03. 蜀漢落日:夜廟の凶影
疤狗は頭を掻き、指節が顔のムカデのような刀傷をなぞった。粗っぽい声は困惑を裹んでいた。
「発見した時はもうこんな様子だ。死体はすっかり冷え込んでいた。」
秦戈は指先で死者の首筋の牙跡をなぞり、問いかけた。
「昭烈廟でこんな大事件が起きているのに、なぜ誰も届け出なかった?」
疤狗は怒りを込めて言った。
「執事たちは届け出たんだが、どういうわけか消息は黄皓に抑え込まれちまった。」
秦戈は突然立ち上がり、瞳孔がわずかに収縮した。
「黄皓?!なぜ彼はそんなことをする?!」
疤狗の顔の刀傷がドクドクと跳ねた。
「俺はあの宦官ども、最初から悪いことを企んでいると思う!この件は十中八九彼と関係がないわけがない!都尉、俺の考えでは、今夜のうちに昭烈廟に突っ込み、地中三尺まで掘り返せば、必ず彼の人目につかない手柄をつかむことができる!」
犟驢は腰の佩刀を握り締め、声を低く沈めた。
「都尉!狗哥の言う通りだ。昭烈廟は我が蜀漢の祖廟で、先帝の霊を祀っている。今連続で事件が起きているのに、我々は傍観するわけにはいかない。」
遠くから鈍い更の音が響き渡り、魏軍の営地からのかすかな角笛の音と混ざり合い、まるで命を催促するお札のようだった。秦戈は腰の虎符を握り締め、冷たい金属が掌に痛く押し当たった。
黄皓は昭烈廟で殺人事件が起きたことを知りながら、それでもわざわざ隠蔽しているのは明らかに疑わしい。その上、彼が今日城防の権力を奪うために人を派遣した時期がこうも一致しているのは、明らかに偶然ではない。
城外では魏軍が虎視眈々と狙っているし、城内では黄皓が暗に悪いことを企んでいる。今の昭烈廟の異変は、おそらく相手の陰謀を裂く突破口になるのかもしれない。
そう思うと、秦戈の眼神はだんだんと堅固になった。
夜色が城壁の軍旗を低く押さえつけ、秦戈のマントが冷風の中でハヤハヤと音を立てた。彼は手を伸べて疤狗の肩を叩いた。
「亥の刻に廟に入る。すべて命令に従え。敢えて前もって刀を抜けば、俺が亲手にお前の爪を切り落とす。」
疤狗は口を開けて笑った。
「へへ、都尉、安心しろ。」
秦戈は振り返って犟驢を見た。少年は既に腰の短剣をカチカチと鳴らしていた。
「都尉、老猫が弩車を用意している。城防から一匹のネズミでも潜入させれば、俺は首を持って見に来ます!」
秦戈は喉結を動かし、空の彼方の一筋の暗赤色を見た。それは魏軍の営地の焚き火で、剣門の方向の雲を血色に染めていた。
……
万里橋の更の音が夜霧に浸み込み、秦戈の戦馬は满地の割れた錦繍を踏み越え、前足が突然人のように立ち上がった。昭烈廟の軒下には腐った蜀錦の提灯が半分垂れ下がり、金糸で刺繍された「漢」の字が風の中で怪しい弧度を描いて揺れていた。
「この臭いがおかしい。」
疤狗は鼻を覆い、喉の奥からゲロゲロとする音を漏らした。老いたニセンジュウの枯れ枝が突然「ガシャン」と折れ、まっすぐ秦戈の足元に刺さった。切断面から暗赤色の汁液が滲み出て、腐肉の臭いと混ざり合って襲いかかってきた。
秦戈は馬から降り、樹皮に深く骨まで届く三筋の爪痕を見つけ、警戒して言った。
「用心しろ。」
言葉がまだ響き渡らないうち、疤狗は既に廟の扉を蹴り破っていた。戸棚がドンと倒れ、庭いっぱいの黒い羽根が驚いて飛び上がった。数十羽の烏が三人の頭上をバタバタと飛び越え、羽根が起こす血の風には肉片のかけらが混ざっていた。
月の光が窓枠の亀裂から刺し込み、青石板の上にクモの巣のような影を投げた。秦戈の靴底が何か硬いものを踏み潰し、下を向くと半枚の血のついた歯だった。
