第11話 2つの選択肢
夜の10時頃、瞬の部屋に通じるドアを開け、開口一番に沙耶が放った言葉は、
「瞬君さえ迷惑じゃなければなんだけど、お願いがあるの!」
ベッドに寝転んでマンガを読んでいた瞬は挙動不審な態度で起き上がった。
「な、なに・・・?姉ちゃん」
「私がこんなこと言うのも変だし、言いづらいんだけど・・・」
「う、うん!とりあえずこっちにおいでよ」
別のことを考えている沙耶は素直にそれに従って、瞬のベッドにぺちょんと座った。瞬がそわそわしながら待っている。
「姉ちゃん今日大胆だね」
「そうかな・・・そうかもしれない」
沙耶はどきどきしながら瞬の顔を見る。緊張で心臓が鳴り響く。
「私・・・私ね」
「うん」
「瞬君の卒業アルバムが見たいだけなので、その手をどけてほしいんだけど」
「えっ」
いつのまにか瞬の手は沙耶の肩にあり、もう少しで押し倒そうとしていたところだった。
瞬によって出された卒業アルバムは2冊。1冊は小学生のもので、もう1冊は中学生のときのものだ。
「卒業アルバムなんて見てどうするの?」
「ただ見たいだけ。昔はどんな感じだったのかなーって」
そう答えたが、1番の大きな理由はそれではない。中学生のときの写真をあらかた確認して、目的の人物を発見できなくてすぐにアルバムを閉じる。次に小学生のときのものを手に取った。
「・・・いない」
友達だと言っていたが、神木は同じ学校ではなかったのだろうか。
「いるよ。6年2組」
「えっあ・・・ほんとだ」
そのページには顔をくしゃくしゃにさせて笑う瞬の姿がある。小学生のときの彼はこんな感じだったんだ。かわいくてどきどきしてきた。
「変わってないね」
「そんなことないよー!この頃よりずっと背が高くなってる!でも、懐かしいなぁ・・・みんな元気にしてるかなー」
アルバムを見ながら懐かしむ瞬。この顔を見ていると、思い出の中に悪いものがあるようには思えない。
今日会った神木に対する印象は沙耶の気のせいなんだろうか。彼は、瞬の親が再婚したことを知っている男だ。もしかしたらとても仲の良い友達なのかもしれない。
いや・・・友達があんなことをするだろうか。沙耶はさっきの出来事を思い出す。
『このこと他の人に知られたくないよね。だったら今度の日曜日、1日俺につきあってよ』
何か脅されているのだろうか。行かなければバラすということだろうか・・・沙耶は自分の不甲斐なさにため息をつきたくなった。
「姉ちゃん?」
はっとして我に返ると、きょとんとした表情でこっちを見る瞬と目が合う。彼には心配をかけたくない。
「ううん。なんでもない」
沙耶は作り笑いで誤魔化した。
▽
そして、日曜日。重い気持ちで沙耶が約束の場所へ向かうと、意外にも相手は先にそこへ到着していた。しかも、とても意外そうな表情で、
「ほんとに来た」
と呟く。沙耶はボロを出さないようになんとか平静を保つ。
「別に瞬君とのことにやましいことがあって来たわけじゃないから。ありもしないこと言いふらされても迷惑なんで」
「はいはい。弟とデキてるなんてあんまりいいもんじゃないしね」
わざと言っているとしか思えない。沙耶は目の前の男に対する警戒心をさらに強めた。
「俺の買い物につきあうこと。それから、俺の言うことを1つだけ聞くこと。この2つを守ってくれたら仲良しなことを言わないって約束するよ。誓約書だって書いてもいい」
沙耶は神木をきっと睨み、無言を承諾に変えた。
買い物とは日常雑貨を買いに行くことだったらしい。思いもよらぬ買い物に正直驚いた。
「何を買いに来たんですか?」
「マグカップ。あんたを見てたら思い出したんだ。前に瞬に会ったとき、あいつのマグカップ割っちゃったなって」
神木は適当にカップを手に取り、首を傾げてはまた元に戻す。
「瞬君とはどういう関係ですか?同じ学校じゃありませんよね」
「小学生までは同じだったよ。中学からは違ったけど。お、これはどう思う?」
差し出されたのは、青を基調にしたシンプルなデザインのマグカップだ。これは男性でも使いやすいものだろう。
「・・・いいんじゃないですか」
「じゃぁ、これに決めた。こいつを瞬に渡しておいてね。俺からだと、あいつもらってくれないから」
「・・・?はぁ」
気のない返事を返すと、神木はにっと笑ってさっさとレジに向かってしまう。本当に買い物だけが目的だったらしく、用を済ますと早々にショッピングセンターを出た。
沙耶は裏があると信じて警戒心を緩めなかったが。
「今日はつきあってくれてありがとう。マグカップ渡すのよろしくね」
「1日つきあったので、余計なこと言わないでくださいね」
「言わない言わない」
「それならいいです。じゃぁ・・・」
すぐに退散しようとした沙耶だったが、
「ねぇ、1つだけアドバイスしていい?」
振り返ると、静かに笑う神木の姿がある。
「帰ったらあいつに聞いてみて。『姉としての自分と、1人の女としての自分・・・どっちか選ぶとしたらどっちがいいか?』って。予想外の反応が返ってくるかもよ」
「は?」
それだけ言うと、神木は立ち去ってしまう。後を追おうとも思わなかったが、沙耶の中で何かが引っかかった。
▽
なんだかどっと疲れた・・・沙耶は家に帰るなりベッドに寝転がり、そのまま寝入ってしまう。
夢うつつにいろいろなことを考えた。妙に気になる。神木は何者なんだろうか。
ふと、風を感じて目を開ける。
「あ、姉ちゃん起きた」
「!」
すぐ目の前に瞬の顔があり、さすがに驚いて飛びのく。いつからここにいたのだろうか。
「声かけても返事ないからさー、勝手に入っちゃった」
「びっくりしたー・・・えっ?今何時?」
「10時」
そう答えて瞬は沙耶のベッドに座る。スプリングが揺れた。
「ここ姉ちゃんの匂いがするな」
「・・・臭いってこと?」
「違うよ!俺の好きな匂いだ」
ストレートにそんなことを言われると、何も言えなくなってしまう。沙耶はかぁっと顔を赤くさせながら目のやり場を求めた。そんな沙耶を瞬は笑う。
「姉ちゃん、照れてる」
「ちがっ・・・きょ、今日!お土産があるの!」
「お土産?」
沙耶は神木から渡されたマグカップを差し出した。不思議な顔をした瞬がそれを開けている間、沙耶は神木のアドバイスを実行してみることにした。
「瞬君、姉としての私と、女としての私、どっちか選ぶとしたらどっちにする?」
「え――」
なぜか瞬はマグカップを片手に絶句した。とても恐ろしいものを見たような顔をしている。
むしろその反応に沙耶は驚いた。
「や・・・・・わからない」
それだけ言うと、瞬は黙って自分の部屋に戻っていった。




