第5話:勝利の定義
会議室の空気は、完全に凍り付いていた。
床に額を擦り付けて泣きわめく大人たちと、恐怖で震え上がる絵里奈たち。
母・玲子は、そんな彼らを無表情で見下ろしている。
その姿は、正義の女神というよりは、慈悲なき断罪者のようだった。
「示談はしません。告訴状は明日、正式に提出します。あなた方には法廷で、自分の罪の重さと向き合っていただきます」
母の言葉は絶対だった。
絵里奈の母親が「死んで詫びればいいんですか!」と半狂乱で叫ぶが、母は眉一つ動かさない。
このままいけば、彼女たちは本当に社会的に抹殺されるだろう。
前科がつき、退学になり、噂は広まり、この街にいられなくなる。
――ざまあみろ。
心からそう思う。自業自得だ。
けれど。
私は、土下座をして鼻水を垂らしている絵里奈先輩を見て、ふと思った。
(ああ、こんなものか)
あんなに怖かった先輩が、今はただの、怯えた小動物に見える。
こんな人たちのために、私の母さんがこれ以上、鬼のような顔をしなきゃいけないの?
裁判になれば、また長い時間をこの人たちに関わらなければならない。私の貴重な高校生活が、また「あいつら」で埋め尽くされてしまう。
それは、嫌だ。
私は、私の人生を取り戻したい。
私は、震える手を伸ばし、母のジャケットの袖をぐいっと引いた。
「……母さん」
母が、鋭い視線を私に向ける。
「なに、あかり。同情なんてしなくていいのよ」
「違うよ。同情なんかしてない」
私は、絵里奈たちを冷めた目で見下ろして言った。
「ただ、時間がもったいないの」
「時間?」
「裁判とか、警察とか……そんなことのために、これ以上私の時間を使いたくない。母さんの時間だって、こんな奴らに使ってほしくない。……もう、飽きた」
その言葉を聞いた母は、一瞬きょとんとして、それからふっと口元を緩めた。
先ほどまでの冷徹な能面が割れ、人間らしい、誇らしげな笑みが浮かぶ。
「……そう。飽きちゃったのね。価値もないと」
「うん。私の視界から消えてくれれば、それでいい」
母は大きく頷くと、再び加害者3名と顧問に向き直った。
その瞳から殺気は消えていたが、代わりにビジネスライクな冷たさが宿っていた。
「……娘がこう言っています。感謝なさい」
加害者親子たちが、パッと顔を上げて希望にすがりつくような目をする。
しかし、母は人差し指を立てて制した。
「勘違いしないでください。許すわけではありません。これは『取引』です。これから提示する条件を一つでも飲めなければ、即座に交渉決裂。当初の予定通り、刑事告訴と民事訴訟、そしてマスコミへの公表も徹底的に行います」
「は、はい! なんでもします!」
母は手帳を取り出し、淡々と条件を告げ始めた。
「一、加害者3名の自主退学。および、娘の通学圏内にある高校への転入禁止。事実上、この街から出ていってもらいます」
親たちがざわめくが、母は冷たく言い放つ。
「嫌なら結構。逮捕されて少年院へ行き、実名報道のリスクを負いながらこの街に住み続けますか? それとも、静かに消えますか? 選ばせて差し上げているんですよ」
親たちは青ざめて頷くしかなかった。
「二、今後一切、娘への接触禁止。SNSでの言及も不可。半径500メートル以内の接近禁止」
「三、今回の件に関する他言無用。被害者が誰か特定されるような噂を流した場合、即座に違約金を請求します」
「四、治療費、および精神的苦痛への慰謝料として……」
母が提示した金額は、高級車が新車で買えるほどの額だった。
親たちの顔が引きつる。
「高いですか? 娘の人生を壊しかけた代償ですよ。払えないなら、結構です。法廷で会いましょう」
「は、払います! 払わせていただきます!」
二つ返事で頷く彼らに、母は最後に、背筋が凍るような笑顔で釘を刺した。
「示談書は明日、事務所で作成します。……いいですか、忘れないでくださいね。私は弁護士です。もし約束を破れば、地の果てまで追いかけて、今度こそ本当に破滅させますから」
絵里奈たちは、何度も何度も床に頭を打ち付けながら「ごめんなさい」「もうしません」と繰り返していた。
その姿を見ても、もう私の心は痛まなかったし、恐怖もなかった。
ただ、目の前のゴミが掃除された。それだけの感覚だった。
* * *
それから一ヶ月後。
季節は初夏を迎えていた。
絵里奈たち3人は自主退学し、噂によると、親の仕事の関係という建前で遠くの県へ引っ越していったらしい。
多額の慰謝料を一括で払うために、家を売ったという話も風の便りで聞いたが、私にはもう関係のないことだ。
事なかれ主義だった顧問の先生も、責任を問われて依願退職したと聞いた。
学校から毒は綺麗に消え去った。
私は新しい制服に袖を通し、鏡の前に立つ。
まだ少し傷跡は残っているけれど、顔色はだいぶ良くなった。
「あかり、そろそろ行かないと遅れるわよ」
リビングから母の声がする。
行ってみると、母はいつもの安物のスーツを着て、トーストを齧っていた。
あの日の「最強の弁護士」はどこへやら、少し寝癖がついた、いつものおっとりしたお母さんだ。
かつて私が「貧しいから」だと思っていたその姿も、今ならわかる。
母はただ、服や見栄に興味がなく、娘との平穏な生活だけを大切にしていたのだと。
「あ、母さん。スカーフ曲がってる」
「え? 嘘、やだ。直して」
私が母のスカーフを直してあげると、母は照れくさそうに笑った。
「ありがとう、あかり。……新しい学校、楽しみね」
「うん。バレー部は……まだちょっと怖いけど、またいつかやりたくなったら、やるよ」
「ええ。あかりの好きなようにしなさい。何があっても、私がついてるから」
母のその言葉に、私は力強く頷いた。
以前のような、ただ守られるだけの私じゃない。
戦い方を知ったし、逃げ方だって知った。そして何より、私には最強の味方がいる。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
私はドアを開け、眩しい日差しの中へと飛び出した。
足取りは軽い。
私の物語は、ここからまた新しく始まるのだ。
(完)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
「こんな奴らのために時間を使いたくない」と見切りをつけ、新しい一歩を踏み出したあかりと、娘のために最強の弁護士(狩人)となったお母さんの物語、いかがでしたでしょうか。
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