前院のマツとヒイラギがさらさらと音を立て、木々の影が壁の上で爪と牙の形にゆがんでいた。本来は灯火が輝いているはずの神祠は、今はただ半本のゆらゆらと揺れる残りのろうそくがあるだけで、炎は怪しい幽緑色をしていた。
「都尉、供え台……」
犟驢の声が突然震えた。秦戈の瞳孔が急収縮した。先帝の位牌が斜めになって線香の灰の中に倒れていた。机の前には茶碗口ほど大きな三つの足跡があり、縁には暗紫色の粘液が固まっており、ゆっくりと熱気を立てていた。
秦戈は神祠の中に入り、誰の姿も見当たらなかった。彼は先帝の位牌を正し、それから香炉に線香を再び挿した。疤狗は後ろで悪態をついていた。
「これらの弱虫ども、全部逃げちまった!」
戸外の石灯が明滅し、三人の影をゆがんで引き伸ばしていた。時にはマツとヒイラギの揺れる暗い影の中に重なり合い、まるで無数の手が地面を掻き回しているかのようだった。
霜色の月の光が庭を寒い池に浸し、犟驢の首筋の髪の毛が突然一斉に逆立った。一道の黒い影が神祠の朱塗りの扉に沿ってすり抜け、起こす疾風が廊下の最後の一つの石灯を消した。
秦戈の佩刀は既に鞘から三寸出ていた。彼は人差し指を唇に当て、動き出そうとする犟驢の手を押さえた。指の腹が少年の震える腕の骨に触れた。
神祠の中では、先帝の像が幽暗中で見下ろしていた。机の前から線香の煙がうっすらと立ち上がっているだけで、屋内には異常はなかった。ただ空気の中に見知らぬ臭いが混じっていた。
隅の童子の像が頭を傾げ、彩色の塗料がはげた口元には固まった黒い血がついていた。秦戈は心臓が一跳ねた。
「さっきここにこれがあったか?!」
「都尉?」
犟驢は用心深く門内に踏み込み、異常がないことを確認して、ほっとため息をついた。
二人が神祠から出たとたん、背後の童子の像がほんの少し回転し、彩色の塗料がひび割れたまぶたが突然開いて、森寒い冷気を射り出した。周囲の温度が急降下し、ろうそくの炎がゆらゆらと揺れた。一滴滴る粘稠な液体が口から落ち、彩色の塗料がはげ落ち、像はドンと割れた。
一股の寒気が秦戈の頭のてっぺんに窜り上がった。彼は無意識に煉瓦の上に置いた右足を引っ込め、背後の犟驢は疑問を持って立ち止まった。
「都尉!」
疤狗は刀の先で腐葉の山から半幅の呉服の袖口を引っ掛けた。布地の下からは明らかに半分の青紫い腕が転がり出てきて、切断面に固まった暗紫色の粘液が鬼火のような幽光を放っていた。
秦戈は急いで階段を下り、疤狗が腐葉の中から死体を翻し出すのを見た。犟驢はただ一瞥しただけで、廊下の柱に寄りかかって嘔吐し始めた。
死者の頭蓋骨は破裂し、脳漿があちこちに散らばっていた。顔はひどく欠けていた。一股の血の臭いが鼻を突き、秦戈は眉を寄せて不快感をこらえた。
疤狗の喉の奥から鈍いうなり声が漏れ出た。
「この死に様、まったく鬼が出るわけだ!」
犟驢は枯れ木の陰に瘫れてゲロゲロとしていた。明滅する石灯が木々の影をゆがめて引き伸ばしていた。突然、寒気が血の臭いを裹んで押し下がり、木々の影が三倍に膨れ上がり、枝が鷹の爪のように夜空に突き刺さった。
秦戈の首筋の髪の毛が逆立った瞬間、既に回身して蹴り出していた。犟驢は蹴られて石灯に撞り当たり、割れた磁器の破片が飛び散ると同時に、秦戈は後ろに仰け反って身を翻し、片手で地面を支えた。一道の黒い影が秦戈の顔のそばをすり抜け、起こす疾風が彼のマントの裾を翻した。
「疤狗!!」
