狛犬の告白(3)
「昨日の仕返し!」とか言って、こっちの頭をくしゃくしゃ撫で回してきたくせに──
碧はそのあと、めちゃくちゃ満足げな顔をして、どら焼きをもぐもぐ食べていた。
「……ったく、勝手なやつ」
私は頬をふくらませながら、碧の犬耳をじぃっと見つめる。
ふわふわ。ぴこぴこ。絶対、触り心地がいい。
「……なんか、ずるくない?」
「え、なにが?」
「さっき、こっちばっかり撫で回してたじゃん。今度は私の番でしょ?」
「え、や、やめ──やめて!?」
びくっと肩を跳ねさせた碧が、のけぞるように身を引いた。
……あ、これは確信した。この人、耳ガチで弱い。
「いーじゃん、一回くらい。また触らせてよ」
「だ、だめっ。前も言ったけど、あれほんとにゾワゾワして……! 心臓に悪いから!」
「そんな大げさな……あ、ちょっと動かないで!」
「く、来るな玲亜ぁぁぁ……っ!」
私は手を伸ばし、碧はそれを避けてシートの上をずりずり後退。
これ、完全にもふ耳をめぐる攻防戦。
「おいで碧、ほら~、優しくするから~?」
「その言い方こわっ! 絶対優しくしないやつじゃんそれ!!」
「ふふふふ……もう逃げられないよ……」
「ちょっ、ほんとにやめてぇぇぇ!」
私の手が、あと少しで碧の耳に届く……そのとき。
「……兄さん、何やってんの?」
ぬるっとした声が、どこからか降ってきた。
「……っ!? う、宇汰!? いつからそこにっ!?」
いつの間にか、狛犬像の影から成宮宇汰がぬるりと登場していた。
赤髪の寝癖と、ふにゃっと垂れた犬耳。
眠たげな顔でこちらを見ながら、ぽつりと一言。
「……兄さんが嫌なら、俺のを触ってもいいけど」
「「えっ」」
時が止まった。
「……えっ、今なんて?」
「だから……兄さんがダメって言うなら、俺の耳、貸してあげようか?」
宇汰はすっと玲亜の前にしゃがみこみ、両手で自分の耳を持ち上げる。
「こっちはね、ふわふわの“垂れ耳仕様”なんだ。兄さんより柔らかいよ、たぶん。……触ってみる?」
「え、えっと……」
困惑する私の目の前で、宇汰の耳がぴょこん、と震える。
た、確かに、かわいい……めちゃくちゃ触ってみたい……!
だけど――
「コラァァァアアア!!」
碧がぶちぎれた。
「宇汰ぁぁあ! 何言ってんの!? 玲亜の耳さわり権は俺専用だって言ったよな!?!?!?」
「……言ってないよ」
「今から言うから記録しといて! ついでに神域にも布告出して!!」
「布告て……」
「というかなんで玲亜もそんな真剣な顔で耳見てんの!? 俺の時とリアクション違くない!? ねえ!?」
「……ごめん、ちょっと気になっちゃって……」
うわ。自分でもわかる。
私、いま完全に“好奇心の顔”してる。
「だあああもう!! 玲亜、宇汰のはダメ! そっちは兄的にNGゾーン!!」
「兄的ってなに」
「これは……いろんな意味で……あかん!!」
拗ねた碧が私の前に立ちはだかるようにして、宇汰からガードする。
その姿が、必死な子犬みたいで、思わず笑ってしまった。
「はいはい、わかったよ。今日は諦めてあげる」
「ほんとに?」
「うん。でも今度、また触るから」
「予定確定してるのやめて!!」
そのやりとりを聞きながら、宇汰は眠たげにあくびを一つ。
「……にしても、兄さん、甘い顔になってた」
「やかましいわ!!!」
神社の静かな午後に、私たち三人の声が響いた。
耳のふわふわも、ドキドキも、ちょっとした嫉妬も。
全部ひっくるめて、なんだかもう、愛しい時間だった。




