甘やかす心と守る心(5)
祈りの光が境内を満たす。
三人の想いが一つになったはずだった。
けれど、穢れはそれ以上に強かった。
長い年月、この地に積もり続けた“誰か”の怒りと憎しみ。
鎮めきれないそれが、牙を剥くように暴れだす。
「——っ!」
私の足元から、黒い靄が噴き上がった。
まるで生き物のように絡みつき、動きを封じてくる。
「う、動けない……!」
叫ぼうとした声すら呑み込まれそうになり、胸が締めつけられる。
気がつけば、私は祈りの中心から一歩だけ外れていた。
その、ほんの一歩が——命取りだった。
「玲亜!!」
碧の声が、裂けるように響く。
駆け出そうとする彼の足もまた、穢れに阻まれ、思うように進めない。
それでも碧は、歯を食いしばり、前へ出ようとする。
光を纏った尾が、かすかに揺れ、掠れた祈りの気配を放つ。
「……離せっ……! 俺の、大事な人に……触るなっ!!」
その瞬間だった。
碧の身体を包んでいた光が、突然、爆ぜるように広がった。
それは今までのどんな“加護”とも違う、澄んだ金色の光。
煌めきは尾から背へと昇り、耳、指先、そして胸元から吹き出すように溢れ出す。
「えっ……兄さん……?」
宇汰の声が震える。
碧の背に——見たこともない“模様”が浮かび上がっていた。
それは、まるで神獣のような紋。
金色の火のような文様が、彼の体に刻まれてゆく。
「俺は……俺はもう、迷わない。
玲亜を守るって決めた。誰に何を言われても……この気持ちは、本物だから!」
声が、夜空に響き渡る。
その叫びと共に、碧の手が宙を薙ぐ。
——どん。
鼓膜が震えるような音とともに、金の光が放たれた。
それは怒りや憎しみの影を吹き飛ばす、“想い”の光。
玲亜を包み込んでいた穢れが、弾けるように散った。
私は、崩れるように地に膝をつく。
でもすぐに、温かい腕が私の身体を支えてくれる。
「……玲亜、大丈夫か?」
顔を上げると、碧がいた。
金の光に包まれたその姿は、まるで——神そのもののようだった。
「……碧……」
震える声で呼ぶと、彼は不器用に笑って、「守れてよかった」と呟いた。
穢れは、完全に消えたわけではなかった。
だが、最も濃い怨念の核は、今の碧の力で断ち切られたのだ。
「兄さん……それって……“覚醒印”……?」
宇汰が驚いた声をあげる。
碧の背に刻まれた金の文様を見つめながら、震える息で続けた。
「……古来より“神の門を護る者”の血にのみ現れる、覚醒のしるし……」
碧が、神社に認められた——“玲亜を護る者”として。
それは、ただの狛犬としてではなく、一人の男として。
私はその眩しい光に目を細めながら、
自分の胸に残った、碧の強い言葉を繰り返す。
(……この気持ちは、本物だから——)
胸が、ひどく熱くなった。
けれど、ふと横を見れば、宇汰が静かに拳を握りしめていた。
その眼差しは——誰よりも悔しげで、切なかった。