この時、子馬ほどの大きさの黒い影が木々の影の中から立ち上がった。紫黒色の皮膚の下で血管が生き物のようにうごめき、半件の血まみれの着物が痩せた骨の背中に掛かっていた。呼吸に合わせて牙擦り音のような摩擦音を発していた。
怪物はゆっくりと頭を回し、深く窪んだ眼窩の中で緑色の火が突然燃え上がった。悪臭を放つ粘液が牙から滴り落ち、煉瓦は瞬く間に白い煙を立てた。彼の喉の奥から女の赤ん坊の泣き声のような音が発せられ、太い長い舌が「ブン」と弾き出された。先端の吸盤が開くと、無数の逆さまの棘が金属の冷たい光を放っていた。
犟驢はよろめきながら立ち上がり、瞳孔が急収縮した。疤狗は怪物とすぐそばまで近づいていた。次の瞬間、相手のがらがらした叫び声が聞こえてきた。
「これは何だ?!俺より丑いな!」
疤狗は口を開けてばかばかしく笑い、怪物に眉を上げて挑発した。恐怖よりも嘲弄の気持ちが強かった。秦戈は手で顔を覆い、驚きと怒りを混ぜた表情になった。
怪物は目の前の獲物を見つめ、疤狗はゆっくりと手を刀の柄に近づけた。秦戈と犟驢は緊張した表情で怪物を見つめ、同時に刀を握った。
「都尉!」
犟驢は声を低く抑え、少し緊張した口調で言った。
「今どうすればいい?」
秦戈も同じく顔色を鉄のように青くし、低い声で答えた。
「まだ軽举妄動をするな。」
疤狗は耳を立て、不満そうに秦戈を瞥いた。
「何?軽举妄動をするな?!お前たちは俺が死んでから動くつもりなのか?!」
秦戈はゆっくりと刀を抜き、疤狗に「落ち着け」という眼神を送った。疤狗は満面の焦燥感で、「手遅れになるな、一緒に攻め込もう」という眼神を返した。秦戈はそれを見て眉を寄せ、さらに激しく「指揮に従え」という眼神を射た。
犟驢は二人の間の激しい合図を見て、絶望的に無言であった。がっかりして言った。
「都尉、狗哥の目玉がもうすぐ飛び出しそうだ。そのまま話した方がいいんじゃない?!」
ようやく疤狗が「命令に従う」表情を見せたのを見て、秦戈は心の中でほっとため息をついた。だがその息がまだ整わないうちに、驚いたことに相手が刀を持って怪物に向かって突っ込んでいくのを見た。
向こうのバカが意図を誤解したことを知った秦戈は、悪態をつきながら跳び上がった。
疤狗は一心不乱に怪物に向かって猛進し、余光で秦戈が手を振っているのを見ると、心の中に温かさが湧き上がった。
「さすがは都尉!こんな時にまだ俺を励まそうとしている!」
それで彼はさらに速く走った。秦戈の信じられない眼神の中で、忙しい中でも胸を叩き、かっこよく「俺は分かった」というジェスチャーをした。
この一幕を見た秦戈は、心の中で早くも疤狗の祖祖代々を罵り尽くしていた。
獲物が自分から門を叩いてくるのを見て、怪物の喉の奥から金属の摩擦音のような吼え声が発せられた。黒い影が墨の塊のように膨れ上がり、血の臭いのする風が粘液を裹んで、疤狗に向かって猛烈に襲いかかってきた。
疤狗の瞳孔が急収縮した。刀の先がまだ鞘から出ないうちに身をひねって転がり出した。怪物の鋭い爪が頭の皮膚をかすめて数筋の髪の毛を切り落とし、煉瓦の上に四筋の火の粉を散らした。
「危ない!!」
秦戈の怒りの叫び声が血の臭いのする風に打ち砕かれた。
怪物は粘りけのある長い舌を弾き出し、稲妻のように疤狗の足首を巻き付けた。吸盤が締まる瞬間、靴の表面から牙擦り音のような破裂音が発せられた。
疤狗の背中が激しく煉瓦に叩きつけられ、脊椎から鈍い音が響き渡った。コントロールを失った身体は滑りやすい血のシミに沿って、腐った液体を滴らせる牙に向かって急速に滑り落ちていた。




