狛犬の告白(2)
「……やっちゃった……」
翌朝。
ベッドの中でぼんやり天井を見上げながら、私は昨日の記憶を思い返していた。
あの、もふもふの耳。
ふわふわで、あったかくて。
指先が触れた瞬間、碧がぴくっと反応して、すごくくすぐったそうな顔をして。
あのときの碧の顔――
……正直、やばかった。
耳が真っ赤になるくらいに恥ずかしがって、でも「玲亜に触られるなら……」なんて言っちゃうし。
なんで先に照れてんの。こっちの立場なくない?
「……ほんと、なにあれ……」
顔に枕を押しつけて、私はごろりと寝返りを打つ。
耳の感触が、まだ手に残ってる気がする。
それに、碧の声も。
「……耳、弱いんだよね……くすぐったいっていうか……ゾワって……」
「うあああああ!!」
思い出し悶えで布団の中をのたうち回った。
何やってんの私。からかったつもりだったのに、完全に自分が食らってる。
恋とか、まだそこまでじゃない。……たぶん。
でも、“ちょっと特別な気持ち”なのは、もうごまかせなかった。
***
神社に着いたのは、昼すぎ。
今日もいつも通り、コンビニ袋を下げて鳥居をくぐる。
だけど、碧の姿は見えなかった。
「あれ……?」
境内を見回しても、いない。拝殿の裏も、木陰のベンチにも。
(今日は会えない日……?)
そう思ったときだった。
「玲〜亜〜……」
背後から、くすぐったい声が降ってきた。
「うわっ!」
振り向いたら、すぐそこにいた。
碧がじとっとした目で、私を見つめている。
「……来てくれたのに、無言とかひどくない?」
「えっ、いたなら声かけなさいよ!」
「俺、後ろから声かけたよ。玲亜がびっくりしすぎ」
「……っていうか、その顔なに」
「ふふふ……」
不気味な笑みを浮かべたまま、碧が一歩、近づいてくる。
「昨日の、仕返し」
「仕返しって……」
「俺があんなに“やめて”って言ったのに、耳、こちょこちょ撫でたでしょ? 玲亜が“いいよ”って言ったから、今度は俺の番」
「え、ちょ、待っ──」
次の瞬間。
ふわっと私の頭に、碧の手が乗った。
「よしよし、今日もがんばってきたね〜。えらいえらい。かわい〜」
「や、やめろっ……!!」
大きな掌が、容赦なく髪をぐしゃぐしゃ撫で回す。
熱いのは頬か頭か、もうよくわからない。
「ばっ、やめてっ……! 人の頭なで回すなっての!!」
「でも、昨日は俺の耳、撫でまわしたでしょ?」
「耳と頭じゃ意味違う!!」
「え〜? 玲亜の反応、めっちゃかわいい。……はい、記念にもう一撫で!」
「やめなさいってば!!」
境内に、私の悲鳴と碧の笑い声が響く。
私は必死に逃げ回り、碧は楽しそうに追いかけてくる。
まるで子どもの追いかけっこみたいで、くだらないのに息が弾んでしまう。
「……ばか!」
「ほめ言葉ありがとう!」
笑顔で胸を張る碧に、心臓がさらに跳ねた。
太陽みたいにまぶしい。
やめてよ、そんな顔。
くだらないのに。
どうしようもなく、あったかくて。
胸の奥がぎゅっとなる。
……ほんと、なんなの、この人。




