甘やかす心と守る心(3)
その夜。
縁側でのやり取りを終え、拝殿を閉めて社務所へ戻ろうとしたときだった。
「玲亜さん」
背後から呼ばれ、振り返ると、灯籠の光に照らされた宇汰が立っていた。
淡々とした顔をしているはずなのに、どこか声に熱が滲んでいる。
「……なに?」
「疲れてるなら、今日は社務所に泊まっていけばいい」
「えっ……でも、明日も仕事だし」
「仕事に遅れないように、朝、俺が起こすから」
言葉は平坦だった。けれど不思議と、強引に感じられる。
普段なら「兄さんに任せればいい」と距離を置くはずの宇汰が、珍しく自分から手を伸ばしてきていた。
「……宇汰、なんか変じゃない?」
「別に」
視線を逸らし、涼しい顔を装う。
けれど、その耳の先がかすかに赤く染まっていて、誤魔化しきれていないのが一目でわかった。
畳の上に布団を敷くときも、妙にぎこちない。
無言で布団を引き、枕を置き、端を整えて。
普段なら「兄さんの役目」と言いそうなのに、今夜は最後まで自分でやり遂げた。
その横顔を見つめるうちに、私の胸の奥は妙にざわつき始める。
宇汰は何かを言いかけて、けれど飲み込むように唇を閉ざす。
その沈黙が、逆に不自然で。
「……玲亜さん」
布団を整え終えた彼が、小さく呟いた。
灯籠の明かりに照らされた横顔は、普段の眠たげな表情とは違い、ほんの少し影が差していた。
「俺……兄さんみたいに“守るためなら無茶でもする”なんて言えない」
低い声が畳に落ちていく。
「でも……玲亜さんが傷つくくらいなら……俺が全部背負ってもいい」
「……え?」
聞き返した瞬間、宇汰ははっとして口を閉ざした。
目を伏せ、肩をすくめ、いつもの眠たげな顔に戻す。
「……なんでもない。早く休んで」
冷静を装うその態度が、かえって胸を締めつける。
彼が何を隠しているのか、言えなかった言葉がなんだったのか——わからない。
でも確かに、私のためを想っていることだけは伝わってきた。
布団に横たわってからも、私は宇汰の背中を見つめていた。
彼は団扇を手に、夜風を仰いでいる。
けれど、視線はどこか遠く、考え込んでいるようだった。
(……宇汰、やっぱりおかしい)
(私のことを大事に思ってくれてるのはわかる。でも、それ以上の……何かを隠してるみたいで)
胸元のお守りをぎゅっと握る。
その感触がなければ、私まで揺らいでしまいそうだった。
外では風鈴が鳴り、夜風が障子を揺らしている。
静かな音に合わせて、宇汰の耳がかすかに震えた。
まるで、彼の心の内側の迷いが形になって現れているように。




