第1話:孤立のロッカー
理不尽ないじめに苦しむ娘と、その娘のために立ち上がる「最強のお母さん」の、容赦のない反撃の物語です。
少しでもスカッとしていただければ幸いです。どうぞお楽しみください!
私の名前は一ノ瀬あかり。母の玲子と二人暮らしの高校1年生だ。
母子家庭ということで、小さい頃は寂しい思いや、反抗期に母を困らせたこともあった。
けれど今は、家事を分担し、女手一つで私を育ててくれた母に心から感謝している。
母は小さな法律事務所で事務の仕事をしている……と、私はずっと思っていた。
母は家で仕事の話を一切しない。
「難しい書類の整理ばかりで」と笑う手はいつも紙で荒れていたし、毎日量販店のくたびれたスーツを着て、疲れ切った顔で帰ってくる。
だからこそ私は、母に心配をかけたくなかった。
高校生活は順風満帆だと言いたかった。
バレーボール部に入り、1年生でレギュラーに選ばれたことを、母はあんなに喜んでくれたのだから。
けれど、現実は違った。
部室の重い鉄扉を開けるのが、今の私には地獄への入り口のように感じられる。
「あーあ、なんか部室が臭くない? 誰かの安っぽい制汗剤のせいかな」
私がロッカーを開けた瞬間、背後でわざとらしい笑い声が響いた。
声の主は、3年生の工藤絵里奈先輩。
派手なメイクと巻き髪が特徴的で、私がレギュラーになるまでは、彼女がそのポジションにいた。
「ほんとですね絵里奈先輩。実力もないのに媚びを売ってレギュラー取った子の匂いって、独特ですよね」
取り巻きの先輩たちも、クスクスと笑う。
私のロッカーの中には、あるはずのサポーターがなかった。
昨日もタオルが消えていたし、その前はシューズの中に画鋲が入っていた。
「……あの、先輩。私のサポーター、知りませんか?」
勇気を出して尋ねると、絵里奈先輩は鏡で前髪を整えながら、私を見もしないで答えた。
「はあ? 何それ、あたしが盗ったって言うの? 被害妄想もいい加減にしてよね。ほんと、頭おかしいんじゃない」
その目には、明確な悪意と、私を見下す優越感があった。
私は唇を噛み締め、予備のサポーターを探すふりをして俯くしかなかった。
* * *
練習の後、私は意を決して顧問の先生に相談に行った。
顧問は30代前半の女性教師で、事なかれ主義で有名なおっとりした人だ。
「ねえ一ノ瀬さん、それは本当のことなの?」
先生は困ったような顔で、半信半疑といった様子だ。
「はい先生。ユニホームが隠されたり、聞こえるように陰口を言われたり……もう、耐えられません」
先生は驚いたようだが、少し考えると、ため息交じりに言った。
「わかったわ。私の方からも確認してみるけれど……あなたの勘違いかもしれないしね。絵里奈さんたち、そんな悪い子には見えないし」
「でも……」
「まあまあ。チームワークが大事なんだから、あなたも先輩とうまくやる努力をしなさいね」
煮え切らない対応に絶望した。
結果的に、これが最悪の一手だった。
先生が軽く注意したことで、先輩たちは「チクった」と逆上し、私への当たりは余計にきつくなった。
部内で完全に孤立し、大好きだったバレーボールは、ただの苦痛な作業へと変わってしまった。
* * *
「ただいま……」
重い足取りで帰宅する。母が帰ってきている気配がして、私は玄関で慌てて作り笑いを浮かべた。
今日の帰り道、公園のトイレで泣いたせいで目が腫れているかもしれない。
でも、母にだけは気づかれたくない。
リビングに入ると、母はまだスーツ姿のまま、夕飯をテーブルに並べているところだった。
「おかえり、あかり。今日はハンバーグよ」
「わあ、美味しそう。ごめんね、すぐ手伝う」
私は努めて明るい声を出して、キッチンへ向かおうとした。
その時だ。
「あかり」
母の呼び止める声が、いつもより低く響いた。
ドキッとして振り返る。
母は手に持っていた皿をテーブルに置くと、私の方を真っ直ぐに見つめていた。
普段の優しい母の目ではない。まるで、何かを見透かすような、冷たく鋭い観察者の目だ。
「あ、なに? お母さん」
「こっちに来て、座りなさい」
有無を言わせない迫力に押され、私は椅子に座る。
母は私の対面に座ると、じっと私の顔を覗き込んだ。
「……目が赤いわね。それに、制服の袖口、汚れているわよ」
「え? あ、これは……ちょっと部活で転んじゃって。目は、花粉かな? なんか今日、埃っぽくて」
私は必死に嘘を並べた。母に心配かけたくない、その一心だった。
しかし、母はため息を一つ吐くと、静かに言った。
「あかり。私に嘘をつけると思っているの?」
「え……」
「あなたが嘘をつく時、無意識に視線を右下に逸らす癖があるのよ。それに、今のその作り笑い……私が一番嫌いな顔だわ」
母の言葉は、決して大声ではないのに、胸の奥まで突き刺さった。
暴力でも怒鳴り声でもない。
ただ、理詰めで逃げ道を塞がれていく感覚。
母は私の手をそっと握ると、声音を少しだけ緩めた。
「学校で、何があったの? 言わなきゃ、私はあなたを助けられない」
その言葉と、手の温もりに、張り詰めていた糸がプツンと切れた。
「母さん……私……私ね……」
涙が溢れて止まらなくなった。
部活でのこと。絵里奈先輩の嫌がらせ。先生の対応。全部、全部話した。
母は一言も挟まず、私の話を最後まで聞いてくれた。
私が泣き止む頃、母は何かを考え込むように少し沈黙してから、私の頭を優しく撫でた。
「辛かったわね。気づいてあげられなくて、ごめんなさい」
「ううん、私が隠してたから……。もう、部活辞めようと思うの。逃げるみたいで嫌だけど、もう限界で……」
そう言うと、母は私を抱きしめたまま、耳元で囁いた。
「逃げるのは悪いことじゃないわ。自分の心を守るための、立派な選択よ。……でもね、あかり」
母は体を離すと、私の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳の奥には、先ほどまでの優しさとは違う、ゾッとするような冷たい炎が燃えていた。
「辞めるにしても、タダで辞めることはないわ。あかり、悔しくないの?」
「悔しい……よ。悔しいけど、私じゃ勝てないもん」
「いいえ、勝てるわ。私がついているもの」
母は立ち上がると、寝室から一台のICレコーダーと、新しい大学ノートを持ってきた。
「あかり。明日から、少しだけ戦い方を変えましょう。……私と一緒に、あいつらを社会的に殺してやる準備を始めるのよ」
その時の母の顔は、私の知っている「優しいお母さん」ではなく、まるで獲物を狙う狩人のようだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ただの優しいお母さんかと思いきや……。
次回からはいよいよ、母と娘による「完璧な反撃準備」が始まります。加害者たちが自分から地獄へ落ちていく証拠集め編、どうぞお楽しみに!
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