第10話 偉そうな男のたくらみ
新学期が始まり、3年生が本格的に受験勉強を始めた頃、1人の少女が早くも受験に嫌気が差してきていた。
「もう無理だっ!沙耶、駅前にアイス食べに行こう!」
「いいけど・・・また?これで3回目だよ?」
「疲れたら糖分なの!」
2学期になってから七海は勉強をして集中力が切れると、すぐにアイスを食べにいくようになった。どうも夏休み中に何かあったらしいが、詳しいことは沙耶にもわからない。
「夏休み中に男の子と遊びに行ったら、不意打ちでキスされた」
アイスに並んでいる最中、七海は最近の不機嫌の原因をようやく話してくれた。
それにしてもすごい内容だ。七海は元々モテていたが、誰か特定の人とつきあっていなかったはずだが。
「それも公衆の面前で。もう人間不信になりそう・・・」
「それはー・・・最悪だったね」
「だからかなー。沙耶の弟君みたいな無害そうな男の子に惹かれたのは」
その言葉に沙耶はどきっとしてしまう。
「ところで沙耶こそ夏休みに何かあったでしょ?なんか醸し出すオーラが幸せです~って言ってるよ」
「な、何もないよ!」
まさかその弟と何かあったとは言えるはずもない。これは誰にも言えないことだ。
「うそくさー!吐けよー!」
「ないって――わっ!」
沙耶が答えた瞬間、丁度アイスを買ったばかりの人とぶつかってしまった。持っていたアイスがその人物の服にべちょっとついてしまう。
一瞬で沙耶は血の気が引いた。
「ごっごめんなさい!」
その人は同じ高校生だった。少しつり目だが、整った顔立ちをした男の子だ。
「気をつけて」
「あの・・・服が」
「気にしないで」
それだけ言うと、彼は隣を歩く女子高生と一緒に立ち去ってしまった。クリーニング代を弁償しようとしたのだが、怒っていないようなのでほっとした。
「なんか偉そうな人」
隣で七海がぼそっと呟いた。
しかし、物事はそう上手くはいかない。七海と一緒にアイスを食べていると、誰かが近づいてきたことに気づく。沙耶が顔を上げると、驚いて声が出なくなった。
「どうも」
「あっ・・・さっきの」
沙耶の不注意でぶつかってしまった男の子だ。すでにアイスのシミは洗ったのかなくなっているが、にこやかな笑顔なのになぜか怖い。
「さっきはすみません・・・クリーニング代弁償します」
「それは大丈夫。それよりここ座るよ」
愛想よく笑いながら、その人物は勝手に沙耶たちのテーブルに同席する。さっきまで一緒にいた女の子はどこかに行ったのかもういない。
それにしても偉そうな男だ。勝手に座って、頬杖をついている。
七海が露骨に不信感を出した。
「何か用ですか?」
「ちょっと気になることがあったからここに来たんだ。ねぇ、君たちの制服って、もしかして山盛高校の?」
「そうですけど」
「やっぱりそうだ。俺の知り合いが山盛高校行ってて、見覚えがあるって思ってたんだ。知ってる?荻野瞬って」
「知りませんねー。学年とかクラスが違うと、同じ高校でも案外知らないものですよ」
七海にしてはかなりぶっきらぼうだ。それだけ不機嫌なようだ。
だが、沙耶には聞いたことがある名前だ。瞬の母は、父と結婚したから苗字を秋本に変えた。旧姓は荻野だと聞いたことがある。だから、必然的に息子の瞬も荻野と名乗っていたはずだ。
瞬の友達だろうか。しかし、あまりいい印象を受けないのはなぜだろうか。
「あ、親が再婚したから苗字が変わってるかもしれない。今1年生なんだけど」
「再婚って・・・もしかして瞬君のことじゃない?」
そこで初めて七海が気づいた。沙耶は仕方なく頷いた。
「たぶんそうだと思う。前の苗字が荻野って言ってたから・・・瞬君の友達ですか?」
最後の言葉は男に向けられる。
「うーん・・・まぁそんなところ。君は?もしかして瞬の彼女?」
「・・・姉です」
沙耶の言葉に、なぜかその人物はとても驚いたようだ。目を見開いてしばらく固まった後、顔をしかめてしまう。その反応が気になった。
不信感を隠さない七海は、深いため息をつく。
「ねぇ、ナンパするんだったら名前くらい名乗ったらどう?」
「そうだね。俺は神木っていいます。よろしく」
「変な男」
それが七海にとっての第一印象だったらしく、不機嫌にさらに拍車をかけてしまったようだ。
沙耶にとって彼は「嫌な予感がする」相手だった。
▽
七海と別れた後、沙耶は駅からバスで自宅まで戻ろうとした。時刻は午後5時過ぎ。まだこの時間は外も明るかった。
ふと、バッグの中に入れっぱなしにしてある携帯電話を見ると1件のメールが届いていることに気づいた。相手は瞬のようだ。
『ウワサのカキ氷食べに行ったら頭痛いっ!でも激ウマ(^^)今度一緒に食べに行こ』
メロン味と思われるカキ氷の写真が添付されていて、見ていて微笑ましくなった。沙耶は1人でクスクスと笑いながら、そのメールに返信しようとした――そのとき、
「瞬から?」
突然頭上から声がかかってきて驚いた。振り返るとさっきまで一緒に話していた男がにこっと笑って立っている。名前は確か――神木だっただろうか。
「かっ神木君――!」
「どうも。よく会うね」
本当にそのとおりだ。沙耶は慌てて携帯を閉まった。閉まったところで会話が弾むわけでもないが。
だが、話題を考えている間、神木による言葉に沙耶は絶句することになる。
「ねぇ、姉弟でデキてんの?」
思考回路が停止した。
まずどうして知っているのか問いただしたくなった。次に、上手く言って誤魔化さなければと考える。沙耶は必死になって答えるまでの数秒で様々なことを考えた。冷や汗が出る。
「ははっ・・・仲いいって言われるけど、デキてるって言われたのは初めてだなー」
「そうなんだ。姉弟で手ー繋ぐものなんだ」
「まっさかー。あれは目を離すとすぐにどっか行っちゃう弟を引き止めるためだよー」
ありえない、ありえないと自分にも言い聞かせながら沙耶は作り笑いをする。一方の神木の目は笑っていない。
「ははは。そうなんだ」
「そうそう!」
「じゃぁさ、このこと瞬の他の友達にも伝えとくわ。姉さんと上手くやってるって」
そのとき、無意識に沙耶の手が神木の腕を掴んだ。
そして、はっと気がついた。神木がにーっと笑っていることに・・・・・




