反応する。今1番聞きたくない言葉だ。

「全然似てないと思うけど、なんで神木が出てくるの?」

「いやー・・・そこにいるから」

「!」

 そのとき、ようやく沙耶も気がついた。なんと高校の玄関口で他校の制服を着た神木が立っていることに・・・



 30分後、沙耶と七海と神木は3人で近所のファミレスに入ることになる。神木のおごりというので、沙耶たちはドリンクバー+高価なデザートを頼んでやった。

「やーよかった。もし瞬のほうが先に出てきたらどうしようかと思ってたよ」

 あいかわらず偉そうな態度で2人掛けソファを占領し、足を組んで沙耶たちを見る神木。ファミレスだからあまり威厳はないが。

「何か用ですか?瞬君のお兄さん」

「えっ?そうなの?」

 七海が驚く。その一方、神木は涼しい表情を崩さなかった。

「当たり。俺と瞬は正真正銘血を分けた兄弟だよ」

 その言葉に、沙耶は引っかかりを覚える。

「似てないですね」

「よく言われる。目だけが似てるって言われなくもないけど、基本的に俺は父親似、あいつは母親似なんだ」

 本当に似てない兄弟だなと沙耶は思う。ついでに、瞬が生まれたときは『神木瞬』で、離婚したことで『荻野(おぎの)瞬』になり、再婚して『秋本瞬』になったことになる。2度も変わって大変だなとか、だんだん名簿番号が早くなっていったなと場違いなことも考えた。

「仲は良くなかったけどね。だから、あいつの新しいキョーダイに興味があるんだ」

「は・・・?」

 なんとなく嫌な話の展開になったと沙耶が思った瞬間だ。


 ガタッ


 割と大きな音を立てて七海が立ち上がった。

「行こう。沙耶」

「えっあ・・・うん」

「ごちそうさまでした」

 七海はそれだけ言うと、沙耶を急かしてさっさとファミレスを出て行く。沙耶は後のことが気になって振り返ると――

 とても困ったような表情で俯いている神木の姿があった。

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