目覚め
目を覚ますと、そこには知らない天井が映っていた。
辺りを見回すと壁も床も家具も全てが見慣れない木製だった。
枕も蕎麦殻ではなく、柔らかい羽毛の枕だった。
やけに意識がはっきりとしているが明晰夢でも見ているのだろうか。
俺は窓を見て外を見ようとした。すると窓には知らない人物が反射して写っていた。栗毛で、顔立ちは普通の青年だった。信じたくはないが、こいつは俺なんだろう。
現にこいつは俺と同じ威嚇のポーズを取っている。
それも荒ぶっている鷹のようなとびきり変な奴だ。
もしや俺は異世界転生という奴をしたのだろうか。
しかしトラックにはねられた覚えも神様と会話した覚えも一切ないぞ。というかそもそも昨夜の記憶がない。
試しに頬をつねってみた。
痛い。もしかしてここは現実なのか。だとするとここはどこなのか。そもそも転生なのに何故民家で目覚めて俺と同じくらいの青年の体なのか。
うーむ...疑問点が多すぎる。
そんなことを考えてるうちにドアを誰かが開けてきた。
「母さんが飯作ったからはよ食い行くぞ!下降りろ下!」
そう言いながら男が俺の部屋の前に立っていた。
見た目は栗毛に俺より少し大人びた顔立ちの男。
まだ状況が飲み込めないが、発言的に恐らく兄に当たる人物なのだろう。
とりあえず不自然に思われないように返事しておこう。
「はーい、今行く。」
降りた先には黒髪ロングの女性と栗毛のほがらかな顔をしている男性。恐らく彼らが今の俺の両親に当たるのだろう。
そうして俺は席につき、いただきますと言ってから朝食を食べ始めた。
出てきたのはトーストとバター、それとサラダ。
食べるのに集中してるように見せて周りの会話を聴いた。
いくつか分かったことがある。父は元傭兵で、両親は農業で生計を立てていること。兄は近くの町で出稼ぎをしていること。ここには剣と魔法が主流の世界であること。そして俺......いやこの体の持ち主は寡黙な性格であること。
昨日まで俺が居た場所とは違いすぎる。
俺は日本という国で柳優希という名前で生活していた。年齢は17。柳悠真という8歳下の可愛らしい弟と両親の4人で暮らしていた。
普通に学生やって普通に友達とカラオケとかレジャー施設で遊んだりして過ごしていた。部活は入ってはいなかったがその分勉強や遊びにつぎ込んだ。
両親が放任主義だったおかげか、俺と弟はひたすらに仲が良かった。一緒にゲームをしたり、アニメを見たり、外で遊んだり、お風呂でふざけあったり、一緒に寝るのも日常茶飯事だ。。弟は俺にべったりだったし、俺も弟のことが大好きだ。
とても幸せで充実していたのに急にここに来た。帰りたい気持ちはもちろんあるが、今の自分に出来ることはないだろう。ここが夢だとしても自死を選ぶなんてことはとてもじゃないが出来ない。仮にしたとしても周りに迷惑がかかるし俺も夢見が悪い。ひとまずはここの生活に順応するしかなさそうだ。
翌日、俺は激しい吐き気と高熱が起きた。単なる体調不良ではなく、今日にしてこの身体の持ち主の記憶と、この世界についてのある程度の情報が濁流のように流れてきたことによる抵抗感と知恵熱のようなものだった。
この身体の持ち主の名前はロール・テルマ。今日は流石に休みだが、週に何度か父親から剣の稽古をしてもらっているらしい。
ああ、それにしても本当に気分が悪い。吐けそうで吐けないのが一番気持ちが悪い。ロールの母親が持って来てくれたすりおろしたリンゴを食べながらそう思った。
とは言え、たかが知恵熱ではあったので翌日には完治していた。一応、親からは休むようには言われはしたのでもう一晩寝たが。
そうして、完全に回復し、ロールの父親から剣の稽古を受けている最中、気づいたことがある。
一人の体に二人分の記憶が入ったことで脳のリソースの使い方が格別に上手くなったのだ。
例えるならば、今までは100%の脳で知覚し、体を動かすという動きが80%のリソースで出来るようになったのだ。
これにより、俺は残り20%で少しだけ別のことが出来るようになっていた。20%を目に使えば、あらゆる動きが遅く見える。足に使えば踏み込みの速度が、腕に使えばより速い切り込みが。そんなことが出来るようになっていた。
俺、いやロールは今までは父親に太刀打ちできない程の剣の腕だったのだが、多少は拮抗できるレベルにはなっていた。それでも勝ち越すことは難しいが。
「随分と強くなったな」
と、食事中笑いながら頭を撫でる彼に静かなまま頷いた。ロールの性格のおかげで、黙っているだけでボロが出ないのは不幸中の幸いだ。
ここで暮らすのも悪くはないが、とりあえずはこの世界のことをもっと知りたい。俺は彼らに頭を下げながら、ここから出てすぐにある街に行く許可を貰った。
どうやら、ロールは今まで欲という欲を出さない人間だったらしく、快諾された。
そんなこんなで、俺は翌日の朝に路銀と護身用の剣を携えて街に出発した。




